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VOL・46 ビーチ
久しぶりにエッセンスをテーマに取り上げたいと思います。今回はビーチです。ビーチの木はとても大きく、成長すると20〜30メートルくらいの高さになります。見た目はさわやかな木ですが、いったんこの木の下に入ると日光は遮断され、他の植物が育つことを許しません。
このようなビーチの性格を反映したエッセンスは周囲に対しとても批判的で、他人に対して寛容になれない場合に効果的です。
もともと礼儀や規律を重んじ、ものごとがきちんとしていないと気がすまないタイプではありますがストレスが高じると視野が狭くなり、他人のマイナス面ばかりが目についてイライラさせられます。いつのまにか他人のあら捜しをしている自分に気づくこともあります。相手の立場を理解しようという心の余裕がなくなって、何となくトゲのあるひとことを言ってしまってそんな自分も嫌になるという感じでしょうか。
例えば職場の特定の人のしぐさや話し声がとても気になり、いちいち心の中で文句を言っている自分に気づく、といったような時にこのエッセンスを使うことで不思議なほどその人のことが気にならなくなったという声を多くいただきます。意固地な自分を解放し、相手を受け入れる柔らかさを取り戻すことができるようにしてくれるのがこのエッセンスです。
このようなビーチタイプは実は自分自身が子どもの頃からとても我慢を強いられて生きてきた人が多いようです。厳しい家庭環境や両親に期待をかけられた中で育ってきたり、日常的に「しなければならない」というルールを自分に課している場合、一見勝手気ままに生きているような人を見ると無意識のうちに苛立ちがわいてくることがあります。
言いたいことが言えない、やりたいことがやれない、分かってもらえない、認めてくれない、そんな気持ちを周りに投影しては批判を繰り返す。本人は他人を批判しているつもりですが、すべては自分に対する苛立ちなのです。
前回のメルマガで感情が傷つけられたときにその穴埋めをするために意志や知性を使って努力をしようすることがあると書きましたが、このビーチの場合にもしばしばそれが当てはまります。さらにビーチタイプの場合はその不安や傷つきやすさを自分の中で癒すかわりに他人を攻撃することで何とか対処しようと心が判断するのです。
話は少し変わりますが、この自分に対する苛立ちの中で最も大きなものは自分の価値が認められないことでしょう。自分を悪く言ったり、卑下したりといったことを私たちは特に他人の前でしてしまいがちですが、本質レベルの自分は価値を認められないことに反発すると同時に、それをすることで内面の自分はひどくショックを受けています。
私たちは自分のことは本当によく分かっているのもなのです。良いところ、悪いところすべてです。それだけに自分のことを責めようとすると自分が一番ついてほしくない部分を見事につくような傷つけ方をします。他人に言われればショックでも急所を外れていることはよくあるのですが、自分で自分を傷つける場合はまず急所を外すことはありません。それゆえに想像以上に心は傷つきます。
ですから自分で叱咤激励する場合でもそのことをよく理解した上で自分を認め励ますことです。周囲に認められないと思っていても実は自分を一番傷つけているのは自分自身が吐く言葉だったということは意外に多いように感じています。
私には資格がない、価値がない、何をやってもだめ、取り柄がない、それらにとって代わる言葉を愛情を込めてかけてあげることです。奥底にあるご自分の劣等感を癒してあげてほしいのです。
ビーチのエッセンスが伝えている、慈悲ぶかい心を持って自分と他人のすべてを受け入れましょうというメッセージはそういったところから次第に心に入っていくのではないでしょうか。
美保
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パートナー・コオの気づきの日記
今回はヒプノセラピーのセッションをモニターとして受けてくださった方からの感想メールの一部を転載します。この方(女性)の症状についてはセッション継続中のため詳しくはご紹介できませんが、不眠などで体調を崩しぎみであるとのことで訪れていらっしゃいました。
彼女は今でもしっかり覚えている中学校での一場面に戻りそこで感じていた感情(しかも思い出したくなくて抑えてしまっていた)をもう一度再体験してうまく解放されたようです。そのことによってどういう効果があったか?をわかりやすく伝えてくださいました。
