二人の距離感

 


 

「うー、やっと終わりましたよー」

授業が終わり、初美が唸るように言った。

そして机に突っ伏す。

その言葉に、初美の席までやってきた巴が答える。

「今日は朝から体育だったから疲れたねー」

「体育とか、全部水泳でいいんじゃないですかねー」

その斬新なアイデアに、巴は苦笑いを浮かべる。

「それは…やだな。冬寒いし」

「そこはあれですよ、室内プールを作ってー」

「あぁ、それならいいね」

「よし、じゃあさっそく校長先生に掛け合ってみましょー」

「でも私達、来年はもういないよ?」

「そうでしたー」

再び机に突っ伏す初美。

そんな初美を見て、巴は優しい表情で笑った。

そして初美の頭を撫でながら言う。

「じゃあはっちゃん、帰ろうか」

「そうですねー」

二人は鞄を持ち、教室を出る。

「巴ちゃんとお泊り久し振りですねー」

「そう言えばそうだね」

今日、巴は初美の家に泊まりに行く事になっていた。

巴の両親が、親戚の結婚式で今日と明日留守にするため、

家も近所で昔から付き合いの深い初美の家に2日間泊めさせてもらう事になったのだ。

普段からしっかりしていて、家事もそつなくこなす巴だが、

さすがに両親も2日もの間娘を家に一人にさせておくのは心配だったのだろう。

 

「そういえば、はっちゃん」

「なんですかー?」

「テスト勉強してる?」

さっきまで満面の笑顔だった初美は、一転表情を曇らせる。

そして、巴から目を逸らして答える。

「し、してますよ…」

どう見てもしてるとは思えない歯切れの悪さだった。

巴は一瞬でその嘘を見抜く。

「してないよね?」

「な、なんで決めつけるんですかー。してるって言ったじゃないですかー」

「本当に?してるの?」

「してる訳ないじゃないですかー」

「…だよね」

初美には、残念な事に日常的に勉強をするという習慣はなかった。

勉強をするのは決まってテスト前。

しかも直前になって焦り、いつも巴の手を借りていた。

そしてそれを霞に見つかり叱られるのも恒例だった。

そうやってこの3年間、なんとかテストを乗り切っていた。

巴も初めのうちは初美に勉強をするように言っていたが、

すぐに無駄な事だと気付き、今では何も言わなくなっていた。

しかしそんな初美だが、成績は特に悪くはなかった。

いつも中の上あたりをキープしていて、巴にはそれが釈然としなかった。

 

昇降口まで降りてきた所で、巴が初美に提案する。

「じゃあ今日は一緒に勉強しようか」

「えー、面倒くさいですよー」

「でもテスト悪かったら、霞さんに怒られるよ?」

それを聞いて初美は怯む。

皆のお目付け役である霞は、怖かった。

特に、生活態度に若干の問題のある初美に対しては、人一倍厳しかった。

それでも初美はなんとか勉強をサボる言い訳を考える。

「う……で、でも…教科書とか全部机の中ですよー」

「……霞さんに怒られるよ?」

どちらにせよ、霞に怒られる未来は確定していたようだ。

「ちょ、ちょっと取ってきますよー」

観念した初美は、慌てて教室へ走った。

 

 

その後、いちいち寄り道をしたがる初美を巴が窘めながら帰路に着く。

そして二人は初美の家に到着した。

初美は勢いよく玄関のドアを開け、靴を適当に脱ぎ散らかして家に入った。

それとは対照的に巴はきちんと靴を揃えて家に上がる。

そして初美の靴を巴が綺麗に揃えた。

それら一連の行動はごく自然に行われた。

二人にとってそれはいつもの事なのだ。

巴は自分の家でもきちんと靴を揃えるし、

初美は他の人の家でも靴を脱ぎ散らかす。

二人の性格の違いがよく表れていた。

 

