ヨコヅナサシガメ

吸血鬼の汚名


 大相撲が国技というのは最早、興行存続のための欺瞞でしかない。ハワイの巨漢達に目をつけたのは序の口で、今は世界各国の格闘技志望者品評会の体を成している。日本人力士達の大半も、野球などと同じくアマチュア・スポーツとしてある程度成功を収めて、リスクが少ないことを確認してから角界入りする学生相撲出身者で占められている。少し前までは北海道、東北の寒村から身体の大きい者を説き伏せて東京へ連れてきて、力士に仕立てるルートが主流だった。そういった者達にはスポーツを志向している実感などなかったに違いない。寧ろ演劇とか芸妓、演歌歌手の世界に近い。だが、最早日本全国どこを見回しても、身体が大きいだけで取り得がない若者達が食い詰めてしまうことが必至な寒村など存在しない。裸体を観衆の前に晒し、封建的な制度を甘んじて受け入れ、陰湿な苛めや公然と働かれる暴力に耐えてまで、可能性の少ない富と名声を目指そうとする少年の数は少ないだろう。三〇年前まで力士の五割方を北海道出身者が占めていたような気がする。今はおそらく五パーセントにも満たないだろう。
 ハワイ出身の横綱経験者で、最早引退した者が総合格闘技でもう一花咲かせようとしてあがいている。その所属はチーム・ヨコヅナだそうだ。だが彼が身に纏ったガウンの表記にも、二の腕に彫ったタトゥにも"Yokozuna"とある。dunaではなくzunaなのか! それッて誤字じゃン! Yokozunaだったら横砂でしかない。横転させられていつも砂まみれという意味か? 日本語は表音文字、表意文字双方の側面を持つ。確かに音だけならzunaで、英語文化圏の人間にはdunaはドゥナとかデュナと発音されるべきだろうが、そンな日本語はない。だからといって、zunaでは綱を意味しない。横綱を張るというのは力士にしか理解できない深い意味があるハズ。この一事を取っても、彼がかつて死に物狂いで勝ち得たハズの地位に誇りを持っているのか、疑問であると考えざるを得ない。第一、タトゥにその字を彫ってしまうなど、アメリカのインチキ日系スモー・レスラーもどきの泡沫プロレスラーのすることだ。
 力道山が韓国人であったことは周知の事実となっているが、実はその弟弟子で「土俵の鬼」と呼ばれた力士から発生した一族も、実は力道山と同族である。もっと言ってしまえば、相撲の起源であるとされる能見宿禰と大麻蹶速も、どこか渡来系っぽい。蹶速など、キック・ボクサーであったことを物語っているし、この御前試合、古代ギリシアのパンクラチオンもかくやと思うような展開だった。とても、足の裏以外の身体の一部が土俵についたら負け、というような生易しいものだはなかったのだろう。日本書紀の伝承では、能見宿禰が大麻蹶速を殺害することで決着している。K1のノックアウトより凄惨な攻撃の応酬だったことは想像に難くない。
 相撲が国技で、天皇がたまに観にくるような崇高な競技であるなど、昭和以後の相撲協会のでっち上げであろう。天皇を持ち出すところが卑怯だ。