ここから引用
…今まで、思い出すと悲しくて、極力思い出そうとしなかった事を鮮明に思い出して、すごくつらくて涙が止まらなかった。「なんで今更、こんなこと思い出して なにになるんだろう」と思いました。 けど、終わった後は あのつらかった時期から やっと解放された気分になり思い出しても、涙は出なくなりました。私にとっては、すごい進歩で 遠くても来てよかったなぁと思いました。…
引用ここまで。
辛い思い出であることは理解している、だからそれを感じるのが恐くて見ないようにしている自分。でもそのままにしてしまっていることで体の方が「なんとかして」というメッセージを送ってきている、ということでこの一番気になっている思い出にアクセスしたのが初回のセッションでした。
以前にも書きましたが催眠では自分が覚えているかどうかが問題なのではなく、感情を抑えてしまったかどうか?が問題になります。そしてそこで体験し損ねた感情はそれを感じさせるような体験を次々に引き寄せることであくまでも味わうことを要求しているかのようです。そこで感じることから何かを学び、成長した段階でそのパターンを解放できる、というふうに進んでいくように思われます。
そしていったんそういう仕組みでご自分の周りの世界が動いている(動かしている)ということをこころから実感できたとき、辛い出来事がたとえ起きたとしてもそこにある意味を見つけようという前向きな態度を取ることが可能になるように思います。
でも不思議なのはこの女性はこの出来事を思い出して泣くようなことは以前もなさっていた、ということです。
このことが忘れていることではなく、思い出すと辛い気持ちが蘇ってくる、というのを味わっていても催眠状態でそれを解放するとその後はその出来事に対する「認識」が変わる。ということなのです。
もちろんそうなるようにセッションを進める、ということではありますが、それでもそういうふうに感じられるのは来てくださった方の前向きな意志の力なしにはありえません。
つまり自分で「これを何とかしたい!」という強い思いが遠くからここまで自分を運び、そういう結果を受け取るんだ、とこころのどこかで決めなていないことに対してはセラピストは無力です。あくまでもその方の意志が大切だということです。(たとえ無意識的に、直感的に、であったとしても)
でも「何とかしたい」と思われなければここに連絡して予約を取って…とはしないのですから、そういう意味ではご自分で「行こう!」と決めた時点でかなりの部分はクリアできているように感じたりもします。
ですからいらしていただいた方には心の中で「自分を大切にするために一歩を踏み出す、と決めてくれてありがとう」という気もちで向かい合っています。
これからも出会うであろうたくさんの方が前へ進んでいけるお手伝いがたとえ少しでもできるように、との祈りを込めてこれからもセッションを進めていくつもりです。
最後に「ラザリス・聖なる旅」(新人物往来社)から感情について洞察した部分を引用して終わります。ヒプノセラピーにおける感情の解放の考え方に近いように感じます。
「私たち(注・多次元的な存在であるラザリスは自分を複数形で表します)はもう少し深い見方を提案したいと思います。ポジティブな感情とは適切に表現され解放された感情だということです。ネガティブな感情とは適切に表現されていない感情、適切に解放されていない感情です。大切なことは「適切に」というところです。それはある場合には相手と直接に話しをしたり、ストレートに状況を解決するというような直接的表現であり、他の場合には瞑想の中で相手に話しかけたり、状況をふりかえってみる、というような間接的な表現をとります」
なにも相手に直接言うばかりが解決ではない、かといって抑え込んでいては辛い気持ちや状況は変わらない。その中間(ではないのですが)とでも言うべきエレガントな方法もある、ということをラザリスは「適切な」という言葉で表現しているように思います。
コオ
コオの秘密のひとこと
いやー22日のエッグマンでの龍田真美子さんのライブ、シビレました。彼女のCDがいつか出たらみなさんに教えますね!!しかしせっかく渋谷に行ったのにお昼はマック、おやつはケンタという私たちっていったい?… ジャンクフード友の会、湘南支部長のコオでした。
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