居間から初美の母が顔を出す。

「巴ちゃん、いらっしゃい」

「あ、おばさま。お邪魔します。2日間お世話になります」

深々とお辞儀する巴。

そして初美の母に言う。

「おばさま、後で夕食作るの手伝います」

「そんなのいいのよー」

「でも…」

「それよりテスト近いんでしょ?初美の勉強見てあげてくれない?」

「あ、はい、それもするつもりでしたけど…」

「そうなの?やっぱり巴ちゃんは偉いわねー」

その母の言葉に、初美が不満げな顔で答える。

「わ、私が勉強を見てあげるんですよー」

「あんたが巴ちゃんに勉強なんて教えられる訳ないでしょ」

初美の成績は悪くはないが、巴には遠く及ばなかった。

そもそも、巴は学年トップクラスの成績を維持しているのだ。

そして霞はそれよりもさらに上の成績だった。

 

階段を上り、初美の部屋に向かいながら初美が愚痴をこぼす。

「巴ちゃんと霞ちゃんのせいで私が落ちこぼれみたいな風潮ですよー」

「あはははは」

「私だってそれほど成績悪くないんですからねー」

「全然勉強してなくて今の成績なら、真面目にやれば私よりいい点取れるんじゃない?」

「勉強なんて将来の役に立たない事、真面目にやってられませんよー」

母や霞に聞かれていたら、間違いなく怒られるセリフだった。

 

部屋に入り、巴は真っ先にテレビを付けようとする初美からリモコンを奪った。

そしてカバンから教科書を取り出して言う。

「じゃあ今日は数学やろうか」

「数学ですかー」

初美は不満そうに呟く。

「じゃあ英語?」

「英語ー…」

「物理?」

「物理…」

どれもお気に召さないらしい。

仕方なく、巴は初美に教科を決めさせる。

「じゃあ何にする?」

「んー、まずはテレビですかねー」

「数学ね」

「はい」

二人は数学の教科書を開いた。

 

勉強を始めて5分―

初美が口を開く。

「前から思ってたんですけどー」

「うん」

「麻雀打つ時に、巫女服の袖って邪魔じゃありません?」

勉強と全然関係ない話を始めた。

だが巴もそれに付き合う。

「あー。山崩しそうになるよね。だから私は縛ってるけど」

「袖、切ってみましょうか」

「ノースリーブみたいに?」

「はい」

巴はそんな巫女服を着ている自分を想像してみる。

とてもじゃないが、アバンギャルドすぎる格好だった。

「…怒られるよ?」

「誰に?」

「霞さんに」

「じゃあやめましょうー」

「怖いもんね」

「窒息させられますよー」

「胸で?」

「胸で」

「あはは」

「あはははは」

 

再び勉強に戻る二人。

だが5分ほどで再び中断してしまう。

初美の携帯が鳴ったのだ。

「メール?」

「はいー。誰からでしょう……げっ」

携帯を開いた瞬間、初美があからさまに嫌そうな顔をした。

「どうしたの?誰からだった?」

「臼沢塞からですよー」

「なんだって?」

「どうせくだらない内容ですよー」

そう言いつつ、メールを見る初美。

興味ないような表情で文字を追う。

だがよく見ると頬が緩んでいるのが分かる。

「……嬉しそうだね、はっちゃん」

「……っ、う、嬉しくなんてありませんよっ」

必死に否定する初美。

だが、やはり頬は若干緩んでいる。

「臼沢さん、なんだって?」

「受験終わったら、遊びに行っていいかって…」

「へー」

「受験生のくせにいい気なもんですよー」

「…私達も受験生だけどね」

夏に一緒に海へ行き、仲良くなった宮守女子。

その中でも、初美は塞と特に仲良しになった。

二人はインターハイ2回戦の副将戦で同卓になり、

塞の能力によって初美は十分に実力を発揮出来ずに終わった。

その事で初美には少なからずわだかまりもあったのだが、海で二人はすぐに打ち解けた。

最初は海という得意のフィールドで塞に仕返しをしてやろうと目論んでいた初美だが、

ことごとく塞に上手くあしらわれ、最終的には初美は海から帰る間際に寂しくて泣いてしまうほど仲良くなっていた。

だが初美は未だに塞を"敵"と公言していた。

やられっぱなしで終わってしまったプライドが、塞を許す訳にはいかなったのだ。

しかし巴を初めとして、初美の周り全員がその発言を信じてはいなかった。

初美は間違いなく塞を気に入っていた。いや、それどころか大好きだった。

塞も持前の、そしてチームメイトの世話に奔走してきたという環境による面倒見の良さから、初美の良い遊び相手になった。

初美にとって、塞との喧嘩はとても心地の良いものだった。

 

