フラワーヒーリング日記  VOL、37

                                         

同情の支配


今回はチコリーです。チコリーの象徴的なタイプは子どもを支配したがる母親に当てはめることができます。一人でいることを嫌い、世話好きで人から注目されることを好みます。

このタイプは本来精神的な強さを持ち、他人のために惜しみなく愛を表現できる能力を持っているのですが幼少期に厳しく育てられて十分に愛を受け取っていなかったり、自分に自信が無く、自分の存在価値を低く見ているため必要以上に親切にしたり世話をやいたりすることで、その見返りとして他人からの愛を受け取ろうとします。私がこれだけのことをしてあげたんだから、あなたも私を大切にしてくれて当然だ、と相手に愛を強要してしまうのです。

人間関係の上で難しいのはこのタイプの人は自分が相手をコントロールしようとしていることに気づいていることが少なく、相手もまたコントロールされているとは思っていないことが多い、という点です。あなたのためにこんなにやってあげたのに、とかあの時あなたの頼みを聞いてあげたじゃないの、などと相手を責めはじめるのがこのタイプの特徴で、このように感情に訴えて同情を誘うので相手側は非常に罪悪感を感じます。

これは「困っている人を助けるのは人間として当然」というメッセージを押し付け、相手がなんとなく後ろめたさを感じたり罪悪感を感じるようにしむけて結局相手を支配下に置こうとする一つのコントロールドラマなのです。

同情を求められて自分がそれを断ろうとするとき、もし罪悪感を感じるようでしたら自分を責めてしまう前に相手が自分を支配しようとしているのかもしれない、と一歩引いて考えてみる必要があります。つまり自分がその人のために何かしてあげたい、と心から思っているのか、してあげないと悪いから、と思っているのかの違いといったらよいでしょうか。

同情の支配下に入りやすい人は実は本人も同情してほしいと望んでいることが多いのです。断ることができないのは自分が同情を求める立場になったとき拒否されるのが恐いと感じるからです。だから断ったら悪いと思うのですね。このように考えると同情のコントロールドラマに巻き込まれやすい人も状況が変われば逆にチコリーのマイナス状態に入りやすいともいえます。また本人は被害者のつもりでもいつのまにか自分の子どもや恋人を支配してしまうという人は決して問題を直接解決しようとしたりはしません。当事者とその問題について話し合うことは「相手に悪い」という理由で避けてしまうのですが、それは問題を解決してしまうと同情してもらえなくなる恐れを潜在意識の中に隠し持っているためです。

ですからAさんについての愚痴をBさんに言い、Bさんについての愚痴をAさんに言うことで結果的にAさん、Bさん両方からの同情を勝ち取るといったことになるのですが、そのためには自分はいつも被害者でいなければ同情が得られないので根源的な幸せを得ることは難しくなってしまいますね。では、相手が同情を求めてきた場合はどのようにすればいいのでしょうか?

実際にはこれは母子関係に最も多いのでさまざまな事情が加わり一言では難しいのですが、まず相手に自分がその人のことを大切に思っていることをしっかり伝えること、その上でコントロールされているからではなく自分が大切に思っているからその人のために何かを自分の意志でしてあげるんだ、と自分の心を確認することです。

相手が自分を必要としている以上、その関係から逃れようとせずに相手との距離を常に一定に保ちながら自分をしっかりと中心に据えてその人に関わっていくことですね。そのためには自分の気持ちを素直に表現する勇気も必要でしょうし、他人の幸せの責任は誰も取れないこと、そしてそれは決して「冷たい」ことではないのだということをしっかり認識することも大切です。

この場合フラワーエッセンスではセントーリーやウォールナットが力を貸してくれるでしょう。セントーリーは意志の強さと安定をもたらしてくれますし、ウォールナットは他人の影響から逃れにくいと感じるときにとても役立ちます。人間関係はどちらか一方の性格で決まってしまうものではありません。ということはどちらか一方が付き合いかたを変えれば相手も必ず変わってくるのです。「相手の性格を変えたい」と思うよりもまず、「自分ができること」を考えていきましょう。それが自分を中心に据えて生きていくということなのですから。

