ツノゼミ

妙に心をくすぐる造形

 最近、極親しい人間と美人云々の話題に及んだ。知人は私の審美眼に疑念を抱いており、自分の感覚との相違を詳らかにしたいらしかった。
 
TVタレントや女優の好みを明らかにすることは、自分のセンスを無防備に晒すことになり、ちょっとした勇気が要る言動である。知人が指摘したのは、杜氏が以前好みである旨を表明した某女優は美人とは言えないということだった。元より杜氏は美人・不美人という観点からそういう発言をしたワケではなく、寧ろその女優の容貌の均衡が取れていない危うげな部分に視線を離せなくなるような魅力を覚えるのであって、決してその女優は美人とは言えない旨を主張した。苦しい言い訳ではある。思うに美人というのは造作のどこもかしこもバランスが取れて過不足がなく、いわばどこかにバランスの崩れを持っている人間にとっては仮想的な理想なのだと思う。仮にそういう仮想的なものが目の前に現れたとき、人間は狼狽してその人間に対処する方法を見失う。美男美女がモテるワケではないことの正体は、その狼狽にある。
 マスコミに露出しているタレントのほとんど全員に特徴的な崩れがあり、それは本人のタレントとしての生命線であったりする。山本富士子型の女優が消滅したのも、原因はそこにある。またミスコンなどで審査員の審査の総和を取ると決まって無難な人選に終始し、強力な美人が出現しないのも、おそらく審査員達が自分の好みの参加者に一票を投じるのではなく、審査員の平均値のような仮想的なものを想定し、そのありもしない基準に基づく評価を下しているからに違いない。ギリシア神話のパリスの審判のように、男性が主観で女性の美を評価すると、後々個人は言うに及ばず、国を傾けるような災厄を招きかねない。

 昭和三十年代のダッコちゃんに始まり、爆発的なブームになるキャラクタ商品は数多い。CMでブームになったエリマキトカゲなどもその類であろう。しかし、海外でブームになったものには、首を傾げざるを得ないようなものもある。その中にキャベツ畑人形というのがあった。キャベッジ・パッチに授かった幼児というような設定の人形だった。これがまた、特徴のないノッペリした印象のキャラクタで、日本では気味悪がられるのがオチだった。ああいった形の養子制度が永遠に定着しない日本では受け容れられないキャラという説もあったが、もうひとつには魅力を感じるキー・ポイントがどこにも見出せないからとも思われた。猫に学生服を着せて二本足で立ち上がらせれば、それが悪趣味かどうかは別にして、人の目を著しく惹くことになる。人気キャラクタにはすべからくそういう尖った部位があった。しかし、キャベツ畑人形と来たら・・・。
 昆虫でもそれは同じである。大顎のないクワガタ、触角のないカミキリムシでは人気が出ようもない。そもそも自然の造形物である昆虫を捕まえて人気だハチノアタマだ云々するのこそ罰当たりでしかないのだが。

 鳥類は苦手だが、好きな造形の鳥ならいる。カワセミである。清流で魚を捕りながら生活していると思われているが、案外町中でも目にすることが多い。南武線の沿線で樹の上に停まっているカワセミを見かけた時は、慌てて電車を停めてしまおうかとさえ思った。杜氏の住んでいる住宅街周辺でも、少し集落を外れた貯水池のようなところでカワセミを見かけたことがある。翡翠と書いてカワセミと読む。翡翠は宝石のヒスイだ。宝石に準えるほど美しい姿ということなのだろうか。頭でっかちのくせに、そこから尾に掛けて急角度で切れ込む様な身体の輪郭は、不格好なのか機能美なのか判じ難い。ただ、妙に心に残ることは確かだ。鷺や鶴は優美でスマートだが、カワセミの体型には川魚を瞬時に捕らえる俊敏さを窺わせるものがある。
 このカワセミに似た造形を持つ昆虫がいる。半翅目、つまりセミ、カメムシの類でもあるツノゼミだ。当部に突起があり、やはり頭でっかちではあるが側面からも上方からも三角形を成す造形には何らかの意味を想像させるものがある。突起のバリエーション、頭部の形状も種類によって微妙に異なる。外国産のものでは角(突起)が日本の在来種より遙かに発達しているものも見られる。冷静に眺めると確かにセミに似ている。だが寧ろヨコバイ、ウンカ、ハゴロモに近い種であり、アオバハゴロモ同様、危機を察知すると、まず飛んで難を逃れるのではなく、掴まっている草木の幹の反対側に回り込んで、敵の死角に入ろうという横着な逃げ方を試みる。この仕種がなかなかに愛らしい。
 類似した昆虫にはミミズクがいる。突起の形状が鳥のミミズクに似ていることからの命名らしいが、それ以外はツノゼミに近い。

 ツノゼミには意外な生態がある。アリマキ、シジミチョウの幼虫同様、ツノゼミの幼虫は植物の水分を吸い、甘美な排泄物をアリに提供するという。アントカウのひとつに数えられるのだ。ただ、シジミチョウの幼虫のように、アリの巣穴に飼われると同時にアリの卵や幼虫を貪り食うような悪逆非道な真似に及ぶワケではない。アントカウとして天敵からアリの手で守ってもらえばそれで本望であるらしい。
 不完全変態で蛹の時期を持たないが、羽化する前に一定期間動きを止めて成虫となる準備をするらしい。擬似的な蛹期なのかもしれない。それこそ雲霞の如く発生して数的な猛威を奮うウンカや、人間にとっての聖域であるが昆虫にとっては等しく自然の恵みに過ぎないイネに手を(口を)出して嫌われるヨコバイに較べると、ツノゼミは遙かに人間の生活からはかけ離れている。そしてとても雑多な植物に間借りを決め込んでいる。幼虫はそれなりに活動的に植物から液を吸うが、成虫は大人しげな1cm足らずのサイズで、何を食糧にして暮らしているのかあまり定かではない。やはり草木の茎から離れないところを見ると、植物から液を吸っているのは確かなようだ。間違っても肉食はしない。決め技はアントカウの列に加わることだけといってもいいが、人間の目にとってその造形はとても魅力的なものに映る。

 多くの人にとって、日常生活には何の関わりもなく、害虫として疎まれることすらないちっぽけなツノゼミなど目にすら留まらない存在に過ぎない。だが一度目に留まれば、その造形の奇妙な特徴は心に深く残るはずだ。人間に対する美醜、審美眼とて同じことなのかもしれない。万人に注目される必要など人間は本来持っていない。合わせた視線を離すことができなくなってしまった人間同士、その魅力をどう感じ、互いにどう人間性を高めてゆくかが問題である。異性の品定め大会は楽しいのかもしれないが、人間を愛することも本質はそことはかけ離れた場に運命付けられているに違いない。



Winery 〜Field noteへ戻る