

「ブルー・ベルベット」という映画はデヴィッド・リンチが手掛けたミステリアスなドラマで、見ようによってはリンチの変態趣味が顕著な作品である。賛否両論があるが、リンチにしては明瞭な後味を残す作品でもある。有名なスタンダード・ナンバー、「ブルー・ヴェルヴェット」が下敷きになっている。「イージー・ライダー」以後、下り坂のキャリアを辿っていたデニス・ホッパーを復活させた。主人公はリンチの分身として多用されるカイル・マクラクラン。イングリッド・バーグマンの娘で「永遠に美しく」の妖怪美女のイザベラ・ロッセリーニ、ブルース・ダーンの娘であるローラ・ダーンも出ていた。ロッセリーニが唄う退廃そのものの歌がラストの光に満ちた世界での明るい調べへ反転する見事さには感心したが、退廃の世界に一旦飲み込まれた主人公が、そのままローラ・ダーンらとのノーマルな世界に何もなかったかのように安住するかは疑わしい。この曲を、映画での再評価があったとはいえ、NHKが日曜深夜の音楽番組で日本人に歌わせていたのには脱力させられた。よりによって浅野ゆう子とは・・・・。
不幸な男がいた。彼は一世一代のデートに、自分の好きな映画を活用しようと思った。選択は三つあった。当時ちょうど東京のある小屋で掛かっていた「タルコフスキー映画祭」と女性と観に行っても大過がないと思われる「眺めのいい部屋」。そして「ブルーベルベット」だった。いくら何でもいきなりタルコフスキーはないだろう、と彼は思った。杜氏もそう思う。「惑星ソラリス」を一度も居眠りすることなく最後まで見られる人は尊敬に値すると思うし、「ストーカー」を見終えた後は、自分の今後の人生が暗澹たるものに終わる重苦しい不安に48時間ほど付き纏われた。彼は勝負に出た。「ブルーベルベット」を選択したのだ。・・・。そして2時間後、得た評価が「××さん、ああいうのが好きなの? 変態みたい」 デヴィッド・リンチなンて嫌いだ、である。ご愁傷様。Don't
you fucking look at me!
「ブルー・ヴェルヴェット」の冒頭を野暮な和訳にすると、「彼女は青いビロ−ドを纏っていた」となる。ヴェルヴェットと呼ぶより日本人にはビロードの方がイメージが湧く。因みにビードロは纏えない。なぜ、ヴェルヴェットではなく、ビロードでその名が広まってしまったかと言えば、戦国時代にポルトガルから伝わった製品であるために、英語ではなくポルトガル語が訛ってそうなったらしい。つまりは、天ぷら、金平糖の類であるらしい。最近はヴェルヴェットと同じようにフカフカな素材で寒さを防ぐフリースなどという素材もあるが、服飾品にあまり縁がない杜氏にはよくわからない。低価格戦略で成功していた(過去形)ユニクロは、ペットボトルの再利用からフリースを生産しており、これならコストダウンもむべなるかなとは思う。因みに杜氏がどれほど服飾品に暗いかといえば、タンク・トップ、キャミソールならイメージできるものの、カットソーの何たるかがわからない。どなたかにご教示頂きたいものだ。
ビロードのようなフワフワと暖かそうな毛に覆われているためにその名がある生物はいくつかあるが、昆虫ならビロードツリアブが代表格だ。長い口吻を持ち、深い奥行きを持つ花から吸蜜出来る昆虫だ。その体長は1cmあるかないかの小型昆虫だが、口吻の長さは自身の体長に匹敵する。空中でホバリングしながら吸密する姿が、空中に吊ったようであるから、ツリアブと命名されたらしい。ハチに姿が似ており、しかも正体はアブである。ハチと見間違えれば刺されそうな危険を感じるし、アブだとしても血を吸われそうに思える。ところが刺すことも吸血することもない。同じようにミツバチに酷似するヒラタアブ同様、最も普通に見られるアブだが、危険に見られることが繁栄に一役買っているに違いない。
黄褐色の毛に覆われた姿は、いかにも春のどやかな野に相応しい印象であるが、早春のあまり早い時期には姿が見られない。3〜5月の実質的に花が咲き乱れる時期にのみ成虫として活動する。他の昆虫にとって何ら危険のないこの昆虫が、いかにも柔らかく暖かそうな姿で飛び回るのを目にすると、心に豊かなものが充たされてゆくような感覚を覚える。ところが、ビロードツリアブは攻撃性のない平和な昆虫という面だけを持っているワケではない。
吸蜜する成虫以外、ビロードツリアブがどういう生活史を送っているのだろうか? 実は同じように花を訪れるハナバチに寄生するらしい。ハナバチとはクマバチを代表とする丸っこい身体つきをしたハチで生態、形態としてはミツバチに近い。ビロードツリアブよりは体長だけでも二倍近くはあるし、体型の充実ぶりからすれば容積比では八倍以上はある昆虫だ。そのうち、クロマルハナバチ、トラマルハマバチといったマルハナバチは土中に浅い穴を掘り、体内から出る蝋を用いて営巣する。その土中に住むハチにビロードツリアブは寄生するらしい。外敵から身を隠す穴、寄生する幼虫からもたらされる栄養分。住と食を充たす環境はビロードツリアブにとっては大変な恩恵であるに違いない。欠けている衣? 成虫になればビロードで覆われることが約束されている。
それは冗談だが、身体が小さいことも寄生には幸いしているのかもしれない。カリウドバチの営巣は次の世代だけのために為され、親はそのまま巣を去り、生を享けた目的を全うして静かに死んでゆく。ハナバチの類は、ミツバチ、スズメバチ、アシナガバチほど明確ではないが、一時期、成虫と卵、幼虫が共に過ごす家族生活を営む。そうすることにより、次世代へとより確実に生命は受け継がれる。つまり、卵、幼虫を守っている成虫に対して、識別可能なほどの大きさは寄生虫にとってリスクとしてしか作用しない。そういえば、生みっ放しのカリウドバチの巣を多くの寄生虫がターゲットにしている。寄生し易いのであろう。
「ブルーベルベット」で親孝行で模範青年であるカイル・マクラクランが、デニス・ホッパーの生成する異常な世界に巻き込まれ、イザベラ・ロッセリーニとアブノーマルな関係を結ぶように、人間にも真っ当な面とダーク・サイドという二面性がある。春の野の妖精のようなビロードツリアブの成虫が幼虫時に見せる生態は、人間の感覚から見れば、肉食昆虫の残虐さ、安全を他の昆虫の努力を借りて獲得する狡猾さ、親の目を盗んで子の命を害してゆく邪悪さに彩られている。だが、ビロードツリアブはいつの世からか、肉食と草食を往復する生き方しか出来ない昆虫となってしまったのだ。そして現象面から見ればビロードツリアブは、ハナバチが異常繁殖して結果として限られた食糧とニッチを奪い合う過当競争から遠ざける機能を果たしている。自然のバース・コントロールである。それは是非の問題ではない。
カイル・マクラクラン演じる主人公は、デニス・ホッパーの演じる変質者の狂気を、自らも狂気に捉われたからこそ為しうる射殺という手段で断ち切る。だが、ローラ・ダーンの象徴する善良な愛と、イザベラ・ロッセリーニの象徴する退廃的な愛の二面性が自らに潜んで共存しうることを知ってしまった主人公が、平和の戻った街でおとぎ話の結末の如く穏やかに暮らせるとは到底思えない。デヴィッド・リンチならその行く末を知っている? いや、リンチが自作した謎を放置したまま解決しないことなど、今や誰でも知っている。