ヤマユリ


手に届かぬからこその愛しさ


 夏休みは小中学生にとって人生で最も輝かしい時間といえる。その直前の心の浮き立ちようと言ったら、映画タイタニックで、レオナルド・ディカプリオが”I'm a King of the world”と叫んだのもかくやと思うほどである。梅雨は明けるかどうか微妙ながら、成績のことはもうジタバタしてもやるべきことは済み、あとは休みに突入するばかり。「悩みはないし、ホイ、オバQ」てなもンである。
 その薔薇色の季節に、私達の前に必ず姿を見せる花があった。ヤマユリ。神奈川県の花。
 園芸の本によると、ヤマユリはやたら気難しい植物である。移植の最適期は花が済んだ秋。適地は午前中に日当たりが良く、午後には日が翳る東北向きの傾斜地。草丈の上の方には日が当たらなければならず、反面根元は陰とならなくてはいけない。水捌けは表面近くは良い腐葉土のような軽い土であるものの、根の下には粘土質の貯水層が必要。花が済み草が枯れた時期にも敷き藁をした上から一週間に一度程度、バケツに一株一杯という程度の水遣りが必要。etc. つまり神奈川県花になるほど多く見られる花なのに路地上の条件はとても厳しい。
 なるほど傾斜地の多い神奈川はヤマユリには居心地がいいだろう。そこには根元を日光から覆い隠す下草にも、水捌けの良い腐葉土の土壌にも、雨を下に効率的に流す地形にも、粘土質の貯水層にも恵まれている。あれほど多く見られる花なのに、ヤマユリがとても人には寄りつけないような険しい斜面で人を睥睨するかのように咲き誇り、強い匂いを下の人間の居住空間にまで運ぶサマは、窓辺にしか姿を現さず、ピアノを弾く音だけがリアルに聴覚を刺激する深窓の令嬢のようである。
 清純を誇っているかのような白い花弁に、妖艶なそばかすに似た紅の斑点、薄い黄色のスジ、オレンジの花粉。そして濃厚で甘美な香り。侵し難い淑女の装いと誘惑的な佇まいとの同居。それが決して手の届きそうにない断崖に咲いていることといったら、筆舌に尽くし難い。
 壇一雄によると、壇が太宰治ら無頼派ご一同を引き連れて、中原中也を訪ねたことがあるという。無論、友好的な表敬訪問ではなく、ナマイキなチビの詩人を懲らしめようというコンタンだったらしい。太宰は逆に詩人に絡まれたという。
「おめェ、好きな花は何だ、太宰?」
「モ、・・・モモノハナ」
「ケッ、桃の花? だからおめェはダメなンだ」
 その後、格闘に及ぼうとしたらしい詩人は屈強な壇に抑えつけられたらしい。
 太宰は北国の出身。ヤマユリの存在を知らなかったのではないか。知っていたら、中也に遣り込められなくても済んだかもしれない。そういう問題じゃない? ご尤も。

 ヤマユリを必死の思いで崖から球根で取ってきて、それこそ手塩に掛けて育てたころがある。二年は花をつけてくれた。絶世の美女が天から降りてきて、自分の家に嫁となったように嬉しかった。でも、三年目、四月が過ぎ、連休が明けても天女は甦らなかった。

 やはり野に置けレンゲ草。この言葉はレンゲのようなつましくも可憐な花にこそ相応しい。清純かつ妖艶なヤマユリは庭に植えても圧倒的な存在感を誇ることが出来るのに。

 改良ヤマユリ、カサブランカ等、栽培の面でヤマユリの欠陥を補った種は数多い。しかし、姿形においてとても野生のヤマユリには及ばない。私も改良ヤマユリを育ててみて、それなりに楽しませてくれたものの、断崖から見下ろしてくるヤマユリには敵わないことを実感している。手が決して届かないからこそ愛しいというのは、人間の女性とも似ているかもしれない。

 今、ウチの庭にはオニユリが住み着いている。野生の株から葉の元に育っている黒いムカゴを拝借して庭に撒いてみたらうまく定着してくれた。オレンジの地に斑点。少し変則的な形状。オニユリはオニユリで大変愛しい。少なくとも人出で改良されてヤマユリではなくなってしまったヤマユリよりも。

 でも子供の夏休みが近くなると、近所の切り立った斜面に群生して咲くヤマユリの匂いを浴び、手を出すことも出来ずに佇んでいる自分を、私は今年も見出すだろう。


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