ウスバカミキリ

軽量化した甲虫

 武装化の形態は国、団体、個人によって異なる。永世中立国を宣言しながら、その実、充実した軍備を備えていたり、専守防衛を謳いながら超大国の意向に唯々諾々と従い、軍隊そのものの機関を持ち続ける国もある。大量破壊兵器の所有が疑われ、戦争を吹っかけられる理由にされながら、どこにもその形跡が(最近の戦争終結時点では)見当たらなかった例も。人は筋肉で武装したり、それが叶わぬ者は理論で武装したりもする。大樹の陰に寄り添うことで、保身を図る者もある。
 昆虫は体色や形態を周囲の条件に似せたり、敵が驚く蛇の目の紋様を身体に持ったり、目立つ色彩で敵の目を惹きつけた上で、捕食されることで不味い味または毒があることを敵の記憶に刷り込むことで種全体の繁栄を図ったり、突起を突然身体から突き出したり、不気味な体液を吐きかけたり、堅固な甲冑で全身を覆ったりと、千差万別な武装化を遂げている。鞘翅目昆虫は別名甲虫類と呼ばれるように、体表を堅い組織で覆って武装化を果たしている。その代わりに体重は重くなる傾向があり、甲冑として機能している前翅が飛翔のためには殆ど役割を果たさず、薄っぺらで透明ないかにも頼りなげ後翅だけで飛ぶことになる。重い上に、頼りなげな後翅だけの飛翔はとても心もとない。頑丈な体表を得ることの代償に、鞘翅目昆虫は飛翔という機動的な移動や危機回避能力を犠牲にしているのだ。その両方を具備するのは、昆虫には困難である。

 日本のカミキリムシの中で、特に大型種で普通に見られるほど繁栄しているものに、シロスジカミキリに加えて、ミヤマカミキリ、ウスバカミキリがある。この両種はよく似ている。薄い褐色で典型的なカミキリムシの体型を持つ。ウスバカミキリは体長が最大で55ミリにもなる。腹部を覆う前翅は紙のようにペラペラで薄い。それでウスバ、つまり薄羽の名がある。胸部に横に張り出した棘状の突起があるものとないものがある。トゲウスバカミキリ、トゲナシウスバカミキリと区別される。ウスバカゲロウ同様、薄馬鹿であるワケではない。
 成虫は七、八月の盛夏に現れる。他のカミキリムシと概ね発生時期は変わらない。だが、大型だけあって、ライフサイクルは二年以上に及ぶらしい。成虫のサイズまでに幼虫が成長するのに時間を要するのだろう。食樹は広葉樹から針葉樹にまで非常に多岐に渉るらしい。好き嫌いがないのである。幼虫の多くは枯死した、または枯死しかけた切り株を食する。幼虫の穿つ穴は長大で、50cmにも及ぶという。そこまで深く穴を穿てば、キツツキなどには容易に捕食できないであろう。
 好き嫌いがないということは、繁殖への有利な条件となりうるが、そうならざるを得なかったことも想像できる。条件に適合した切り株や枯死しかけた木があまり見当たらないことから、贅沢は言っていられなかったのかもしれない。
 夏に灯火によく寄ってくる種でもある。その飛翔は大型種であることもあり、迫力があるが、翅が薄いのでパタパタした印象で、カミキリムシ以外の昆虫に見えなくもない。
 習性は完全に夜行性で、昼の間は木の陰や隙間などに潜り込み、じっと動かず休んでいる。カブトムシ、クワガタムシなどと同様、樹液を好む。身体の武装化が軽微な分かは不明だが、比較的好戦的な行動を取る。掴もうとすると、頭部をひねって大顎で噛み付こうとする。灯火に寄ってきたウスバカミキリを捕獲しようと試みて、痛い目を見る子供達も多いだろう。胸部を掴めばいいのだが、そこにも棘があるので捕獲には慎重を要する。
 触覚はよく発達している。太いし、長い。特に付け根部分は太い。いくつかの節に分かれており、オーソドックスな形をしている。体長と同じ程度の長さを持つ。
 面白いのは、同じカミキリムシであってもゴマダラカミキリなどはより生命力が残っている生木に近い株を食すのに対して、ウスバカミキリはそれらのカミキリが食害を進め、弱った株を、先住だったカミキリの穴から潜入して更に掘り進める行動を取ることだ。人間は「食害」などと呼ぶが、カミキリムシにとっては健康で生命力旺盛な木に潜入することは、激しい抵抗にあって駆逐されるリスクを伴う。人間の体内に入った菌が白血球などに征伐されるようなものだ。だから、弱りかけた木しか狙わない。その選別の基準もカミキリムシの種によって異なるようだ。ウスバカミキリは木に引導を渡す役割に近いのかもしれない。
 ウスバカミキリがある程度武装を捨て、軽量化を図って機動性を高めている傾向は、植樹の選り好みが少ないこと、リスクの低い木を選ぶことといった繁殖と生存に有利な条件で暮らしたり、羽化後も敵の多い昼の活動を徹底して避ける生活パターンと無縁ではないのかもしれない。甲冑を身に纏うが如き形態によって繁栄を遂げた甲虫類であるが、ウスバカミキリの様々な生態には、そこから更に生き残りに有利な条件を獲得した進化の後が窺われる。
 おそらく、厳しい条件下で世代を繰り返すうちに、翅の薄い個体、様々な植樹に対応しうる個体、夜行性の強い個体、よりリスクの低い食樹を選ぶ個体の遺伝子が色濃く残り、最適な形状、生態が受け継がれた結果、今のウスバカミキリがあるのだ。

 日本のザ・カミキリムシといえば、風格、親しみやすさ、大きさから言って、シロスジカミキリにトドメを刺すが、それに準ずる大きさ、生命力、個体数、機動力等の実質的なアクティヴィティに照らせば、ウスバカミキリがザ・チャンピオン・オヴ・カミキリムシなのかもしれない。



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