イエメン
〜サナア周辺 around Sana'a〜

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今はどうなっているかわからないが、
私が旅行したころは、
首都サナアを出てイエメン各地を旅行するには
パーミット(許可証)が必要だった。
移動手段も、「乗合タクシー」などと明記しておいてもらわないと、
1番高いバスにしか乗れなくなる。


アメリカのアフガン攻撃開始の翌日、私はパーミットをもらいに行った。

すると、
「今日からパーミットが出なくなった。
だから、サナアから出ることはできない。
でも、ロックパレスとワディダハールは行ける」。

って、そんなの半日旅行じゃん。


何日かして、また行ってみた。

「外国人はパーミットなしで全土を旅行できるようになった。
パーミットはもう必要ない」。

うっそっ、やったぁ♪


一筆求めたが、相手が疑う場合は電話するように言われた。


バスのチケットを買いに行くと
パーミットの提示を要求され、やっぱり売ってもらえない。

パーミットオフィスに電話してもらい、
本当にパーミットが必要ないことが、役人から伝えられたのだが
わかったけど、何かあったらこっちの責任になるから、一筆もらって来いと言われる。

結局チケット買えず。

宿に戻ったら、夜になってオフィスから連絡が来た。
「やっぱりパーミットが必要になった」。

で、翌日ようやく、パーミットを手に入れた。


わずか1週間くらいの間に、目まぐるしく状況が変わった。

アメリカのアフガン攻撃という事情で
サナア以外に行けなくなったところまではわかるのだが、
その数日後に、パーミットなしで好きに旅行できるようになった、
というのは、今考えてもどうもおかしい。

ただ、1人の役人だけの発言ではなかったので、
当時、相当イエメン政府も混乱していたのかもしれない。
朝令暮改を地でいく事態となった。



子供のジャンビーヤダンス。
イエメン人は大人も子供も、集まるとジャンビーヤをぬいて輪になって回りながら踊る。
ピクニックに来ていた人たち。
ここでもやっぱり刀を抜いて踊っていた。
ロックパレスを会場にした結婚式が行われていた。
イエメンの花婿衣装。写真では伝わらないが持っている刀や肩から掛けている布など立派だった。後方でビデオを撮っているのは父親。かなり裕福な家だと思う。
射撃に来ていた子供。
谷をはさんで正面の岩壁に向って撃つ。みんなそこに撃ちに来る。私も、拳銃とカラシニコフとをそれぞれ撃つハメになったが、もうイヤである。
シバームの近郊で。 同じくシバーム近郊。
夏は青々とした畑が広がっているそうだが、私が行ったころはもう収穫もかなり進んだ時期だった。
シバーム近郊のマーケットで。
女性はここまでが限界。
同じマーケットで。
こんなに小さくても頭にかぶる。かわいい女の子だった。
マーケットで売られていた煮干し。
煮干しはアジアを離れるとないのかと思っていたが、結構見かける。
岩山の斜面に造られる集落。
イエメンではこのパターン。平地にも家はあるが、好んで岩の斜面にに建てているように感じる。
村の水がめ。 水を汲みにきた親子。
コーカバンで。 ロバには、マヌケとかのろまとかバカ、の意味があるらしい。
マフラジルーム。 このマフラジルームからの眺め。
イエメンのキッチンはオシャレ。 いろんな植物がきれいだったので、ちょっとだけ紹介。

“イエメン”  サナア旧市街
“イエメン”  サアダと武器マーケット(イエメン北部)
“イエメン”  アデン
“イエメン”  アデンからムカッラへ
“イエメン”  サユンとその周辺(イエメン東部)
“イエメン”  イエメン南部

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