フラワーヒーリング日記 VOL、38
コオです。今回はHPに「ヒプノセラピー」のページができたことの告知も兼ねてトップに書かせて頂きます。(と言っても二人で書いてるだけだけど)
新ページ「ヒプノセラピーについて」http://www.cityfujisawa.ne.jp/~koandmio/page3.html
「催眠ショー」について
「ヒプノセラピー」ってカタカナで書くとそんなでもないかもしれませんが漢字で「催眠療法」って書くととたんにアヤシクなるような?そんな誤解を解くべく今回は書いてみたいと思います。
催眠といえばまず思い浮かぶのがよくテレビでやっている催眠術師のいいなりになって何か普通は人前で絶対にやらないようなことをやってしまったり、嫌いなものを食べたり、苦手な動物を可愛がったり…という「催眠ショー」のイメージではないでしょうか?
つまり自分の意思に反してコントロールされて気づかないうちにやってしまうような…
もしそうなら、催眠術師は本当に凄い力を持っていることになります。ちょっとこわいです。あまり近づきたくないですね(笑)
それではステージにあがって催眠術師の言いなりになっていた人たちはどう感じているのでしょう?本当に催眠によってそういうことをやったと感じているのでしょうか?
おそらくほとんどの人が「自分は催眠にかかっていなかった」というはずです。それではなぜ犬の真似をしたりしたのでしょう?
おそらく理由は本人にも分からないと思います。催眠は記憶を無くしたり、無意識の状態に入っているものだ、という先入観がありますから、そういう状態になっていなかった自分が催眠に入っていた、と感じるはずがないのです。では実際は何が起こっているのでしょう?
以前、所ジョージさんがTV番組の中で催眠をかけられて「腕が机から離れません」という暗示をかけられた状態でしゃべっていた内容が印象に残っています。
完全に目覚めている状態の催眠暗示なのでその状態で彼はいろいろ話していたのです。
「いや、動かせるよ、べつに。絶対動かそうと思えばさ、でも…なんとなく動かす気がしないんだなぁ、でも別に動かせないわけじゃない、それは間違いない、でも動かさなくてもいいやって感じなんだなぁ…うーん、ただ動かさないでいたいだけ」
正確には覚えていませんが大体こんな感じだったと思います。これは催眠の状態を非常に上手に表現してくれている、と思います。
先ほどの例に戻れば、ステージに上がっていって催眠術師のいいなりになる、というのは、ある程度は予想できることですね。大体どういう展開になっていくか?「はい、あなた舞台に上がって」といわれた瞬間、ステージの上で催眠術師の言うとおりになって観客にウケている自分、というのをまずイメージします。そしてその段階でそうなるかも知れない自分を受け入れているのですね。これが大事です。最初からいやな人は断れます。つまり最初に「この催眠術師の言いなりになってもまぁ良いかな?」という気持ちの人だけがステージに上がっていきます。
そして催眠術師の言いなりである、という「設定」のもとで自分からは絶対にやらないことでも「催眠術師にいわれてやってるんだから」と自分を納得させ、観客の期待に応えて指示に従っていきます。「いや、別に催眠にはかかっていなかったけどなんとなく…って感じかな」この人たちがステージを降りた後の感想はきっとこんな感じです。おそらく一人も「自分は催眠にかかっていた」という人はいないでしょう。
そして、もし自分が受け入れられない指示をされた場合は従わない人もたまに見かけますね、(しらけるのであまりTVには映されませんが)この点も大事です。催眠にかかっていても指示に従わないことだってできるんです。
ですから催眠状態は特殊な状況ではなく、単純に「被暗示性が高くなる状態」と言うことがまずできます。(暗示を受け入れやすい状態のことです)
被暗示性の高まった状態では味覚・触覚などの五感の機能さえも指示に従って「自らの意志で」変えてしまうことができます。ですから嫌いなものを「おいしい」といって食べたり、普段触れない動物に触ったりすることができます。このあたりが観客としてみているととても不思議な魔法のように見えるところでしょう。