「楽しみだね」

「はい」

巴の言葉に思わず同意してしまう初美。

それを聞いて、巴がつっこむ。

「あれ、素直だね」

「あ、いや、違っ…、た、楽しみな訳ありませんよっ」

慌てて取り繕う初美。

塞は初美にとって、あくまで敵なのだ。

そして思ってもいない事を言う。

「つ、次こそは臼沢塞の息の根を止めてやりますよー」

「また返り討ちに遭うよ?」

「今度は上手くやりますよー」

そう言いながら、初美は塞に返信をする。

そして二人は勉強に戻った。

だが、初美はいつまで経っても勉強に集中出来ずにいた。

初美はメールを送った後ずっと携帯が気になるようで、

何度も携帯を開き、メールの受信を確認していた。

「ぷっ…ふ、ふふっ、ふふふっ」

そんな初美を見て、思わず噴き出してしまう巴。

それを初美が不思議そうな顔で見る。

「どうしたんですかー?」

「だ、だって…はっちゃん…ふふふっ」

「?」

「さっきからすっごい携帯気にしてる」

「えっ」

「本当に臼沢さんの事好きなんだねー」

「なっ、や、やめてくださいよー!臼沢塞なんて全然好きじゃありませんから!」

明らかに本心ではないその言葉に、巴はさらに笑ってしまう。

「な、なんで笑うんですかー!」

「はいはい、勉強に集中しましょうねー」

携帯を取り上げる巴。

「あ…」

「勉強終わるまで没収でーす」

携帯を奪われ初美もようやく観念したのか、勉強に集中し始めた。

 

 

勉強を始めて1時間。

初美の母親が部屋にやってきた。

お茶とお菓子を持ってきてくれたのだ。

「勉強してる?」

「あ、はい…」

あまり捗っていない事は内緒にした。

持ってきたお菓子をさっそく頬張る初美。

「あと1時間くらいでご飯になるから、それまで勉強頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

「よーし、じゃあご飯まで休憩ですよー」

「……はっちゃん、話聞いてた?」

そしてそれから1時間ほど問題集を解いてから晩御飯を食べた。

巴や初美が互いの家でご飯を食べて行くのは、日常的な事だった。

家も近所で同い年である二人は、幼い頃から姉妹のように育てられた。

にもかかわらず、こうも性格が違うのは、誰にも解明出来ない謎だった。

 

食事の後、初美の母が食器を片付けながら言う。

「少ししたらお風呂入っちゃってね」

「はい」

「じゃあ巴ちゃん、一緒に入りましょー」

「え?一緒に?」

「はい」

初美の家のお風呂は、二人で入るのに十分な大きさだった。

小さい頃はいつも一緒に入っていたが、近ごろではあまりなかった。

 

