鈴木勝比古からのご案内
グエン・ゴック著『海のホーチミン・ルート』でも描かれている過酷なベトナム戦争が終わり、ベトナムの平和と統一が実現してから今年(2018年)で43年間が経過しました。
戦争終結後も続いた戦時下の配給体制の下での経済の停滞と貧困生活、そしてカンボジア、中国との国境戦争を経て、ベトナムは1986年12月のベトナム共産党第6回大会でようやくドイモイ(刷新)の路線に到達しました。
ドイモイ路線の下ですでに30年余が経ちました。市場経済を通じて社会主義をめざすというドイモイの路線で、ベトナム国民のエネルギーが解放され、ベトナムは飛躍的な経済発展をとげました。
同時に、べトナムの経済・社会には一部国家幹部の汚職・腐敗や国民の貧富の格差の拡大などさまざまな否定的な現象も発生しました。国民の民主的諸権利に関する問題も生じています。
いま、ベトナムの経済・社会はどんな問題に直面し、ベトナム共産党・国家の指導者はベトナムをどう導いているのか、国民は何を望んでいるのか、岐路に立つベトナムの現状と今後の方向について、講演会参加者全員で意見交換し、考えてみたいと思います。
みなさんのご参加と活発な意見交換を期待しています。(2018年9月23日記)
写真は、ハタイ(現在はハノイに合併)の農村で収穫にいそしむ人々(2001年撮影)と農地の接収に抗議してハノイの国会事務所前に座り込むハイフン省の農民たち(2007年撮影)


ベトナムの枯葉剤被害者との交流、今も続く苦しみ
私は、本日の催しに協力している富士国際旅行社のツアーに同行する解説者を引き受けて、毎年、数回、ベトナムを訪問しています。そのさい必ずハノイの国際友好村か、ホーチミン市のツズー病院の平和村を訪問して、枯葉剤被害者との交流をしています。
昨年のことですが、ハノイの友好村でリハビリに来ていた退役兵の方々とお話しする機会がありました。
みなさんは60代を超えているであろうと見受けましたが、聞いてみると、北部から南部の戦場へ出かけて戦った元兵士の方々でした。戦場で何度も、空から白い枯葉剤が降り注ぐのを体験したといいます。自分の子供や孫が枯葉剤の影響と思われる障害や病気をもっていることも明かしました。
祖国の解放と統一に貢献し、自分たちの手で実現した平和なベトナムで子供たちや孫たちと幸福な家庭生活をおくる権利をもっている人たちです。その方たちと家族がこんな大きな苦しみを背負って生きなければならない、これほどの理不尽はないと思います。
こうしたベトナムの枯葉剤被害の実態を日本と世界に知らせ、警鐘を鳴らしたのはここに居られるジャーナリストの中村梧郎さんであり、いち早く支援運動を起こし、その運動を今日まで続けてきた日本の皆さんです。みなさんのこれまでのこうした努力に心からの敬意を表します。

秘密のベールはがし「海のホーチミン・ルート」を人々の眼に
私が本日ご紹介するのは、ベトナム解放に命をかけ、自分の人生をかけてたたかった「海のホーチミン・ルート」作戦に参加した船乗りたち、海の戦士たちとそれを支えた家族の方々の勇敢で、気高く、苦悩に満ちた、そして最後には祖国の解放という輝きをもたらした人々の話です。
「海のホーチミン・ルート」は解放後、長らく秘密のベールに閉ざされていました。この秘密のベールをはがし、「海のホーチミン・ルート」作戦をベトナム各地で取材し、克明に描き出したのは、作家のグエン・ゴックさんでした。グエン・ゴックさんが取材し、書き上げた脚本にもとづいて映画も制作されました。そして、映画の脚本をもとにして書き上げたルポルタージュが、ここに紹介する『海のホーチミン・ルート』です、ベトナム語の原作は『東海に一本の踏み分け道があった』という題です。
私はこの本を翻訳するなかで、グエン・ゴックさんがこの本に込めた思いを聞きました。グエン・ゴックさんが強調したのは、「陸のホーチミン・ルート」、つまりチュオンソン山脈を貫く道ですが、そこには通った人々の足跡や車のわだちが残る、しかし、「海のホーチミン・ルート」は、すべてが大海の波にのまれて、そこでたたかった人々の足跡も、船の航跡も、人々が成し遂げた功績も何も残らない。犠牲となった人々は深い海の底に沈んだままである、ということでした。
彼らが生きて、たたかった姿を記録にとどめなければ、あとに残ったわれわれの誰一人、そのことを知らないままになる、ということでした。グエン・ゴックさんは文字通り、全国の津々浦々を訪ねて、『海のホーチミン・ルート』を書き上げました。
