

第二次世界大戦中、空襲が相次ぐ東京を離れて学童疎開した子供達の中には、疎開先でいじめに遭った者も少なくないという。生まれ育った地を離れ、家族とも別れて、家の無事が保証されない(事実終戦時では焼け野原に)心許ない状況で、理不尽ないじめに遭うとは踏んだり蹴ったりだ。子供は残酷だ。疎開してきた子の災難など意に介さない。いやそれどころか、それを逆手にとっていじめの材料に利用する。いじめる側も突然の異文化からの闖入者にカルチャーショックを感じた上での自衛策なのかもしれないが、数を恃む結果になったのは宜しくない。杜氏の叔父も疎開組で、ご多分に漏れずいじめにあった口だったようだ。大学のチーム・メイトに新宿から伊豆大島へ親の都合で転居した者がいたが、当初は「や〜い、都会っ子」と揶揄されたらしい。「都会っ子」が罵倒の言葉となるには、その土地が田舎で、田舎の子であることがスタンダードであることが要件であるが、そもそもスタンダードを外れているから罵倒されること自体、おかしい。人と違う在り方は、それによって周囲が害を及ぼされることがなければ、指弾されるべきものではない。こういう徒党の組み方はろくな人間を作らない。だがこうした村社会は案外どこにでも見られるのかもしれない。
プロテスタントが認知を得る前のキリスト教社会では、異端と見なされると糾弾され、磔刑の上に生きながら焼かれたりもした。それが正統の名の下に当然とされた。多数派である以外に存在すら許されない世界だった。ヨーロッパのことを批判など出来ない。日本でもクリスチャンであるだけで、徳川幕府によって理不尽な弾圧が行われた。長崎は殉教者で溢れた。
漱石の「坊ちゃん」は架空の人物とはいえ、杜氏の学校出身という設定になっている。神楽坂を歩いていたら、学生募集のビラをもらって、そのままその気になって入学してしまったというような記述がある。まァ、そういう大学だ。大学を卒業した主人公は、なぜか都心のど真ん中から、お化けが出る箱根の向こうなどでは利かない伊予の松山に数学教師として赴任する。その任地で初めての当直の日、寝床に大量の昆虫を発見して魂消てしまう。これがツチイナゴである。主人公と悪戯を仕掛けた生徒の間でそれがバッタであるか、イナゴであるかの論争が起きる。「それはバッタではのうて、イナゴぞなもし」という有名な台詞。なぜか悪戯の是非は糾弾されない。その代わり「なもし、なもしと、菜飯じゃあるまいし」という主人公の憤懣がつのる。
ツチイナゴは杜氏達にとっても最も馴染み深いバッタで、杜氏達も普通にバッタと呼んでいた。ただ単にバッタといえば、トノサマバッタではなく、この種だった。バッタもイナゴも漢字にすれば蝗、飛蝗であり、大差はない。ただツチイナゴには胸部の前肢の間に人間で言う喉仏のようなものがあるらしく、それはイナゴの特徴でもあるらしい。ダテにツチイナゴという命名をされているのではないらしく、その意味からは坊ちゃんよりも松山の中学生の方が正しい。中型5センチ強の中型のバッタである印象が強いが、雌の大きいものでは7cmになるから、トノサマバッタより大きいことになる。トノサマバッタの持つ重厚さはないので、実際より小さく感じられるのかもしれない。
成虫は翅や身体が褐色で、翅には黒っぽい斑紋が散っている。背から頭にかけて淡褐色の太い筋が入っており、他と見分け易い特徴となっている。イネ科の丈が高い植物の原やクズの集落に棲むことが多い。杜氏が専ら子供の頃追いかけたのも、ススキの原でのことだった。クズも杜氏が住む土地の斜面には必ずといっていいほど生えているから、ツチイナゴにとって生育するのに適した土地だったのかもしれない。だが、ススキやクズなど考えてみればどこにでも生えており、それだけツチイナゴも普通種であるということだ。だがこのバッタ、普通でないところがある。バッタの類で唯一成虫で越冬をするのだ。普通のバッタ、イナゴは晩秋に産卵して、成虫は気温の低下と共に死に絶え、卵で冬を越す。その方が合理的に思える。だがなぜかツチイナゴは成虫のまま越冬し、暖かい日などは日向に出て日光浴をしているかのように、のんびり活動する。体色が褐色なのも、こういう生活史に適合したものだと言える。ツチイナゴと言うだけあって土色に見えるが、あれは枯れ草の色でもある。ニッチが草原であることを思えば、枯れ草に一体化している体色である。
成虫は春先から活動を始め、春の盛りに産卵する。孵った幼虫は鮮やかな緑で、不完全変態であるから、身体が小さいだけで、親と同じ姿をしている。やや頭でっかちな幼虫はなかなか可愛い。春から夏にかけては幼虫として育ち、秋に脱皮してお馴染みの色をした成虫になる。目の周りが涙を流しているように見える斑紋となっているのも、他にはない特徴である。斑紋は見落とし勝ちだが、よく見ると美しい。これを、冬に他の昆虫が死に絶えた中で生きているから寂しくて流す涙と見るのは、人間の感傷に過ぎない。春、夏には幼虫、秋、冬には成虫と、ほぼ一年中見られることから、親近感を覚える昆虫として馴染み深く感じられるのかもしれない。食糧は無論、草の葉である。コバネイナゴ、ハネナガイナゴのように稲を食い荒らすことはないから、農家から目の敵にされることもないのだろう。これらの二種は人間の恨みを買い、佃煮になって酒のつまみなどにされるが、ツチイナゴを佃煮にする習慣はあまり聞かない。
飛翔力はそこそこに強く、後肢も頑丈だ。捕まえると後肢でギー、ギーと音を立てる。威嚇のつもりかもしれないが、あまり機能していないようにも感じる。子供は当然、後翅を持って、バッタが逃れようと激しくお辞儀を繰り返すのを楽しんだりする。
バッタは人間の季節感からすれば、夏から秋に見られるものだが、それが唯一許される解ではない。そこから微妙に生活史をずらして暮らしを営むツチイナゴには、ずらすことで得難いメリットを手にしているに違いない。他の昆虫がいない季節に何か独占できるものが存在するのだろう。それが何かはわかっていない。多分、ツチイナゴにしかわかり得ないものなのだろう。食糧に関することか、生殖にまつわることか、縄張りに関係することか・・・。それともイネの害虫とされる他のイナゴと区別してもらいたいのか。
外れ者のツチイナゴは、人間だったら異端として弾圧の対象となっているかもしれない。「お前はバッタなのかイナゴなのか」と糾弾されていたかもしれない。だが、ツチイナゴはおそらく、唯一成虫で越冬することで得られるメリットを自由に貪っている。愚かなのは自分以外の立場の者を数の論理で排除する人間の所業だ。
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