本 『墨攻』

著者 酒見賢一
出版社 新潮社

●ストーリー
  戦国時代の中国。兼愛・反戦を説いた墨子を祖とする「墨家」という集団がいた。彼等は非攻の哲学を説き、侵略されそうな国々から救援を求められれば、それを防衛すべく専門家を派遣する。墨家の守る城は難攻不落の砦と化した。趙軍に攻められようとしている燕国の梁城も、墨家に救援を依頼する。しかし梁城の城主・梁渓の前に現れたのは革離という男ただ一人。迫る趙の軍勢は2万。対する梁軍は邑民を含め僅か数千、城の防衛体制も脆弱である。革離はたった一人で城を「墨守」することができるのか…?
●感 想
  その実体のほとんどが謎に包まれているという「墨家」という集団をテーマに、激しい攻城戦を描いた作品。薄いのでさくっと読める。「非攻」「兼愛」の精神を説き他国への侵略を否定するが、「守り」の戦においては最強の戦闘技術を見せるという墨家集団の特異な思想が面白い。城を「墨守」する様々な防衛技術だけでなく、それを実行する為の人民掌握術・統制能力を発揮するところもお見事。軍事コンサルタントとしての革離の手腕が素晴らしい。対する敵の将軍・巷淹中も優秀な軍人として描かれている。最初は梁城攻略を甘く見ていたが、革離の実力を認めた後は本気で勝負を仕掛けてくる。数に頼るだけでなく、「高臨」や「穴攻」など様々な作戦を用い、「雲梯」や「軒車」といった数々の攻城兵器を投入しての城攻めを行う。

  「兼愛」の精神を説く墨家思想だが、決して甘いヒューマニズムではない。防衛の規律を乱す町民は厳しく処罰し、脱走しようとする者や敵に内通した者は容赦なく斬り捨てる革離。もちろん反発も生じる。革離に指揮権を奪われてしまった梁王の息子・梁適との軋轢。墨家からの使者・薛併と革離の対話によって明かされる意外な事実。そして進退窮まった巷淹中将軍の全力をかけた最後の城攻めが迫る…。特殊な「墨家」という集団を取り上げたことで、普通の戦記ものとは思想面で異なる戦闘が楽しめる。淡々とした文章で長さも短いが、非常に面白い時代小説だ。無情感溢れるラストもイイ。過去には宮崎駿がアニメ化を企画するも実現はしなかった。アニメ版も是非観てみたかったところだ。




本 『墨攻』(漫画版)

原作 酒見賢一  脚色 久保田千太郎  漫画 森秀樹
出版社 小学館  単行本全11巻  文庫版全8巻

●感 想
  小学館ビッグコミックにて連載された森秀樹の漫画版。前半部分が原作をベースにした「梁城墨守」の戦闘。後半部分は漫画オリジナルストーリーとなっている。前半・梁城での戦闘部分は基本的に原作に沿った内容になっているが、オリジナルエピソード&キャラクター追加で描かれる防衛戦が、原作以上に知略を尽くした闘いとして描かれており、漫画としてかなり面白い。巷淹中将軍の奇抜な城攻め作戦、対する革離の巧みな防衛戦が楽しめる。原作との大きな違いのひとつは、墨家からの使者・薛併の扱い。原作では革離の命令で薛併は殺されているのだが、漫画版では生きて帰っている。これが後々の展開に大きな影響を与えていく。そして梁城戦のクライマックス、革離と巷淹中の対決が追加。原作ラストでは悲劇的な展開になるところが修正され、漫画版はハッピーエンド的な〆となっている。

  漫画版の後半部分は原作から離れ、オリジナルストーリーで革離の物語が描かれる。原作と違い、梁城から生きて帰った薛併が革離の「宿敵」として立ちはだかる。権力を求め腐敗した墨家、そして強力な大国・秦と敵対し、過酷な戦いに身を投じる革離。革離の幼馴染みの司路、革離の仲間となる雲荊、蘭鋳、娘(にゃん)といった新キャラクターも登場。原作小説では描かれなかった「墨家は何故歴史から消えたのか」という謎に答えを出す物語となっている。前半の梁城防衛戦とはかなり趣の異なる展開だが、これはこれで面白い。クライマックス付近では城の防衛戦場面もあるが、革離が「墨守」の手腕を見せるところが少ないのが残念。長き死闘の果てに、最後に革離がたどり着いたのは…。漫画版も名作。

