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朝になると庭を訪れる小鳥のさえずりで起されることがある。杜氏の住む地方にはまだ鳥の類は数多く残っている。スズメは勿論、メジロ、ウグイス、セキレイの一種。近所の林からはコジュケイの声が始終聞こえてくるし、モズなども庭に舞い込むこともある。昆虫と植物には関心がある杜氏だが、鳥には詳しくない。バードウォッチングなどを趣味にする人達は奇特だと感じてしまう。アルフレッド・ヒッチコックの作品に「鳥」があるが、人間には鳥に対する拭い難い恐怖感があるのかもしれない。
ウチの庭で困っていることがある。植えた覚えのない植物が育ってしまうことだ。ナナカマドなどは二階の窓から手を差し延べれば届くほどの丈に育っているものもあるし、ノイバラは無数のクマバチを呼び寄せ、開花期が終わっても、その棘で奥に分け入る妨げとなっている。これらならまだマシだが、ハゼの木が何時の間にか四本ほど根付いてしまい、紅葉の時期だけ目を楽しませてはくれるものの、うっかり触れたらかぶれてしまうので困っている。以前にも年末の大掃除の一環でハゼを切り倒したものだったが、完全武装したつもりでも二回に一回はかぶれてしまい、酷い目に遇ったものだった。
これらはすべからく鳥の仕業であるに違いない。これらの実をついばんだ鳥が訪れたウチの庭でした糞の中に種が混じっていたのだろう。バラが好きな家人などはこれを歓迎しているが、ハゼの木を伐る身にもなってほしいものだ。
ポール・サイモンはインカの名曲、「コンドルは飛んで行く」に「林になるよりは道になりたい」と言う歌詞をつけているが、地にしがみついて生きているように見える植物も、様々な方法で種を散らし、離れた土地への繁殖を図る。最も近くにしか移動できない方法が種を弾き飛ばすというもの。物理的な仕掛けは凝っているものの、あまり移動距離は長くない。ホウセンカ、カタバミ、スミレ、ゲンノショウコなどがこの方法を採る。一旦掴んだ適地の近くで手堅く勢力拡大が図れるという利点があるのだろう。群生する種が多いことに気づく。風に乗るものもある。タンポポ、ススキ、マツ、カエデ。綿毛や羽つきの種子が機能的だ。ケヤキなどもそうだろう。アドヴェンチャー型といえる。どこに着くかは風任せだが相応の移動距離が期待できる。
前述のナナカマド、ノイバラ、ハゼなどは動物に実を食わせて種だけ排出させる戦略だ。果物に品種改良された栽培植物はすべてこの方法を採っていたのだろう。動物の行動範囲に依存するが、多分、その植物の適地である場所に着く確率は高い。同じ木の実を求めていると、自ずと適地に達することができる。食べた動物にとってのニッチが植物にとってもニッチとなればしめたものである。
これらとは別に、動物の身体に種を付着させる方法もある。物理的に鉤や針で付くものと粘着性のある物質で種を被うものがある。前者にはオナモミ、ヌスビトハギ、イノコズチ、ミズヒキなどがあり、後者にはメナモミ、トベラ、チヂミグサなどが挙げられる。
子供の頃、秋になると野原や荒地に分け入って遊んだものだった。オナモミの種はごつく、手榴弾を小さくしたような形状で、これを取って仲間の服に向かって投げつけると面白いように容易く付着する。おりから夏の装いから冬へ向かう途中。セーターには特に着きやすいようになっていた。
センダングサという植物がある。栴檀は双葉より芳し、の栴檀に似ているのだろうか。だが、それほどあり難いご利益がありそうな植物とも思えない。キク科で小さな花が固まって咲く形態の花を着ける。アメリカセンダングサというのもあり、センダングサとよく似てたが、花も種もやや大ぶりで幅が広かった。タンポポに見られるように、同じ種類の在来種と帰化植物が存在すると、前者は後者に駆逐される傾向が強かったが、ことセンダングサに関しては在来種の方が優勢に見えた。このセンダングサが杜氏達にとっては身体に付着する種の代表格であった。
実は熟すると、乾燥からかひとつひとつの花から成った実を広げて離れやすくなるが、未熟な段階では鉤を先端に揃えたまま、鍔に束ねられた状態で草の先端に成っている。これをオナモミと同じ要領で投げ合う遊びが秋の子供のスタンダードだった。銀玉鉄砲(ギンダマデッポウ)と呼ばれたチャチな模型のピストルは、危険だからという廉でPTAから禁止の憂き目を見ていた。地面に叩きつけると大きな音を立てて爆発するカンシャク弾や水の上でも爆発する2B弾などは、歴とした火薬であるから当然のように持参しているのが発覚すると、大人達に没収された。悪い友達がいて、通っていた鎌倉の御成小学校(有名な優秀児の特産地で、越境入学が多いことで知られる。その友人も越境組)の近くの鎌倉八幡宮に集まるハトにカンシャク弾を餌のポップコーンに混ぜたそうだ。ハトが豆鉄砲を食らうを実験したらしい。グリーン・ピースからマークされるぞ、ウシちゃん!
