大信村から日本の民主主義を問う

 当村は福島県の南部に位置し、白河市に隣接する村です。
当大信村では、村制施行45周年記念式典が11月4日、盛大に開催されている。
北野早苗氏を功労者表彰記念式典の開催内容は、村の広報誌で知ることを得た。広報誌12月号には、見開き2頁にわたって掲載されている。式典の内容の記事とその模様の写真が右頁に、左頁には、大信村表彰条例と右条例に基づいて、表彰された者の各氏名が掲載され、その頁の右下に枠囲みで、
「御芳志北野早苗さんが100万円を寄付功労者表彰を受けた北野早苗さん(日篭出身、減所沢在住)よりこの度、村政発展のため100万円のご寄付がありました。度重なる御芳志、大変ありがとうございます。」
とある。
右式典の内容は、東西白河地方並びに隣村の天栄村の首長、議会代表ら約200人が出席。席上、鈴木村長は「貴重な自然環境を大切に生かし、世界中で唯一の一番美しい天地の創造に向かって更なる精進を重ねることが21世紀につながる私達の道であります」と式辞を述べ、永山武夫村議会議長の挨拶に続き、大須賀助役が村制四五周年の歩みについて報告。そして特別功労者表彰で、國井常夫前村長ら3人を功労者に、橋本健治元副議長ら86人と3社を表彰。
祝辞は佐藤栄佐久知事のほか、荒井広幸自治政務次官、玄葉光一郎代議士、太田豊秋、和田洋子、岩城光英、佐藤雄平各参議院議員、國井常夫県議会議員、県南市町村会長の今井忠光白河市長、西白河地方町村議会会長の佐藤富男西郷村議会議長、姉妹都市交流をしている埼玉県戸田市から神保国夫戸田市長らが登壇し祝辞を述べた。
また、吉成正元議長が「精進を惜しまず、大信村発展のために協力したい」と受賞者を代表して挨拶。
式典終了後、隈戸川堤に、ソメイヨシノ15本を記念植樹、その後ふるさと文化伝承館で手打ち蕎麦が振舞われた。
特別功労者に前村長國井常夫、元議長吉成正、前議員金澤庸治。功労者に元や前、現議長、議員、助役、収入役、選管委員長等々と元、現職員の各氏名が列挙されている。以上が掲載内容である。
この他、掲載されていないことは、来賓に、井戸沼県議、白河警察署長、右大信村駐在員、東北農政局隈戸川水利事業所長、関東森林局福島森林事務所白河支所長代理、なお、知事と戸田市長は代理出席で県南振興局長、助役である。特別功労者の記念品が花瓶。功労者に1万円相当の商品券。この記念事業は委託事業で244万2千円(記念品代は含まない)がかっている。

つくづくとこの広報を眺めていると感慨ひとしおとなってくる。

特別功労者らについて 特別功労者の三名には特に感慨深いものがある。
4期村長にあった現県議国井常夫
国井常夫県議に土地を騙し取られたことから、「天に唾する国井常夫」とビラをよく村内に撒いたものである。同人の選挙違反事件もまた同様に感慨深い。選挙違反は掃いて捨てる程あるが、事件として表に出ることは極めて稀である。同人にしても、挙がったものは、極一部に過ぎない。
違反事件は、昭和五二年の初当選時、平成五年の落選時である。今回、また後援会が起している。
初当選を果たした昭和五二年、多数の検挙者を出している。その一人から、警察から呼び出しを受けた時の嘆きを聞いた。「醤油の箱を置いて行かれた。通り道だったので、それを移動させた。それが悪るかったのだ。警察から呼び出しが来た」と。長閑な山間の村で、平穏無事に過ごしている者にとって、警察から呼び出しを受けたことは、どれ程のショックであったことか。二〇年余り過ぎても、その傷は癒えず、トラウマとなっているのだ。
そして落選した平成五年の選挙である。四期無競争であった。これは対抗馬であった人物を教育長に、現村長を丸抱えで議員(議長)に、立候補の動きを察知するとその支持者の取り崩しにと巧みな無競争の画策があったからだ。四期の村政は、村長とその取り巻きらのワンマン体制となり、時々、もれてくる村政の腐臭に村民はにうんざりしていた。
