ハマナデシコ

逞しき手弱女?


 一般的に印象の良い植物は、人やモノを褒める引合いに出される。桜や百合、牡丹、芍薬、菖蒲などに喩えられたとしたら、まず確実に褒められていると思っていい。ドクダミやヘクソカズラではこうはいかない。ドクダミもヘクソカズラも味わいのある花をつけるのだが、世間は決してそうは見ない。

 ナデシコというのも、世間的に高い認知度を得ている植物だ。撫子と書く。いかにも従順で素直な印象。大和撫子などという。日本の女性は淑やかを以て旨とするということなのだろうか。最近ではそうでもないような気がする。希少価値だからこそもてはやされるのだろうか。いずれにしてもジェンダー・フリーを唱える人々からはブーイングを浴びそうなネーミングだ。

英語ではPinkでナデシコを意味するらしい。代表種のひとつであるセキチクのことだけを指してPinkと称するケースもあるようだ。柔らかい色調がそのままイメージできるネーミングだ。これもフェミニンな印象を物語っている。同じナデシコ科のカーネーションのCarnCarnival、つまり謝肉祭のCarnと同じで肉を意味するらしい。それだけ聞くと生々しいが、肌色という意味であり、Pinkと同じ発想の命名なのかもしれない。そういえば、カーネーションはナデシコの特徴が顕著だ。

 様々な国で好感を持って受け容れられているらしい。ナデシコの学名はギリシアの大植物学者が「偉大な花」と言ったことから、それをそっくり頂いてつけられたらしい。どの国も、自分の国の女性を××ナデシコだと思っているのだろうか。

 アテネ・オリンピックに参加する女子サッカー・チームが、「ナデシコ・ジャパン」を自称しているらしい。日本男子A代表(とか言うらしい)がジャパンと呼ばれることへの差別化だという。どうもこれがしっくりイメージできない。「ナデシコ」と聞いて、サッカーが思い浮かぶことはない。どうしても他のスポーツだと勘違いをしてしまう。これも大和撫子からのネーミングなのだろうが、単純なものである。

 松嶋奈々子が化粧品か何かのCMのキャッチ・コピーで、「ななこなでしこ」という称号をもらっていた。個人名がそのままコピーになるのも珍しい。「な」の連続によるたおやかな五感と、ひらがな表記にしたところが秀逸だ。無論、奈々子さんの素材としての力が支配的要因なのであろうが。とても、車の後部座席から助手席へとミニスカートで大胆に移りながら、「お・ま・た」などと口走っていたとは信じ難い。それはそれで艶かしくはあったけれど。

 ナデシコは日本の在来種でもあり、カワラナデシコのことを実際にヤマトナデシコとも呼ぶらしい。だが、世界全土に繁殖しているので、在来種とは言っても説得力が薄い。セキチクなどは唐撫子とも呼ばれるようであるから、中国渡来なのかもしれないが、古くからある種なので在来種と見分けがつかない。先端が裂けて多数の糸状になっているカワラナデシコは人工的な趣もあって、どうも日本的な印象は受けない。ヴァリエーションが多いことは、この植物の環境への順応性の高さを物語っているのだろうか。

 海岸にもナデシコの一種が進出している。ハマナデシコである。砂地対応の海浜性の植物の常として、根が深い。杜氏はこの植物を自分の家の庭に咲かせたくて、移植したことがあるが、注意深く掘っても根を途中で折ってしまうのがオチだった。ハマナデシコが水分を地中深く求めた結果である。だが、根が折れたハマナデシコも容易に根付き、始末に終えないぐらいに蔓延ることになる。

 葉も肉厚である。水分を貯蔵する役割を帯びていることは、他の海浜性植物、砂漠に生きる植物のご多分にもれないと思われる。クチクラ層というものが発達することによって、こういった形態を採るらしい。卵が雑菌に侵されないためや、甲殻類の表面が硬くなって身体を保護するのも、クチクラ層の恩恵らしい。ロウのような物質と考えればいいだろうか。

 ハマナデシコは普通のナデシコより開花が遅く、盛夏から秋にかけて咲く。それゆえナツナデシコなどとも呼ばれる。また、花の色がPinkというより、やや紫がかっているので、フジナデシコとも呼ばれる。藤色よりはPinkに近い色合いなのだが・・・。カワラナデシコのような典型的なナデシコのように花弁の先端が割れてはおらず、また、花弁の色の変化もなく、ナデシコの特徴はあまり備えていないのだが、ナデシコ科であることは一目瞭然である。

 小さな花が集まって次々と咲くので、花は長い期間咲いているように感じられる。条件にもよるだろうが、キク科の植物のように独立した無数の花が一斉に咲くのではないので、一輪だけ独立して眺めても鑑賞にたえうる。若い個体は砂地を這うようなロゼットを形成して、花をつける個体に育つのに備えているように見受ける。岩場の裂け目などの劣悪な条件でも花をつけるまでに育つ強靭さがあるが、基本的には砂地に広がるような展開を見せるようだ。波や風による砂地の生成に鋭敏に反応して、ちょっとした砂地が出来ても、そこにニッチを見出すようなところがある。花を時間差を以って着け、結実の時期を長く取るのも、時間的な変化に応じて姿を変えやすい海浜の条件に適合したものなのであろうか。

 園芸種ともなっているが、やはり砂地に群生しているのがよく似合う。これはハマナデシコに限らず、ナデシコ一般に言えることなのかもしれない。野生の部分を多く残しており、案外逞しい一族である。

 女性が社会的に表立った活躍を、極端に制限され始めたのはいつ頃からなのだろう。それは、いつの時代でも制限はあったに違いない。だがかつては女帝も当たり前のように即位し、持統のように強力な系列を形成して大津皇子のような一族のホープを我が子のために手に掛ける猛女もいる。孝謙(重祚して称徳)のように、藤原仲麻呂(恵美押勝)、弓削道鏡のような政治的、宗教的な象徴的人物と交渉を持ったことが窺われる女帝もいる。平安末期、鎌倉初期においても、建礼門院徳子、常盤御前、静御前といった悲運に翻弄されるままの女性像の一方で、巴御前、北条正子といった能動的な働きを示す女性も名を残している。

 文化的には万葉集、古今和歌集あたりまでは、詩歌、文学、つまりは文化的な面では女性が全く男性に劣っていないことを示す活躍が顕著だ。逆に紀貫之などは土佐日記で、「男もすなる日記(にき)といふものを、・・」などと、輻輳したオカマに化けて書いている。女性の文化の方が優勢だったのではないかと思わせるところもある。

 だが、戦国時代からは政治的にも文化的にも女性の姿は歴史の跡からは窺うことができなくなり、仇花のように一瞬浮上した淀君、春日局を最後に、目立った業績を残さなくなってしまう。再浮上したのは明治維新ではなく、維新が定着した以後からだったと言える。

 ナデシコだのとおだてておいて、世の男性為政者、権力者達は女性の社会進出を抑圧しようとしたのだろうか。でもそれにも限界がある。杜氏の知る限り、ナデシコは可憐な花に似合わず、したたかな生命力を誇る植物である。サッカーの日本チームのニックネームとして、なぜ違和感が付き纏うのか? そこにナデシコのフェミニンなイメージを利用しようという意図しか感じられず、したたかで逞しいという真の姿を見出そうとしていないからだ。




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