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VOL47・夢を現実化する
以前、魂には知性・意志・感情があると書きました。今回はこのうちの意志に対応するフラワーエッセンスをいくつかあげてみようと思います。まず代表的なエッセンスがブラックベリーです。このエッセンスはたくさんの夢や望みをもっているのにそれをかなえるために現実的な行動に移すことが出来ない場合に効果的です。
夢を夢で終わらせないためにはワクワクすることのワクワクしない部分を引き受ける覚悟がなければなりませんね。「やりたいこと」を心で感じた後で具体的にどうしたらそれが実現できるかを頭で考えられるよう、このエッセンスは力を貸してくれます。またイメージの世界から抜け出して現実的に生きていく、今この瞬間に出来ることから行動を起こしていくという意味ではクレマチスも効果があります。
知性とも関わりますが、集中力を高めたいということであればマディアがお勧めです。イメージとはどんどん外へ広がっていくものですが、それと同時に集約していく力も必要です。気が散りやすく、注意力散漫なときにしっかりと焦点を絞り、現実的な方向を定めることが出来るよう助けてくれます。このエッセンスは長時間のセミナーや会議、また試験勉強が手につかない、といったときにも大きな力となってくれます。
少しニュアンスが違いますがタンジーが必要とされることもあるでしょう。このエッセンスは決断を下したり、ものごとを引き受けるのを後に延ばすような傾向にある人に効果を表します。このタイプの人は自信がなくて判断に迷い決断が下せないというよりも、あらゆる緊張や責任の重圧感から身をひきたくて、ついものぐさになったり無関心を装ったりします。意志が弱いというよりも(傍からはそう見えるのですが)深い部分での感情のストレスを受けたくないがために自分の身をひいてものごとから逃れようとしてしまうという感じでしょうか。タンジーのエッセンスは内面に気づきを促してその人の決断力を育み、計画的に行動していかれる強さを与えてくれます。
話は変わりますけれども先日書棚を整理していましたら、2年前の新聞の切り抜きが出てまいりました。スポーツニュースの女性リポーターの方が書いていらっしゃるのですが…(ここから引用)プロの選手にインタビューをしていて「仕事だからね」とさめた表情で返事が返ってくるとがっかりしてしまう。もちろんプロには生活がかかっているしだからこその厳しさ、強さがある。責任感を込めて仕事といっているということも分かっている。それでもあえて単なる仕事を超えて競技に対する愛情や情熱を持っていると信じたいし、それを感じさせて ほしい。 …中略… そして実際、仕事を超えているプロもいる。それがイチロー選手だ。彼は常日頃、円満なかたちでの大リーグ進出を公言してはばからないが彼に、日本でプレーしていれば地位も収入も安定しているのに何の保証もない大リーグへいくのは恐くないですか?と質問したことがある。すると本当にさりげなく「仕事ならいいんですけれどね」と答えが返ってきた。「仕事なら安定してそれでいいんですけれど、僕の場合野球は趣味ですからより面白いことを求めて進んでいくことは止められないんです。」仕事を超えてしまった人の強さ。好きこそものの上手なれほど強いものはない。…(引用ここまで)
そして2年後の今、彼は見事に大リーグ入りを果たそうとしています。記事には仕事を超えてしまった人の強さとありましたが、なんともかっこいい彼の生き方ではありませんか。夢を夢のまま終わらせず、着実に現実のものとしていく彼の健康的な意思の強さは私の理想の一つでもあります。どうか思う存分アメリカで自分を表現してきてほしいと心から願っています。
美保
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コオの気づきの日記
小学生の頃、死というものがとても恐かったのを今でも覚えています。昼間は草野球に夢中だったので決してそんなことは考えないのですが、夜、豆電球のオレンジ色の弱い光の下で眠る前の時間を過ごしているとふと「自分が生まれてきているということはいつかは必ず死ぬんだ」という想いにとらわれて言いようのない怖さを感じていました。寝付きがよければこんな事はなかったのかも知れません。でも寝付きが悪くぼおっとしているとたいがいあまり楽しいことは思いつかず考えても仕方のないような方向へと思考は向かっていきがちです。隣に弟が寝ていたのですが彼は寝付きがよく話し相手にならなくてかなり長い間このことは私を怖がらせていました。
「死んだらどうなるんだろう…」
漠然と死後の世界が存在するような気がしてはいました。地獄は信じていませんでしたが、それでも死後の世界に対する恐怖が大きくありました。「全く自分の知らない場所に一人ぼっちで行かなければならない」それが恐さの中心にあったように今は思えます。そしてなによりもう生まれてしまっているからその死は一瞬一瞬確実に近づいてきている、ということ、そしてそれを絶対に避けられないこと。自分が選んだわけでもないのにこの場所に生まれてしまっていることにも言いようのない腹立たしさを感じていたように思います。