湯船につかりながら、初美は巴の胸をまじまじと見る。

「巴ちゃん、ちょっとおっぱい大きくなりました?」

「えっ、本当!?」

初美の言葉に、歓喜の声を上げる巴。

だがその喜びを、あっさり壊す初美。

「いや…なってませんね…」

「………」

巴がジト目で初美の頬をつねる。

「いひゃい、いひゃいれふー」

「もう…ぬか喜びさせないでよ…」

巴は、若干自分の胸にコンプレックスを持っていた。

それは、霞、小蒔、春という周囲の人間のせいだろう。

同い年の霞はともかく、年下の小蒔や春、

もっと言えば中等部の明星にまで胸で完敗していた。

そのせいで、胸の大きさを気にしがちな巴だったのだが、

不思議な事に巴よりもさらに子供な体型である初美は、

そのコンプレックスを全く持っていなかった。

巴は初美を貧乳仲間の同志だと思っているが、初美はそうは思っていない。

結局巴の一人負け状態だった。

だがその初美でさえ、霞の胸の大きさには釈然としない感情を持っているようだ。

「あれは大きすぎますよー」

「うんうん」

「あんなお化けみたいなおっぱいと一緒にいるとこっちがメーワクですよー」

「迷惑って事はないけど…でもすごいよね」

二人が霞と初めて会った時、霞は既にその年齢に似つかわしくない胸を持っていた。

それを見て、二人は驚愕した。二人にとって霞の第一印象は「胸の大きい人」だった。

そして驚くべき事にその後さらに大きくなり、高校3年生になった今なお成長し続けている。

今後どこまで成長を続けるのか、彼女の周囲の人間全てが注目していた。

 

巴が素朴な疑問を口にする。

「何をすればあんな大きくなるんだろうね」

「きっと姫様と揉み合いっこでもしてるんですよー」

「まさかぁ」

軽い冗談のつもりで言った初美が、次の瞬間何かを考え込む。

そして巴の顔を見て、ゆっくりと呟いた。

「その手がありましたよ…」

「え?」

「巴ちゃん!私達も揉み合いっこしましょう!」

「え…、えぇ!?」

「さぁ、早く!胸を揉ませるのです!」

「ちょ……落ち着いて…!」

「早く!!」

初美が暴走する。

胸を揉もうと、巴に抱きついてきた。

狭い浴槽で格闘が始まった。

 

 

「ふぅ〜、少し取り乱しましたー」

「はっちゃん、たまにそうなるよね」

脱衣所で初美の髪を拭いてあげる巴。

初美の暴走は巴の手によってなんとか食い止められた。

その後、二人は勉強などは当然せず、夜遅くまで飽きる事なく話し続けた。

そして日付を跨いだ頃に布団に入った。

明日は土曜日で学校は休みだったが、部活はある日だった。

既に部活を引退している二人だが、今でも週に3回ほどは部室に顔を出していた。

「はっちゃん、もう寝ないと明日起きられないよ」

「大丈夫ですよー、今日は巴ちゃんがいますから」

「…起こさないからね?」

「えぇー!ずるいですよー!」

巴は朝には強く、初美は弱い。

初美が自分でちゃんと起きるのは、海に行く時くらいだ。

起こさないとは言ったものの、きっと自分が起こす事になるだろう、と巴は予想していた。

過去の経験から、初美がきちんと自分で起きるとは思えなかった。

 

布団に入り、電気を消した後も二人はいつまでも笑い合っていた。

 

 

翌朝―

「おはようございますー」

「お、遅れてすみませんっ」

二人は集合時間を10分遅れて部室に駆け込んだ。

だが初美に慌てる様子はなく、巴だけが汗をかいていた。

「初美ちゃんはともかく、巴ちゃんまで遅刻なんて珍しいわね」

霞が落ち着いた物腰で話しかけた。

巴は正直に遅刻の理由を述べる。

「す、すみません…はっちゃんがなかなか起きなくて…」

「あら、じゃあ初美ちゃんが悪いのかしら?」

霞が笑いながら初美の方を向く。

その貫禄のある笑顔に、初美は怯んだ。

そして2、3歩後ずさり、部室のドアを開けた。

「ちょ、ちょっとトイレ行ってきますよー」

「逃げた…」

霞が巴に話の続きを聞く。

「初美ちゃんを起こしに行ってたの?」

「いえ、昨日はっちゃんの家に泊まったんです」

「あら、そうなの?」

「はい」

それを聞いて、霞は頬に手をやり、言う。

「二人は本当に仲が良いわねー」

「そうですかね?」

「少し妬けちゃうくらい」

「まぁ、ほとんど産まれた時から一緒ですから」

「家も近所だものね」

「はい」

それ聞いていた春がボソッと呟く。

「姉妹みたい」

霞がそれに付け加える。

「巴ちゃんがお姉さんで、初美ちゃんが妹ね」

そう言われ、巴は少しだけ考えてから答えた。

「それ、逆…ですね」

「え?」

「私の方が妹です、きっと」

巴以外の3人が顔を見合わせた。

そして春が言う。

「意外」

一番年下の春にまで妹だと思われていると知ったら初美はなんと言うだろう。

だがその認識は中等部の明星や湧にも浸透しているのは皆知っていた。

 

