羊 草

泥濘の清浄

 この植物だけ漢字表記なのは「ヒツジソウ」だか「ヒツジグサ」だか判読不可能だからという訳ではない。杜氏にとって特別な意味を持った記事であるからにほかならない。いつものおちゃらけ調は影を潜めて読みにくい記事になるかもしれないが、悪しからずご了承頂きたい。

 杜氏の住む地方の人間はよく「琵琶湖周回の歌」と「真白き富士の嶺」を混同する。共通点はボート、学校? ただ、後者が海難事故による遭難を歌った鎮魂歌であるのに対して、前者では人が死なない。後者は高校生、前者は大学生。前者は京大ボート部の間で自然発生的に出来たらしい。加藤登紀子がカバーして流行させたりしており、インテリ臭がつきまとう。後者はもしかすると神奈川県の相模湾沿岸地方の人間しか知らない地方区の歌でしかないのかもしれない。とにかく、遠足で湘南の海岸付近をバスが走ると、バスガイドが好んで唄うのが後者。琵琶湖で修学旅行生が前者を唄うかは不明である。

 「琵琶湖周回の歌」のメロディは元々「羊草」と呼ばれるイギリス民謡だったらしい。京大生による美文調の歌詞がつくと、にわかに外国曲とは信じられない印象を覚えるのは不思議だ。その羊草。琵琶湖にも大量に繁殖している水草である。しかも代表的なもの。睡蓮の小ぶりなヤツで姫睡蓮とも呼ばれる。葉か花か実、あるいは地下茎(蓮根)が羊に似ているのかとも思ったが、そうではないらしい。未の刻、つまり午後二時頃に花を開かせることからこの名があるという。

 関東地方で睡蓮の見られるスポットは少なくない。東京、神奈川で最も壮観なのは上野の不忍池だろう。とにかく数が多い。群生した茎が水草とは思えぬほど地上に立ち上がっている。鶴ヶ岡八幡宮の中にあり、参拝客が茶などをすすりながら休憩を取る源氏池にも蓮は多い。だがここの蓮もどうやら羊草ではなさそうである。

 蓮は仏の花であるという印象が強い。蓮華座という仏の取る姿勢は蓮の形態に由来しているとのことであるし、解脱、浄化を象徴するのはその生態と無縁ではない。また、種が驚くほどの生命力を秘めて、長い歳月、水を待って乾燥した状態のまま生き長らえることでも知られる。水と空との間に存在する神秘性からも、仏がその葉の上に乗っていてもおかしくない印象がある。花も慎ましやかだが地味過ぎでもなく、仏教を象徴する雰囲気を秘めている。花は空に咲き、葉は水を漂い、地下茎は地を這う。地球の三つの大きなエレメントを生活環境として同時に所有している植物は案外多くない。水草でもウキグサやホテイアオイは地に根を張らず、コンブなどの海草は海底にしがみついてはいても天に手を差し延べてはいない。蓮のような植物は案外少ない。

 一説には最古の顕花植物であるとも聞くが、杜氏はこの種の説に概してあまり同意できない。蓮のような虫媒花が昆虫と共存共栄しつつ繁栄を続けてきたのは想像に難くない。それ以前はシダ類が地を覆っており、樹状となり、現代にも化石エネルギーとなって人間の営みに大きな影響を及ぼしている。最初の顕花植物と成り得たのは、このシダから派生したものであろう。しかも、そのパートナーと成りうる昆虫が容易に繁殖しうる環境が必要であり、それが水上であったとは考えにくい。とはいえ、睡蓮が他の多様な顕花植物に先立って古代から繁茂していたことは、化石による分析などで詳らかであるらしい。

 不忍池の蓮は大変生命力が旺盛で、茎から空間に伸び上がって葉は堂々と天を仰いでいる。それはそれで生命の謳歌として美しい。だが、水滴を葉の表面で弾き、浮いている水面と同化するように輝きを放っている羊草の佇まいには、それらにない慎ましさや幽玄さを窺うことができる。

 釈迦が弟子を連れて池の周りを歩いているとき、弟子が池に咲く蓮を見て感嘆した。
「お師匠様、綺麗な花でございますね」
 釈迦はこう受けたという。
「お前にはあれが花に見えるか。あれは花ではない。真の花は泥をかき分けて水面を目指して咲こうとしている蕾だ」
 このエピソードは仏教に造詣の深い杜氏の陸上競技の恩師が、卒業しようとしていた杜氏達に贈ってくれた言葉だった。釈迦が孔子でも変わりがない。成果が花ではなく、そこに至るまでの努力こそが花ということだ。今の杜氏がこの言葉に報いているかには自信がない。でも、常にそうありたいとは思っている。成果に傲らず、努力を惜しまず。

