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石川達三は間違いなく保守的なスタンスの作家だった。その象徴的な作品は「開き過ぎた窓」で、戦後の開放的な性モラルの陥穽に落ちた男女を「それ見たことか」とばかりに責め立てている印象だ。国際ペンクラブの会長だったらしいが、その定められた約束であるノーベル文学賞を獲得できなかったのは残念だったろう。ただ、受賞スピーチで「美しい日本の私」などという文法上も日本語としても意味の通らないタイトルで一席ぶたなくても済んだのは不幸中の幸いか。
浪人していた頃、代々木の巨大な予備校に通っていた。「国立理系選抜クラス」だったが、浪人としての「選抜」ほど空しいものはない。浪人自体が寄る辺ない立場であるし、次の年に合格する保証などどこにもない。そこへ持ってきての「選抜」など慰めの足しにもならない。
その頃、土曜は毎週校内模擬試験で半日だった。浪人仲間とツルんで、代々木から歩いてもそう遠くない新宿まで遊びに出るのが習慣となっていた。コマ劇場で石川達三原作の「青春の蹉跌」を観たのは未だ夏が来る前だったと記憶している。ヤケにミスマッチな映画だった。監督の神代辰巳は元左翼の運動家で犯罪者として官憲に追われた経験があった。その神代が保守的なスタンスを保持し続ける石川作品を扱うのがまず妙だった。主演は萩原健一、桃井かほり、壇ふみの三人。表面的なプロットは石川作品らしいありふれており、野心的な主人公が恋人を捨てて、資産家の娘を娶ることで約束された将来を得ようとするが、恋人が邪魔となって殺害するというものだった。
妙だったのは司法試験合格も狙っている萩原が、少しも野心的には見えず、むしろヤル気もなさそうにタラタラ生きていることだった。斉太郎節の合いの手を頭の中で始終リフレインさせているような男が、身勝手から邪魔な恋人を殺めるとも思えなかった。生の(性の)桎梏に嫌気が差して衝動的に手を掛けたとしか見えなかった。その割りに殺害は計画的で、遺体を隠す手段も用意周到なのが変だった。
後で判ったことだが、この映画は米国映画「陽の当たる場所」に酷似していたらしい。石川の原作が「陽の当たる場所」を「下敷きに」していたらしかったので、それもさもありなんなのだが、神代はそれを知った上で、したり顔をしてショーケンを以て自分の生き方をスクリーンに再現させたようなところがあった。
私達浪人の身の上には「青春の蹉跌」というタイトルだけで身につまされるようなところがあった。
箱根駅伝の過熱ぶりは、エキデン亡国論で既に触れたが、2004年大会の予選会を箱根の芦ノ湖畔で実施する案が現実性を伴って噂されている。おそらくTV放送関係のイベント企画を担当するエージェントであるD通あたりの思い付きだと思われるが何を考えているのやら。弱小の大学には遠征費用だけで相当の負担となる。「邪魔だから出るな」と言われているに等しい。そのような愚挙が罷り通るなら、ますます駅伝は競技から乖離する。馬鹿どもは放っておこう。
箱根は神奈川県内の若者にとって格別な土地である。小学校五年生、中学校二年生の夏のキャンプは大概ここで行われる。杜氏が小中学生の頃は市立の学校の予算が必ずしも潤沢とは言えず、往きの学校の生徒を箱根で下ろした同じバスが、帰りの学校の生徒を拾ってくるという「ピストン輸送」を実行していた。貧乏臭い話だが、未だそうしているのかもしれない。