「私、昔はもっと引っ込み思案で」

そして巴は、昔を懐かしむように話す。

「いつも、はっちゃんが私の手を引っ張って、色んな所に連れていってくれたんです」

それは、大切な宝物を見せるような、そんな表情だった。

「家で遊ぶのが好きだった私を、海とか山とか川とか…」

その光景は他の3人にも容易に想像出来た。

「そのうちに、私にも友達が増えたし、人見知りもしなくなって」

巴の頬がほんのり赤く染まる。

「だから、私にとっては、はっちゃんがお姉ちゃんみたいな感じでした」

そして、とても優しく、巴は笑った。

「はっちゃんには感謝してるんです」

 

 

話し終えた巴が、気恥ずかしそうに言う。

「あ…こ、この話、はっちゃんには内緒でお願いしますね?」

「どうして?」

「だ、だって…恥ずかしいじゃないですか」

「そうかしら?とても素敵な話だと思うわよ」

「い、いいんです。はっちゃんには内緒なんです」

「そう?」

そう言って、霞は笑う。

その笑顔はまるで母親のようだった。

 

しばらくして、初美が戻ってきたため部活が開始された。

来年は3年生である霞、初美、巴がいなくなる永水女子。

その代わりに中等部から明星と湧が入る事が決まっているが、

やはり戦力ダウンは否めない。

そもそもその二人の受験も終わってはいない。

なので、今のうちに現在のメンバーの戦力の底上げは必須だった。

その為の特打ちを毎週行っていた。

だが、この部活動はその為だけではなかった。

3年生の受験勉強が本格的に始まると、こういう機会もなかなか作れなくなる。

今のうちに、少しでも5人の時間を作るために、部活という口実で集まっているのだ。

そして秋を迎え、この5人での麻雀部は、終わりを迎えようとしていた。

全員の胸の中に寂しさが募る。

誰もその事を口にはしない。

だけど誰もがその事を意識していた。

 

 

 

夕方、部活が終わり初美と巴は家路に着く。

「えへへー、巴ちゃん」

歩きながら、巴の腕にしがみつく初美。

「どうしたの?なんだか今日は甘えん坊だね」

「そうですかー?」

明日は日曜日で、部活もない。

昔は休みのたびにどちらかの家に泊まっていたが、

最近ではせいぜい2か月に1度くらいだった。

だからこうして2日続けてお泊りをする、というのは久し振りだった。

 

「巴ちゃん、今日は一緒に寝ましょう」

「えー…」

初美からの提案に、巴は返事を渋った。

初美と一緒に寝ると、色々大変だからだ。

まず、初美は寝相が悪い。

ベッドで寝ると、巴は決まって初美に蹴落とされた。

その問題は床に布団を敷いて寝る事でクリアされるのだが、

それでも寝ている最中に蹴られるのは変わりない。

それ以外にも、初美にはなぜか朝起きる頃にはほとんど全裸になっているという癖があった。

普段からそれに近い格好であるのだが、寝ている時は全て服を脱いでしまう。

従姉妹に全裸で抱きつかれるというのは、なかなか強烈だった。

初美は巴の返事を待たず、布団を敷き始める。

巴は諦め、一緒に寝る事にした。

どうしても眠れなかったら、空いている初美のベッドに避難すればいいのだ。

 

