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やすらぎの部屋からあなたへ
フラワーヒーリング日記 VOL、18 Mio Kawakami http://www.cityfujisawa.ne.jp/~koandmio/
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一人で生きていかれるもの同士が二人でも生きていける
やすらぎの部屋のHPおよび掲示板の開設などを通じ「夫婦そろってお互いが理解しあえるパートナーであるって素晴らしいですね」と言われることが多くなりました。今まであまり意識したことはないのですが子どもや夫や親など、自分を丸ごと受け入れてくれる人々の存在を身近に感じられるのはなんてありがたいことなのだろうと思うようになりました。
私はコンサルテーションを始めてからいろいろなご縁を頂いてきましたが、今ある一組の御夫婦のことを思い出しています。そのお二人は七十代の御夫婦でご主人が末期ガンで余命数ヶ月と医師から宣告を受けており、ご本人には告知していないということでした。私がトリートメントボトルをお作りすることになったのは奥様の方で、その奥様の知り合いの方から「何の力にもなってあげられないのでトリートメントボトルを差し上げたい」というお話を頂いたからなのです。
その方のお話によると奥様は敬虔なクリスチャンで「お互い七十歳をとうにすぎているのですから、どちらかが先に死ぬことになるのは覚悟している。けれど家に帰って一人になると後に残されるということの不安が大きくなってしまう」とのことでした。それに加えて自分の生活をすべて投げ出して看病することの疲れ、夫が見舞い客の前では冗談を言って明るく振る舞うのに一人で病室に残ったとき、極端に落ち込み、死に対する恐怖心で一杯になっているのを見るのは辛くて耐えられない、そしてこういう状態がいつまで続くのかと考えるとひどく憂うつになって日常生活を普通にこなせない常態にあるということでした。
私は最初のボトルに、レスキューレメディーとレッドチェストナットを入れました。レッドチェストナットをいれたのは御主人に対する気遣いがもともととても大きいように思えたからです。そして2本めのボトルからはレッドチェストナット、疲れに対しオリーブ、絶望感に対してスイートチェストナット、不安に対してアスペンとミムラス、を入れました。
私はその方に直接お会いしたわけではないので、実際、効果が感じられているのか、ずっと気になっていたのですが、それでも請われるままにボトルをお渡ししていました。
数ヶ月ほどしてその御夫婦のことを伺うチャンスがあったのでそれとなく聞いてみると、奥様のほうはお隣に住む80歳の方に毎朝、糠漬けを届けていらっしゃるとのこと。「私よりあの方のほうが助けが必要ですから」という返事が戻ってきた、とおっしゃっていました。それから毎日病院に通いながら大正琴の練習会を自宅で開き以前からの目標だった講師の資格も取得したとお聞きしました。
ご自分の伴侶の死を目前にして献身的な看病をしながらそれでも自分の世界や夢を投げ出さず、なおかつ周囲の人の力になりたいと願う姿に心から尊敬の念が込み上げてきました。
さて御主人の方なのですが余命2ヵ月と言われていたそうですがコバルト治療の効果と奥様の愛の成果でしょう、ガンが小さくなってきているということで週末を自宅で過ごすことが多くなったとのことでした。
そしてこの夏、二人の娘さんと一緒に家族4人でハワイに行ってきた、という素晴らしいニュースを耳にしました。もう20回近くもいっているハワイだそうですが、なにしろ八\歳に近い年齢で、その上治療のために体力が衰えていて病院からなかなか許可が下りなかったようですが、とにかくパスポートの申請だけでも、と旅行の計画を立て始めたそうです。今回パスポートを申請するにあたり奥様の分は迷わず10年用の申請をなさったそうですが、ご主人の分については五年用にするか十年用にするか悩んだとのこと。一応ご主人に聞いたところ「そりゃあ十年用に決まってるじゃないか」という明るい返事が返ってきたそうで、この返事を聞いたとき、奥様は本当にもう一度ハワイに行けるかもしれない、と思われたそうです。そしてハワイから無事に帰ってきてからはお医様もビックリするほどの回復ぶりで現在も週末のみ自宅で過ごしているというお話でした。
