エビネ

お宝の真価


 政治家の松村謙三は国交断絶時代の中国との交流に尽力した人物だったが、ある訪中の際、土産に何が欲しいか問われて「蘭の花を」と応えたという。当時、大新聞は「さすが松村は高潔の士だ」と褒め称えたという。トンでもない話だ。中国の蘭は大変高価な貴重品で、他の同行政治家が求めた一見豪奢な品々より桁違いに高級品だったらしい。蘭一輪の清々しさを意図的に演出していたとしたら、松村の政治センスの高さを感じる。
 お宝発掘番組がTVでそこそこの人気を博している。これを観て何が面白いのかと疑問を覚える。財宝などその人にとっていかなる価値を持つかが問題なのであって、したり顔の骨董屋に決めてもらうものではない。もし投資の対象として保持しているのなら、それは単なる資産であって、財宝ではあるまい。そもそも宝に「お」をつけるオチャラケた感覚が既に礼を失している。真贋の問題? 所有者自身が大切に感じているのなら、たとえ贋作であっても最後まで騙されるのが妥当な態度であろう。換金を意識した値付けなど下品の極みと言える。そう言えば司会者は、その言葉のみで切って捨てられるようなシロモノで、本人を鑑定たらさぞ高価な値が付くだろう。
 そういえば杜氏も宝を一点持っている。出所はこれ以上明らかなものはないと言える。作者から直接「預かっている」のだから。ある算定式に数値を代入すれば、市場価格は容易に求まる。でも、そンな数字は杜氏にとって何の意味も為さない。投資や換金の対象などハナから考えてもいない。その人間が杜氏にとってどのような存在であるかを経済原理に当てはめることなど不可能だ。宝とはそういうものを指すと考える。
 戦国時代末期に、茶人の千利休や今井宗久は、茶器に恣意的な根付けをして、法外な付加価値を創出していたという。既に高名だった利休らにとって、自分達が値踏みをすること自体に付加価値を付けていたらしい。マネーゲームである。そンなモノを法外な値で買わされる文化人大名は良い迷惑だろうが、自分のハクを証明するために嬉々としてゲームに参加しているフシがある。織田信長に攻められた戦国の梟雄、松永弾正は、信長に求められていた名器・平蜘蛛の釜をこなごなに砕いてから自決したというが、そういう気概を示すのにちょうどいいくらいのシロモノに過ぎないと感じる。少なくとも庶民にとっては三文の値打ちもない。
 そのテのものを現代の民間人が持っていたところで、「それがどうした?」のヒトコトで済んでしまう。違う言葉で言えば「バカじゃないの?」

 さて、杜氏が小学校高学年で横浜と横須賀の外れの追浜から移り住んだのは、日本最初の洋式灯台で名高い観音崎の近辺だった。新興住宅街にあちがちの何とか台、何々ハイツと名の付くような高台である。つまりは住宅街の周囲には未だ造成が出来ていない森や林があった。田畑や小川も残っており、杜氏が転居する寸前まで地番には字名がついていた。その林を歩いていたとき、杜氏の目に一株の花が止まった。幅広の葉をロゼット状に近い形で地面に広げ、すっきり立ち上がった茎に複数の小さな可憐な花をつけていた。花弁は赤褐色じみた紅と白のコンビネーション。明らかに野生の蘭の一種だった。林の中でその花は清楚さと威厳を誇っており、そこだけ仄赤い灯りが差しているように見えた。
 微妙なところに思えた。このまま林に置いておくのがいいのか、引っ越した当初で殺風景な自宅の庭に色を添える存在にした方が良いのか。その当時、「花とおじさん」という歌が流行っていた。杜氏はおじさんではなかったが、その歌が耳の中で鳴り始め、やまなくなってしまった。何かに操られるようにほど近い自宅から移植ごてを持ち出し、花を家に持ちかえって庭に植えた。すぐに図鑑で調べると、エビネという名の山野草で、思った通り、蘭の一種だった。植える場所も林にあった通り、丈の高い樹の陰にしてみた。こうしてエビネは杜氏が自分で自然から採取してきた最初の植物となった。
 エビネはその名の通り、根が海老に似た形状をしている。丈もあまり高くはならない控え目な蘭だが、その花の佇まいには野趣が溢れていた。後に調べてわかったことだが、栽培用に品種改良されることも多く、微妙なバリエーションを楽しむことができることから、マニアも多いらしかった。でも杜氏には林の陰でひっそりとしかし堂々と咲いていた姿のままのエビネが宝石のように貴重に感じられた。おそらく、何の人出も加えられていなかったウチの庭のエビネは平凡なものに過ぎず、マニア垂涎の的にもお宝並みの根もつかなかっただろう。それでも杜氏にとっての宝だった。
 そして何年か経ち、とうとうエビネは芽も葉も、無論花も出さなくなった。「花とおじさん」の花(それは若い女性の寓意だった)のように劇的な終焉ではなかったけれど、杜氏の手から宝は消えてしまった。
 その後にやはり野生のシランが生えてきた。この種もエビネ同様場合によっては珍重されるらしかった。でも、形状も色も平凡なその花は、杜氏の胸に感興を刻みはしなかった。

 松村謙三がもらい受けた蘭はおそらく豪華絢爛だったに違いない。でも鉢植えのコチョウランなどを手に入れた経験を持った今も、杜氏にはあのエビネが恋しくなることがある。

 エビネを採ってきた林のあった場所はとっくに造成が進み、百年も前から人家があったような様相の宅地と化してしまった。


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