そして昨日と同じようにご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、

寝るしたくをし、二人で布団に入った。

巴にはその間中、ずっと気になっている事があった。

初美の機嫌が妙に良い。

基本的にいつもニコニコしている初美だが、今日は明らかに様子が変だった。

でも朝はそうでもなかった気がする。気付いた時には機嫌が良くなっていた。

最初その理由が全く分からなかったが、やがて一つの答えに辿り着いた。

それは正直、当っていて欲しくない答えだった。

「はっちゃん、なんか機嫌いいね。何かあったの?」

「えー?別に何もありませんよー?」

そう言いつつ、初美の笑顔は輝きを増す。

巴は恐る恐る訊ねる。

「あのさ、はっちゃん?」

「なんですかー?」

「もしかして…朝の部室での話、聞いてた…?」

顔を見合わせる二人。

だが初美はすぐににっこり笑って布団の中に潜り込んだ。

そして巴のお腹に抱きつく。

「えー?なんの事ですかー?」

「き、聞いてたでしょ!」

「聞いてませんよー」

「嘘!絶対聞いてた!」

初美は笑ながら、巴のお腹に顔を埋めた。

そして脇腹をくすぐる。

「ちょ……はっちゃ…や…あはははっ、くすぐった……」

ひとしきりくすぐってから、布団の中から顔を出す初美。

子供のように笑いながら、からかうように巴に言う。

「私の事、お姉ちゃんって呼んでもいいんですよー?」

「や、やっぱり聞いて…っ、もうっ、はっちゃん!」

「えへへへー」

気恥ずかしさから、逆に初美をくすぐる巴。

「あはははは、くすぐったいですよー、許してー!」

「ダメ!絶対許さない!」

それから夜遅くまで、二人で笑った。

まるで子供の頃に戻ったようだった。

 

 

翌朝―

朝食を食べる二人。

休みの日でも、8時には起きるのが薄墨家の決まりだ。

「ほら、はっちゃん、ご飯粒ついてるよ」

初美の頬についたご飯粒を取ってあげる巴。

初美はまだまだ眠そうだった。

それもそのはず、昨夜、二人は2時頃まで起きていたのだ。

もっとも、巴は既に眠気を振り払い、普段通りなのだが。

そんな二人の様子を見て、初美の母親が言う。

「本当に二人は姉妹みたいね」

その言葉に、すかさず初美が反応する。

「私がお姉さんですよー」

「……っ」

巴はしばらくはこのネタでからかわれる事を覚悟した。

しかしその言葉に初美の母親が反論する。

「何言ってんの。あんたが妹に決まってるでしょ」

「えー、違いますよー。私が…」

巴は咄嗟に初美の言葉を遮る。

「うん、はっちゃんが妹だよね」

「え…巴ちゃん!?」

「私が妹とかありえないよね」

「……昨日と言ってる事が違いますよー」

「うん?何?」

巴はニコニコと、初美に笑いかける。

「な、なんでも…ないです…」

「うん」

微かに震えながら、初美が呟く。

「なんか巴ちゃん、霞ちゃんに似てきましたよー…」

「え…」

なぜだか、少しだけショックを受ける巴。

別にショックな事などなにもないはずなのに。

 

朝食を終えてから、巴の膝枕の上で初美が言う。

「今日は海行きましょうー」

「もう泳げないよ?」

「泳がなくてもカニとか取れますよー」

およそ女子高生の遊びとは思えない。

だが二人は子供の頃からこうやって遊んできた。

巴は初美に言う。

「じゃあお昼食べたら海行こうか」

「午前中は?」

「勉強だよ?」

「え…」

絶望的な表情を浮かべる初美。

そんな初美に巴は言う。

「勉強はちゃんとしないとね、お姉さんなんだから」

「…はい、そうですねー」

途端にキラキラとした顔に変わる。

巴は初美の扱い方を良く分かっていた。

 

そして二人は勉強をして、一緒に海へ行き日が暮れるまで遊んだ。

これまでもそうだったように、これから先もずっと、

二人は一緒に大人になっていくだろう。

姉妹として、そして親友として。

 


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