

映画「小さな恋のメロディ」の成功は子役二人のイントロデューシングと共に、キャリアの下降を象徴するという少しほろ苦い後日談を伴う。ビージーズを中心に多くのポップスがちりばめられているのも楽しめる。一般的には「メロディ・フェア」と「若葉のころ」が有名だが、杜氏にはラストのゴンドラ(?)での駆け落ち(??)シーンでの大人と子供の乱闘のバックに流れていたクロスビー・スティルス・アンド・ナッシュ(ニール・ヤングは参加していたのか失念)の「ティーチ・ユア・チルドレン」が印象的だった。親と子の埋め難い断絶をコミカルに謳った歌詞で、おめでたそうなメロディとは裏腹に詞の内容は深い。「老いては子に従え」なる儒教思想を、欧米の個人主義文化に置き換えたら、という趣きかもしれない。
だが、世間的な注目はビージーズの楽曲に集まった。「若葉のころ」も佳曲である。原題はFirst
of Mayで、つまりは5月1日。エイプリル・フールではなく、メイ・デイだ。SOSの類の暗号ではない。彼らが育ったオーストラリアはどういう風習なのか不明だが、クリスマス・ツリーが小道具になっている。当地のクリスマスは無論、夏。現地の人達がクリスマス・ツリーと呼んでいるのは樅の木ではなく針葉樹ですらなく、ユーカリの一種なのかよく得体の知れぬオレンジ色の花を群生させる植物だった。だが、5月1日なのだから当然、そのクリスマス・ツリーのことではないのだろう。オーストラリアの晩秋、または初冬の5月には、普通のクリスマス・イヴェントが行われるのだろうか? 幼い頃はクリスマス・ツリーも高かったけど、ボク達(つまり幼なじみのカップル)も大きくなってツリーも小さく感じられるようになってしまった。時が過ぎ去ってしまったのはなぜなどと訊かないで、というセンティメンタルな歌詞である。なぜかクリスマス・ソングのスタンダードにも名を連ね、あろうことかKinki
Kids主演のドラマのタイトル、タイトル・チューンに使われたりもした。曲の中で主人公の男の子(?)がリンゴの実が一個一個落ちるのを見つめていたりするが、決してアイザック・ニュートンを詠ったワケではない。
杜氏が幼い頃、どこの庭にでも植わっていて、高い草丈を見上げていた植物があった。タチアオイである。初夏から初秋にかけての長い期間、オーソドックスな花らしい形状の花をつける。丈は1m〜1.5mで、2m近くにもなるものもあるというから、子供が見上げるのも無理はない。色も多岐に渉り、一重咲きもあれば八重咲きもある。学名にはバラの名にちなんだものであるが、バラの花に似ていないこともない。一般的に葵といえば平安、室町の昔からタチアオイを指したらしいが、徳川の葵の紋とか京都の葵祭の葵はそうではないらしい。ムクゲ、ハイビスカスも葵の類である。つまりは世界各所に順応できる繁殖力の強さを持っているのだろう。タチアオイも平安期にはカラアオイと呼ばれていたそうで、中国から渡来していた名残を物語っている。中国でも唐代には花の中の花と位置づけられていたらしい。公式的には室町時代に薬用として輸入されたらしいが、現代にはその薬効はあまり活かされてはいない。
土地の選り好みをあまりせず、どこにでも育つ。施肥をするとかえって生育が良くなり過ぎ、元々強風には弱い草なので倒れ易くなるという。基本的には二年草であるが、温暖地なら多年に渉って宿根化するらしい。ただ、園芸として楽しむなら、植えっ放しよりは二年おきに種を撒いてサイクルを回した方が好ましいとか。花の色、形状による品種名は特になく、この花が人手ではなく自然に多くのヴァリエーションを持ったことが窺われる。とにかく、丈が高く、その名の通りすっくり真っ直ぐに立つ。花も見映えがするし、長い期間咲いているから、堂々としているし、夏の活気に満ちた光景によく似合う。ただ、あまりに多く見られるものだから、杜氏にはあまりありがたみは感じさせてはくれなかった。毎年そこにあるのが当たり前という感覚だった。夏といえばヒマワリやキョウチクトウが想起されるが、杜氏が幼年期を過ごした横須賀北部、横浜との境界地方では、タチアオイの花の方が数多く見られた。
ところが、最近この花が人家に咲き誇っている姿をあまり見ない。どうしたことなのだろうか。杜氏が生まれた頃、終戦後十年を経て進駐軍の統制も終わり、「最早戦後ではない」が流行語となった。だが、昭和三十年代には未だ高度経済成長時代もオリンピック景気も訪れてはおらず、人の暮らしはつましいものだった。三種の神器だの3C(カー、クーラー、カラーテレビ!)だのは先の話で、庶民の消費意欲も充分ではなく、「最早戦後ではない」は事実である面と強がりである面を持っていたに違いない。そういえば、ウチの冷蔵庫は当時、氷屋から氷を買って上の方にそれを置き、熱対流を利用してモノを冷やすという電気を用いぬただの箱だった。氷屋という商売が未だ成立していた時代だったのだ。
タチアオイの種は安価だったのかもしれない。しかも手間が要らない。園芸を手間隙かけて楽しむまでに庶民の生活には余裕があるワケではなかった。でも、荒廃し傷ついた心にはせめて庭の花を見て和みを得るような豊かさが欲しいのは人情だ。そういった事情からタチアオイは好まれたのかもしれなかった。当時を思うと、あの普及ぶりは流行であったようにも感じられる。
