おねえさんの系譜

 


 

照と菫が白糸台高校に入学してから、2か月が過ぎようとしていた。

それはあっという間に過ぎ去った、嵐のような日々だった。

新しい生活に馴染むには、2か月という時間は短い。

通常の学校生活に、寮での生活、そして部活。

覚える事はあまりにも多かった。

しかし二人はそんな慌ただしい新生活の荒波もなんとかくぐり抜けてきた。

特に部活動においては、1年生でありながら二人ともそれなりの地位を築きつつあった。

照は早くもチームのエース候補として部内で高い評価を受け、

菫も次世代の主力選手になるであろう人材として頭角を現していた。

それは二人にとって、想定していたよりも遥かに幸先のよいスタートだった。

 

そのような目まぐるしく過ぎ去った2か月の間に、照と菫はその距離を少しずつ縮めており、

親友とまではいかないまでも、互いを友達と言える程度には親密な関係を作りつつあった。

レギュラーの座には限りがある。そのため互いがライバルである事には違いない。

だが周りが全て敵、という状況ではさすがに神経が擦り切れてしまう。

皆、同級生の中で波長の合う仲間を見つけ、互いに励まし合いながら懸命に戦っていた。

照と菫も、初めて会った時から互いの中に似た物を感じ取っており、自然と一緒にいる事が多かった。

そんなある日、菫は照の部屋に呼ばれた。それは菫にとって予期せぬ出来事だった。

ある程度仲良くなっていたとは言え、照も菫もどこか一歩引いた付き合い方をするタイプだった。

だから互いの部屋に行った事などなく、菫はこれからもそういった機会はないだろうと勝手に思っていた。

 

 

「お邪魔します」

菫は若干緊張した面持ちで部屋に上がる。

だが、緊張しつつも内心は若干浮ついた気持ちがあった。

やはり友達の部屋に遊びに行くというのは嬉しいものだった。

菫はそれとなく部屋を見渡す。

照の部屋には物が少なかった。

最低限の生活用品の他には小さな本棚があるだけだった。

年頃の女子としては圧倒的に飾り気というものが不足していた。

華美なものを嫌う菫の部屋でさえ、もう少し彩りがあった。

だがその部屋は、この2か月で知り得た照という人物像からさほどかけ離れた印象を与えず、むしろ実に照らしい部屋と言えた。

逆にカーテンの色がピンクだったり、枕元にぬいぐるみが置いてあったりしたら、

菫は激しい違和感に襲われ、もう一度照という人間を見直す必要があっただろう。

 

小さなテーブルに、コーヒーカップが2つ置かれる。

インスタントコーヒーの香りが部屋に漂う。

そしてクッションに腰掛けた照はさっそく本題に入った。

「こんな事、人に話すの初めてなんだけど」

と、前置きをしてから、少しだけ怯えるような目で菫に尋ねる。

「…笑わない?」

菫は答える。

「まぁ…、絶対とは言い切れないが…多分笑わない」

「本当?」

「あぁ。人が真剣な話をしてるのに笑うなんて失礼だろ?」

菫らしい、誠実な答えだった。

だからこそ、照は菫に打ち明ける事にしたのだ。

照は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

そして硬い表情を崩さぬまま話し始めた。

「弘世さんは、瑞原プロ……はやりんって、どう思う?」

「………え?」

なんの脈略もなく出てきたその名前に、菫は虚を突かれる。

菫の記憶が確かなら、照との会話に瑞原はやりの名前が出てきた事はなかったはずだ。

真意を測りかねた菫は、何も答える事が出来ず照の言葉の続きを待つ。

「前から思ってたんだけど、はやりんは、すごく可愛いと思う」

「……!?」

耳を疑う菫。照に聞き返す。

「はやりんが…可愛い…?」

「うん。私は、そう思う」

その返答を聞いた菫は、思わず身を乗り出した。

そして、普段は滅多に出さない大きな声で言う。

「わ…私も…、私もそう思っていた…!はやりん、可愛いよなっ」

「え……本当…?」

菫の言葉に、照は驚きつつも微かに安堵の表情を浮かべた。

それは今まで菫があまり見ることのなかった、照の『笑顔』だった。

 

 

 

