ウマオイ

種を分かつものとは?


 他の動物から人間、つまりホモ・サビエンスを見たら、異なった人種、たとえばコーカソイドとモンゴロイドを同種と見極められるだろうか? そもそも人間が不遜にも分類している種とは、何を以て判別されているのだろうか?

 生殖行為の可能を以て種は規定されるのだろうか? 最近、海外の昆虫を愛玩対象として飼育する人達が増えた。大事に飼っているだけなら問題は起きないが、途中でその手間が面倒になるのか、コストが嵩むのか、放棄してしまうケースが多いようだ。「イグアナが都内の公園に出現した」とか「カミツキガメの被害に遭った」などの報道をよく耳にするが、イグアナやカミツキガメが自然の状態で日本に生まれ育つようになったなどと考える者はいない。人が飼っていたものが、野山に捨てられたのだ。

 愛好家は海外の大型種を好むことが多い。クワガタムシなどはそのいい例で、在来種でもオオクワガタのような大型種が好まれる。大きければそれでいいッてモンじゃないとも思うのだが・・・。その海外の大型種が捨てられて、本来棲息していないハズの日本の山野に住み着いているらしい。だが、配偶者を見つけられるほど数多くはいない。第一、珍重されるのはクワガタの場合、立派な大あごを持ったオスのみである。放置された海外種のオスは、在来種のメスを襲い、片っ端から手籠めにしているらしい。ありうべからざる混血の個体や矮小な個体が増えているのもそのせいであろう。

 人間は罪作りな動物で、動物園という異常な環境下で異種間配合という試みもしている。レオポン(豹(レパード)とライオン)、ライガー(ライオンとトラ(タイガー)。決してプロレスラーではない)などがそれだ。異種間配合された個体は一種限りで、子孫を残すことが出来ない。動物の最も重大な性質を踏みにじる行為である。何のために、そンなことをするのか? 客寄せである。もっと言ってしまえば金儲けである。これが犯罪に問われないのか?

 海外の大型クワガタによる混血児達の運命もそれと同じなのかもしれない。だとしたら、これらの飼育を放擲してしまうマニアとは、マニアの風上にもおけない輩としか思えない。それと同時に考えさせられるのは、海外の大型種の節操のなさ(擬人化した表現で妥当ではないが)である。不幸な結果を招くのなら、敢て手籠めになどしなければいいものを。いや、もしかすると、人間の間で人種間の恋愛、生殖が可能なように、クワガタはクワガタであり、交配が可能なのであろうか?

 ウマオイは比較的普通に見られるキリギリスの一種である。夜行性なので、その気にならなければ姿を見ることが難しいが、晩夏から秋にかけて、馬子が馬を囃す声に擬えられたという「スーイッチョン」という声を藪から聞くことは多い。杜氏は酔狂で帰宅時に最寄り駅の一駅前で降りて3kmほどの行程を徒歩で帰ったりする。海岸沿いで海抜ゼロに等しい駅から、防衛大学校のある台地、海抜40m程度までを600mの斜面で登ることになる。片方は谷で下には集落や中学校があるが、もう一方はマテバシイなどの林で、林縁は草深いブッシュとなっている。そこからキリギリス、コオロギ類の鳴き音がとてもよく聞こえる。猛威を奮っているアオマツムシは、人家の植木などに多いが、天然のブッシュには少ない。そこには昔ながらのクツワムシやウマオイの鳴き音が支配的である。

 ウマオイは肉食性の極めて強い種である。成熟すると体長35mm前後にはなり、かなり大型である。同じく肉食性のヤブキリと大きさ、体型、体色、模様などが似ている。よく見ると外見からの区別は可能なのだが、かなり紛らわしい。だが、鳴き音はジーッ、ジーッといった振動よりも摩擦を連想させる濁音で、ウマオイとかなり異なる。成虫として出現する時期も68月と、ちょうどウマオイと入れ替わりであり、ライフサイクルも明瞭に別のものだ。ウマオイとヤブキリが別種であることは明らかである。

