ヤブカラシ

生物に貴賎などないけれど・・・


 世の中には類型とか分類が大好きな人種がいる。多分あらゆる事物にカテゴライズ施して理由付けをしなければ気持ちが悪いのだろう。エルンスト・クレッチマーというドイツの心理学者は体型から性格が決定付けられるという類型論を唱えた。簡単に言い切れるものではあるまいし、意外にも東京オリンピックの頃までご存命だったクレッチマー先生とて、そう単純に割り切っていたワケでもあるまいが、こういうヤツだ。

 痩せ型=分裂性気質 基本的特徴:非社交的,もの静か,用心深い,きまじめ,変わり者
               敏 感 性:臆病,恥ずかしがりや,繊細,敏感,神経質,興奮しやすい,自然や本を好む
               鈍 感 性:従順,おひとよし,無関心,鈍感
 肥満型=躁鬱性気質 基本的特徴:社交的,親切,温かみがある,善良
               敏 感 性:明朗,ユーモアがある,興奮しやすい,活発
               鈍 感 性:静か,無口,落ち着いている,柔和
 筋肉質型=粘着性気質 基本的特徴:熱中しやすい,几帳面,秩序を好む,頑固
                 敏 感 性:まわりくどい,人に対して丁寧,仕事は確実だが手早くやることは苦手
                 鈍 感 性:時に激しく興奮したり,爆発的に怒り出す

 今はあまり世に受け入れられることもなく、「血液型性格診断」と似たようなものなどと位置づけられているらしい。だが、杜氏が高校生だった頃は、確か保健体育の授業で習った記憶がある。当時は粘着性気質とは言わず、癲癇性気質と呼ばれていたと思う。筒井康隆の断筆宣言の原因となった癲癇患者差別問題からの深慮遠謀で、この言葉が使われなくなったのだろうか。古来、シーザーとかアレクサンドロス大王といった歴史上傑出した英雄が癲癇だったと言われ、シーザーを演じたリチャード・バートンなどは映画で真に迫った癲癇の演技を見せているけれど、癲癇患者の家族にしてみればそれどころではないのかもしれない。
 杜氏は分裂気質型ではないようだが、他のどちらかは判じ難い。機能面からは筋肉質だが、肥満型と言われれば反論は出来ないところだ。本人にしてみれば、筋肉質の本質を気ぐるみで誤魔化していると韜晦するのが常であるが・・・。このHPの文章から、読者の皆さんはどう断じるであろうか。

 私が出た大学(最初に入った大学とは違ったりする)は都心と郊外(千葉)のニ拠点に分かれていた。今は山口に短大があったり、長万部、埼玉に分校があったりするらしい。杜氏は東京神楽坂キャンパス出身だが、その千葉の方にいた陸上競技部のチームメイトが教育心理で有名な先生の講義を取っていた。その課題のひとつに「泥酔時の人間の行動について観察せよ」というのがあり、彼は地元の「養老の滝」に通い、自らが泥酔することもなく真面目に酔っ払いウォッチングを続けたらしい。その中に「絡む」という行動様式がある。
 これも粘着性気質の特徴なのだろうか。杜氏は自分では絡んでいる自覚はないし、そもそも泥酔すること自体、もうここ何年もない(酔いはするが)のでよくわからないが、身を律するに越したことはないだろう。自称筋肉質型としても。
 絡むというのはどういう心理なのだろうか。相手に対して粘着的な働きかけに出るということは間違いない。それが自分の主張を執拗に認知させようとする心の動きなのか、相手の欠点を論ってへこませようとする心理なのかがよくわからない。酔っているときなど特に相手とより親密に和さなければ、酒も旨くないだろうに。いけない。これでは肥満型の類型にはまってしまう。

