ユキノシタ
地味でも下支え
人は常ならざるものに惹かれる性向を持つ。SF、ホラー、ファンタジィというジャンルの文学が、迫害を受けながらも根強いファンに支持されて生き残っているのも、そういった傾向に負うところが大きい。だが、エキセントリックな要因だけで構成される文学、映画、音楽などの芸術作品は大衆に受け容れられにくいところがある。タルコフスキーの映画を、終始居眠りしないで凝視出来るとしたら、その人には特別な才能があるハズだ。普通、オーソドックスなベースが根底に流れており、ここぞというところでエキセントリックな要因が炸裂する構成となっている。そのダイナミックレンジを効果的に発揮することが、ビジネスとしてのエキセントリックな作品の肝となる。
音楽を例に取ると、その基調を為すのはリズム楽器であるドラムと思いがちだが、どうもドラマーにはエキセントリックな人が集まるらしく、必ずしもそうは言えないようだ。エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)で、狂気を演じるキース・エマーソンと哀愁の吟遊詩人グレック・レイクの強烈さに隠れて、職人カール・パーマーは一見影が薄いが、彼のドラムはリズム楽器でありながら、戦慄を奏でているような味わいがある。これもまたエキセントリックだ。つまり、EL&Pにはノーマルな要因があまりなかったことになる。だから、持久力を発揮できなかった。レイクが脱退したキング・クリムゾンがメンバー・チェンジを繰り返しながら、長期に渉って活動を維持したのとは対照的である。
パーマーに限らず、ちょっと思い出しただけでツェッペリンのジョン・ボーナム、ザ・フーのキース・ムーンのように、ドラマーには奇人変人が多い。
ロック・バンドの場合、バンドの基本線を奏でるのはベースであることが多い。レッド・ツェッペリンにおいて、ジミー・ペイジやロバート・プラントがエキセントリックな持ち味を展開し、ジョン・ボーナムが魅力的なドラム・ソロで爆走しても、何でも自分の演奏に吸収してしまうようなジョン・ポール・ジョーンズがいなければ、ツェッペリンはツェッペリンではありえない。 ローリング・ストーンズにおけるミック・ジャガー、キース・リチャーズに対するビル・ワイマンの役割にも、似たところはあるかもしれない。友人に言わせると、彼らベース・ギター担当者は密かに「オレがこのバンドを支えてるンだ」と自負しているに違いないとのことだ。説得力を持つ推論だ。
かつて杜氏の会社でも軽音楽部の活動が盛んで、ロック系志向の人間も多かった。だが、それまでの演奏キャリアではベースを担当していた者が圧倒的に多く、ベース余り現象が発生していた。二代目の社長が十数年前、就任したばかりの新人歓迎会でビートルズの「ゲット・バック」などを控え目に演奏した軽音楽部に驚いたらしく、「エレキ・バンドが・・」などとアナクロな発言で、その派手さへの違和感を呈していた。元社長の目には派手に映っても、ベースが多い個性は総じて地味な職人集団の印象だった。
ユキノシタという草がある。誰もが目にしていると思われるありふれた植物だ。耐寒性が強く、雪の下でも逞しく生育することから名が付いたとも、雪の舌のようだからそう命名されたというのと、二説ある。おそらくどちらも正しいのだろう。寒い地方に限らず、どこでも生育する。成熟した葉は円形に近い楕円形で、濃い緑。多くの場合、葉脈に沿って白い斑が入っている。光沢を帯びるが、裏面だけではなく表面にも密生した繊毛が艶消しになっている。比較的厚みがある。斑入りでないものもあるらしいが杜氏はお目にかかったことがない。
湿地を好む。杜氏の子供の頃は、どぶ川のほとりの日の当たらない地面に群生していた記憶がある。今はどぶ川の多くが側溝の下に埋まってしまったので、都市部ではニッチが圧迫されていると思われる。たとえば皇居の外堀の日当たりのいい土手などには、たとえ水辺であっても生えないと思われる。一株から長い花序を一本伸ばし、そこにやや疎ら気味に十数輪ほどの白い花をつける。個々の花は地味ではあるが、一際大きな二枚の花弁が揃ったワイシャツの襟のようで、よく見るとなかなか可憐である。
ユキノシタ科の植物は実は多岐に及んでいる。ユキノシタ自体、よく見かける馴染み深い草のワリにマイナーな印象を与えるのに、潅木となる植物もユキノシタ科には珍しくはない。有名なところでは、アジサイ、ウツギなどもユキノシタ科である。チダケサシ属、ネコノメソウ属、アジサイ属、チャルメラソウ属、ウメバチソウ属、スグリ属、ヤグルマソウ属、イワガラミ属がユキノシタ科に属する。どうしてこれらの多岐に渉る種の代表が地味なユキノシタなのか分類学に暗い杜氏には知る由もないが、何らかの理由があるのだろう。ユキノシタ自体はヤグルマソウ属に位置するようだ。
瞠目すべきはその薬効である。さっと葉を炙って、傷ややけどの患部へ擦り付けただけで、二日ほどで治ってしまうらしい。漆かぶれのようなものにも薬効あらたかであるらしい。体内物質によるアレルギーにも効くと言うことは、人間の複雑な抗体反応にも然るべき制御を及ぼすということを示し、半端な効能ではない。ケミカルにどうこうという域を超えているように思える。アトピーにも効くのも、アレルギーへの効能を考えると当然だ。
昔はその万能薬が、軒下辺りにドクダミなどと並んで無造作に生えており、ムシって炙るだけで利用できた。自然の救急箱のようなものだ。今は新薬を創薬によって見出す時代であるが、どちらが便利なのか怪しいものだ。かつては庭に植えることもあったようだが、何しろ湿気を好むので適地は意外と狭い。井戸端、水端、沼っぺりなど最早、住宅地の近くには見つけにくい。水周りは生活に不可欠な設備だが、今はそれを目に見えないように隠す傾向にある。地味でありふれていながら、この不思議なエネルギー秘める植物を、人間は知らず知らずのうちに排除しているように見受ける。
「我も勘平、彼も勘平」という言葉がある。素人芝居の忠臣蔵で二枚目の早野勘平に誰もがなりたがって、「勘平式」の様相を呈すことからそう言われる。主役がいて、二枚目がいて、悪役が魅力的で、脇役がしっかり演技して、初めていい芝居が成り立つのであって、誰もが勘平では話にならない。ロック・バンドも、ギター、ヴォーカルなどのカリズマティックな存在より、達者なベースがいることの方がある意味で優先的な成立要件である。ユキノシタのような植物は他にも案外多いかもしれない。それらを蔑ろにすることが、廻り廻って、人類に災厄をもたらしかねないと感じる。ユキノシタを見たら、皆が大事に扱ってほしいものだ。しかし、どこをどう見ても、アジサイと同種とは思えない。
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