大人と子供

 


 

ある日の放課後。

阿知賀女子麻雀部の部室に、憧と晴絵がいた。

他の部員はまだ来ていない。

 

晴絵は今度対戦する高校の牌譜を読み、憧は化粧を直していた。

通常の部員と顧問の関係であれば、部室で二人きりになるのはそれなりの気まずさがあるだろう。

だが、憧にとって晴絵は小学生の頃からの『遊び相手』であり、顧問や学校の先生というよりは友達に近い感覚だった。

そのため部室で二人きりになっても、会話が特になくても、別段息苦しさは感じなかった。

 

化粧直しを終えた憧が鞄にポーチを仕舞いながら考える。

「(あー、暇だなー…みんな早く来ないかなー)」

早く麻雀を打ちたい憧は次第に退屈を持て余し始めていた。

そんな憧の隣で真剣な表情で牌譜を読む晴絵。

憧はその表情から退屈しのぎのヒントを得る。

「(そうだ、ハルエをからかって遊ぼう)」

教師に対する礼儀など欠片ほども感じさせないアイデアだった。

憧は顎に手を当てて考える。

「(どうやってからかおうかな…やっぱ灼さんのネタかな…)」

そう考えてから思い直す。

「(でも灼さんネタはそろそろ使い古されてきた感が…)」

そう、憧はいつも灼の事で晴絵をからかっていたのだった。

最近では晴絵も灼ネタではあまり動じなくなってきていた。

「(ちょっと新しいネタで行ってみるかな……よしっ)」

少しだけ気合を入れて、憧は晴絵に話しかける。

 

「ねー、ハルエー」

「ん~?何~?」

顔を上げた晴絵に、憧はニヤニヤと笑顔を浮かべる。

そして、根も葉もない、今考えた作り話を、さも誰かから聞いてきたかのように言う。

「ハルエさ、昔お姉ちゃんと付き合ってたって本当~?」

「え……私と、望が…?」

「うん」

「え…え、ちょ…待っ…」

「(ふふふ、うろたえてる、うろたえてる)」

慌てる晴絵を見て、憧はほくそ笑む。

それは憧が期待していた通りのリアクションだった。

だが、憧はすぐに違和感を覚える。

晴絵のリアクションがあまりにも本気すぎるのだ。

目が泳ぎ、表情は固く、額には冷や汗らしきものが浮かんでいた。

それはまるで、隠していた秘密が暴かれたかのような反応だった。

晴絵はしどろもどろになりながら、言い訳をする。

「あ、あれは…その…、付き合ってたとかじゃなくて…」

「……ん?」

「あの時…望は落ち込んでた私を慰めてくれただけで…」

「え…」

「あんな事やめなきゃって…ずっと思ってたし、望には忘れたい過去だろうし…私も、もうちゃんと忘れたし…」

「え…?」

「一回だけって約束だったのに…私の方が依存しちゃってただけで…、最後には望の事傷つけちゃったし…」

俄かには信じられない告白をする晴絵。

それを聞きながら、憧は激しく後悔する。

「(悪ふざけで凄いもの掘り起こしちゃった…)」

晴絵はなおも懺悔にも似た告白を続ける。

同時にそれを聞く憧もまた、相当なダメージを負う。

「(実の姉のこんな話、聞きたくなかったな…)」

「って言うか、それ誰から聞いたの…、まさか望が…いや、望が言うはず…」

憧は暴走しペラペラ喋る晴絵に、おずおずと話しかける。

「あ、あの…ハルエ…」

「な、何…?」

「その…ごめん」

「え?」

憧は素直に謝った。

そして全てを白状した。

 

 

 

 

