アマモ

聖域を育む緑の触手


 人間は本能が壊れている生物であると言われるが、未知のもの、得体の知れぬものを恐れる本能は損なわれていない。何もないことが頭でわかってはいても、闇の中に放り込まれれば、そこは有限の空間から無限の恐怖が広がる世界と化す。古来人間はそこに潜む妖怪を見出してきた。「疑心暗鬼を生ず」「幽霊の正体見たり枯れ尾花」などと口で言ってはみても、実際に光が遮断されれば、恐怖が湧き上がるのを誰もが抑えることは出来ない。

 何も闇ばかりではない。水辺は水という人間が入り込めない垣根があり、やはり未知の世界として人間の介入を妨げてきた。ヨーロッパでは水にまつわる妖精、たとえばアーサー王の妹の湖の女、モルガン・ル・フェイ、あやかしの美声で船人達を海底に引きずり込むローレライなどが人々の恐怖から生み出されたし、日本でも河童や海坊主がいる。人間の恐怖心が強くかきたてられる地域こそ、侵し難い聖域であるのだ。そこを護る妖怪もおどろおどろしくなって当然なのである。

 杜氏は海辺に住んでいる。学生時代の夏は、大学での実験用の白衣の下に水着を着て散歩に出て、浜辺に出るとやおら白衣を脱いで、海に飛び込んだものだった。一歩間違えると危ないオヤジだ。東京湾は殆どが護岸化され、神奈川県側は湾の出口である馬堀海岸まで自然の海岸線が封じ込められてしまった。杜氏は幼年時代には横浜と横須賀の境に住んでおり、海水浴といえば専ら馬堀海岸に赴いたものだった。横須賀中央から安浦へ続く深田台下のトンネルを抜ければ、何が視界に飛び込んでくるのかわかっているはずなのに、毎回「海だ! 海!」とはしゃいだものだった。無論、そういった本能的行動は杜氏だけのものではなかった。馬堀海岸は駅を出るとすぐビーチが広がる、今思えば夢のような駅だった。今駅前にある西友の辺りには海の家が軒を連ねていたものだ。沖には小型の鯨であるスナメリが親子なのか家族なのか、とにかく複数戯れているのを、運が良ければ目にすることが出来た。今、そこにあるのは馬堀海岸団地でしかない。

 防衛大学校はその馬堀海岸を見下ろす小原台の頂上にある。かつては黒船来航の折、坂本竜馬らが小原台に登り、馬堀海岸と反対側に位置する海である浦賀湾、久里浜に停泊する黒船を眺めた土地だ。防衛大学校(防大)の体育は荒っぽいもので、馬堀海岸から更に湾の出口に近い走水から東京湾唯一の天然の島である猿島への遠泳を完泳しなければ単位が与えられないらしい。その伝統は今でも続いていると思われる。全行程5キロはあるだろうか。走水海岸は辛うじて宅地開発を免れ、湾の外れを乗り越えた観音崎、多々羅浜と共に海水浴場として生き残っている。つまり護岸化は馬堀海岸でやっと終わりを告げたのだ。

少し前、防大生がTVのドキュメンタリー番組で、「俺達が次に行く海は(こンな汚い浜辺ではなく)白亜のビーチだ!」などと叫んでいたのを聞いた。その遠泳に臨んでの雄叫びである。だが、それは結構な見当違いで、湾に護られ波も荒くはなく、公害産業の工場地帯からかなり離れて、しかも観光地仕様に妙な加工がされていない走水の浜辺は浮き台の下や磯辺に熱帯魚が群れるトロピカル・オーシャンさながらの美しい海なのだ。

 かと思うと・・・。都心からも気軽に行ける走水には三浦海岸ほどではないにせよ、海水浴シーズンともなれば多くの観光客が訪れる。その中にはあでやかな水着のギャルも大勢いて目の保養をさせてくれる。その目の保養の対象が、波打ち際に打ち上げられたアラメ、ホンダワラ、アオサ、テングサなどの海藻を見て、こンな会話を交わしているのを耳にしたことがある。