やっと選挙の実施となった。村民は沸いていた。しかしどちらも同じ一つ穴の狢。そんなことを知っているのは、現職側の一部だ。選挙戦では、ある村民は「この村はどちらの候補にも日本一の清水建設がついているんだ」と自慢していた。確かに、多額のお金が動いた。両候補ともにである。しかし検挙されたのは、落選した国井常夫側だけである。挙がった額だけでも1、100万円である。この額は、実刑になるのが裁判の常識だ。
裁判では、「酒食のもてなし、それに伴う金品の遣り取りは、村の土壌」と被告人弁護士(橋本登行)は弁護、判決は被告人側の主張をそのまま認めた。これでは強盗殺人犯が、「被害者はお金を持っていたから殺したのだ」との弁護をそのまま認めたようなものだ。村民に罪を擦り付け、悪人にし、罪が軽くされたのだ。。卵を投げつけ、有罪になった等とひとを笑っていられる場合ではないのだ。一体、これが文明国家の判決だろうか。全く非文明国、暗黒社会だ。被告人国井常夫の自画自賛、村民を悪人にし立てた判決に対して、検察は控訴しなかったのである。悲惨な日本の現実がある。民主主義の道程は遠い。
彼らは政策を訴えず、お金を撒いてきたのである。フィリピンのエストラーダ前大統領が民衆にお菓子を撒いている様子がよく報じられていたが、私達に他国を笑う資格があるのか。贈収賄事件に発展するのではと囁かれていたが、白河信用金庫がマイクロフィルム等を偽造する事で、事件は闇に消えた。因みに、私の土地騙取事件でも農協の貯金元帳が偽造されている。右信金も農協も共に橋本弁護士が顧問だ。偽造は同人のお家芸なのだ。
吉成正議長、金澤庸治副議長とは、一期、議会活動を共にした。当選まもなく、添田勝治議員が「国井さん、協力して議会活動しましょう」と我が家に挨拶に来られた。私は本気にしていた。その後まもなく、裁判所の競売物件の購入が持ち上がった。村長が「二町歩の宅地が二千万円ですよ。こんな安い買い物はありませんよ。宅地ですよ、宅地」と。確かに登記簿は宅地だ。現況は一部畑で、
大部分は山林である。債権者は太平洋銀行(その後、同行は倒産)。債権者と債務者の住所が全く同じ。これは銀行の不良債権の回収である。調査結果を添田議員に全て報告。
 いざ、議会。私が質問、討論に挙手しても、「質疑なーし!」議長「質疑打ち切り!」「討論なーし!」議長「討論打ち切り」と議会に響き渡った。未納になっている固定資産税も相殺することなく、二千六百万円で購入が決定した。以後、私にとって、議会は針の筵であった。
私が議員の時、ラスパイレス指数は103だった。先頃の世論調査では、お役所仕事について、「非効率」「不親切」とあった。私の出身地では、公務員を「お日様、にしにし」と言っていた。さて、当村だけは特別なのか。まぁ全国意識とそんなに変わらないように思う。
それにしても、一番刺激的なのは、北野早苗氏を、功労者として表彰していることである。富士見産婦人科病院の無資格診療行為で有罪が確定。また、不必要な臓器摘出をして、損害賠償訴訟が提起され、支払命令が最近出ていた筈である。確認してみると、99年6月30日、五億一千四百万円の損害賠償請求を認める判決が出て、96年9月元理事長と妻の院長は浦和地裁川越支部から破産宣告を受けていることから、支払いが免れるため、控訴せず、元勤務医らが控訴したとある。
また偶々、福島地裁白河支部に所用があり、裁判所の廊下の壁に掲示されている競売物件を何気なく見ていると、当村内の居宅と山林があった。当村の者であれば大方、二件の物件が概、誰の物か、債権者の記載はないが、白河信用金庫であることも想像がつく。その後、山林は最低売却価格より、千円高く落札されているが、居宅は二名の女性の賃借権があり、土地は子息名義であることからか、落札する者がなく、今も裁判所に掲示されている。 