                                                          美保

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パートナー・コオの気づきの日記

JMAヒプノセラピスト講座を修了して。

ヒプノ・ポテンシャルシステム(退行催眠を中心にした催眠療法プログラム)の開発者で、自身もセラピストであり、またセラピスト養成の第一人者でもある、リンダ・ローズ博士から直に催眠療法を教わるというJMAのヒプノセラピスト養成コースに参加し6月に無事修了いたしました。終わってみて最初に思ったこと。「いやー本当に中身の濃い6ヵ月だった!」で、みんなに会えなくなるのが淋しいけどどこかでホッとしている部分もある、という複雑な感情が残っています。

授業の内容はもちろんですがそれよりも何よりもとにかく6ヵ月かけて自分の心の内面を見つめていく、そして、それを生徒同士がシェアしていく、という作業は時には本当に辛く、「なぜ自分はこんな人間なんだろう!」という思いを何度も味わいました。これは催眠の実習を通して、また日本人講師である中島勇一氏の方法論である「セラピストにもっとも大切なのは愛だ」(と彼が言ったわけではありませんが、強くそう感じました)との考えに基づいて行っていくシェアリング、また生徒同士のシェアリング(?)と称した飲み会、などを通じて普通は一切隠している、あるいは潜在意識にしまいこんでいて自分でも気づかないでいる部分をさらけ出していくという作業をやっていきます。

中島先生いわく「それはパンドラの箱を開けるようなものなんです。」
見かけは幸せそうにみえるみんながそれぞれの「地獄」を抱えているということ。そして、自分だけが、そういう目にあっているわけではないんだ。みんな同じなんだなぁ!と知るだけでかなり心の重荷は軽くなったように感じました。

講座に参加する前の説明会で卒業生の方に「ここでは一生の付き合いになる人に出会えるよ」「あなた自身が癒されていきますよ」といわれ「本当かな?」とちょっと疑う気持ちと期待と両方あったのですが今はそれが本当だと感じられます。これだけ深く知り合って赦された間柄は他にないでしょう。(でもまだこの先もいろいろあるような気がします。自分の場所に戻って新たな自分をつくっていく、という本来の作業をしていくうちにも…)で、結局メインは催眠のテクニックではなく(もちろんテクニックも教えてもらえますが)「自分が癒されるという経験を身体で味わって知っていること」がセラピストにもっとも大事なことである、と教わったような気がしています。

自分がもらったことがなくて知らないものを一体どうやって人にあげることができるだろう、という感じです。このことに関しては生徒として一緒に参加したみんなに心から感謝し、またこういう機会を作りだしてくれたJMAに感謝しています。(社長さんもなかなか大変そう(?)でしたが心から応援しています)そして「自分にはまだまだ限定された形でしか愛がないこと、それを知った上で自分に表現できる愛を少しずつでも広げていくこと」をこれからさまざまな人との関わりのなかで実践していきたいと思っています。

自分は長い間「ドーナツ人間」だと感じていました。真ん中に何も無い、という虚無感と、周りは人に好かれるために不本意に甘く味付けしているという姿がまるでドーナツみたいだと…
これを一体どうしたら良いのか、まったく分かりませんでした。こんな状態の自分を受け入れる、また他人に受け入れてもらうなんてどうしたら良いのか全然分からなかったのです。

でもこの講座の中で、そのままの他人を受け入れるという経験を繰り返しているうちにいつのまにか自然に自分を受け入れてもらうことを「自分に」許せたように感じています。

この旅にきっと終わりはないのでしょう。これから別の課題がやってくるようにも感じます。現実の世界は一瞬足りとも休みなく次から次へと何かを差し出してきます。でもその一つ一つが自分を成長させるプロセスであることを信頼していける部分が以前より増えたように思っています。

「勇気を持って恐れずに生きていって下さい。傷ついたって良いじゃないですか!
だってあなたたちはもうセラピストなんですから!もし傷ついたとしても、
癒せばいいんです!あなたたちにはそれが出来るんですよ!
そのためにもこんなにたくさんの仲間がいるのではないですか?
恐れずになんでもやってみてください!」

という中島先生の言葉を忘れずに…

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コオの秘密のひとこと

最近大きな変化を体験しつつある人がまわりに集まっているような気がします。自分たちがそうだから?かもしれないけど。お互いプロセスを信頼していきましょうね!でもうまくいかない時は掲示板にでも遊びに来て下さいね!HPの改訂もなかなか進まないしこっちも「ヘルプ!」って感じもありますが…

     
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