「きったない!」

「こンなもの、逗子海岸にはなかったわよ。逗子にすれば良かったね」

 逗子海岸は海藻も打ち上げられないほど生態系がおかしくなっているのかと、気の毒になった。海藻も見られない海岸など、どこか狂っているとしか思えない。防大のアンチャンにしても水着ギャルにしても、人間の感覚できれいであることが自然にとっては不自然で、不自然であることはきれいであること以前に恐ろしいものだという認識に欠けている。杜氏はハワイのワイキキで何度か泳いだことがあるが、やはりどこか人工的で、これなら走水、観音崎の方がきれいだと感じたものだ。走水では年によっては海水浴客が容易に磯でマダコを手掴みで捕らえることが出来る。三浦海岸でも逗子海岸でも、そンなことは実現しない。

 「風の谷のナウシカ」で、腐海の底にアスベルと共に迷い込んだナウシカは、地上で障気ガスを発している植物がそれを浄化しつつ枯死し、化石化して大地を自然な状態へと還元しているたくまざるシステムを知る。現在の地球の汚染はそこまで進んでいないものの、海藻、そして多くの生物が豊かな生態系を営む干潟は、東京湾の汚染を浄化する役割を果たしている。それはプチ腐海の機能である。

 さて前置きが長くなったが。

 リュウグウノオトヒエノモトユイノキリハズシと聞いて、皆さんはどういうものを連想されるだろうか? れっきとした植物の別名である。漢字にすれば「竜宮の乙姫の元結の切り外し」となる。こちらの方がイメージをより明確に喚起するかもしれない。いずれにしても寿限無だ。この植物の正式名がアマモという。ヒルムシロ科だ。海藻と綴られることも多いが、正確には甘藻だ。根茎に甘みを帯びているらしい。しかも海藻はコンブ、ワカメ、ホンダワラ、ミルのような種を指し、アマモは海草と分類される。あたかも陸生の植物のように海底に根を張り、茎、葉を伸ばす。二センチ程度の幅で1mにまで伸びる葉は、確かに「竜宮の乙姫の元結の切り外し」と言われれば、そう実感できる。

 東京湾の浄化にとって、このアマモはアオサと並んで特に重要な植物である。魚類にしても、ウミウシ、貝類にしても、海棲の生物は卵や幼生の時期は肉食の天敵からは無防備に近いほど脆弱である。大量に産卵するのがその反証で、一つがいの親から引き継がれる次世代の個体は1〜3に限られる。だが、人間がタラコや明太子、いくらを流通する乱獲ぶりから容易に窺えるように、卵は一網打尽に食べられてしまう確率も高い。卵、幼生を庇護する温床が必要で、それがなければ海の生態系は劇的に変化してしまう。その温床の役割を果たしているのがアマモである。それ以外にも海底地盤の安定、海中の酸素、二酸化炭素の還流など、アマモが演じる役割は多岐に渉り、しかも重い。

 卵、幼生の温床として一例を挙げる。アメフラシという沿岸地方に住む人達には馴染み深いウミウシがいる。濃紫色のかなり大型のウミウシだ。その卵を海ソウメンと呼ぶ。麺状の細い管にびっしり卵が詰まっている形状を成す。何に似ているかといえば、素麺ではなく、酔っ払いが飲み会の締めに食べたラーメンを戻したラーメンゲロに、色といい、在り方といい、そっくりである。尾篭な話で恐縮であるが、そっくりなものは仕方がない。アメフラシは好んでアマモの生い茂る海底に産卵するらしい。孵った幼生はアマモの葉を餌として成長するから余計好都合である。また、人魚のモデルとして有名なジュゴンもアマモの葉が好物であるらしい。大量に群生するので、ジュゴンにとっては貴重な栄養源となっている。

 アマモは胞子で増えるコンブなどの海藻類と違い、地味ながら花をつける立派な顕花植物で、開花期には花粉で海面が黄色く染まるほどになるらしい。種子でも増えるが、地下茎からも繁殖するという。地上の植物そのままの繁殖振りなので、海藻類のイメージからはかけ離れる。本来多年草であるが、環境の圧迫要因がある条件では、一年サイクルで発芽から枯死を繰り返す。おそらく東京湾のアマモも一年草と化しているに違いない。