 植物にも蔓性のものがあり、別の植物に絡みつくことで繁殖している。これが嵩じるとヤドリギやナンバンギセルのような寄生植物となるのだろうか。直接絡んでいる植物から栄養を掠め取ることこそないが、日照や生育空間を奪い、生命活動に大きな支障を来たす植物さえある。ヤブカラシはその典型かもしれない。材木、庭の植生に害をなすものとして悪名高く、そもそも命名も「藪すら枯らすほど」であることから来ている。そンなことはあるまいと思うのだが、実際にその名に相応しい被害はあるらしい。
 何しろどこでも生える。側溝の間の僅かな土からも発芽する。発芽してからの生育も旺盛で、正に蔓延と呼ぶに相応しい。上への展開もさることながら、地下茎を駆使しての横展開も活発だ。ラグビーで言えば、フォワードの縦突進の明治とバックスの横展開の早稲田を併せたような攻撃力なのだから天下無敵と言える。絡み酒に当てはめると自己認知型と他者攻撃型の特徴を兼ね備えているという感じだろうか。
 意外なことにブドウ科である。蔓性であること、葉の形などから頷けないでもないが、茎が木のように堅く太くはならず、実もブドウのように利用されないのでイメージが結びつかない。葉はくすんだ色を帯び、陰湿な印象を助長している。花は咲くが緑色でパッとしないし、早朝に咲くとすぐに落ちてしまう。残るのはオレンジ色の花盤だが、あでやかな印象は皆無だ。同じように葉がくすんで陰気な感じがする植物にドクダミがあるが、こちらは身近な薬草としての肯定的な面も強い。
 別名はビンボウカズラ。カズラは蔓で、ビンボウは貧乏。ヤブカラシに見舞われた家は貧乏になるということからの命名らしい。つまりは貧乏神のようなものである。ただ、一家が窮して庭の手入れが行き届かない家によく生えるということから、原因と結果が逆転しているようにも思える。よくよく考えてみたら、改築前の杜氏の家にもヤブカラシは頻繁に生えてきた。除草するのだが、結構執拗に毎年蔓延していた記憶がある。やはり貧乏な家を見逃してはくれないのだろうか。「おじゃるまる」に出てくる貧乏神は、薄幸の少女漫画家ウスイ(幸薄いの洒落だろうが作者自身が投影された人物と思われる)の住まいに居住するが、これまた寄宿主同様生命力は薄そうな存在である。影の薄さを周囲に影響させるタイプの貧乏神であるが、ヤブカラシはもっと能動的で絡み酒の酔っ払いに似ている。
 どこかのHPにヤブカラシの生態を、田中真紀子の不倶戴天の敵であるS木M男の如き族議員と似ているとあった。官僚に接近し甘言を弄して油断させ、一旦絡みついたら身動きできないようにして無理な要求を繰り返し、叶わぬと恫喝して意を通してしまう。笑った。

 植物に貴賎などない。各々が適した条件で様々な生き方で種の存続を図っている姿は健気で美しいものだ。だがヤブカラシだけにはどうもシンパシィを寄せにくいところがある。象徴的なのは、あらゆる植物の中で最も人間に好んで栽培され、かつ有効に利用されているブドウの一族であることだ。悪魔ルーシファが元を質せば天使だったというのとよく似ている。人に顧みられないブドウの鬼っ子であるヤブカラシが、世を拗ねて人間ばかりか他の植物にまでお門違いな復讐をしている感がある。同じ鬼っ子でもヘビイチゴはそンなことはしないのに。無論、例によって意味のない擬人法でしかないが。
 ところが、コヤツにもいいところがある。前述したパッとしない花は意外や意外、花蜜がとても豊富なのである。おまけに群生して花をつける。採蜜性の昆虫にとっては格好の栄養補給源なのだ。特にアゲハチョウの類はこれを好む。ナミアゲハ、アオスジアゲハ、ミカドアゲハ、カラスアゲハ・・・、あらゆるアゲハが寄ってくる印象がある。杜氏の家には改築前にアオスジアゲハが頻繁に姿を見せた。ヤブカラシと聞けばアオスジアゲハが連想されるほどだった。アオスジアゲハはありふれてはいるものの、よく見るとなかなかに美しいチョウである。アゲハに限らずハナムグリ、カナブンなどのコガネムシ類、スズメガの各種もヤブカラシの上得意だ。だがなぜかハチの類の訪問は少ないような気がする。ヤブカラシは花の美しさ、凝った意匠で虫を寄せ付ける方法論を捨てている。ただひたすら蜜の豊富さ、魅力で勝負している。それが証拠に、早朝に早々と花弁が散った後に、これらの虫はヤブカラシを訪れる傾向にある。ハチはおそらく花を目印に採蜜を行っているのだろう。
 スズメガの類は採蜜を行うだけではなく、幼虫の食草としてヤブカラシを利用することも多い。色合いからいかにも不味そうなヤブカラシの葉であるが、他の植物を枯らすほどのエネルギーを葉にも秘めているのかもしれない。コスズメや奇抜な意匠のセスジスズメの幼虫がヤブカラシの精力に負けじとたくましく葉を貪っている姿を頻繁に見かける。スズメガは大型の蛾で幼虫も概して長大な姿をしている。旺盛な生命力を示す、どこにでも生えている植物が食草の条件となるのだろう。

 酔って絡み癖のある人でも、普段はいい人なのかもしれない。粘着性気質だからといって、いつもネチネチと粘りつくような行動で人間関係に支障を来たしているのではなく、社会性をわきまえてきちんとした生活を営んでいる人がほとんどなのだろう。聞けば、昆虫が好きな人はわざわざヤブカラシを家の塀などに這わせて、昆虫が寄ってくるのを楽しんでいるという。あの人は血液型B型だからとか、双子座だからとか、マニアックなところがある粘着性気質だからといって、白い目で見てはいけない。植物に貴賎がないのと同様、類型化は人を差別するためにあるのではない。(B型、双子座、マニアック、全て杜氏の属性です、ハイ)



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