そういう危険性とは全く無縁のセンダングサの未熟な種は、杜氏達には「合法的な生物兵器」だった。ただ、こういう遊びをしていると、夢中になって「どうしてこンなところにまで分け入るのだろう」と後で思うような場所にまで行動範囲が広がるものらしい。遊んだ後には、センダングサの完熟の実から離れた針状の種ばかりではなく、イノコズチ、ミズヒキ、チヂミグサの実で、セーターはすっかり秋の野原のコレクション状態と化していた。これを後から取り除く作業を経なければ家には帰れない。植物達の思うつぼだった。センダングサの実は服の奥の方に潜り込むと、針状なだけにチクチク肌を刺して鬱陶しかった。また、チヂミグサは取った後もねばねばしていて始末に負えなかった。
これらの種をくっつかせる草のターゲットは当然だが、人間ではなかったはずだ。イタチや野ネズミやタヌキだったかもしれない。これらの動物の毛皮に、センダングサなどはとても良く付着しそうに思える。だが考えてみると、最早首都圏の野原にこれらの動物がさほど頻繁に出入りしているとは考えにくい。杜氏の住まいは横須賀でも相当に田舎に属するが、越してきた四〇年近く前に防衛大学校の敷地の草原でイタチを見かけたのが最後だった。今、野山に住むのは主に飼い主から見放された野良犬、野良猫、それに誰かが放したタイワンリスなどの帰化動物、人間の生活のおこぼれを狙って里に下りてくるタヌキぐらいだろうか。いずれも全くの野生動物というよりも、人間の生活が副次的に産み出した新野生動物といってもいい。おまけに野良犬などは危険であるとされて野犬狩りの対象となり、生活を脅かされている。
そうなると、野山で最も頻繁にこれらの植物と接触するのは、人間、それも人間の子供ということになる。オナモミやセンダングサの実を投げ合うこと自体が遊びだった杜氏達世代の子供達は、これらの植物にとって格好のお得意様だったのかもしれない。ところが、現代では子供の生活事情が様変わりしている。ゆとりの教育が志向されカリキュラムが緩やかになった分、塾や種々の習い事で子供達は忙しい。遊びもアウトドアから、ゲームやインターネットでのネットサーフィンとインドア化傾向が著しい。たまに存在するアウトドア派も、きれいに整地されたサッカーや野球のグラウンドが活動場所では、野生の植物などとコンタクトする機会など望めない。おまけに少子化傾向で絶対数まで減っている。かつてはとてもよく出来た仕組みに思えた種を付着させて移動させてもらう形態も、現実に則さなくなっているのかもしれない。かつては荒地に足を踏み入れれば、センダングサの種でハリネズミのようになることは、子供達の常識だった。そうなる必然がない知識は無用の長物に過ぎない。一体今の小学生の何割が、草の種まみれになった経験を持っているのだろうか。
今年、庭でセンダングサがかなりの丈まで育っているのを見つけた。人間の子供がいなくなっても、野良猫が種を運んできたのだろう。野良猫がよく休んでいる場所に、それは生えていた。ここまで考えて、絶滅の危機に瀕しているのは、センダングサなどではなく、杜氏達の概念上の人間の子供達ではないかと思えてきて、背筋に寒いものが走るのを禁じ得なかった。
東風吹かば匂い起せよ梅の花 主なしとて春な忘れそ
菅原道真が愛した梅は都から遠く大宰府まで飛んだという。飛梅の伝説である。植物は地面に縛り付けられ、一見自由に動き回ることが適わない。ただ、種子はさまざまな方法で足や翼を駆使することが出来る。菅原道真の昔から。地面に縛り付けられているのは「一所懸命」などと土地にしがみつき、子供から自由に飛び回るスペースを取り上げてしまった人間の方かもしれない。
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