死ぬということに関してさまざまな学術的な研究がなされ今では臨死体験者や催眠療法の被験者の記録などからも「死後も意識が存在している」という状況証拠はかなり揃ってきています。
こちらで行っているセッションでもすでに亡くなった方とコンタクトを取る場面がかなり多くのケースで見られます。ほとんどの場合は祖父や祖母で自分が彼らに対して生前に申し訳ないことをしてしまったことを謝るという展開が多く、それが済んでとてもスッキリした、胸のつかえが取れた、という方が多くいらっしゃいました。
みなさん現れてきたイメージの中で挨拶をして会話を交わし、涙を流しながら謝って許してもらいます。(イメージに現れる彼らは慈愛に満ちていて怒りが伝わってくるというケースはほぼありません)ストーリーとしては非常に心を動かされるものが多く、それを抱えて辛い想いをされている方を見ていると「生きているうちにその方への愛を充分に表現する」というのはそれだけでも大事業なんだな、と思えます。
ただこのようなケースであれば「ひょっとして自分でイメージや会話を都合の良いように作ってしまっているのでは?」とお感じになる方もいらっしゃるかもしれません。ということであるケースのご紹介をさせていただきます。この女性は小さい頃、親から非常に厳しく育てられたせいか自分に自信がもてない、という想いを抱えている方でした。そしてセッションの最中もこれは自分が作り出した妄想ではないか、という感覚も持ちつつ…という感じだったと正直に書いてくださっています。
催眠の中ではまずお祖父さんに会い、彼女が生前、お祖父さんに対してしてしまったで申し訳ないと思っていたことを謝りました。
その後、母方のお祖母さんがその場所に現れて今度は逆に彼女に謝りはじめました。「私がお母さんの育て方を間違えたせいであなた達にまで寂しい想いをさせてしまってごめんね、小さいあなたたちが元気がないのを見てとても申し訳なく思っていたのよ…」と伝えてくるという展開になりました。これはこの方にとっては驚きだったようです。このセッションの後、彼女が送ってくださったメールを転載します。
ここから引用 「幼少時から一人でじっとしていた故か空想癖があり、今でもつい空想というか妄想の中でもう一人の自分と会話して過ごすということが多く、もう一人の自分に自分の願望を代弁させたり、励ましの言葉を言わせたり状況分析させたりしていました。そのためヒプノセラピーの最中、これはもしかしていつもどうりの妄想になっているのではないか、本当は自分には何も見えたり聞こえたりしていないのではないか…そんな不安がありました。でももし、先日瞼の中で見た事が妄想で無いならば父方の祖父に謝れた事はうれしいことです。祖父は小学2年の時亡くなりましたが、1年位前に脳卒中で倒れ、自宅で寝たきりでした。母が一人で介護していたのですが、私は全く祖父に近寄ることなく、祖父の使うタオルを汚いと思い端を持って祖父に渡してしまった記憶があります。倒れた後の祖父との記憶はそのくらいなのですが、いま看護婦になり、いろいろな方のお世話をさせていただいていると何故祖父には何もしなかったのか、あのような態度をとってしまったのかと引っかかっていたのです。母方の祖母の事は意外でした。母の言葉の暴力は父や父方の親戚のいじめが要因と考えていたので、何故母のことで祖母が謝ってくるのかはよくわからずにいました。でも祖母は後妻で母は祖母の長子にあたり、先妻の子供に気を使い、母に一歩引かせる育て方をしたそうで、下の兄弟が恐ろしいほど賑やかな人達なのとは対照的に母は暗い人でした。(今はすっかり賑やかですが・・・)内気な私を見て気に掛かっていたのだろうか…と感じます。」
引用ここまで
少なくとも催眠を受けた時点では顕在意識的には認識していなかったお祖母さんとお母さんの関係に新たにお気づきになったとのことでした。これを以って催眠中は実際に亡くなった方とコンタクトできる、というつもりはありません。それが真実かどうか?が問題なのではなくご本人がそれを「どう」感じられたか?が問題なのです。それでも「瞑想みたいにただ目をつぶってイメージしているだけとは違う何か不思議なことが起こり得る」ということはセッションを受けたほとんどの方が感じてくださっているように思います。
自分の個人的な「感じ」としてはそこで起きているのはある種のコミュニケーションであると捉えています。自問自答では決して感じることのない感情の動きを伴ったものであり、だからこそその方を変える力があるのだと信じています。そして心の世界ではそういう目に見えない世界とも繋がっていて、彼らがいつも優しく見守っていてくれる、一人ぼっちで生きているわけではないんだ、ということが感じられるだけでもかなり心が楽になるようです。今、自分は昔のように死を恐れてはいません。それはとても身近な世界のように感じられます。 次回もセッションからのご報告を続けていきます。
コオ コオの秘密のひとこと 今日のメルマガは本当にぎりぎりにできあがりました。いま12日の朝7時半です。まにあって良かった〜これからコーヒーを入れて美保さんが作ってくれた今年最初のアップルパイを食べてお仕事です。それではみなさんも良い日曜日を!
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