 サシガメは半翅目つまりセミ、カメムシの中でも比較的多くの種を持つ一族だ。吸血カメムシの汚名を着せられているフシがある。確かに食肉性のカメムシは多い。タガメなどその典型であろうし、タイコウチ、ミズカマキリ、マツモムシも捉えた獲物から体液を吸う。意表を衝いて鱗翅目昆虫の幼虫を襲うアオクチブトカメムシも同様だ。だが、サシガメは特別で、人間の血を吸うと考えられている。実際にはネズミのような小型の哺乳類の血を吸う習性を持つオオサシガメにような一部の大型種が、人家に住むようになり、人の血も吸うようになった例はあるものの、サシガメなら何でも人の血を吸うワケではない。それではナンキンムシ(トコジラミ)と同じ扱いである。トコジラミも半翅目であることは確かだが。
 サシガメは種類によって食糧とする獲物が明確に違うようである。鱗翅目昆虫の幼虫を狙うもの、クモを襲うもの、ハムシ、テントウムシといった鞘翅目を好むもの、ヤスデ、ムカデ、ゲジゲジなどを専ら捉えるもの、・・・etc. 河原の石の下などに住むアカシマサシガメが、ヤスデを好物とするように、その食性はニッチに依存するらしい。つまりはサシガメの種が多様化するに連れ、食糧の競合が起きないように、自然と嗜好の相違が生まれ、それによる棲み分けが行われているということなのだろう。
 こうして列挙してみると、無抵抗な鱗翅目昆虫の幼虫は別としても、攻撃的な武器や固いディフェンスを誇る昆虫、生物を餌食としていることがわかる。さして大きな種が多いワケでもないのに、サシガメの類が案外と狩りの名手であることが窺える。人間が不用意に掴もうとして噛まれ、予想外の痛さにたじろぐぐらいだから、ケンカの強さも能見宿禰クラスなのかもしれない。
 科の中でも大型種には大きいことを示す接頭語がつくことが多い。オオサンショウウオのように、オオが最も一般的だが、他の普通名詞があてがわれることもある。トノサマ(バッタ、カエル)、オニ(ヒトデ、クモ、アザミ、ノゲシ、ヤンマ)、コウテイ、オウサマ(ペンギン)といったものがそれである。海外種だとヘラクレス、ゴライアス、ギガンテス、アポロなど神話、伝説中の人物が引き合いに出されていたりもする。ヨコヅナサシガメもその大きさから命名されたと思われる。サシガメには体長10〜15mmのものが多いが、オオサシガメ、オオトビサシガメ、ヨコヅナサシガメなどの大型種は20mmを越える。ヨコヅナサシガメは最大24mm程度にもなるそうだ。
 腹部の縁が横に張り出した体型はヘリカメムシにも似ている気がする。この張り出した部分を腹部結合版と呼ぶらしく、身体全体が黒い体毛で覆われた光沢を帯びた黒であるのに対して、この部分は白く、体節ごとに黒い斑紋を持つ。これが黒と白のシマシマに見える。ヤブカやアブと同じような印象を与える模様で、吸血する昆虫にすべてではないが多く共通するサインのように思える。やはり警戒色の一種なのだろうか。これが嵩じると黄色と黒という自然界で最も警戒べきサインへ発展するような気もする。
 ヨコヅナカメムシはさして目立たぬ昆虫であるが、サシガメの類は概して美しい。メタリックな光沢を帯びた種が多いし、アカヘリサシガメの縁の赤はお洒落っぽい。アカサシガメの翅の赤も鮮やかだ。ビロードサシガメなども実に繊細なデザインを示しており、やはり肢や腹部の裏の赤がワンポイントとなっている。
 サシガメの類の多くは群を成して落ち葉の裏、石の下などの保温性の高い環境で成虫越冬するらしいが、昆虫にとって越冬に相応しい場所というのは限られるらしく、テントウムシ、ハムシといった冬でなければサシガメの食糧となる種も至近距離で越冬することが多いらしい。人間から見れば呉越同舟の体だが、越冬時に食糧は不要だ。この場合のテントウムシ、ハムシは、サシガメにとっても襲うべき相手としては認識されないのであろう。カメムシの多くが集団行動を取る際の集合フェロモンを発し、これが人間にとっての悪臭になることは以前にも触れた。越冬の際や大量の食糧(サクラの木のオビカレハ等)が見つかった際のように、サシガメも仲間同士の交信に集合フェロモンを発していると考えられる。ところが、サシガメを突っつこうが苛めようが、噛み付かれて痛い目を見るのがオチで、カメムシのカメムシたる由縁である悪臭は少しも出てこないらしい。
 サシガメは英語では俗にKissing bugと呼ばれるらしい。実はサシガメの吸血はとても時間をかけて行われる。オオサシガメのような哺乳類を襲う種は、相手が眠っている間に吸血する。血を吸われていることを気取られないように、一回の吸血は十五分を要するという。つまり、人間などの外敵に襲われた際に反撃する場合は吸血ではなく、噛んでいるのであろう。実験用のマウスなどの小さな哺乳類は一回の吸血だけで失血死することもあるという。だが、人間が睡眠中に吸血されたとてサシガメ自体に毒はないし、命に別状はない。
 では完全に無害で、人間がサシガメを恐れるのは単なる妄想なのだろうか。実はそうではない。南米グアテマラのサシガメは消化器系器官(腸)にアフリカのマラリアや眠り病に近い症状を招く原虫を持っているらしい。吸血中に原虫がサシガメの口吻から媒介されることはないが、厄介なことに吸血した後のサシガメは決まって排泄を行うらしい。その排泄物に原虫が混入しており、シャーガス病(チャガス病)なる馬鹿に出来ない病気を媒介することになる。食道拡張症、巨大結腸症を招き、感染者が出産した場合、新生児に先天感染が見られるという。これが巷間伝えられるサシガメの真の脅威である。だが、この病気が見られるのは南米各国に限られ、しかも都市部には見られない風土病と位置付けられており、まず日本でそのようなことが起きる可能性は、皆無ではないのかもしれないが、極めて薄い。

 ヨコヅナサシガメはこうして数々の興味深い習性を持ち、よく見ると美麗種も多い中で、大きさ、形状から風格を感じさせる種である。ところが、実社会での横綱は品性、高潔さ、篤実さを求められながら、必ずしも実態が伴っていないように見受ける。いや、現代においてそうなったことは嘆かわしいと仰る方々は多いだろうが、昔からその傾向があったからこそ、品性が殊更に強調されてきたのかもしれない。横綱とはランキングではなく、名誉称号のようなものだ。英語なら大関がチャンピオンで、横綱がグランド・チャンピオン。本来は大関が最高位なのだ。江戸末期の大関・雷電為衛門は強さなら群を抜いていたそうだが、粗暴さゆえに遂には横綱に推挙されなかったという。明らかにおかしい。土俵の上でも温厚篤実であったなら、相撲には勝てない。粗暴というのは雷電の強さを恐れ、権力を奪われるのを嫌った業界のトップ(横綱、興行主、タニマチ)の言い逃れに思える。粗暴さは寧ろ土俵上での力士の求められる最高の資質であろう。現代でもそうだが、横綱審議会など、一部の良心的な委員達を除き、ありもしない幻想をデッチ上げようとする権威主義者によって運営されているとしか思えない。
 横綱などという幻想を名に冠してしまったヨコヅナサシガメが気の毒に思えるが、そのようなこととは無関係に、サシガメはサシガメの生活史を、吸血鬼の汚名を受けながらも淡々と繰り返している。これが自然なのだ。



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