 ウマオイが好むのは食糧となる他の昆虫が充分に存在している環境であり、イタドリ、クズといった繁殖力が強く、少々葉を草食性の昆虫に提供してやることなどに何のインパクトもないような植物に覆われた、防衛大学沿いの林縁は格好の場所なのかもしれない。企業がWinWinの関係などという。双方に利がある都合のいい関係である。実際にそういうことなど少なく、大概はどちらかの企業論理に傾いている。この場合の昆虫と植物の関係も、昆虫の利に偏っている印象がある。だが、長い目で見ると、植物の過剰な繁栄は自らの首を締めることになるハズで、どこかで帳尻が合っているなのだと思う。人間の世界が安易に自然をシミュレーションしようと考えてもなかなかうまくいかないのは、こういった長期的視点を人間が持ち得ないためだろう。自分が死に絶えた遥か遠い先に、人類が滅亡するなどと言われても、個人としての人間には「どうでもいいこと」としか捉えることができない。それが、小賢しい人間の弱点であると感じる。都合のいい企業論理も同じこと。所詮は利己主義の集積でしかない。

 ウマオイには二系統ある。ハヤシノウマオイとハタケノウマオイである。杜氏が防衛大学校沿いの急傾斜の坂で聞いているのは、ハヤシノウマオイである。「スーイッチョ」という具合に長いスパンで鳴く傾向がある。ハタケノウマオイは「ズイッチョ、ズイッチョ」と比較的短いスパンでせわしなく鳴く。棲息地もその名の通り、人間の作った人工の自然である畑で主に鳴くのがハタケノウマオイで、そうではないのがハヤシノウマオイである。西日本にはハタケノウマオイが多く、「最近、ハヤシノウマオイが見られなくなった」などと言われる。反面、東日本にはハヤシノウマオイが多く、ハタケノウマオイがどうだかなど、さして気に懸けられない。ハタケノウマオイとハヤシノウマオイが外見上著しく違っているのかと思えば、殆ど区別がつかない。鳴き声だけでしか判別できないのだ。
 灯火にはどちらも寄ってくる。同じく灯火に惹かれる小昆虫を捉える目的があるのだろうか。灯火では概して鳴かないので、ハヤシノウマオイ、ハタケノウマオイのうち、どちらがより灯火を好むのかは不明である。
 スズムシは鳴き声が高く澄んで美しいために、観賞用に庇護された種になってしまった。だが、未だ自然の状態でもスズムシは棲息している。人に飼い慣らされたスズムシと、自然のスズムシでは鳴き方も異なるという。個体数が単位面積あたりに過密である前者は「競い鳴き」という他からの差別化を主眼とする自己主張を旨とする鳴き方をせざるを得ないのに対して、自然の状態でのスズムシはもっと悠然と鳴くのだという。そして、肝心のメスがどちらにより強く惹かれるのか実験したところ、圧倒的に後者だったという。皮肉な話だ。人間に喩えれば、女性の嗜好はナチュラルであくせくしたところがないさりげないファッションにあるのに、男性側は競争原理から金髪、ピアスのようなエキセントリックな方向へ進まざるを得ないというところだ。もっとも、人間様の場合、姫君達の嗜好も、空辣なマスコミの操作に左右されている傾向が否めない。スズムシのことを笑えない。
 ハヤシノウマオイもハタケノウマオイも、外見で見分けることなど全く不可能だ。杜氏にはこれらが同種であるとしか思えない。人工の環境は安定している。毎年同じ作物が安定的に供給されるし、そこに巣食う草食性の昆虫も安定的に繁殖する。東日本が文化的に繁栄し始めたのは、江戸時代からであるし、それが自然を圧迫するまでに加速するには明治維新を待たなければならない。鎌倉幕府は東国武士の革命の成就であったが、その前は源義家のような同じ武士によって東国武士団は東夷として征伐の対象だった。大体、武士の最高位とされる征夷大将軍というのは、夷を退治する軍事専門家の大将という意味である。だが、その後の