この本の中で著者が力を込めて描きだしている人物のなかで、私が注目したのは、戦場で勇敢にたたかう解放勢力に協力して、アメリカとサイゴン政権の支配下で、物売りとして働き、自分の素性を明かさないで、親戚や周りの人びとからお金を借り、自分が蓄えた金や宝石を売り払ってこの作戦を成功させるための資金を集め、船を購入し、自分の息子をはじめとする青年たちを説得して、北部に派遣し、武器を南部に持ち帰ることに貢献した海辺の雑貨店の母親・ムオイ・リウさんの話です。昨年8月に私はこの家を訪問しましたが、残念なことに2年前の2015年に母親は95歳で亡くなっていました。母親に説得され、北部への航海をした息子のレー・ハーさんはその後、船長になり、今もお元気です。
屈辱に耐え、秘密を守り抜いた船長の妻
もう一人は「海のホーチミン・ルート」の秘密を守るために、夫の両親や村人が誤解したため、「夫に不貞を働いた妻」という濡れ衣を着せられて、夫の実家から追い出され、解放の日まで屈辱に耐えて、娘を育てた妻の話です。この若い妻は、解放後、船長である夫が帰ってきて真実を明らかにしてようやく、その屈辱を晴らしました。夫のホー・ドク・タンさんは故郷メコンデルタのチャビン省の浜辺に夜半、グエン・ゴックさんを誘ってこう語りましたー「私は英雄の勲章をもらいましたが、この勲章をもらうべき人はわが妻です」
戦士たちの勇敢で、創意・工夫をこらした見事なたたかい方にも驚きますが、私が感動したのは、この作戦を支え、自分の生活、自分の財産、あるいは、自分の名誉すら顧みず、この作戦を成功に導いた母親であり、秘密を守った妻であり、危険をかえりみずにニセの証明書をつくって、「ベトコン」と呼ばれる人々を助けたサイゴン政権の下級役人の人たちの姿です。くわしい話を知りたい方はぜひこの本を買い求めください。
著者のグエン・ゴックさんが今秋、日本各地で講演
作者のグエン・ゴックさんがこの11月1日から10日まで日本を訪問し、東京、名古屋、京都、大阪で講演し、また京都と奈良でベトナムとゆかりの深い清水寺や東大寺・大安寺を訪問します。グエン・ゴックさんと一緒に若い女性秘書とホーチミン市の雑誌記者の男性も同行します。「なぜ小さな国、ベトナムが超大国のアメリカとたたかって勝利したのか」。グエン・ゴックさんの話からその秘密が解き明かされると思います。
20世紀後半にたたかわれたベトナム人民の民族解放闘争は、世界から植民地支配を一掃し、すべての国が大きい国も、小さい国も平等であり、相互に尊重し合い、協力し合う世界を切り開くことに大きな貢献をしました。しかし、このまま放っておけば「海のホーチミン・ルート」だけでなく、ベトナム戦争全体の記憶そのものが人々の脳裏から忘れさられてしまいます。ぜひ、グエン・ゴックさんの講演会に出かけられ、抗仏戦争、抗米戦争で常に戦場に身を置いてこの戦争を実際にたたかってきたグエン・ゴックさんのお話を聞いて、ベトナム人民がどのようにして、苦難を乗り越え、勝利を勝ち取ったのかを知ってください。
小さな国という点では、日本もベトナムと同じです。何も「日本は大国だ」といばる必要はありません。小さな国である日本が、小さな国であっても、ベトナムと同じように、世界各国の人々の平和や幸福に貢献できることはいっぱいあると思います。
ぜひ、ここにお集まりのみなさんが『海のホーチミン・ルート』を読まれ、グエン・ゴックさんのお話を聞いて下さることをお願いして結びといたします。本日の集会の成功をお祝いいたします。
みなさんのご協力のおかげでグエン・ゴック著、鈴木勝比古翻訳の『海のホーチミン・ルート』の初版第1刷は1年足らずで完売に近づいています。私たちは著者のグエン・ゴックさんら3人を11月1日から10日まで日本にお迎えして、各地で講演会を開催する準備をしています。この講演会を成功させるためにも、残り数カ月間に初版第1刷の残りを普及しきって、できるだけ多くの方々がこの本を読み、海のホーチミン・ルート作戦というベトナム戦争の極秘作戦を知り、理解したうえで、グエン・ゴックさんの講演(テーマ=仮題「小国ベトナムはいかにしてアメリカに勝利したか?」)を聞いていただきたいと思います。
この本は大手の出版社や書店を通さないで、みなさんのご協力で各地の、関心を持つ人々に届けてきました。周囲の知り合いに本を勧めてみようと思われる方は、5冊、10冊でも普及を引き受けていただきたいと思います。
ご協力いただける方は発行元の富士国際旅行社(電話03-3357-3377、FAX03-3357-3317)、あるいは鈴木勝比古(メールアドレス:torabikatsu@nifty.com)までご連絡ください。