「えっ!どうして、寄付できるの?どうして寄付が受けられるの?」これが正直な気持ちだ。村民として、不名誉村民にされたような遣り切れない気持ちでいっぱいになった。
裁判所からは、競売物件の公示されているものと同様の書面が、物件の所在する市町村役場にも送付されている。同氏の財産が差し押さえを受けているのは村は熟知している。
当時の佐藤雅昭総務課長に問い質した。明確な回答をしない。四月になって、現添田幸一課長にもう一度、寄付について確認すると、調べて明日、回答します。回答は平成五、同六年に二回、各100万円の寄付を受けましたと。それでは、広報の記載と相違する。また企画課で確認すると記念事業開催にあたって、以前、寄付を受けていることから功労者に表彰すると通知をしたところ、それではと、十万円の寄付があったと。いずれにしても不可解である。
同氏については、無資格診療事件と同時に持ちあがった白河信用金庫からの三億円の騙取事件であった。税務署の書類を変造し、信用金庫から、病院建設の土地の取得資金名目で融資を受けている。実際、病院は豪華な増改築で代金は未払いになって、赤字経営であった。
この間も村に寄付攻勢を掛け、名誉村民の地位を得ている。因みに、所沢でも、やはり寄付攻勢を掛け、学歴や職歴を偽って、叙勲を受けていることも話題になった。この名誉村民の地位は、白河信用金庫を信用させるのに効果はあったと考える。
80年に事件が発覚して、奇しくも20年目の昨年、村の四五周年記念事業が開催され、村は功労者として表彰したのである。
被害の当事者にとって、事件が終結する筈もなかろう。心身ともに受けた傷をどのようにして癒しておられるのだろう。胸が締め付けられる。
言うまでもないが80年、同氏は無資格診療事件で、日本中を沸かせた芙蓉会富士見産婦人科病院理事長であった。同年10月、無資格診療で起訴され、有罪が確定している。
本県選出の故斎藤邦吉元厚生大臣、故渋谷直蔵元自治大臣、そして山口敏夫、小宮山重四郎の各代議士、社会党の元代議士、平塚勝一所沢市長、自民党に止まらず、共産党、社会党、公明党と保革を問わず、中央政界から地方議会議員に及ぶ政治献金が明らかになった。斎藤邦吉厚生大臣が引責辞任していることは、今も語り継がれている。
寄付攻勢を掛け、名誉を取得した影で行なわれていたことは、健全な女性の子宮や卵巣の摘出である。子供を産めなくされ、ホルモンの分泌のバランスが崩れ、頭痛や不眠の後遺症で家族共々苦しんでいる多くの女性達。恨みを残して自殺した人もいる。
これら被害者に損害賠償請求事件が提起されて、賠償命令が出ても、同氏は責任を免れたのだ。白河信用金庫事件にしても、責任はとられていない。巧みに法的手段を講じて、責任を回避したであろうが、社会的責任を全うしたとは言えない。
自治体は極力、寄付行為は避けるべきではないだろうか。宗教団体でもあるまいし、寄付が無私の行為であるならば兎も角、名誉や社会的地位を得るための下心であったならば、自治体も共犯になりかねない。
昨年7月5日、國井常夫大信村後援会が村内の各小中学校に教育基金と称して、寄付行為を行っている。福島民友には、この行為がバッチリ写真入りで報じられている。善行を装っているが、やはり名誉、名声だ。公職選挙法違反に当たると返還されているが、その所期の目的は達成されている。お金を返したからといって犯罪行為が免れるわけがない。寄付行為は、選挙民の公正な判断を誤らせる手段となる。選挙民の心を操るものだ。だから公職選挙法違反に当たるのである。白河署に告発したが、未だ埒があかないので、本部に連絡した。二課の南館(如何なる地位の者か不明)なる者が、「県議の國井先生のことですか」と全く責任ある回答をしない。選挙違反は重大事だ。民主主義が問われているのだ。全国的に警察の不祥事が明らかになっている。この事件をうやむやにしては、益々警察の信頼を失わせるものとなるだろう。私事だが、帝京安積事件の実行犯の顔が我家に来た人物と似ているようで、三浦一幸の写真を見せて欲しいと駐在と白河署に言ったが、管轄でないと。まぁ、余罪はあるだろうと想像するが、警察の態度は不可解だ。
