まだ,終戦処理が残り,六・三・三・四制が始まり,次第に復興が進む頃,未だ関東地区では数学教育研究会が
結成されていませんでした。そういう中,昭和23年2月1日に,旧中学を対象にした茨城県高等学校数学研究会が
戦前からの会の再出発として再結成されましたが活発な活動は望めませんでした。その後新制小中学校にも小地区ごとの研究会が生まれ活動し始めましたが,いずれも校種別の横割りのもので,独自の分野だけの研究会でした。
この頃,水戸一高数学科主任の目黒敏夫先生や島司郎先生,水戸二高の宇留野弘先生達を中心に,全体としての数学教育研究会の必要性が提言され,当時小中学校の校長先生を中心として開かれていた各地区の研究会の 先生方がこれに賛同し,高校と小中校の協力と努力の成果として,小・中・高校から成る「茨城県数学教育研究会」
(鈴木徳民会長・当時水戸二高教頭)が昭和26年5月26日に結成されました。この会は県内の各種数学教育研究
団体の連合体ということで,発足当時,小・中校関係では水戸地区,西茨城郡,那珂郡,石岡地区,土浦地区,谷
田部地区,水海道地区,県西地区の8地区が加盟していました。
昭和28年9月22日に代表者会議が催され,その席上,本県数学教育研究会は小・中・高・大を包含して,本部事務局は茨城大学に置くのが望ましいとの意見が大多数を占め,大学も要望に応ずる姿勢を示されました。そして,研究会運営に特に熱心であった鈴木正毅先生(事務局長・後に第二代会長)や平岡忠先生(第四代会長)を中心に,文理学部教官の協力を受け,高校の目黒先生,宇留野先生,水戸市内の小中の校長先生(桧山裕二郎先生,石川潔先生)や両附属(水城・愛宕小中校)の先生方をはじめ,多くの部員の先生方の努力で,昭和29年6月5日に総会 を開催し,二方義茨城大学教育学部長(当時)を初代会長として新しく「茨城県数学教育研究会」が発足しました。
こうして本会は,他の教科に類を見ない,また他県にもあまり例を見ない小・中・高・大学(後に高専も参加)を学校 会員とする連合体組織としての研究会として誕生しました。また本会は,会の趣旨に賛同・協力する個人をも会員と
する研究会でもあります。従って,現在研究会を構成しているのは,茨城県教育研究会算数・数学教育研究部,茨 城県高等学校教育研究会数学研究部に属する各学校,茨城大学,茨城高専,そして個人会員の先生方です。
会発足以来今日まで続けられている事業として,年2回の総会・研究大会が前期大会は水戸地区,後期大会は 県内各ブロックのローテーションで受け持たれて開催されています。さらに,年三号の機関誌「茨城数学」が発行さ
れてきました。また,昭和50年代からは,研究推進のための研究助成費を,少額ではありますが小中・高の各研究
部に対して行われています。
これらの会事業に当たっての経費は,各構成団体からの分担金,各学校会員からの会費(機関誌購読料),およ び個人会員からの購読料とその他寄付金で賄われています。この会費納入につきましては,学校会員である小中
高校の各学校,個人会員になっておられる先生方のご理解,ご協力をお願いいたします。
(「茨城数学第133号」巻頭言に加筆修正 文責:佐藤 瑛一)