ハマユウ
北限に匂う
女優、浜木綿子は変な芸名である。木綿子単独では「もめんこ」としか読めない。木綿のことをゆうとも呼ぶらしいのだが、一般的ではない。浜が頭につき、植物の名前となって初めて「はまゆう」と読める。山茶花究という性格俳優がいて、こちらも九九の「さざんがきゅう」のシャレだったが、山茶、花究と姓名が区切れるワケではない。
三浦半島にまつわる公式の歌は大概が、堀口大學作詞、団伊久磨作曲である。母校の校歌は「天翔る白雲が」で始めることから「シラクモの歌」と呼ばれていた。今はシラクモもハタケもすっかり影を潜めただろうから、この通称に意味はあまりない。学校のロケーションが立派だとか、質実剛健だとか、何トカ健児ここにありだとか、鬱陶しい謳い文句がない代わりに、拍子抜けするほど自己主張がない校歌だ。これも三浦半島在住の、この黄金コンビの作品である。
旧制中学時代の校歌は「我が学校よ、地を得たり」だの「健児我等は」などという事実とは違う文言がふんだんに粉飾されており、ムダに勇ましい。曲名からして「坂東武者」だ。ナンパで軟弱が特徴の母校の校風からすれば、フィクションそのもので、在校生は居心地が悪い。だが、誰か卒業生の結婚式で、余興が思いつかない場合は重宝する。杜氏も二度ほど、人の結婚式で「坂東武者」を歌わされた憶えがある。
横須賀市歌というのが、杜氏が小学校四年生頃に出来た。やはり黄金コンビの作品である。市制百年記念か何かのイヴェントでついでに作ったのだろう。市立の小学生には、市歌のソノシートが配られたりした。「白波は白波は」で始まるが、「シラナミの歌」とは呼ばれなかった。別段、何かにつけて歌われるワケではないから、憶えている人など相当モノズキであろう。因みに杜氏はそれを憶えている奇特な存在だ。自由闊達な文化人が、紋切り型に捉われることなく、好き勝手な歌詞、メロディをつけるというのは、ある意味で海軍の街でありながらイデオロギーからすればリベラルな土壌を持つ三浦半島、横須賀らしいのかもしれない。
その歌詞の一節に「北限に匂うハマユウ」という文言がある。ハマユウの北限が相模湾岸の天神島にあるので、横須賀市歌の歌詞にも反映されたらしい。言われてみれば、横須賀、三浦の海岸線には、やたらハマユウが自生していたりする。
北限という言葉がある以上、南限というのも存在するワケだが、ハマユウに限らず、あまり耳にしたことがない。南方系の生物がより厳しい生育条件に照らして、どこまで北上できるのかという方が、ストーリー的には共感を招くのかもしれない。
ヒガンバナ科である。確かにヒガンバナに在り方が似ている。だが、あのような宗教的なおどろおどろしさはない。どこか大陸的、南洋的な印象が強い。それもそのはずで、原産地はアフリカだそうだ。アフリカの海岸からはるばる波に揺られて流れ着いたものばかりではないだろうが、そういったスケールの大きなロマンを感じさせる佇まいだ。
葉の付け根の葉鞘が幾重にも入り組んでおり、祭礼に用いる幣(ぬさ)に似ているから、幣を作る木綿に因んで命名されたらしい。ヌサもユウも現代日本人にはあまり縁がなく、最早あまり意味を成さないネーミングとなってしまった。少なくとも浜木綿子の方が有名だ。1mあまりになる大型の植物で見栄えもする。多年草で、丈夫であり、放置しても自然に何年も育ち花をつけるので、栽培には手間がいらない。花の後にはジャガイモ大の大きな実をつけ、その中にはツバキのような大きな種を持つ。実生から育てるのも容易だが、株分けするケースが多いようである。実や種が巨大であることも、椰子のように海にそれなが流され、辿り着いた浜で再び根を下ろすようなロマンを喚起させるところがある。実際のところ、どうであるのかは知らない。流されても、漂着地が三浦半島以北だったら、そこで育つこともないのだろうけど。
万年青(オモト)は栽培していると「家が栄える」という伝承があり、好んで植えられるが、ハマユウもオモトに似ていることからハマオモトとの別名もある。「金のなる木」にしてもオモトにしても銭洗弁天にしても、杜氏にはご利益に授かった覚えがない。縁起物というのは自己満足の世界の産物に違いない。ハマユウが本家のオモト同様、縁起物であるとは聞いたことがない。
杜氏の自宅の近くでは、最寄の観光地である観音崎周辺に半ば人為的に植えられているのが目に付く。妙にトロピカル感を醸してはいるが、そこで生活する者にとって、さしたる意味はない。
杜氏が子供の頃、駅前に果物屋があった。今ならフルーツ・ショップと呼ぶのだろうが、1960年代前半の話である。そンな呼び方はなかった。近くを通ると、得もいわれぬ芳香が鼻腔をくすぐった。その二階に同じ店の経営でフルーツ・パーラーが出来た。そこでよく近くの山に日曜日に登った帰りなど、両親にパフェやサンデーを買ってもらった。パーラーのウェイトレスのお姉さんに可愛がってもらって、大好きだったバナナをおまけしてもらったものだった。文字通り甘い記憶である。今、そこにはパーラーも果物屋もない。横須賀中央の三笠通りにはその果物屋の本店があり、店の奥にパーラーも併設されているのだが、本店ではダメなのだ。その店の名が「浜木綿」といった。
北限のハマユウを見るのなら、天神島に近い佐島に行かなくてはならないのかもしれない。葉山のリゾートに近い、マリーナにヨットが林立する浮世離れしたリゾートである。本来はそちらの方が由緒正しいのかもしれない。だが、杜氏にとって、ハマユウの咲く浜は観音崎でなければならないのだ。芳香を醸している駅前の「浜木綿」が本店ではなく、横浜市との境の横須賀の北の外れでなければならないように。
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