県議国井常夫氏のお膝元では、同人がPTAであった時から既に、小学校区住民から、準会員と言う名目で、現在2千円の会費を集めている。会計報告があり、学校の備品の購入が行われているので、これは憲法及び地方財政法に違反するので、議会に教育費の増額を求める陳情を出している。議会は否決。PTAは収支報告書を持ってこなくなった。
寄付行為の裏には、お粗末な行政の実態があるのだ。
当村では、パートナー企業から公社設立のための最低出資比率分の寄付を受け、第3セクターが発足した。この事実を話すと、聞いた人は殆ど鼻で笑う。
ゼネコンは、大手であろうとなかろうとバブル時の負債はいずこも同様重大な問題となっている。平成3年度150億円の巨費を投じて、面積168町歩の自然を破壊して、ゴルフ場が平成7年度に完成している。村には一千万円余りの利用税が入ってくるというが、この事業の行政評価をしても、結果は悲惨なものであろう。平成十年度の水害は、ゴルフ場建設が大きく影響していると大方の者が指摘する。簡易水道の水源も近くにある。
重ねて言うが寄付行為は避けるべきである。無私な寄付であれば、一切の返礼を必要としない。
先ず、あるべきことは健全な財政運営と公正な執行にある。
誰も通らない1キロばかりの道路に5億円をかけて建設したり、村営住宅に空きがあり、村内に住宅に困窮している者もいないのに、村営住宅を建設する。現在、全戸数の17%が公営住宅になっている。これらは前村政で計画、現村政が実施したものだ。最初に事業ありきである。これこそ村民無視の反民主主義の政治そのものだ。村長が変わっても全く見直されなかった。村の選挙には清水建設がついているんだ等と自慢等している場合ではないのだ。
コンポスト事業にしても、最初に事業ありきであった。大規模な堆肥製造施設を山奥に2基、4億5千万円で建設。その内、土地造成費が1億5千万円。選挙にお金がかかればかかるほど、村民とは無関係の施設ができてしまうのだ。コンポスト事業は農業集落排水特別会計で実施されるところだった。特別会計は本来、独立採算性である。公営企業は黒字でも、赤字でもよくない。泉崎村では、最初の宅地分譲で黒字となり、黒字分、小学校建設に向けると意気軒昂の村長の姿がかってテレビに映し出されていた。これは法律違反なのだ。元の所有者から高く買うか、買主に安く売るかどちらかをすべきなのだ。公共事業で儲けても、赤字を出してもいけないのだ。
一般会計から特別会計に繰り出し金がある。その一部は使用していない村民も負担していることになる。第3次村振興計画を「ふるさと夢おこしプラン」と耳障りのいい命名をしているが、財政再建策に「公平性を資するため受益者負担」とある。これは公共料金の値上げを意味するのだ。美しい言葉の裏で、恐ろしい現実がある。
コンポスト事業が集落排水特別会計で実施されていたら大変なことであった。それにしても、怠慢な事業が実施されている。我家のすぐ傍で集落排水事業の工事が行なわれようとしているが、たった2軒のために一級河川の下に暗渠を通すのである。こんなところは合併浄化槽で充分だ。身近な所だから分かるが、このような所は村の各所にあることだろう。
    平成4年   平成11年
地方税6億8千5百万 5億5千5百
村長給料69万6千   78万3千
