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柳ジョージが歌う本牧には、日本でありながら明確に日本とは境界を引かれたアメリカが描かれている。戦後間もなかった米軍住宅付近には高いフェンスに覆われた向こうの世界を垣間見ることが出来たのだろう。ベースがある横須賀でもそれは同じだった。一ドル360円時代の米兵は羽振りよく街を自由に徘徊していたけれど、ベースの中は境界で仕切られていた。戦争の後は米軍施設だけではなく、かつての日本軍が残した残骸からも窺うことが出来た。そこかしこに防空壕が放置され、杜氏達はムカデ退治と称して、その中に板にロウソクを立てて入り込みゲジゲジやムカデを焼き殺すという、ちょっといけない遊びなどもした。公園の見晴台は冷静に考えると明らかに砲台跡だったりもした。取るに足らぬものはそうやって放置されていたが、鉄条網で仕切られて立ち入り禁止となっている空間も多かった。日米両方からそういった空間的な制限を受けていることから、杜氏達は軍港と呼ばれた地域に住んでいることを実感させられると同時に、戦争が歴史上の出来事として葬り去られてはいないことも知った。
鉄条網はその象徴だった。映画「大脱走」での有名なスティーヴ・マックイーンのバイクでのジャンプ・シーンで、鉄条網に阻まれ脱走に失敗した彼は即座に殺されたものと長い間勘違いしていた。それだけ衝撃的な画面だったのだが、一方で鉄条網に対するネガティヴなイメージが記憶を歪曲させていたと言うことも出来る。
野山を遊び回るときも、スペースは無尽蔵ではなかった。日本軍が米軍上陸に備えてそこかしこに放った生物兵器・マムシが何世代も繁殖してしまい、注意を要する林もあったし、スズメバチがカチカチという警告音を立てて頭上すれすれを飛び交うような木立もあった。そして山道と林を区切る潅木には、大概サルトリイバラが絡みついていた。
サルトリイバラはバラ科の植物ではない。ユリ科である。ユリ科の占める範囲は広く、ネギやギボウシからアロエまでもがそこに属する。サルトリイバラがユリ科でも不思議はないのだが、茨の道というと杜氏が連想するのは、このサルトリイバラなのでどこか違和感がある。ユリ科の植物があまりに多岐に渉っているので、サルトリイバラを独立したサルトリイバラ科に分類する動きもあるようだが、浸透はしていないようである。
油断して無頓着に林に足を踏み入れると、こいつらのせいで露出した手足が傷だらけになったものだった。追い込まれた猿がこの蔓性潅木のトゲに絡みつかれて身動きが取れなくなることから、その名があるようだが、本当に猿がそのような仕儀に陥るかどうかは、既に野生の猿などいない時代に育った杜氏にはわからない。サルトリイバラの幹というか茎は節を持ち、節々でジグザグに折れ曲がっている。その節の部分から托葉が変化した巻きひげを出して近くの植物に絡みついている。トゲは全体にまばらに散在し、少し曲がった鉤爪のようになっている。これが野山を荒らす腕白小僧どもには始末に悪い。
花も咲く。春から初夏にかけて、葉の色とあまり変わらない淡い黄緑色の花の房をつける。目立たないので見過ごしがちな花でしかない。雌雄異株なので、実は雌株にしか成らない。丸い緑色から秋が深まるにつれ徐々に熟成してゆく実は冬に真っ赤な液果となる。生食も出来れば果実酒としても適している。なかなか趣のある味わいが意外である。見た目にも美しく、これを目当てに栽培する人もいるらしい。また活け花の素材にも好まれるらしい。奇特なことだ。
西日本では端午の節句に餅をカシワではなくサルトリイバラのハート型がより円形に近く膨らんだような葉で包むこともあったという。確かに手ごろな大きさ、形をしており、厚みもあるが、保存効果もあったのだろうか。根茎を冬に掘り出して乾燥させたものは中国の土茯苓(どぶくりょう)の代用品として山帰来という生薬となる。にぎびなどの腫れ物、出来物、むくみを軽減する利尿などに効果があるらしい。土茯苓は中国の植物でサルトリイバラに似た種らしい。中国で重篤な梅毒患者を山に捨てる風習があったが、そこで土茯苓を摂った者が絶望的な病状から回復を遂げて社会復帰することがあったという。山から帰来した者で山帰来。サルトリイバラは日本の土茯苓という意味から和山帰来とも呼ばれるらしい。何だか原因と結果を混同したような輻輳したネーミングである。だが、重症の梅毒を治すのなら、土茯苓やサルトリイバラは薬効あらたかな植物であると言える。見かけにはよらないものだ。若葉や芽は山菜のようにおひたし、天ぷら、和え物として食されることもある。漢方薬に用いられる植物と同じように、医食同源が実現されている。
こうしてみると、根も葉も実も役に立ち、茎までも活け花に野趣を招くサルトリイバラは、なかなか得難い存在と言える。だが野山のそこかしこで子供達を通せんぼしているサルトリイバラは、やはり邪魔者という印象は拭えない。
アメリカも徐々に軍の設備を日本に返還したり、共存する方向を採っている。本牧の米軍施設は巨大商業地となって久しいし、逗子市から横浜市に渉る弾薬庫跡地も昔から対立姿勢を顕に打ち出していた逗子とは対照的に、横浜市とは柔軟な姿勢で交渉している様相だ。柳ジョージ達が「高いフェンス越えて見たアメリカ」は、姿を消しつつある。鉄条網で囲まれた土地を見ることも少なくなった。日本側に残る戦争の残骸も、人の記憶が磨耗するのと歩調を合わせて消えつつある。日本国内の日本とアメリカとの境界、戦争が生んだ開かずの空間など、長い年月の自然の営みの前では無力化されてしまう。
おそらくサルトリイバラは猿を捕獲するために蔓延しているのではなく、森を守る番人として機能しているのだ。人の居住区と森の聖域との境界など本来ある方がおかしい。人間とて自然界に生きる生物なのだから、人間の作るあらゆる構造物とて自然の掌の外に出ることは出来ない。だが、人間が山を崩し、道を開き、地面をアスファルトで覆い、水辺を地下に隠し、河川の流れを強制的に制御しようとしているのは事実である。切り崩した自然との界面には日当たりのいい土地が露出する。そこに潤沢な日光の照射が生育に必要なサルトリイバラが育つのは道理である。人間側から見れば、自然が聖域を守るために自然の鉄条網を張り巡らせているように感じられるが、それを築く条件を与えているのは、実のところ、森を切り開くことで日当たりのいいサルトリイバラの適地を人為的に用意している人間の方である。人間が意識的に植えたのではないけれど、その行為がやんわりと立ち入りを制するような自然の鉄条網を招いているのだ。
人が未開の地を完全に切り開き、全ての植物が庭木、街路樹、防風林、防砂林といった人間の制御下に置かれる日はおそらく来ないだろう。だが本当に来たとしたら恐ろしい。地球温暖化への警鐘が今でも鳴らされているが、そうなった暁にはもっと恐ろしい事態が訪れるだろう。おそらくは自然から下された鉄槌のようなもの、「風の谷のナウシカ」の世界を覆う腐海のようなもの。だが鉄槌を下すのは自然なのではなく、人間が自ら為したことへの反作用に過ぎない。
サルトリイバラのトゲはそのメッセージを人間達に穏便に語りかけている。
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