2018年6月20日 海のホーチミン・ルート』日本語版翻訳者・鈴木勝比古
私は、昨年末のベトナムツアーで、グエン・ゴックさんの話を聞かせてもらいました。 ベトナム戦争当時、『不敗の村』でたたかう人々の姿を描いたゴックさんが、いまだに健 在。戦争の実相を明らかにされている。 「山間部を通るホーチミンルートだけでなく、ごく秘密裏に、”海のホーチミンルート”が 作られていた。海上輸送は、陸上輸送よりも短期間に大量に武器などを運べる。しかし、海 上は隠れる場所はなく、制海権はアメリカ側が握っており、非常に危険だった。」と、そこ で活躍された人々の話しをされた。 戦後、アメリカの将軍から、「小国ベトナムが大国アメリカに勝った原因は?」と聞か れ、ゴックさんは「無数の無名の英雄の存在」と答え、ムオイおばさん(ヒミツの船着き場 建設に協力)などの例を挙げたという。『海のホーチミンルート』は、この様な「無数の無 名の英雄」たちの物語である。 ゴックさんのお話は、日本の「無数の,無名の」人々にも、限りない励ましを与えてくれ るのでは? と、講演を楽しみにしています。 ベトナム戦争が終わってすでに40年以上。「次第に忘れられていっているのでは?」と の質問に、ゴックさんは、「トルストイが『戦争と平和』でナポレオンのロシア侵略とのた たかいを描いたのは100年近く経ってから。ベトナム戦争も、これからどんどん、真相が 明らかにされていく」と答えられた。今後のご活躍を期待しています。
『海のホーチミン・ルート』とグエン・ゴックさん来日招待について
2018年3月1日 鈴木勝比古
私がこの本の翻訳を思い立ったのは、富士国際のツアーでホイアンを訪問して、グエン・ゴックさんにこの本の内容についてお聞きし、ベトナム戦争の勝利に貢献した戦士やその家族、周辺の人びとが、強大なアメリカとサイゴン軍を相手に勇敢に、何の見返りも求めずにたたかったこと、祖国が解放され、統一されたあとも、無名のままで質素な生活を送っている姿に感動したからです。同時に、グエン・ゴックさんが、数百万、数千万のこうした人々がベトナム解放のために犠牲になることを恐れずにたたかったからこそ、世界一の大国アメリカに勝利できたのだと明かしたことが、私の翻訳の気持ちを後押ししたのです。
20世紀は、第一次世界大戦、第二次世界大戦の発生に示されるように戦争による殺戮と破壊の世紀でした。同時に、にもかかわらず進歩と平和をめざす人々がたたかって勝利した世紀でもありました。とくにベトナム解放戦争は20世紀の世界史に、決定的な進歩への歩みを記したたたかいでした。
日本の人びとは第二次大戦で侵略と破壊の戦争に巻き込まれ、多大な損害をアジア各国の人びとに与え、みずからも戦火の中で多大な犠牲を被りました。そして、この尊い犠牲を通じて平和憲法を手にし、大量破壊兵器、核兵器廃絶への強い決意を持ってたたかいを進めてきました。しかし、安倍政権は、この平和憲法を戦争憲法に変え、日本をアメリカと一緒になって戦争する国へと変えようとしています。ベトナムに原発建設を売り込もうとしました。
私たちは、ベトナム人民の解放戦争を支援する活動のなかで、日本を侵略の基地として使わせないたたかい、沖縄返還と日米安保条約に反対するたたかいを進めました。こうしたたたかいの発展の中で、ベトナムの人びとが祖国の解放と統一を実現したことをわがこととして喜ぶこともできました。同時に世界の平和を愛する人々と連帯してたたかうことを知りました。
そのベトナム解放の喜びを今また新たに思い起こし、日本の平和と進歩へのたたかいの糧とすること、このたたかいが勝利することへの確信を若い世代に伝えることは、私たちベトナム戦争を知る世代の重要な任務であると思います。
グエン・ゴックさんの来日招待を実現し、各地でゴックさんとの交流会を組織して、ベトナム戦争の多くの知られていない側面について知り、感動を新たにし、あらためてベトナム戦争の重要な意義を知ることは、ベトナム戦争にかけた青春の息吹を思い起こし、私たちのこれからのたたかいへの励ましともなります。この招待を実現し、日本各地での交流会を成功させ、『海のホーチミン・ルート』のいっそうの普及をはかり、今後の日本とベトナムの交流の発展への機会をつくりましょう。
光陽出版社の『海のホーチミン・ルート』購入を希望する方は、
発行元の富士国際旅行社(TEL 03-3357-3377)にお問い合わせください。
定価 (1500円+税)および送料