人件費5億6千8百万 7億1千5百
物件費3億4千7百万 5億7千万(単位円、百万以下切り捨て。平成四年度はゴルフ場用地売却により、納税額が約1億円増えている。)
 委託事業が多い。税金は殆どコンピューター委託である。健康保険料について質しても、コンピューターだから間違いないでは困る。委託事業が多くなったら人件費が削減されるものと考えられるが、人件費は年毎に増えている。

例えば、海外ホームステイ事業であるが、実施されて昨年で既に三年目を迎えている。夏休み、アメリカへ九日の日程で実施されている。企画課にノースウエスト航空の営業を退職した者を嘱託に採用し、担当させている。対象は三年生が二〇人である。初年度、二〇人の応募があったが、結局、一二人となっっている。やはり親の経済的な問題が大きいようである。八人は二年生から募集している。過去三回の右事業はいつもノースウエスト航空、旅行業者も同一。添乗員は旅行業者の社長、同行するのは、右嘱託職員、教育長、英語担当教諭。
海外旅行は、今や国内旅行よりも安価になった。三十八万円は高額に感じる。ホームステイ先は奉仕である。勿論、謝礼をするのは当然であろう。しかし通常の旅行よりも安価な筈だ。それにしても嘱託職員まで同行させねばならないのか。これが公正なのか。これを指摘すると、ノースウエストに恨みでもあるのかと嘱託職員。私の娘は、ノースウエスト機で隣い合わせた人と結婚した。右航空会社は縁結びの神様だ。全く恨んだりすり気はない。公正かどうか私心を挟むものではない。経費の約半額は村が負担している。それでもやはり、親の経済的負担は大きい。公正であるか否かは、子供たちに大きく影響する。
議員在職当時、隣部落のA氏から、土地改良事業について、苦情を受けた。白河の伊藤邦光共産党市議に相談したが理解してもらえなかったとのことで私のもとへ来られた。当時の担当者の佐藤雅昭農林課長は、「右市議は、矢吹伝習農場の先輩で、無二の親友である。A氏の言っていることはさっぱりわからないと言っている」と。
何も分からないわけがない。A氏の言い分はこうである。自分は好条件の田を所有しているので、減歩や負担金のいる土地改良事業に参加する必要はないと言うのだ。確かに、好条件の田の所有者にとって、土地改良の必要はない。これらの人に参加してもらうことは困難であるが、説得するしかない。2回交渉をして同意が得られず、土地を利用させてくれと言って、A氏の田を改良工事にいれてしまったのだ。これは騙まし討ちだ。工事が終了し、役場が分担金の集金に訪れ、その都度、事情を説明していたそうだ。しかし、払ってもらえないので、役場は隠居所(国道を挟んで、離れている)に請求書を送付したのだ。吃驚した親は急いで役場に払いに行った。これを知ったA氏は悔しがることしきりだ。隣部落では、私は分担金を払わない者の味方をしたと言われている。自分達の不始末で、人を悪人にし立てるのだ。

永年入院生活をしていた義父が退院してきた。長男が高校を卒業して、東京に行っていたので、丁度その後を次男と同じ部屋で暮らしていた。近くに住む親戚へ遊びに行ったりしていたが、いつか国井常夫や裁判の相手方と付き合い出すようになった。何処へ連れて行って貰うのか裁判の相手方が自宅からはずれた所で待機している。父はいそいそして出掛けていた。そのうち、「おまえらの世話になることはない。村長様が生活保護を受けられるようにしてくれる。住宅に入れるようにしてくれる」と古い家に行ってしまった。食事も共にする事もなく毎日、前村長の母の住む隠居所へ出掛けるようになった。