 杜氏は小学校一年生で泳げるようになった。それが早いのか遅いのかはよくわからない。ただ、泳げないと認識していた時期から、馬堀海岸で浮き輪を着けたまま、背の立たない沖へ平気でグングン行ってしまうようなところがあったらしい。水に浸かっていることが基本的に好きなのであって、それは今も変わりがない。小学校三年生になった頃には、随分長い距離を泳げるようになっていた。その頃、今住んでいる海辺に転居してきて、馬堀海岸が埋め立てられた後は、走水、観音崎がホームグラウンド、プライヴェート・ビーチとなった。

 小学校五年だったか、六年だったかの夏、観音崎海岸で一人で泳いでいたことがあった。海岸のスピーカからは夏の甲子園高校野球の決勝戦の模様を伝えるラジオ中継が流れていた。青森から珍しく決勝に進出した太田幸司投手を擁する三沢高校と、上位常連の松山商業の対戦だった。その頃は遊泳可能地域を示すブイやロープを易々と乗り越えて、危険な地域も何のそので泳いだものだった。その日、杜氏は普段行ったことがない磯寄りの沖を泳いでみようと思い立った。珍しいことではない。海での行動制限は事実上なかったから、その前にも色々な場所へと立ち回っていた。

 快調に泳いでいた杜氏の脚に何かが触れた。憶えのない感触だった。もう一蹴りすると、それは脚に絡みつくような触感に変わった。やがて、それは脚を完全に捉えて、得体が知れぬものが潜む海底へ引きずり込むような妄想を拡げていった。海水しかない空間では恐れなど感じなかった。だが、その無数の紐のようなものが繁茂する海中には、人間への害意を持った何かが口を開いているように思えたのだ。河童に水中に引き込まれて尻子玉を抜けれる恐怖感とはそういったものなのかもしれない。それまで何も感じていなかったのに、杜氏は一目散にめちゃくちゃな泳ぎでその海域から逃れ、ロープの内側の遊泳可能区域にやっと達した。

 そのまま泳ぎ続ける気にもならなかった。直接の危機は回避したことが頭で理解出来ても、恐怖が肌から身体の奥へと浸透してくる感覚に見舞われていた。帰宅後、図鑑で調べたところ、悪夢のような紐の正体がアマモであると判明した。高校野球の決勝は延々と続いており、帰宅後、延長18回同点で翌日再試合となることを知った。
 杜氏の脚に触れたのは、物理的にはアマモも葉に過ぎなかったのだが、神または妖怪だったに違いない。「もののけ姫」の中で、神は深夜から夜明けにかけて、妖怪デイダラボッチ(ダイダラボッチ)に姿を変えて、森を徘徊する。ゾロアスター教のような自然崇拝の宗教にとって、信仰の対象は畏怖すべき自然現象であり、それは時として妖怪のような姿を取るのかもしれない。杜氏のような不心得者は、アマモに守られた聖域を踏み荒らしてはならなかったのだ。
 人間は神を目の前に呼びつけることができないから、自分で神を人の似姿へと歪曲し、戒律として普遍化しようとする。モーゼはシナイ山に登って宣託を仰いでいる間に、アーロンの指揮の下、偶像を抽出したことを否定されても尚、人々の行状は改まらない。水辺と水鳥を保護する目的で発足したラムサール条約は、この程、観光地である尾瀬や阿寒湖を庇護の対象に指定、登録した。利権の臭気芬々である。人間のエゴを中心に据えた発想だ。一方で、谷津干潟がとうの昔にラムサール条約に登録されたにもかかわらず、よりインパクトの強い三番ヶ瀬は放置され続けている。行政は「一部のマニアの意見を開発に優先させるワケにはいかない」などとノタまう。神奈川側の貴重な干潟、野島が対象になることなど未来永劫ありそうもなく、かえって八景島シーパラダイスに圧迫されている。このままではラムサール条約は神の意思を代弁すると僭称する人間達のアーロンの偶像、妖怪より怖い人間の拵えた妖怪へと向かいかねない懸念を覚えてしまう。人間が自然に対峙する存在ではなく、包含されるものに過ぎないと認識を改めない限り、この傾向は続くだろう。



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