「いい!?絶対、誰にも言っちゃダメだからね!」

「言う訳ないでしょ。ってか言えないわよ!」

「今すぐ忘れなさい!」

「わ、分かったわよ」

誰にも言うつもりのなかった秘密を言ってしまった晴絵は、物凄い剣幕で憧に詰め寄る。

だが弱みを握った憧はとても楽しそうに晴絵をからかう。

「お姉ちゃんとハルエがそんな爛れた関係だったとはねぇ~」

「だ、だから忘れなさいっ」

憧は上目使いで晴絵を見つめ、声色を変えて誰かのモノマネをする。

「そっか…ハルちゃん、憧ちゃんのお姉さんとそんな事してたんだ…」

「ちょ…、それやめなさい!」

「似てた?」

「似てないわよ!」

「あはははは」

晴絵にとっては最も知られたくない相手だっただろう。

晴絵は頭を抱え、呻き声を出す。

「あー…」

そんな晴絵を見て、憧が言う。

「大丈夫よ、絶対に言わないから。ってかそんなに私信用ない?」

「ない」

「だよねー」

「ぜ、絶対言っちゃだめだからね…!」

「うん、絶対。言わない。………と、思うよー?」

「ちょっと!」

「あははははは」

実に楽しそうに笑う憧。

そして浮かべている笑顔とはあまりにも不釣り合いな、不穏な言葉を並べる。

「いやー、いいオモチャが手に入ったわー」

「ちょっ…、いくらなんでも本音出しすぎでしょ!」

「お姉ちゃんにも話聞いてみようかなー」

「それだけは本当にやめて!お願いだから!」

「あはははは、分かってるわよー」

言葉では不安になるような事を言っても、憧は誰にも言うつもりはなかった。

晴絵もなんだかんだ言っても憧の事を信用していた。

その辺りは、長い付き合いの二人ならではの信頼関係がきちんと築かれていた。

 

憧は興味津々といった顔で晴絵に尋ねる。

「ってかさ、本当の話、どこまでしたの?」

「え……、どこまでって…」

「キスだけ、とかじゃないよね?」

「そ、そんなの内緒に決まってるでしょ」

「えー、いいじゃーん、教えてよー」

「ダメ!ダメなものはダメ!」

「えー…」

「ダメ」

頑なに口を閉ざす晴絵に、憧が揺さぶりをかける。

「…最後まで?」

「………っ」

その言葉に、思わず表情に出してしまう晴絵。

意外とチョロかった。

それを見て、憧が驚きの声を上げる。

「えー、すごーい!ガチレズじゃーん」

「ちょ…!その言い方やめなさい!」

「あははは、だいじょーぶ、だいじょーぶ。私もしずと最後までしたいし」

さらりと結構凄い事を告白をする憧。

晴絵も薄々勘付いていた事だったが、改めて聞かされ、若干の戸惑いを見せる。

「あー…、やっぱそうなんだ?」

「うん。まぁ、しずの方にその気は全くないみたいだし、諦めてるけどねー」

それを聞いて、少し寂しげな表情で晴絵は言う。

「でも、本当に好きなら、諦めない方がいいと思うわよ」

「おー。経験者が言うと説得力があるねー」

「まぁ、私は…色々後悔だらけだから…」

過去にそれなりの出来事があったであろうことを伺わせる晴絵の表情。

その言葉の重みを受け止めつつ、憧は言う。

「でも、今の関係が壊れるのは怖いしね」

「まぁ、難しい話だよね」

「うん…」

「なんにせよ、最後に後悔しないように頑張りな」

「そうだね。そうする」

そこまで話をして、憧が何かに思い当たる。

「あー、そっか」

「ん?」

「ハルエが灼さんに手出さないのって、そういう過去があったから?」

「……まぁ、それもあるかな。軽率な事して、灼を傷つけたくないし」

「大事にしてるんだ」

「単純に、子供に手出したらマズいってのもあるけどね」

「でも灼さんも、言うほど子供じゃないでしょ」

「私から見たらまだまだ子供よ。9歳も下なのよ?」

「あー、まぁそうかもね」

そこまで話して、晴絵は椅子から立ち上がる。

「はい、この話はこれでおしまいっ」

「えー、もっと話したいー」

「そろそろ皆が来るでしょ」

「ちぇー」

晴絵は最後にもう一度念を押す。

「いい?絶対に誰にも言うんじゃないわよ?」

「わ、分かってるわよ…」

凄味のある表情に、憧は怯んだ。

 

 

 

 