 仏教の教えでは、蓮の蕾が開花の前にくぐる試練としての泥濘も、開花後の清浄と同種のものであるというより深い意味合いを持たされている。だからこそ開花は解脱につながるのであると。ただ、杜氏のごとき解脱にはほど遠い凡人にとって、泥濘は泥濘に過ぎない。ここで採り上げた羊草、姫睡蓮も、古池でなおかつ清水にしか繁殖しないという。これも何かを示唆しているような気がしてならない。

 命を削るようにして蓮の葉とかかわっている人がいる。深くかかわればかかわる程に、その人の健康は僅かずつではあるが確実に蝕まれる。それでもかかわりをやめることはできない。かかわり続けることが、その人がこの世に生を享けた定めであり、務めであるからである。杜氏達は生計を編むために企業で生産に携わる。産業立国日本に貢献はしているのだろうが、個々の力は僅かなもので目に見ることすら容易ではない。かかる社会的な務めとは独立して生活の立生のために、杜氏達は宮仕えを「すまじきもの」などと自嘲しつつ継続する。その人にとって蓮とかかわることが生活の糧となるかどうかは重要な問題ではない。かかわり続けることこそ、その人にとっての修行であり、生活そのものなのだ。
 余人には見えない因果律が、その人には見え、その原罪の何たるかを物語っているかもしれない。

 現世で如何に高潔で純粋な生き方を示していようと、人間はその存在自体が矛盾を孕んでいる以上、生まれついての罪を負っている。キリスト教はそれをカルマ、原罪と呼び、仏教では煩悩となる。言わんとすることは同じだ。悟りを開いた高僧とて同じこと。生きている以上、煩悩から完全に解放されることはない。即身成仏と呼ぶ修行がある。仏教の最終段階の行である。飲食を断ち、閉じた空間で読経を続けながら死を迎えるという行だ。残されたミイラを即身仏と呼ぶ。

 ある怪談を聞いたことがある。とある高僧が絶え間ない修行の末、即身成仏を迎えることになった。読経を続ける彼の胸に去来するのは少年時代、青年時代の追憶の数々。楽しかったが煩悩にも充ちた営みだった。そして彼の心は追憶に呑み込まれ、夢を見るようにそこに没頭しながら意識を薄れさせてゆく。外では即身成仏の行に定められた時間が経過し、高僧が籠もった閉空間を弟子達が解放することになる。即身仏を目にするはずだった弟子達が見たものとは・・・・・。彼らは何も見なかった。そこにあるのは空間だけで、高僧の姿はかき消えていたという。

 様々な解釈が可能である。何も残らなかったということは生に固執する現実の人間には恐怖を喚起するかもしれない。でも、いくら安らかな表情を浮かべていたところで、即身仏は干からびた骸に過ぎない。煩悩に包まれて無に帰すという死に方はある意味で幸福な終焉なのかもしれない。「露と落ち露と消えにし我身かな 難波の事も夢のまた夢」

 罪を贖うという生き方は、正符号の成果を重ねて業績を残すというよりも、負を以て出発し、無に帰すのが終着点ということを意味する。人の残せる業績など元より多寡が知れている。芸術における「不朽の名作」などといっても、その普遍性は人間の文明が永続することを仮定している。無限に近い地球の歴史から見れば人間が文明を営んできた期間などほんの一瞬。それは真の「不朽」などではない。かかる業績について杜氏が連想するのは、アルベルト・カミュが不条理文学のタイトルに用いた「シーシュポスの神話」と賽の河原の石積みである。微少で普遍性のない業績を誇るより、無に向かって回帰する人生の方が、虚ろなものが混入する可能性のないピュアな生き方であるのかもしれない。

 

 Every little thingと称して森羅万象だと言う。嘘をつけと思う。つのだ★ひろのMarry Janeの中の一節Every little thing you used to do(君がよくしていたどンな些細なことでも)の頂きのくせに。Earth, wind and fireが風林火山と呼ばれた方がまだ説得力がある。(林がないぞ、と突っ込むかどうかは別として) 羊草は水面に葉を浮かせ、水滴を弾きながら天を仰ぎ、根と地下茎で底の地球を捉えながら、森羅万象を静かに見つめている。人間より遙かに長い間。



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