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やすらぎの部屋からあなたへ
フラワーヒーリング日記 VOL、19 Mio Kawakami http://www.cityfujisawa.ne.jp/~koandmio/
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言葉について
前回のメルマガでの「一人で生きていかれるもの同士が二人でも生きていかれる」という言葉について「そういう表現は独身である人に対して一人で生きていかれないから相手に巡り合わないといっているような印象を受ける」というメールをいただきました。
そういうつもりは全くなかったのですがとても傷つけてしまったようで本当に申し訳なく思っています。その方には直接メールをお出ししたのですが、この言葉は彼が私にくれたプロポーズらしき(?)言葉の一部分であって自分が夫婦や家族というものを意識する時に常に頭にある言葉なのです。
結婚しても自分が夫や子どもの人生の脇役だけを担うのではなく、常に人生の主役として生きていくために、また、お互いが支えあって生きていくために、ちょうど私の卒業した女子校の校訓であった「女性である前に人間であれ」という言葉にも通ずるものがあって私の中では忘れてはならない言葉なのでした。
ただメールをいただいた前の晩にちょうどサイババの「言葉について」という文章を読んでいろいろと考えていたところでしたので、このところの慌ただしい生活が軽率な言葉を生んだのだととても反省し、言葉について思いをはせるいい機会をいただいたと思いましたので今回あえて書かせていただくことにしました。
サイババの文章を引用します。 言葉について「もしあなたが滑って転んでも起き上がることができます。 しかし舌が滑って一度口にしたことは、取り返すことができません。 それと同じように、 自分が言ったことを実行できない人に、 信頼や期待などできません。 いかなる時でも、あなたが話をする時は、 その状況にあった適切な事だけを話すべきです。 (中略) 言葉をあなたの命としなさい。 目上の人々、両親そして友人たちの前で話をするとき、尊敬の念を もって話しなさい。 あなたの話し方はあなたが善良であるか邪悪であるかも言い\します。 それはあなたの内なる自身を映し出しています。 反応、反映、反響はあなたの口にする言葉の結果なのです。 あなたの言葉は、自分自身の命と考えなさい。 真実の言葉を語りなさい。」
中央アート出版社「箴言(しんげん) サイババからのメッセージ」より
他人から何の気なしに言われた言葉に傷ついてしまうということは私にもあります。
私は27歳のときに息子を出産し同時に卵巣摘出の手術も受けました。以来毎月ホルモン注射を受け続けているのですが子どもを産むことは残念ながらできません。そのことについて誰からも責められるわけではないし、今の生活にとても感謝しているのですけれども、それでもどうしても自分の中にこの事実が認められない部分が残ってしまっているようなのです。
私に既に子どもが一人いるからなのでしょう、周囲からは気軽に「二人目の予定はないの?」「兄弟がいた方が絶対いいわよ」「子どもが一人しかいない人に子育ての苦労は分からない」「年をとったら淋しいわよ」などと言われるのですが、そのたびに心の中で「好きで一人しか生まないわけじゃない」とか一人っ子だって幸せな人はいっぱいいるし、かわいそうなどと決めつけないで」とか、いろんなことを思ってしまうわけです。
頭の中では「今の状況を受け入れて前向きに」なんて思うのですけど、心の方はしっかり言葉に反応してしまうのですね。最初のうちは公園などに出向くのがとても嫌でそのうちはっきりと「私は子どもが産めないのです」と説明するようになり、でもそれでもちっとも心のうちが解決されないので今はそれもやめて「予定はありません」とだけ答えるようにしています。
はっきりいいましてこの問題は自分の中でどう位置づけていいのか分からず、またクリアーされていません。でもそういうものを抱え込んだままの自分を生きていく、というのも自分にとって必要なことなんだろう、と最近は思っています。
どうしてこんなプライベートなことを書いたかというと、そういう傷つきかたをしょっちゅうしている私であってもやはり同じ言葉によって他人を傷付けてしまうのだな、自分だけが絶対正しかったり、良心的だったりする、ということってないのだな、と素直に感じられたからです。
私はこのメルマガや手紙コンサルテーションのかたへの返信を2日も3日もかけて内容を考え何時間もかけて書いています。相手の方をイメージしながらどうかその方の心に深く届きますように、と祈りながら書いているとき、サイババの言う「言葉はあなたの命である」ということが本当に良く分かります。
話し言葉、書き言葉、相手に対しても、そして自分に対しても言葉は慎重に選ばなければいけませんね。
今回、内容がバッチフラワーから離れてしまったことをお許しください。
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*マヤンカレンダーが伝える明日という日*
1999年11月16日
今日は心の絆を取り戻す日。人それぞれ、異なる考え方をもって生きている。しかし、共感したり同意したりする部分があることも事実その共通項に関心を振り向けよう。
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パートナー・コオの気づきの日記
「変えられることを変える勇気と、変えられないことを受け入れる平和な心とその二つの違いが見分けられる知恵をお与えください」会社組織を離れた今、人生のすべての局面で自分の手で「サイコロを振る」という身分になった今、自分で望んだこととはいえ、その難しさに直面し、悩んでしまうこのごろです。
先日、また自分で自分のためのレメディーを選びました。そして、今回初めてビーチを加える気になりました。これは、これからオフ会、もしかしたら、セミナーなどを主催して人を「集める」立場になったとき、おごることなく、他人の意見を受容することができるように、謙虚な態度を失わないでいられるように、という願いを込めたのです。
以前も書いたかもしれませんが自分と同じ「魂の旅人」であり、この地球での学びを与えてくれるために存在している周りの人々に常に感謝の気持ちを忘れずにいようと強く思うのです。
先週はレイキヒーリング・アチューンメントなどに訪れて下さった方々から、本当にいろいろな気づきを与えられました。まさに「与えることは同時に与えられること」「あなたの与えるものがあなたに返ってくる」という今まで繰り返しいろんな優れた本の中で伝えられているメッセージを実感することができました。
「何も恐れることはない」「自分が本当にワクワクすることを優先してやっていこう」というのがやすらぎの部屋のわたしたちからのメッセージです。
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コオの秘密のひとこと 将来、桂に「パパのお仕事って何なの?」って聞かれたら、なんて答えようかなぁ、なんてことをふと思ったりして。
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