部活が終わり、憧は家に帰る。

「ただいまー」

「おかえり」

玄関で姉の望が憧を出迎える。

憧は思わず望の顔をジッと見てしまう。

「ん?何?」

「べ、別に…」

慌てて目を逸らす。

「(このお姉ちゃんがハルエと…ねぇ…)」

「何よ、変な子ね」

訝しげに憧を見る望。

「……っ」

憧の頬が赤く染まる。

ついつい、晴絵と望が行為に及んでいる場面を想像してしまう。

上目遣いで望を見る。

「……お姉ちゃんのエッチ」

「は?何それ。ちょっと」

望の追及を無視して自室に逃げ込む憧。

心臓の鼓動が止まらない。

ベッドに体を放り投げ、枕に顔を埋める。

昨日までは何も知らなかった。

毎日会っている望と晴絵にそんな過去があったなんて。

その事実を知ってしまっただけで、まるで望が別人のように思えた。

そして自分がそういう行為をするところを想像してみる。

誰かに服を脱がされて、下着を脱がされて、

誰にも見られた事のない場所を見られて、触れられる。

少し考えただけで心臓が破裂しそうになる。

だけど、それ以上は上手く想像出来なかった。

ドキドキだけが先行して、細部の輪郭がぼやけてしまう。

それは経験の無い憧には仕方のない事だった。

「大人……だなぁ…」

憧は呟く。

10歳も上の望が益々大人に見えた。

10年も前、まだ自分が何も知らない子供だった頃に、既に望はそういう事をしていたのだ。

もしかしたら家族でご飯を食べていたそのほんの数時間前に、二人はしていたのかもしれない。

自分が部屋で勉強をしていた時に、その隣の部屋で二人はしていたのかもしれない。

何度も入った事のある望の部屋のベッドで、二人はしていたのかもしれない。

自分が知らなかっただけで、そういった行為は常に自分のすぐそばで行われていたのかもしれない。

そう考えるだけで、望や晴絵が別世界の人間のように感じられた。

いつか自分も誰かとそういう事をするのだろう、と憧は考える。

だけどそれは想像も出来ないくらい遠い未来の出来事のように思えた。

もしかしたら一度もそういった事をしないまま大人になるのかもしれない。

それくらい、今の自分には現実味のない話だった。

憧はもう一度、神経を集中させ、目を閉じて誰かに触れられるのを想像してみる。

暗い部屋で、誰かの手が憧の体に触れる。

荒い息遣いで、誰かが首筋にキスの雨を降らせる。

慣れない手つきで、誰かが憧の服を脱がしていく。

想像の世界に没頭していく程に、胸の高鳴りが激しくなっていく。

そして誰かが耳元で囁く。

「憧ちゃん…」

「………っ」

憧は枕に埋めていた顔を慌てて上げ、想像を止めた。

「な、なんで…?」

憧の頭の中には、なぜか玄の顔が浮かんできた。

「なんで玄が…」

穏乃の事が好きなはずなのに。

玄の事をそういう目で見た事など一度もないのに。

だけど穏乃をそういった想像の中に登場させるのは難しかった。

好きなのに、いや、むしろ好きだからこそ、そういった目で見れなかった。

だが、玄はごく自然に自分の想像の中に現れた。

それは何を意味しているのか。

戸惑いながら、憧はもう一度枕に顔を埋めた。

そのまま玄に触られる場面を想像してみる。

玄が、憧の下着に手をかけた。

しなやかな指が憧の敏感な場所を撫でる。

「…んっ、はっ、ぁ…ハァハァ…んっ、玄…あっ、あっ」

憧の指先は自然に下半身に伸びていた。

下着の中、想像の玄が触っているのと同じ場所を撫でる。

玄はとても優しく、時々強めに、繊細なタッチで憧を責めた。

「ダメ…玄…っ、そこ…や…っ、あっ、ひぅ…っ、あ…っ」

もどかしくなった憧は下着を脱ぐ。

露わになったそこは、既に糸を引くほど濡れていた。

「あっ、や…、玄…そんなとこ…汚いよ…っ、あっ、ひ…っ、やっ…」

玄は指で刺激しつつ、その場所に口をつけた。

じゅるじゅると、下品な音を立てて舌で憧の中に侵入していく。

玄の綺麗な顔が憧の透明な液体で汚されていく。

それでもなお、玄は夢中で憧を夢中で舐め続ける。

「玄…っ、や…、はぁっ、ん、ひぁ…ん、あっ、ふぁ…んっ、あっ…い…っ」

玄の舌が縦横無尽に蠢く。

その度に憧の口から声が漏れる。

玄は憧のを舐めながら、同時に自分自身を指で慰めていた。

明らかに自分のではない水気を帯びた音が聞こえてくる。

「んっ…ふっ…ハァ…ハァ…あっ、ピチャ…憧ちゃん…あっ、んっ」

「く、玄…、あ…、ひ…っ」

