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〜 イエメン南部 Southern Yemen 〜
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アメリカの911テロとアフガン攻撃準備のとき、私はパキスタンにいた。
日本からは、早く出国しろ、と連日言われていたが、
どうも慌てる気にならなかった。
当時パキスタンの「危険度」が、最高レベルの5になったというのが、
日本から見ると、弾の飛び交う前線にいるようなイメージを加速させたのだろうが、
実際のパキスタンは、人も町ものどかだったし、
日本人を含めた外国人旅行者はたくさんいて、
各国発の情報収集には事欠かなかった。
私がパキスタンのあとに向うのはイエメン。
アメリカテロに関連して危険度が5になったのは、
アフガニスタンと当時いたパキスタン、
そしてなぜか、
地理的に離れた次の目的地イエメンだけだった。
パキスタンを慌てて出国するのはいいとしても、
次の目的地だって、同じ理由で「危険度5」だよ
という状況だったわけだ。
10月に入り、
そろそろアフガン攻撃が始まりそうな雰囲気だから離れなきゃ、
と距離的理由だけでパキを出国、
私はそれをイエメンで迎えることとなった。
イエメンには、外国人が全くと言っていいくらいいなかった。
各国が国外退去させたらしく、
日本人についても、
大使館員が個人旅行者の利用する安宿を回って
出国要請をした効果がバッチリ
の状態だった。
海外旅行くらいで、在外公館と関わりを持つことがあるなんて、考えもしなかったが、
現実は、テロだのSARSだの、行く国行く国いろいろ起こる。
そんなこんなで、たまに大使館に連絡をとることがあった。
これは、いま振り返れば、非常に貴重な体験だった。
多くは、私の送ってきた、
良質の人々に囲まれた、現代の東京の生活では、
決して体験したこともなく、
また、することのできないようなものだった。
ここイエメンの大使館は、
他で経験したそうしたものが全くなかった。
しばらく滞在します、と連絡に行っただけだったが、
本当に誠実に1邦人として応対してくれた。
これは、本来は当たり前のことなのかもしれないが、
イエメン大使館の、個人旅行者にも同じ温度で接する態度に感謝。
1ヵ月半近いイエメン滞在のあいだに、、
来たときには毎日あったドバイ−サナアのフライトは、週3便に減っていた。
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| イッブにて。滞在1ヶ月以上が過ぎていたため、イエメンの風景が日常の当たり前になってしまい、写真が極端に少なくなる。もっと撮っておけばよかった。いつも、どこに行っても、あとで思う。この村は、サナアから行ってしまうと、不潔さが目に付いた。写真の少ない一因。 | イエメンの海。コーハ。 |
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| 海沿いのこんな建物に泊まる。ここには、砂の道をバイクの後ろに乗って行く。人の後ろに乗るのが怖くて嫌いな私、すごく怖かった。 | 建物の中はこんな感じ。 |
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| こちらはイッブで、珍しく宿にあったテレビより。映っているのはサウジの放送。 | 画面いっぱい、ステージ一面、濃い男がひしめく。見て楽しい人はいるのだろうか(笑)。サウジ発はこういうのが多い。このあいだまで、砂漠で火をたいて、こんな感じでやってた部族の集会、それを場所が変わってもそのままステージでもやってる感じ。 |
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| 世界遺産ザビド。 | これも、サユンのところで紹介した写真同様、キリコの絵を思い出してしまう。 |
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| ザビドは、ほっとかれっ放しの世界遺産って感じ。そのひっそり感がすごくいい。個人的には、タリムとおんなじで、また行きたいところ。 | ザビドからホデイダへ向かう道。この紅海沿岸付近は、対岸がアフリカのため、色が黒くて髪がチリチリの人が多かった。子供が大きな目をキラキラさせて大きな口から歯を見せながら無邪気に笑う顔は、とてもかわいかった。 |
サナア→イッブ→タイズ→ザビド→ホデイダは、ウワサ通り、全くパーミッションチェックがなかった。
“イエメン”
サナア旧市街
“イエメン”
サナア周辺
“イエメン”
サアダと武器マーケット(イエメン北部)
“イエメン”
アデン
“イエメン”
アデンからムカッラへ
“イエメン”
サユンとその周辺(イエメン東部)