村内では、村長の母は男を引っ張り込んでいると言う噂された。義父は村長宅に行けず、生活保護も、住宅の斡旋もしてもらえず、精神的ショックによるのか、口が利けなくなってしまった。同時に下の神経も切れてしまった。隣村の叔母の家に食事に行きだし、「食事に来る」と叔母に怒鳴りつけられた。手足は丈夫なのに口と下の神経がなくなった。テレビで若い女性が出てくると涙を流す。涎を絶えず垂らし、お尻に手を遣り、その汚れた手で、あちこちに手をつく。この話しをすると、介護の経験者は異口同音に「如何してかしら、手を遣るのよね」と。
もう私の体も限界にきていた。疲労困憊の淵で、自分の方が先に駄目になってしまう様な限界を感じていた。丁度、そんな限界に近い時、父は亡くなった。葬式までの3日間、一度も介護の手伝いをしていない義妹に朝から、晩まで、人前であろうとなかろうと怒鳴りつけられた。この田舎では、長男の嫁が父の面倒をみるものといった考えがあるのかもしれない。

義父を古屋に追いやった、父の面倒を看なかった。妹を出入りさせなくした。そのような批判の声が聞こえてくる。面と向かってハッキリ批判する人もいる。前村長は思う壺だっただろう。
父を笑える人はどの位いるだろう。散々振りまわされ、捨てられたのだ。
私達村民は権力を得た者らの兵士にされてはいけない。自分達のための村づくりに真剣に考えねば成らない。
大手ゼネコンや建設業者の植民地にされてはいけない。自分達のための事業でなくてはならない。役場職員は村民のために働いている誇りを持てる職場でなくてはならない。学校教育に村出身の県議の後援会から寄付を貰っているようなお粗末な行政では恥ずかしい。子供の教育に誇りをもって、当たらねばならない。
平和で安全な社会の建設は先ず村づくりからだ。自殺者は交通事故死の3倍、胃がんの死亡人口とほぼ、等しいと報じられている。経済的自立以上に求められるのは精神的自立ではなかろうか。
選挙で街頭演説をしていると、「こら!おまえ、ひとの悪口を言うのは人の道に外れているぞ!」と怒鳴ってくるのである。これをどう分析すればよいか。村政は自身のこととして捉えられないのだ。善人振っているつもりなのだ。村政は他人事ではない弱い者には批判の矛先を向け、優越感に浸る。村政を自身の問題として捉えられないのだ。

村長選に立候補した私のところに、国井常夫の後援会員と鈴木恒夫の支持者が来ている。「いれる人がなかったから、投票に行かなかった」と言うではないか。後援会であるならば、先ず、政策を掲げるべきである。寄付行為で選挙民を煙に巻くのではなく、教育の充実を求めるのが本来、為すべきことであろう。しかしそれにしても、立候補した者に対して、よく言えたものである。現職鈴木恒夫の支持者も来ている。やはり私に同様のことを言って来た。そしてお隣の家の問題をあげつらうのである。自分が迷惑を蒙ったのでもないのにである。近所の噂は出来るが、村政について語れないようでは、自立した人間とは言えない。選挙で金品の遣り取りは村の土壌等と言われて平然としている等、こんな悲しいことはない。
勤続表彰はされることになっているのならば、表彰されればいい。漸次されればいい。このような方法でされるのでは気の毒だ。
隣近所の噂は出来るが、村政について語れないようでは、自立した人間とは言えない。選挙で金品の遣り取りは村の土壌等と言われて平然としている等、こんな悲しいことはない。
中山儀愁の盗作
フラワー大信ニュース
第3セクター村に寄付することで発足 寄付を引き上げられる。
手打ちそばで、又何かおえ打ち下のだろうか
因みに、40、35の各周年記念は開催されていない。この記念事業は委託計画が見直されるわけがない。村長と議員(議長)であったのだから。今度は村長と県議と言う関係で手打ちがあったのか。その後無競争とい
それにしても、表彰をしあっているようで、いい気なもんだっといった感が歪めない。公務員として、公僕意識があればこんなことが出来るだろうか。一村民の感慨だ。