憧を優しく責めつつ、自分のを乱暴に指でかき混ぜる玄。

次第に息遣いも荒くなり、喘ぎ声と共に憧の名前を呼ぶ。

「んっ、あっ…憧ちゃん…ふっ…ん…ぁ…」

「玄……くぁ…んっ、や…っ、あ…んっ、玄…っ」

玄に名前を呼ばれるたび、憧は体と共に心も同時に満たされていく気がした。

早くイキたい。だけどこのまま絶頂の直前で玄に責められ続けていたい。

相反する欲求が憧の心の中を支配する。

気持ち良くなる事以外、何も考えられなくなる。

「いいよ、憧ちゃん…あっ、ふぁ…、イキそうなんでしょ…?」

「やっ、玄…んっ、ぁ…ひ…っ、ご、ごめん…っ、どうしよ…っ」

「いいよ、イッて。ちゃんと見ててあげる…」

「玄…イク…イッちゃう…!」

その言葉に呼応するように、玄の舌使いが激しくなる。

あと少し、という所で憧は玄におねだりをする。

「玄…お願い…ひっ、あっ、ひゃ…ぁ、ふっ、ぁ…キスして…玄…っ」

玄はその言葉に微笑むと、憧に優しくキスをした。

玄の舌が憧の口の中に侵入する。

数秒前まで憧の性器を愛撫していた舌が、今度は憧の口の中を同じ動きで犯す。

それが合図となり、憧の頭の中は真っ白になる。

「んんっ、あっ、あっ、や…っ、んっ、はっ、く…っ、や…イク…あっ、んんんっっ」

2度、3度と、ビクビクと体を震わせ、憧は絶頂に達した。

それは憧が時々する自慰では到達した事のないくらい、深く激しい絶頂だった。

気付くとそれまで自分を愛撫し続けていた玄の姿が消えていた。

全ては自分の指で行われた事であり、全ては自分の妄想だった。

玄があんな汚い場所を舐めるはずもない。

玄があんな風に自分を慰めるはずもない。

玄があんな風にキスしてくれるはずもない。

憧は、玄をあんな想像に使ってしまった事に激しい罪悪感を覚える。

それと同時に、どうしようもない虚しさに襲われた。

「…ハァハァ…玄……ごめん…」

枕元に置いてあったティッシュを3枚取り、拭く。

そして「でも…」と、汚れてしまった下着を履きながらぼんやり考える。

「すっごい気持良かった…玄…すごい」

別に玄がすごい訳ではない。

憧はベッドの上に正座になり、深々と土下座をする。

「玄…ごめんなさい…」

それは玄の家の方向だった。

 

「くしゅんっ」

その頃、松実家では玄がくしゃみをしていた。

「玄ちゃん、寒いの?」

「ううん、大丈…くしゅっ」

「寒いならストーブつけるよ?」

「お姉ちゃん、自分がつけたいだけでしょ」

「うぅ…寒い…」

「もう7月だよ……くしゅっ」

「玄ちゃん、ほんと大丈夫?」

「なんかゾクゾクする…」

「本当に風邪なんじゃ…」

「風邪じゃないと思うんだけど…」

憧の秘め事を知る由もない玄が不思議そうな顔をしていた。

 

 

 

 

翌日―

「おはようございます」

部室に玄がやってきた。

「……っ」

憧は昨日の事を思い出し、顔が赤くなる。

まともに玄の顔を見れなかった。

そんな憧に、玄が話しかける。

「どうしたの?憧ちゃん」

「……っ」

「?」

不可解な憧の反応に戸惑う玄。

そんな玄に、憧は謝る。

「あの…玄、ごめん!」

「え?何が?」

「と、とにかく、ごめん!」

「う、うん…?」

事情を飲み込めない玄はなんとなく相槌を打つ。

だが何か謝られるような事をした覚えなど、全くなかった。

 

憧は結局あの後、玄を使って2回ほどしていた。

最後は下着を履くのも億劫になるくらい、ほとんど寝落ちのような状態だった。

憧の想像の中で玄は、ただひたすらに奉仕する従順なペットになっていた。

その罪悪感と、友達でするという背徳感から得られる快感の大きさが憧を戸惑わせていた。

まさかそんな事に使われていると知ったら、さすがの玄でも良い気分はしないだろう。

憧はちらり、と玄の顔を見る。目が合う。

それだけで胸のドキドキが止まらなくなってしまい、慌てて目を逸らす。

それはまるで恋する乙女のような反応だった。

憧は玄から顔をそむけたまま、心の中で何度目かの謝罪を繰り返す。

「(ほんとごめん……ごめんなさい……)」

何度も何度も謝る。

だが、その直後に思う。

「(でも……今日も玄でしよう…)」

憧の中で、罪悪感よりも他の何かが勝っていた。

 

少しだけ、ほんの少しだけ、一つ大人になった憧だった。

 


 

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