当時、ラーメン一杯が50円程度だったと思う。杜氏は某大企業の社宅(家族寮)に住んでいたが、母がこっそり教えてくれた家賃は500円だった。オンボロな寮であったが、六畳二間はあり、それは破格の家賃設定だったと思われる。だが、物価が現在の十分の一以下だったことは確かだ。庶民の消費意欲向上は、生産力、賃金の向上と共に商品の価格をも引き上げる。土地の価格にもそれは当然反映される。その後の好況不況のサイクルを経てジャパン・アズ・ナンバーワンの時代、バブル経済まで、土地は高騰し続け、首都圏では横須賀のようなマイナーな衛星都市でも分譲される土地の単位はぐんぐんと狭くなっていった。杜氏の住む界隈でも昭和四十年前に分譲された広い土地の立派なお屋敷の住人が撤去すると、その見事な土地を5つぐらいに切り分けて新しい家が建つようなテイタラクである。杜氏の家の敷地は80坪だが、転居当初は周囲でも狭い部類だった。それがいつの間にか平均よりかなり広い方になってしまっている。地方の100坪以上の土地が標準である感覚からすれば、滑稽な現象かもしれない。だが、マンションなどが三次元化、高層化によって首都圏のキャパシティを支えていることを思うと、一戸建ての狭隘化も自然な動きなのかもしれない。
マンションの住人達は無論庭などを持つことが出来ない。となると一戸建ての利点でもある庭の面積も当然圧迫される。タチアオイは丈が高くなると同時に、生育に広い面積を必要とする植物である。現代の住宅事情に決して相応しくはない。そこかしこに咲き誇って、子供達を堂々と見下ろしていたタチアオイが姿を消す方向にあるのも当然なのかもしれない。従って、住まいの矮小化が未だ進んではいない地方では、タチアオイが角々に咲き誇る姿が依然残っているのかもしれない。
よく言われることだが、子供の頃、四十歳、いや三十歳はとても成熟した人間の年代層で、悪く言えばオジサン、オバサンだったのに、いざ自分がなってみると少しも成熟した感じなどしないという感覚は確かにある。「若葉のころ」のように周囲と自分の相対スケールが遷移しているということもあるが、どうも昭和三十年、四十年代に比べて、土地だけではなく全てが少しずつ矮小化している印象がある。アダルト・チルドレンとまではいかないけれど、自らを「戦争を知らない子供達」と称した団塊の世代、ポスト団塊世代(杜氏もそれです)は、オジサン、オバサンになる違和感に呆然として立ち尽くしている感がある。こんなモンで自分はいいのだろうかという、いやこンな社会でいいのだろうかという違和感。
クリスマス・ツリーも七夕飾りも、杜氏達の相対的尺度のズレを感じさせてはくれない。戻っては来ない時間を小さくなったクリスマス・ツリーで想起させられはしない。だが、時折見かけるタチアオイに、昔見上げていた花のイメージより立派な印象を覚えるとき、自分の成熟度、社会の矮小化の間で然るべき距離感を見失うような眩暈に似た感覚が襲ってくる。
そンなことを感じているのは杜氏だけなのであろうか。
(後日判明したこと)
友人から指摘されましたが、ティーチ・ユア・チルドレンはクロスビー・スティルス・アンド・ナッシュではなく、クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングの作品でした。名盤の評価も高い「デジャ・ヴ」の中の収録曲で、ここでの楽曲はすべてCSN&Yのクレジットで登録されています。CSN&Yは元来、結成時点で声評が確立していたミュージシャンのスーパー・セッション的な意味合いが強く、特にニール・ヤングはテンポラリなゲスト的色彩濃厚です。再三の再結成でも、スティーヴン・スティルスとの不仲のせいか、一人で呼ばれなかったりしています。でも、解散後最も稼いでいるのはヤングだったりします。「デジャ・ヴ」でもヤングが明確に参加しているのは、「ヘルプレス」、「カントリー・ガール」、「エヴリバディ・アイ・ラヴ・ユー」で、後は不明確です。
それより、「ティーチ・ユア・チルドレン」にはグレイトフル・デッド(ニュー・ライダース・オヴ・ザ・パープル・セイジ)の中心メンバであるジェリー・ガルシア(故人)がスティール・ギターで特別参加しているのは明らかだそうです。「ティーチ・ユア・チルドレン」はCSN&Yの四人の中でも最も真っ当というか普通の感覚の持ち主であるグラハム・ナッシュの作品で、映画「いちご白書」でも用いられた「アワ・ハウス」(僕らの家)などでホンワカしたムードを醸していたナッシュらしい曲かもしれません。ナッシュもヤングの「オハイオ」とか「アラバマ」「サザンマン」に影響されたのか、シカゴ7に触発された政治色の強い曲「シカゴ」を発表しましたが、似合いませんでした。「ティーチ・ユア・チルドレン」にジェリー・ガルシアが参加していると言われれば、サウンドを思い浮かべるにそういう気もしてきます。
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