本 『墨攻外伝・革離あり』

原作 酒見賢一  漫画 森秀樹
小学館ビッグコミック・2007年1月25日号掲載

●感 想
  大軍に攻められながらも陥落しない小城。そこには墨者・革離の姿があった。映画版日本公開に合わせて、10年ぶりにビッグコミックに掲載された28ページの漫画版読み切り。時系列的には「梁城墨守」後の話。墨者の里から脱出して以降、雲荊に出会う前といったところか。さすがに少し絵柄が変わって いて、革離がちょっとカッコよくなっている(笑)



映画 『墨攻』

製作年度 2006年 製作国 中国/日本/香港/韓国 上映時間 133分
監督 ジェィコブ・チャン
製作 ホアン・チェンシン、ワン・チョンレイ、ツイ・シウミン、リー・ジョーイック、井関惺、ジェィコブ・チャン
製作総指揮 ワン・チョンジュン、スティーヴン・ン、ホン・ボンチュル
脚本 ジェィコブ・チャン
音楽 川井憲次
出演 アンディ・ラウ 、アン・ソンギ 、ワン・チーウェン 、ファン・ビンビン 、ウー・チーロン 、チェ・シウォン


●感 想
    ジェィコブ・チャン監督の映画版、一応森秀樹の「漫画版」が「原作」という扱いになっているようである。漫画版前半や原作小説で描かれた「梁城墨守」の戦闘が映像化されている。アンディ・ラウが革離役を熱演。漫画版を先に見ているとアンディではカッコよすぎる気がするが(笑)。巷淹中役にはアン・ソンギ。こちらも不屈の猛将を熱く演じている。映画コピーは「10万人の敵に、たった一人で挑む」になっており、巷淹中将軍の趙軍10万に対し、梁城側約4千。原作小説では趙軍約2万に対し、梁城側約1千500だったので、原作以上に戦力差が大きい。やりすぎでリアリティが減っていると思うのだが…中国向け公開にはこのくらいのハッタリが必要なのだろうか。しかし画面上10万人に見えるのは序盤攻城戦での俯瞰シーンのみで、戦闘場面では兵力差があまり感じられなかった気がする。攻城兵器があまり出なかったのも物足りない。
  薛併や田襄子といったキャラクターは登場せず、墨家の内情描写はカット。そのせいで何故革離だけが来たのか説明不足気味か。映画オリジナルキャラクターとして女騎馬戦士・逸悦が追加。弓の達人・子団も映画オリジナルキャラ。ウー・チーロン演じる子団は若い頃のジャッキー・チェンみたいな顔でカッコいいが(笑)、ヒロイン扱いの逸悦は正直いらなかったように思える。原作にない恋愛要素を追加するより、知略を尽くした防衛戦の描写に力を入れて欲しかった。ちなみに原作小説の革離は規律維持に厳しく、男女の逢瀬も厳禁。恋人と会っていた梁適を厳しく叱責したりしている。映画の革離は裏切り者に対する処罰なども随分甘い。ラスト近くの逸悦の扱いは、戦による悲劇を強調する演出だとは思うが…やはり少々後味が悪い。
  「漫画版が原作」となっているだけあって、小説にはない漫画版のエピソードを多く取り込んでいる。まず「穴攻」で侵入する人物。漫画ではモグラみたいな顔の異形の大男・袁羽が出てくるが、映画では黒人の大男に設定されている。穴を掘って水攻めを行う場面も漫画版通り。馬による股裂き刑、空からの侵入なども、シチュエーションは異なるが漫画版からの引用。革離と巷淹中の直接対決は小説にはなく、漫画版ではガチバトル。映画版では静かな対話による決着。映画での巷淹中の最期は、梁王の腹黒さが全開。戦争の切なさ・無情さを原作以上に強調した印象で、ほろ苦いエンディング。革離は「強さ」だけでなく「弱さ」を見せるキャラクターとなっている。良い人が全然報われないのが哀しい。展開が駆け足気味で革離の防衛戦描写が少ないのが不満だが、全体としては結構楽しめる出来には仕上がっている。

2007/02/05




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