ク ズ

ないと寂しいかもしれない


 病室が一般病棟に移ったとき、介添えしてくれた看護婦がこちらの方が少しは眺めがいいと言った。集中治療室では眺めどころではなかった。単なる閉鎖空間だった。
 横須賀共済病院は、少し考えると結構トンでもないところにある。横須賀で一番賑やかなスポットは京急の横須賀中央駅前だが、そこから昔の廓だった安浦に向けて歓楽街が走っている。米が浜通と呼ばれるその一帯は、軍港として栄えた頃は、芸者の置屋などが並んだ怪しげな(それでも安浦よりはいかがわしくない)通りだったに違いない。東郷平八郎や山本五十六も、その辺りで遊んだと伝えられている。今、大河ドラマの「新選組!」で脚光を浴びている三谷幸喜氏が書いた当たり狂言の脚本に「竜馬の妻とその夫と愛人」があるが、坂本竜馬を亡くした後のお竜さんは竜馬の大ファンだった横須賀の呉服屋の後添えとなっている。その呉服屋が米が浜通にあり、「おりょう会館」という斎場となっている。なぜ斎場なのかは定かではない。で、なぜかお竜さんの像は斎場の玄関に客から背を向けて立っている。土佐の方を向いているのかもしれないが、ナゾであるし、老婆として残ったお竜さんの意地悪そうな写真の顔と併せると、どこかヒネコビた印象だ。これなら竜馬の姉の乙女さんと折り合いが悪かったというのも頷けるような気になる。お竜さんが亡くなったときに、米が浜通を大隈重信、山県有朋といった「明治の元勲」が次々と訪れ、近隣住民を訝らせたのだ伝えられている。お竜さん、坂本竜馬の妻だった前歴をおおっぴらにはしていなかったらしい。
 その米が浜通の真ん中に共済病院がある。周囲は今でも飲み屋だらけである。入院患者にとってこれ以上悩ましいロケーションは存在しない。病院を一歩出ればそこは盛り場のネオン街なのだ。入院病棟は一般の病気の場合、ネオン街に近いサイドの新棟にあるが、心臓病や癌の場合、米が浜通から遠ざかった奥にある。切り立った崖に面した日当たりの悪い陰気な棟だ。杜氏が入った「少しは眺めのいい」部屋はその崖と崖に作られた駐車場に面していた。崖の上は田戸台、深田台と呼ばれる昔ながらの集落で、上町と言うかつては少し高級な商店街だった地域へと続いている。だが、今の田戸台、深田台には文化会館という、やはり今は寂れてしまった公共施設と中央公園しかない。前のコラムで触れた「海が見えた急な坂道」をひとつに特定するとしたら、杜氏は田戸の中央公園だと思っている。「横須賀ストーリー」に漂う退廃が、この地には似合う。この歌が流行っていた頃の杜氏の個人的な思い出に依存するところもなくはないのだが。「裸足で国道を横切ったら、江ノ島が見える浜辺に出られた」の茅ヶ崎「パシフィック・ホテル」(ブレッド・アンド・バター)の郷愁の方が遥かに明るい色調だ。
 田戸台、深田台、上町ですら、くすんだ退廃に覆われているというのに、そこと盛り場の米が浜通を隔てる崖はそれ以上に暗い印象がある。杜氏が入院中に眺めていたのはその崖でしかなかった。得体の知れない潅木にこれまた得体の知れない中型の鳥が群れているのが不気味だった。ムクドリなのだろうか。それを窺ってだろうか。カラスやトンビが更に上空を舞っていて、これまた不気味だった。崖はおそらくこの地に多い柔らかな泥岩からなっている。地元の子供が「コンコン石」と呼ぶ脆い岩である。地盤が脆弱なのも道理だ。そのコンコン石を覆い隠すように、クズの蔓が隙間なく垂れ下がっているのが見えた。得体の知れぬムクドリの潅木以外、およそ植物はクズしか見当たらなかった。しかも晩秋のこと。葉は半ば黄色く色づいている。絵に描いたような殺風景であろう。

