ク コ

 時と場合によっては大変に価値のあるものが蔑ろにされていることがある。
 オーストラリアに行ったとき、当地で日本人学校の教師を務める友人一家と共に、海へ潮干狩りに出掛けた。干潟のどこに手を突っ込んでも、そこはアサリの集合住宅だった。日本では観光目的でアサリをばら撒いている海岸もあるが、潮干狩りという風習が一般的とは思えない豪州で、そういうあざとい真似はまずしない。だったら、金を取るはずである。聞けば中国人と日本人ぐらいしか、貝などを掘り出して喜んでいる者はないらしい。近くの磯では決して大型ではないが、トコブシよりは大きなアワビが放置されており、それも有難く頂いておいた。友人宅に戻った後、大量の収穫を酒蒸しにして食した。アサリに収穫地の如何で味に変わりが出るものではないことを知った。とてもおいしかった。無論、アワビも。
 彼の隣人が「何を獲ってきたンだ?」と訊ねてきた。英語にはすっかり堪能になっていた彼だが、アサリに相当する単語は知らなかった。それだけアサリが日常的な食材に定着していないことを物語る。「スパゲティ・ボンゴレに入れるものだ」と苦し紛れの説明をしたところ、「ああ×××か」と言われたそうだが、その単語を認識は出来なかったようである。

 中国人は何でも口にしてしまうように思えるが、無論まともなものも食べる。でなければ中華料理がこれほど世界各国に普及するハズもない。医食同源という発想通り、漢方薬めいたものも多く食卓に上る。クコ(枸杞)もその一つだ。

 杜氏の住む沿岸地方はクコにとっても適した土地らしく、砂地であろうがお構いなく蔓延っている。茎には棘があるために、海岸へ降りる道などに覆い被さっているクコは観光客には邪魔でしかない。そこで失業対策の除草作業などでアッサリと刈られてしまう。だが、繁殖力は強く、毎年性懲りもなく蔓延する。
 茄子に似た小さな花を茎にたくさん着け、茄子をうんと縮小して真紅にしたような鮮やかな宝石にも似た光沢を持つ実を鈴なりに着ける。当然だ。ナス科の植物である。「親の意見とナスビの花は千に一つも無駄がない」と言われるように茄子の結実が効率的だ。クコも然りである。小さなルビーが並んだような秋のクコの茎は、刈ってしまった人がそれを悔いるほど美しい。グミなどの実に似て旨そうにも見えるが、生食しても美味ではない。
 杜氏はそれを摘んできて、広げた新聞紙に並べて干すことにしている。そのうち、よく袋詰めで売っているクコの実のように、干しぶどう状に乾燥する。それをホワイトリカーへ漬ける。適度に氷砂糖か蜂蜜を入れる。入れ過ぎると単に甘さだけしか感じられない飲み物になってしまう。
 これを食前酒にしてチビチビ飲む。どこがどうと特定できないが、とても身体の具合がよくなる。不浄なものを浄化されているような感じになり、通じも良くなる。何となくだが確実に元気になる。ヤマモモ酒にも同様の効果を感じるが、効力は断然クコの方が上だ。果肉は乾燥して干からびるが、種は生きている。植物の生命力を身体に取り込むという実感がある。そのまま乾燥させておけば、料理にも使えたりするのだろうが、残念ながらクコを入れた料理のレシピを杜氏は知らない。ただ、ゆくゆくは試してみたいと思う。
 クコは実だけではなく、若芽も食用になるそうだ。棘に気を付けながら摘んで、湯がいて味付けしお粥にする。普通の植物のようにおひたしに留めず、煮汁をご飯に染み込ませて摂取するは薬効を考えてのことだろう。

 杜氏の家の庭にもクコが植わっている。実が成るまでは特に観賞用としての価値はなく、やたら蔓延るので邪魔にも思えるが、実を収穫するためだと思って我慢する。杜氏は住んでいる地方の自然の植生を庭に再現したいと考えていた。だから、本来なら、庭に路地植などされない植物が植わっている。ガクアジサイ、グミ、ナナカマド、ミツバ、アシタバ、タラノキ、etc. 無論、クコもそういう意味合いで植えてみた。亡父が杜氏と同年輩の頃、大病をして死にかけたことがあったが、退院後、クコをやはり果実酒として強壮剤に用いていたことがある。その当時の郷愁という意味もある。
 あれだけ枝葉を旺盛に茂らせるだけの力を持つ植物だからこそ、強壮効果も覿面なのに違いない。タラノキと共に庭の狭い南側の通路を狭め、おまけにタラノキと共謀して通る人間を棘で刺すので、家族からとても鬱陶しがられるが、秋の結実、その後の果実酒が出来るまでの辛抱である。そういえばタラノキも、年一度、一番芽を摘んで家族に振る舞う以外は決してありがたがられない存在である。

 アリマキもクコの枝や葉を好む。せっかく延びた枝葉にびっしりとアリマキがひしめいている図をよく見かける。虫が好かないなどという表現があるが、虫にまで好かれるのは御利益があらたかなことへの証明だろう。
 クコも在来種ではなく、帰化植物であるらしい。原産はやはり中国だそうだ。古くから料理やお茶に使われていたらしい。中国でどのような土地に蔓延っていたのかは知らないが、薬草として輸入された日本でも容易に根付く逞しさが好もしい。
 滋養強壮は無論、肝臓、腎臓、糖尿病にまで効果があり、白内障などの眼病にも効くこの草を、日本人は軽視し過ぎであろう。ヨモギなども道端で車の泥や煤煙にまみれながら省みられることなく大量に蔓延している姿を見かける。ヨモギは蓬。クコと同じく蓬莱の草なのかも知れない。
 実、葉、幹とどこも無駄なく活用できる宝のような植物を、杜氏達はもしかすると毎日踏みにじって暮らしているのかもしれない。

 翳宿す瞳(め)に真紅の灯点さむと 踏み分く藪に枸杞の棘享く



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