ちょっとたとえは違いますが学校へ行きたくない子が「おなかが痛い」と言っていると本当に痛くなってきたり「本屋へ行くと腹が痛くなるんだよね」と信じている人は必ずおなかが痛くなります、このように「心が体をコントロールしている」ということは他にもたくさん見受けられるでしょう。
でも、ここでも自らの同意なしに感覚機能の変更は起きないのです。ただ舞台に上がった周りの人たちが指示に従っているのを見ているという相乗効果もあるため、それは顕在意識での判断ではなく、潜在意識か強く作用する状態が作り出されやすい、ともいえます。集団で同じようなことをしていると正常な判断力がだんだん弱くなってくるような…という面がありますね。(これはセラピーの時とは違いますが)
今回はステージ催眠ショーの誤解を解く、というテーマで書いてみました。次回は催眠を利用したヒプノセラピーのしくみについて書いていきたいと思います。
コオ
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パートナー美保の気づきの日記
何かをやろうとするときって大まかにいうと2通りに別れますね。無理をせずともすべてがうまく流れるときと逆に努力をしないとことが運ばない、自分を叱咤激励しないと前に進めないときです。
どちらがよりその人本来の道に乗っているかというと当然前者ですね。しかし、いくら道が正しくてもベストなタイミングがこないと波に乗れないこともあります。どんなに正しい方法で種をまいても収穫が出来るにはそれなりの期間が必要ですからそれと同じことですね。
「漁師は漁に出られないときは網を繕う」といいます。海が時化ていて船が出せないときは網の手入れをきちんとしておくことです。絡み付いているごみを取り除き、穴をふさぎ焦らずに時を待てば必ず船が出せる絶好のチャンスがやってくるのです。
いったんベストなタイミングだと感じたら自分の直感を信じて進みましょう。その時に隣の人はまだ船を出していないからなどといっていては自分にとっての最高の獲物を取り逃がしてしまうかもしれませんね。そしてその時にどれだけ網をきちんと繕っておいたかの成果が現れてくるものだと思っています。
さて突然なのですが自分の中に大きな変化の流れを感じ学童保育のスタッフを6月いっぱいでやめて7月よりやすらぎの部屋一本で仕事をしていくこととなりました。
学童保育についてはいつかは辞めることになるだろうとは漠然と考えてはおりましたが、始めたからには数年間は勤めなくてはとか、年度途中では迷惑がかかるからせめて3月までは勤めよう、いや一番忙しい夏のキャンプを終わらせてから、などとあれこれ頭の中でめぐらせていました。心が決めきれなかったのですね。
しかし意志の力だけで仕事を続けていくことがかえって今の自分にとっては大事なタイミングを逃すことになることにようやく気づいたのです。
この突然の事態を引き起こすきっかけになったのは「そこそこの幸せでよしとするのではなく最高の幸せを手に入れなさい」という言葉でした。今の自分にとって幸せに'最高'がつく状態。それは家庭を大切にしつつフラワーエッセンスに関わる仕事を一生のライフワークにしていくこと。そしてそれが明確になった時点でそのことに気づいていないふりは出来ないように思えました。
職場では私の非常識とも思える申し出にもかかわらず暖かく理解してくださり、代わりのスタッフもすぐに見つかってことが順調に引き継がれました。本当にありがたいことです。
そのようなわけでいろいろなサポートを受けながら晴れてやすらぎの部屋の仕事に専念させていただけることとなりました。今まで時間的な制約があって実現させることが出来なかったことにも少しずつ取り組んでいきたいと思っております。
皆様にもっともっと愛していただけるやすらぎの部屋でありたいと心から願っております。これからもどうぞよろしく。
コオの秘密のひとこと
いよいよ本格的に夏ですね!20世紀最後の夏…マヤンカレンダーでは7月24日が大晦日で25日はもう新年なんですね。25日は江ノ島の花火大会でもあったりして。これには新年を祝う意味が…ないか。
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