こどもの日の菖蒲や鎧兜について
昔から、端午の節句と言えば、季節ごとのお祓いの一つであり、厄除けをするならわしがありました。今で言うこどもの日ですから、こどもの日にお払いをすることになりますよね。
そもそも、お祝いする日なのに、なぜお祓いをしなければならなかったのでしょうか?
実は、それは、端午の節句に関係が深い「菖蒲」がポイントとなります。
みなさんは、菖蒲湯に入ったことは多々あるのですか?
私はちいさいころ、母が買ってきたかとって来たか知りませんが、その季節になると菖蒲湯に入りました。
なんでも、風邪を引かなくなると言う理由で入っていました。
実は、この菖蒲がポイントでしょう。
昔、中華人民共和国では、この時期になると、菖蒲を使って日本と同じように菖蒲のお風呂に入ったり、菖蒲酒を飲んだりしていたそうです。
それは、薬草である菖蒲によって、体の汚れをはらう効果があると思われていたからです。
同時に、厄除けをし、健康を願いました。
これで、端午の節句にお祓いをする意味がおわかりになったでしょう。
日本でも入られている菖蒲湯は中国から伝わって来たものなのですね。
もちろん、お風呂だけでなく端午の節句と言う行事自体が日本に伝わりました。
まず、最初は身分の高い宮廷、そして武士に伝わりました。
日本の武士たちは、菖蒲を尚武にかけて、強い武将になれるように、お祝いをするようになったのです。
大名や旗本たちは、端午の節句になると、お祝品を整えて、江戸城に出向いたそうですから、とても大事な行事だっただと言われています。
そして、武士の家では、男の子が生まれると、門の前に「馬印」や「のぼり」を立ててお祝いしました。
これが一般人にも伝わりましたが、町民などと言った庶民は、のぼりの代用として、鯉のぼりを飾ったそうです。
なぜなら、庶民は、武士と違い、のぼりを立てることが許可されていなかったのです。
ここで、こどもの日に、鯉のぼりが登場したではないかと思います。
みなさんのおうちには、鎧兜など、端午の節句の飾り物がありますか?
我が家には、勇ましくカブトや矢を持ったお人形があります。
我が家には健在ですが、最近、こどもの日になっても、この人形もあまり見られなくなりましたよね。
この人形、「鍾馗様」とは、病魔から子供を守ってくれる「鬼神」のことだそうです。
昔、唐の玄宗皇帝が重病になった時、夢枕にこの鬼神が現われ、取り付いた疫病神を払ったそうです。
今のように、だいたいの病気(なって初めて健康のありがたみを知るなんてよくいいます)が治るような時代ではありませんよね。
簡単な病気でも死に至ることもある時代ですから、子供たちが生まれてから、三歳になり、五歳、七歳になり、健康でいることは本当に神頼みだったのかもしれませんね。
それが鍾馗様だっただといわれているのです。
我が家は人形を飾りますが、一般には、鎧兜が定番みたいですよ。
では、この由来はどういったことなのでしょうか?
そして、いつ頃からあるのでしょうか?
鎧兜がこどもの日と関係して来たのは戦後だと言われています。
もっと古い時代(地デジ化によってアナログテレビの歴史に幕が下りましたが、今でも一部地域では見られるそうです)からだと思っていましたが意外と新しいのですね。
古くから戦いのときに、体を守る象徴(カリスマという言い方もできるかもしれないです)象徴(大阪万博でいうところの太陽の塔ですね。初めて見た時には衝撃を受けました)として鎧兜は知られていますよね。
ですから、大事な男の子を、災難から守ってくれるということで鎧兜が飾られるようになったんですよ。