マユミ

                  女性の持つ強い属性

 壇一雄は無頼派作家で、いかにも男性的で喧嘩が強そうである。「火宅の人」などという自伝的作品を臆面もなく発表してしまったりする。マッチョだ。娘のふみが駿台予備校の「入試」で席が前後の関係だった仲間の答案をすり替えるというセコイ手段で合格したそうだが、そのようなことをする娘の親とは思えない。

 それに対して阪神タイガースに真弓明信は、俊敏なトップバッターでとても優れた選手だったし、1985年の優勝にも大きな貢献を示した。なのに、優男風の顔立ちや決して身体の大きなスラッガーではなかったせいか、どうも女性的な印象が強い。無論、名前から受ける印象もネガティヴ要因となっている。

 ところが、壇と真弓は同じものを意味している。ニシキギ科の低木、マユミである。この木から昔は弓を作ったらしい。真の弓でマユミ。弾力に富んでいる上に、強度が高かったのだろう。その語感から女性の名前にもなるが、本来は単に機能的な理由から付けられた名前に過ぎなかった。

 マユミが最も印象的なのは、その実の美しさである。紫がかったピンクの実が、秋になると鈴なりに生る。実はやがて四裂して真っ赤な種子を覗かせる。この実の存在ゆえ、庭に栽培されたり盆栽になったりもする。これに比べると花はかなり地味で、淡い緑色の小さな花をいくつも付ける。雌雄異株なので、雄株を育てても見事な実はいつまでも結実しない。地方によってはこのマユミの繊維から紙を漉くらしい。それどころか、ヨーロッパではその木炭を絵画のデッサンに用いるという。軽さと微妙なタッチがデッサンに適しているのだそうだ。日本産のものの学名には「シーボルトが発見した」という意味の言葉が入っている。

 同じ弓でも壇は力強く、梓は柔らかな印象がある。ミズメ、キササゲなどで作った弓を指すらしい。梓も女性名に多く用いられている。

 弓の名手といえば、源為朝が有名で豪放で無類に戦いに長けている印象が強い。為朝の印象が圧倒的であるために、那須与一、愛甲季隆などの印象が薄い。後者二人は戦場ではさして実用的ではない競技者の如くである。愛甲季隆は畠山重忠を討ち取ったのだっただろうか。畠山追討自体が騙し討ちだっただけに印象はあまり良くない。今川義元は「東海一の弓取り」などと形容される人物だったのだろうが、最後が悲惨で、織田信長がその後急速に勃興したため、鉄漿で歯を染めた眉を剃った公家風のイメージにされてしまった。徳川家康の最初の正妻である築山殿が、歴史小説の中でしきりと今川家のエリート意識をひけらかすのもマイナス要素だ。こういう何か本質的ではない部分で、日本の男が弓を取る印象は良くない。「弓引く」というと、楯突く、反逆するということを意味する。

 和弓といえば、袴姿の女性が凛々しい立ち居振る舞いで矢を放つというイメージがまず頭に浮かぶ。弓の持つしなやかさ、矢を射る姿勢のすがすがしさなど、女性の特質を示しているのだろうか。だとしたらマユミもアズサも女性名に用いられるのが頷ける。真弓は確か熊本県地方に多い姓だっただろうか。真弓明信は出身地を恨むしかないだろう。考えてみれば、真弓も生え抜きのタイガースではなく、最初は西鉄の栄光から凋落しきった太平洋クラブライオンズの選手で、後に大洋ホエールズでも活躍することになる若菜嘉晴と共に、九州ローカルからキャリアをスタートしている。

 そのマユミ、杜氏が子供の頃住んでいた寮の林の入り口に生えていた記憶がある。毎年、秋が深くなると美しい実を着けた。だが、どうもネバネバした感じで触るのが憚られた。有毒であるらしい。心臓発作を招いたりすると聞く。杜氏達子供は動物的な勘で、その毒の気配を感じていたのだろうか。花はある時期間断なく散る。この性質を「傷だらけの天使」だったのが嘘のように冷静な中年男ばかりを演じるようになった水谷豊主演の二時間ドラマの謎解きに利用されているのを最近見たが、具体的にどうだったかは忘れてしまった。

 弓は飛び道具である。火器がないかった古代において、数少ない遠隔地から敵を仕留める道具が弓である。飛び道具といえば、強力無双のゴリアテを少年ダヴィデが倒したスリング、後に漢の高祖・劉邦の片腕となる張良が始皇帝暗殺のために雇った刺客が操る今のハンマー投のような道具が示すように、腕力、権力に劣る者が強大な相手に抗するために弄した策略を連想させる。伝説では為朝が流刑地の伊豆諸島から放った矢は、三浦半島の南端にまで達し、突き立った地面に井戸が出来るほどの威力だったという。ここまでくると中SAM(中距離地対空ミサイル)並みだ。また為朝を主人公にした滝沢馬琴の「椿説弓張月」では、その矢で船が轟沈するほどだ。だが、日本の歴史上の人物で弓の名手が豪傑として名を残したのは、この為朝一人である。外国にはロビンフッドやウィリアム・テルがいて、それぞれ痛快な逸話を残しているが、これも為政者に楯突いた逸話である。大きな歴史の流れは為政者が握っており、文字通り「一矢報いた」という印象だ。
 撓むものには弾性限界がある。いくら源為朝が非常識なまでに強力を誇っても、弓の弾性がその力に抗することができなければ折れてしまうのがオチである。弓の弾力と調和し一体化することで精度を上げる性格を持つ弓が、少年や女性に似つかわしい武器であるのも頷ける。伝説の女性武装軍団、アマゾネスも弓矢を武器にしていた。最も彼女らは利き腕側の乳房が矢を射るときに邪魔になるので、切除してしまうという女性を放棄する風習を持ってはいたが・・・。
 こういうことを勘案するとマユミ、アズサが女性の属性を示すのも当然なのかもしれない。壇一雄には不本意かもしれないが。



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