小学校五年生はいざ知らず、中学校二年では大半の生徒が既に色気づいている。既に光彩を始めているカップルは、キャンプ地の近くにある芦ノ湖畔を手に手を取って散策したり、今がチャンスとばかりに思いを寄せる相手を湖畔に呼び出すヤツもいた。そして夕食を終えてからは、男の大半が女性のバンガローに潜り込んだものだった。キャンプファイアーのフォークダンスひとつとっても、学校内の域に留まる体育祭などと違う旅情がスパイスとなって、胸ときめくものと変わった。ただ、色気づいているとはいえ、十三〜十四歳では今と違い、子供達にも実行力が伴わなかった。せっかく女の子のバンガローに入れてもらっても、怪談などを語って怖がらせるのがせいぜいだった。実行を伴ってしまった人間もいるにはいたが、少数派に過ぎなかった。今思うと健全なものだった。
キャンプに行く途中のバスや到着したばかりのキャンプ場で、お約束の「箱根」の唱歌を全員で歌わされるのだが、杜氏はこの曲を耳にすると、当時の甘酸っぱくかつほろ苦い記憶が甦ってきて、身を隠したくなるほどの恥ずかしさに見舞われる。「カンコクカン」が何なのかは当時は知らなかったが・・・。
キャンプで何も疚しい憶えがない人でも、高校生、大学生になって「親に言えない最初の旅行」の行く先を箱根に定める者も多かった。湯河原や伊豆の温泉地には、箱根から僅かに足を延ばせば行くことができたが、どうも温泉だけの土地でそういう仕儀となるのはオッサン臭い気がした。熱海などは金のある中年が水商売の女性を同伴する土地のような印象が色濃かった。かと言って、鎌倉、江ノ島では遠足気分が拭えない。丹沢、中津渓谷では田舎っぽく感じられた。気軽に行けて山の霧が秘め事を隠してくれるような印象のある箱根がそういう行為には最適だった。杜氏の友人の一人も「一七歳で中学時代の同級生と一緒に旅行した」とのたまっている。
杜氏? 品行方正でそンなところへは行っていない。
ただ、多くの幼い恋は成就しないまま散ってゆく。箱根にまつわる思い出にほろ苦さが混じるのも、各々の「青春の蹉跌」を呼び覚まさずにはいられないからだろう。
杜氏にとって印象的だったのは、キャンプ地近くにギボウシ、オオギボウシが群生していたことだった。ギボウシをそれまで見かけたことがないとは言えない。ただ、家の周辺で見るギボウシは路地植え栽培のものだった。観葉植物と言っても差し支えない葉の様々なバリエーションは魅力的なものだったが、人為的な印象が強かった。箱根でギボウシを見るまで、杜氏は品種改良の結果、あの縞が生じたと思いこんでいた。
ところが、中学ニ年のキャンプ地に着いた途端、杜氏の目を覆ったのは、野生のギボウシの群生だったのだ。しかも、路地植えのものと比較して大型だし、葉も活力に満ち、縞も力強く感じられた。土地によってはギボウシを「瓜ッ葉」と呼ぶそうだ。そういえば猪の仔もウリボウ(ウリボウズ)と呼ばれている。いずれも瓜に似た縦縞模様が印象的である。時期が来ると花茎を長く上に出して薄紫の慎ましい花を咲かせる。花も悪くはないが、葉の縞模様のバリエーションが最も魅力的な草である。ノビルの項でも触れたが葉は食用になり、おひたしにするとかなりいける。洗練と野趣を兼ね備えた植物であることを、箱根のキャンプ地で杜氏は実感した。白樺も同じかもしれないが、白樺は家の近所の庭木として見ることが出来なかった。
映画「青春の蹉跌」で、ショーケンが桃井かほりを山奥に旅行へ連れ出す。初めから妊娠した桃井を殺害が目的であったが、その直前まで恋人達は愛欲にまみれる。映画ではスキー・シーズンの設定で、ギボウシなどは見られなかった。でも、私の心象風景では、どうしてもそういうシーンはギボウシが密生する林の中が相応しいと感じてしまう。
浪人生活をくぐり抜けて大学に合格すれば、ショーケン演じる主人公のように犯罪に及ばないのは無論としても、そういうキャンパス・ライフが待っているというようなそこはかとない期待感で、浪人仲間は皆スクリーンに見入っていた。ところが、そういう生活が待っていたワケではなかったのもまた、論を待たない。