トベラ

海辺の風景


 魔除けとなるものには、それ自身が魔物と拮抗しうるだけのおどろおどろしさを秘めたものが多い。毒を以て毒を制すということなのだろうか。神社の門を衛る狛犬の顔が優しかったら、通しては行けないものまで通してしまうだろう。人家の屋根で睨みを効かせている鬼瓦もそうだし、名古屋城の天辺で逆立ちをしている金の鯱も同じかもしれない。沖縄に赴くと、角々にシーサーの姿が見られる。1970年代に制作された「ゴジラ対メカゴジラ」は、沖縄博と時を同じくして公開となった。ゴジラとメカゴジラの対決に取って付けたように登場するのが、巨大シーサーであるキングシーサー。確か出演者の一人だったベルベラ・リーンが「ミヤラビの祈り」という主題歌を歌うと呼び寄せられていたような記憶がある。この映画でのメカゴジラは予算が潤沢に下りたらしく、やたら豪勢で、せっかくの沖縄博記念のキング・シーサーの登場も、強大なメカゴジラとゴジラの対決に水を差す印象で、「ミヤラビの歌」も観る者を脱力させる効果があった。残念ながら釈由美子は出てこない。つまりは沖縄のシーサーもそのまま巨大化すれば怪獣になるという奇怪な姿をしている。
 トベラは海岸沿いの肥沃な土地に繁殖する低木で、林の奥の日光が充分に当たらない場所にも堪えうる能力を持つ。日陰では葉を拡げて日光を最大限に受け、日なたでは逆に葉を立てて直射日光を避ける生態を採る。耐潮性、耐煙性、耐風性があり、丈夫なので街路樹などにも用いられているのをよく見掛ける。温暖な沿岸地方で育った杜氏には馴染み深い植物である。

 トベラは実や木の皮、幹、揉んだ葉などから悪臭を放つので、住居の扉に挟んで魔除けにしたらしい。扉、または扉の木が訛ってトベラとなったのだという。悪臭=魔除け説には異論があり、生命力旺盛なトベラの生木を火にくべると、とても大きなパチンという音がして弾けるらしい。その音で鬼を脅かすというもので、節分の魔除けとしてトベラより一般的なヒイラギにも同じ効果があるという。

 葉は厚めで丈夫。独特の細長い形状をしている。海辺の植物はすべからく、水分を葉や茎に多く貯える習性を持つが、生木が火に弾けるのもそのせいだと思われる。日なたで葉を立てるのも保湿のためなのだろう。

 雌雄異種で花は白く、群生する。悪臭を放つという割には、花には芳香がある。花が終わると雌株には直径2.5cmと大きめの実が成る。淡いオレンジがかった褐色で、かなり硬い。これが熟すると実が四烈して赤い種子が露出する。マユミ(檀)に似た実と種子の在り方である。種子の色も似ている。種子には独特の粘りがあり、おそらく種子の赤に寄ってきた鳥の身体に付着して、ある程度まで離れた場所へ種子を運ばせる効果があるのだろう。鳥にとってこの種子が食べられるのかどうかは不明だ。人間には到底食べられそうになく、果実酒にするなどと言う話は聞いたことがない。

 杜氏は庭を住んでいる土地周辺の林を模したものにしたいと考えているフシがある。だが、家人達には必ずしも賛同を得られていない。だから普通の栽培用の植物と地場の植物のまだら模様にどうしてもなってしまう。この傾向は亡父にもあったらしく、引っ越してきてからしばらくは、林に入って庭に植えられそうな灌木を物色していた記憶がある。父も杜氏も時を隔てて奇しくも同じ植物をまず最初に掘って庭に植えた。それがトベラである。魔除けにしようなどとは思わない。ただ、移植するのに適したサイズの株が多く、丈夫で移植にも簡単に堪えうるからである。

 英語名は石油の精製過程で出る粘りけのあるピッチと、種を示す単語を組み合わせたものであるらしい。どうやらヨーロッパ人にはこの植物を魔除けにする風習はないらしい。やはり種子の粘性が最も特徴的に感じられるのだろう。

 この植物ほど育った地域によって親しみを感じるか、馴染みがないか、印象が別れる植物もないように思える。関東以西の太平洋側の沿岸地方では、これほどありふれた種も珍しいと感じられる一方で、日本海側、内陸部、つまりは寒い地方で海から遠離るほど、馴染みの薄いものとなるらしい。そういえば、耐寒性は謳われていない。気候風土に合致した土地では、粘る種子の分散作戦も功を奏してか、よく増えよく育つが、適していないと全く寄りつかないということだろう。ただ、杜氏の家の庭では、植えっぱなしで施肥とかは一切していない。いかにも頑丈そうなので、特に省みられない傾向にある。

 特に家の庭のトベラは雄株であり、花は咲いても、実や種子はつけない。

 丈夫で栽培しやすいトベラなのだが、普通の土地で栽培すると、若葉は美しくても成熟に連れすぐに黒ずんだりする。アリマキなどの病虫害を受けやすいという。だが、潮風の当たる環境ではそのような傾向は目立たない。やはり沿岸が適地であり、内陸寄りの地で栽培するのには適していないのであろう。そして杜氏の家は沿岸にある。若芽にアリマキがびっしり集っているのを目にすることもあるが、そのようなことにはさして影響されないようにも見受ける。困った庭の持ち主である。

杜氏は母の方の形質をより多く受け継いでしまったらしく、よく「似ている」との指摘を受けて心外な気持ちになったりする。だが、父方の親戚にはハッとさせられるほど、一族の男の特徴がそのまま受け継がれていると言われる。自分ではよくわからないけど、そうなのだろう。トベラのような、目立ちもしないし植えていても利点がないけれど、存在感があるような気を思わず拾ってしまったのは、父から流れる血のせいなのかもしれない。

 ヒイラギが魔除けというのは理解できる。クリスマス・ツリーの籾の木同様、葉の棘は邪なる者の侵入を阻むだろう。七夕の笹(竹)も、葉に刃を備えるし汚れたものを浄化する印象もある。だが、如何に臭気を放ち、火にくべれば爆発するからといっても、トベラには狛犬や鬼瓦が持つ表面的な猛々しさは感じられない。トベラが魔除けと成り得たのは、沿岸の照葉樹林の濃い緑の下でも容易に根付いたり、種子の粘り気を以て鳥に運搬させたり、葉や幹に水分を貯蔵して乾燥に堪えたりする生命力に敬意を表してのことだったのかもしれない。



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