私はこのお話をうかがって「命の力強さ」というのは本当にすごいものだと深く感動しました。夫婦愛、家族愛というものは人に生きる力を現実に与えていくものなんですね。この御夫婦はおそらくこれまでもお互いが支え合い周囲の人々にも多くの力を与えてこられたのでしょうけれど、夫婦の間に老いや死という問題を抱え込むようになってもなお、決して悲観的になることなく、かといって無理に希望にすがるということでもなくしっかりと御自分と自分たちの生き方を見つめていこうとする姿勢は、なかなか真似できるものではありません。
「一人でも生きていかれるものだけが二人でも生きていかれる」とは私のパートナーが言ったことばです。相手に頼り切ることなくお互いの成長のためにお互いに支えあってこの先もずっとやっていかれるだろうか、いや、自分たちが肉体的な存在ではなく魂として永遠の命を持っていること、常にサポートを受けてこの世に生かされていることを忘れなければそれも可能かもしれないと、そんなことを考えています。
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*マヤンカレンダーが伝える明日という日* 1999年 11月9日 今日は存在していることそのものを実感する日。なにに流されるわけでもなく誰に指示されるわけでもないとき、自分から行動を起こせるかがポイント。自身で輝くこと。 ===================================
パートナー・コオの気づきの日記 MIOさんはこの原稿を書くのに手書きの下書きを書き、しっかり推敲するのですが、わたしはそのとき思い付いたことを下書きなしで思うままタイプしていくというスタイルでやっています。そのため漠然とは書くテーマがあるけども書いてみなければどうなるか自分でも分からないのです。
さて今日はそのテーマさえあまり浮かばないで「どうしようかな」と思っていたのですが、ちょうど自分にとっては意味のある夢を見たのでそれをお伝えしたいと思います。 夢の中でわたしは自分の葬式をしています。といっても自分はまだ生きていて、要するに生前葬という感じなんですね。で突然、集まっている人にメッセージを伝えたくなって司会者からマイクを借りて原稿なしにスピーチを始めてしまうのです。最初は形式的な挨拶なんかをしているのですが、話しているうちに、話題がどんどん変わっていって、突然「自分は死を恐れていない、なぜならこの地球にあるすべての生命が生と死を繰り返している。死んだものはそのからだを土に返し、それをもとにして新しい生命が生れてくる。延々とそれを繰り返している、そうしてふたたびこの愛する地球に戻ってきている。どうしてこれほどの叡智を与えられた人間の生命だけが再生の効かない一回限りのものだと思うのだろう?そんなはずはありえない。それはこの広大な宇宙で地球しか生命が存在しないと考えるのと同じぐらい傲慢で想像力の欠けた思考ではないだろうか?」などと続いていってしまうのです。そしてその話をしている内に目の前に今まで自分を守ってくれていた「存在」がそこに集まっているみんなの前に姿をあらわし(とってもきれいに光る黄金の像のような姿でした)わたしがそれに対して「今まで見守ってくれてありがとう」と伝えるところで夢は終わったのです。伝えたいと思っていた感謝の気持を伝えることができ、お陰でとっても良い気分で今日は目を覚ますことができました。
ひょっとしたら書くことがないからこんな夢を見せてくれたのかなぁ?と思えるぐらいリアルな夢でした。その像に夢の中で触れたのですがその感触まで今も手に残っています。
夢についてはいろいろ面白い体験をしている方がいっぱいいらっしゃると思います。この世界には本当に面白いことがいっぱいありますね! ===================================
コオの秘密のひとこと 田口ランディさんのコラムマガジン、みなさん読んでます?めちゃくちゃ面白いです。もし知らない方がいたらかわいそうだから登録場所、勝手にお教えします。 http://tanakanews.com/~randy/
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