 クズは葛。マメ科の多年草。れっきとした秋の七草のひとつで、薄紫の花はそれなりに美しい。ただ、イタドリと並んで、人目につく林縁、道端にはどこにでも生えており、希少価値などない。蔓を以て繁殖するので、正に蔓延する印象が強い。痩せた荒地にも用意に順応し、家畜の飼料として適していたのだが、今は畜産自体が市街地、住宅地では営まれないから、せっかくの長所も長所として機能していない。今は失業対策の除草の対象として大量虐殺の憂き目に遭うのが、一番の役割であるように思えてしまう。葛であり屑ではないのだが、名前も良くないのかもしれない。
 子供の頃、風邪をひくと母が葛湯を拵えてくれた。葛の根が優良な澱粉の素であるのは無論で、葛根は古来より漢方薬として有効である。祖母も風邪をひくと自分で葛根湯を淹れて飲んでいたものだ。臭気が強くて閉口したことを記憶している。決して悪臭とは言えないのだが。現在も残る売薬でるカコナールのカコは葛根であろう。葛湯は身体を暖め、いかにも風邪に効きそうな気がした。その一方で大人は玉子酒を飲んでいたのだろうか。だが、葛湯は葛粉で作られたものではなかった。その正体は片栗粉だった。更に言えば片栗粉は便宜上片栗粉なのであって、その原料はカタクリですらない。馬鈴薯などの澱粉に過ぎない。子供の頃の杜氏にとって薬効あらたかだった葛粉は二重三重に紛い物だった。
 葛餅というものがある。川崎大師などで名物として売られている菓子だ。厄払いの帰りに家の土産に買って帰る定番商品である。その前に厄払いを受けた張本人は大師付近のコリアン街で焼肉を食したりすることが多い。葛餅自体は至って淡泊な食物なので、黄粉と黒蜜の強力な甘味と共に食する。つるんとした食感はなかなかのものだが、何せ甘くてかなわない。だが、この葛餅すら、葛粉で出来ているものではないらしい。単なる小麦粉から作るそうだ。何せ現代の食物は大量生産が可能でなくては、流通に即さない。クズは畑で生産するものではないのだ。あれほど道端に生えているのだから、葛粉も大量に獲れそうなものなのだが、雑草として生えているクズの根は極めて小さく、繁殖地を広げる中継点の役割程度しか演じていないらしい。したがって、これらから葛粉は出来ない。大量生産も大規模流通の利かない葛粉は、自ずと「吉野葛」のような立派な、つまりは過剰な包装と付加価値をつけられて高級品として売られることになる。
 都会のクズは版図を拡げるために、機動性を重視し根を要所に下ろしながら横に拡大する習性を帯びているが、本来クズは多年生であり、林に根を下ろしたものは日光を求めて上へ伸びる。そうなったものは草というよりも樹木の様相を呈する。およそ我々が知っているクズとは似ても似つかぬ樹木のようになって初めて、クズの根は葛根として機能するという。葛粉の産地では、林に分け入ってそういった株を見つけ出し、自然薯を掘るような労力を傾けて根を掘り出し、大量生産のラインとは無縁な手作業で粉を精製する。吉野のような地場のブランド訴求力をバックにしなければ不可能な業だ。高価なのも道理である。その本物の葛粉で作った葛餅だが、川崎大師土産の小麦粉製とは別の食い物であるかのように美味いものらしい。さもありなんとは思う。だが、たかだか葛餅だ。食べてみたいとは思わない。川崎大師土産で充分である。そンな労力を要するものを、葛餅などにしてしまうのは生産者に失礼であるように感じてしまう。かといって葛餅と不味い薬の葛根湯以外、クズ食品の応用例を知らないのだが。
 何か途轍もなく霊験あらたかなものになりうるのに、実際のクズは単なる雑草以外の機能を果たしていない気がして勿体ない植物である気がしてならない。それも人間にとっての利用価値に照らしての話に過ぎないのかもしれない。

 グラウンド・カヴァーという用語がガーデニングにはある。文字通り地面を園芸植物で覆うのを意味する。百合のような根元に直射日光を受けるのを嫌う植物には、グラウンド・カヴァーは恩恵ともなる。杜氏としては、本来自然な植物を恣意的に利用しているような印象が強く、好きな言葉ではない。グラウンド・カヴァーに利用する植物が一段階低い価値しか持たないような扱いも釈然としないものがある。だが、クズの在り方を見ていると、これこそがグラウンド・カヴァーなのではないかと感じるところがある。日当たりのいい斜面や路地を覆い、その影に昆虫などの豊かな生態系を育むのは無論、深田台、田戸台の寂れ、つまりは軍港の街としての横須賀の翳りを米が浜通の退廃的な繁栄の溝といった文化の翳りを被っているのはクズである。その旺盛な繁殖力は葛粉のような直接的な生産性には寄与していないが、横への展開力(ワセダのラグビーではない!)は自然や文化の空隙を見事に埋めている。
 今は何の役割を果たしているのかよくわからない。ただ、空隙を埋めるということはそれだけで何かの意味を持つはずだ。ただただ鬱陶しい。そういう見方も出来る。だが、世の中は今判然と説明のつくものばかりで成り立っているものではない。考えてみて欲しい。鬱陶しいと感じるクズがないとしたら、我々を取り囲む景観は随分違ったものとなる。それだけで、何か意味を為すと考えられはしないだろうか?

 だが、今回の病気で、杜氏の米が浜通復帰はかなり先のこととなってしまうのは確かなことだ。トホホ。


Winery 〜Field noteへ戻る