後醍醐天皇なども、東国武士団をやはり東夷と呼んで蔑んでいる。
 こういった背景では、昆虫にとっても身近で安定的な人間が用意してくれる環境は西日本に集中する。西日本のウマオイは、楽に暮らせる畑、つまり人口の環境に容易に親和し、ハタケノウマオイの方が主流となったに違いない。一方で東日本には、林の方が支配的な環境だった。選択の余地もなく、林に安住するしかなかったのだろう。人間からすれば百年は長いが、昆虫にとっては生態系を劇的に変えるほどの長さではない。東日本に依然としてハヤシノウマオイが多いのは当然の帰着である。
 杜氏の住む一帯も首都圏などと威張っていても、ハヤシノウマオイが悠然と棲むことができる豊かな林縁の生態系を持っている。そこに安住できるうちはウマオイも安泰なのだと感じる。帰化昆虫であるアオマツムシは、最初希少な存在であったが、戦後の宅地ブームによって庭木にニッチを求めるという急進的な方法で大繁殖を遂げている。それが全く白紙である状態から繁殖を遂げなければならない帰化動物の在り方である。だが、長いスパンで繁殖を試みなければならない在来種にとって、人工環境に阿るタイプと自然に留まるタイプに分かれるのも、ひとつの理想だろう。
 真田一族は言うまでもなく、戦国末期を彩った反骨の英雄、真田幸村の活躍に象徴されるが、実はそうではない。真田氏は鎌倉以前から佐奈田氏として武蔵野武士団の一員であったし、鎌倉幕府成立にも貢献してきた、戦国時代では源氏嫡流に近い武田源氏の武田氏の武将として真田幸隆が名を挙げ、真田昌幸に家督を継承した。昌幸は豊臣秀吉が大好きな分、徳川家康が大嫌い(ちょっと嫌い)で、関が原の合戦でも西軍として唯一、次男幸村と共に徳川秀忠を決戦の地へ決定的に遅参させるという形で面目を施している。その実、嫡男信幸を徳川の有力者である本田氏の女婿に送っている。信幸は秀忠の恨みを一身に受けながら、外様のお家劣り潰しが激しい時代を乗り切り九〇歳以上まで真田家存亡に睨みを利かせた大人物であった。実は嫡男信幸よりも幸村の方が年長であったという説もある。冷静で聡明な年少の信幸を家督存続に務めさせ、自分の資質により近い幸村に遺志を継がせて存分に戦わせたのだとしたら、昌幸の深慮遠謀も相当なものだ。伊達に鎌倉時代以前から存続してきた一族ではない。歴史に華々しい名を残した幸村に比べて、信幸の影が薄いように思えるが、家康の天敵を父と弟に持ちながら一族の繁栄を支えてきた信幸が稀に見る名君であったことは、池波正太郎の一連の真田モノを紐解くまでもなく、想像に難くない。信幸は大阪夏の陣後、信之と改名しているが、昌幸、幸村の幸を徳川の手前抹消したのであろう。その辺りの細やかさが信幸の真骨頂だったのだろう。
 ウマオイがハヤシノウマオイとハタケノウマオイに袂を分かったのも、真田昌幸の深慮とイタズラ心を思わせるところがある。人間の影響が大きい環境が支配的になればハタケノウマオイ系統がより繁栄するだろう。だが、人間の繁栄などたかだか、ここ数千年の出来事。悠久の地球の歴史からすれば一瞬の栄華に過ぎない。現代ですら種々の問題を抱えているのだから、もしかすると恐竜の繁栄にも及ばないかもしれない。そうすれば、本来のウマオイの姿であるハヤシノウマオイが勢いを盛り返すだろう。
 そう考えると、今のさばっているアオマツムシの喧騒など、何と浅はかなものかと思えてくる。



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