オオヘリカメムシ
ザ・キング・オヴ・カメムシ
いくら小さなものであっても、その一族で最も大きなものにはそれなりの風格が備わっている。「風の谷のナウシカ」で、「風の谷」は群落に近いが、環境の劣悪な世界では国家を成している。そこへ大国トルメキアの軍が到着する。大軍を率いた王女(公主と言うべきか)クシャナに対し、長老たるオババが一括する。「小国と雖も、それが一国の王を遇する態度なのか」と。リーダーシップを取る者には、スケールの大小にかかわらず、資質が備わっており、グループの運営により、それが更に磨かれていくのだろう。オニヤンマ、オオゾウムシ、エンマコオロギ、トノサマバッタ、etc. 皆、その科なり目なりを代表する何かを醸している。
個体数の多さ、形質のカメムシらしさから、前回のコラムで杜氏はクサギカメムシをカメムシの中のカメムシ、ザ・カメムシと呼んだが、最も風格を持ったカメムシは他に存在する。
ヘリカメムシはカメムシの中でも比較的大きな領域を占める一族である。腹部の後翅に隠れ切れない側部が跳ね上がった鰭のように反り返って、「ヘリ」を形成している。地味な色の種が殆どであるが、形状はいかつくカッコイイ。体格もしっかりしているものが多い。オオヘリカメムシはその中でも体調22〜25mmと、ヘリカメムシでは無論、他のカメムシと比較しても出色の大きさを誇る。大きさだけではなく、ヘリの張り出し、胸部の左右の上端(人間で言えば肩に相当する部分)の肩章を思わせる突起、全体のいかめしさなど、文字通り風格をにじませている。特筆すべきは、その肢の太さ、逞しさで、ちょっと他の昆虫にも見られないほど特徴的である。
色調は暗褐色。ヘリには節があって、その境目が白っぽい筋となる。翅が成す模様はカメムシらしいシンプルなものである。だが、普段は翅で隠れている腹部の背面は紅色がかっており、飛び立つ瞬間にのみ目立つお洒落なワン・ポイントとなっている。
何に似ているのかよくよく考えてみると、タガメに似ていることに気付かされる。全体の形状、肢の太さ、背面の翅の合わせ方からくる模様・・・。これで身体がタガメ並みに大きく、前肢が鎌状に発達していたら、そっくりであろう。タガメも水棲の半翅目では最大であり、やはり風格を漂わせている。
個体数もさほど多くはなく、山地に見られることが多いが、平地にいないこともない。フキ、アザミ、キジムシロといったキク科の森林近くに繁茂する植物を中心に棲家とする。幸いにして、その臭気を受けたことはないが、杜氏が最初に持った図鑑にも「とくにくさい」とある。その臭気はカメムシ全般に共通する草が放つものが凝縮されたようなものではなく、酸味を帯びたようなものであるという。お見舞いされたくはないシロモノである。
個体数が少ないというワリには、林の草の葉に群れていることが多い。居るところには居るのであって、決して希少種でも高山種でもない。だが、お目にかかる度に、一種の感動を伴う昆虫であるといえる。
沖縄の石垣島のマングローブの林には、様々な巨大生物が棲んでいるという。本州では肢を開いても親指の長さにも満たない陸ガニだが、当地のそれは肩幅以上もある。小さな二枚貝の代表であるシジミに至っては、ホッキガイと見まごう巨大さであるらしい。シャコもイセエビサイズで、塚を築いて生活していたりする。南国の生物は概して大きいのだが、マングローブの林の生態系がそういう事態を招くのだろうか。一説によると島の閉鎖された生態系において、外来種が侵入して来ないために、天敵が少ないままに推移した結果だとも言う。
確かに日本ではカブトムシやオオクワガタは押し出しが立派な昆虫であるが、海外種であるヘラクレスオオカブトムシやゴライアスオオハナムグリと比較すれば、小人のような存在となる。だが、生物はそれらが属している生態系の範囲で相対的に大きさを評価されるべきものなのだ。ヨナクニサンがいかに大きくとも、本州は与那国ではない。例えば、トンボは古代において最大のものが翅の開帳70cmほどもあり、しかもゴキブリのように幅の広い腹部を持っていたことが、化石によって確認されてはいる。現代の日本最大のトンボであるオニヤンマも形無しの「風の谷のナウシカ」の世界だ。だが、それらは環境の変化に適応することが出来ずに死滅してしまった。死滅してしまったものとの比較には意味がなく、依然オニヤンマは立派なトンボであるのだ。
鳥なき里の蝙蝠などと言う。低いレヴェルでが占める場では、絶対的に必ずしも高い評価を与えられない者がトップを得るかもしれない。だが、鳥か蝙蝠かは別にして、ローカルにトップを占める者には独特な雰囲気があることを否定できない。入試の難関校には受験ノウハウに精通し、高いレヴェルで大勢が切磋琢磨している高校からの合格者が大半を占めるが、入学後頭角を顕してトップを走るのは概して地方で週刊誌が「有名校」ともてはやさないような学校の出身者であるという。何が鳥で何が蝙蝠かなど、容易には断定できないのだ。
何も先入観がない子供がオオヘリカメムシを初めて見たとしても、その威容さを感じることであろう。絶対的な見た目の大きさにかかわらず、以て生まれた資質というのはそういう性格のものなのかもしれない。
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