瑞原はやり―、牌のおねえさん。

麻雀を打ち、その名を知らぬ者はほとんどいないだろう。

奇抜なファッションに、個性的なキャラクター。

既に中堅の域に入りながらも若い頃と変わらぬスタイルで麻雀界に君臨し続ける、現役のトップアイドルだ。

そのあまりに個性的すぎるキャラクター故に、道化のように扱われる事が多い。

バラエティー番組では過剰にいじられ、一般人には「このプロきつい」などと言われ、

麻雀を打つ者には邪道だと蔑まれ、高齢者からは(さほど若くないにも関わらず)『近頃の若者』の代表として忌み嫌われた。

彼女を支持しているのは、熱狂的な、いわゆる「オタク」と分類されるアイドルファンだけだった。

しかし、そのキャラクターのみに注目されがちだが、彼女の麻雀の実力は本物だった。

見た目からは想像もつかないほど堅実で通好みな打ち筋は一部の麻雀ファンに高く評価されていた。

打ち筋や打点の高さという点で言えば、同世代の小鍜治健夜や近頃頭角を現してきた三尋木咏の方がよほど派手であり、華があった。

だが瑞原はやりの場合、それすらも批判の対象になっていた。

『あんな格好してるくせに地味な麻雀打ちやがって』

そんな理不尽な声も少なくなかった。

 

ちなみに「このプロきつい」という言葉は、あるネットの掲示板で『瑞原はやりについてどう思う?』というスレッドが立てられた際に、

スレッドが立った5秒後に書き込まれた言葉であり、皆が感じていた瑞原はやりへの感想を的確に表していると称賛され、

その年のインターネット流行語大賞を受賞するに至ったものである。

今では瑞原はやりのみならず、女性タレントを揶揄する際の言葉として、ネットを中心に頻繁に使われていた。

 

変わり者の多い麻雀界においても、さらに異端の存在。それが瑞原はやりだった。

出る杭は打たれるのが世の常だが、瑞原はやりは打たれても打たれてもめげなかった。

どれだけ叩かれても笑顔を絶やさず、健気にテレビやラジオに出続けていた。

それを見て更に嘲笑う者は多かった。

 

そんな世間の笑い者である瑞原はやりだが、その一方で麻雀界への貢献度は非常に高かった。

「牌のおねえさん」として子供向けの番組に多数出演している瑞原はやりは、ちびっこ雀士達からは圧倒的な人気を誇っていた。

「牌のおねえさん」が麻雀を始めるきっかけだったという子供は非常に多い。

麻雀に限らず、競技の繁栄の鍵は競技人口の多寡にある。

特に若年層の競技人口は、未来の競技レベルに直結する。

競技の裾野を広げるという意味で、牌のおねえさんはこれ以上ないくらいの利益をもたらしていた。

それは長い間、目に見える結果として表れていなかったが、昨年ある雑誌が若手プロを対象に匿名で行ったアンケートが世間を震撼させた。

「牌のおねえさん」瑞原はやりについて、という項目において、

「好きだ」が46%、「どちからと言えば好きだ」が33%で、合わせて79%を獲得し、

「どちらかと言えば嫌いだ」「嫌いだ」の14%を遥かに凌駕したのだ。

これは、はやりのファンを公言している若手プロの数とは明らかに一致しない数字だった。

その結果を受け、ネットでは「まさか」「信じられない」「捏造だ」といった声もあった一方で、

「そうだと思った」

「やっぱりみんな隠してるだけだったんだな」

「はやりん可愛いもんな」

「これからは俺も公言するわやっぱ無理だわ」

と、アンケート結果を好意的に受け止める人々が圧倒的多数を占めていた。

さらに別の調査によると、牌のおねえさんがいなければ、現役のプロ雀士の4割が存在しないのではないか、という意見も出ているほどである。

これは瑞原はやりの、そして歴代の「牌のおねえさん」の名誉を回復させるのに十分な結果であると言えた。

 

しかしその一方で悲しい現実もあった。

先述の通り、ファンを公言しているプロ雀士はとても少ない。

公言すれば、自分も周りから奇異の目で見られ、弾圧されるのが分かっているからだ。

それはまるで江戸時代におけるキリスト教徒のようだった。

その流れは若いアマチュア雀士の間にも浸透しつつあった。

つまり、「瑞原はやりのファンである事を公言するのはとても恥ずかしい」というような風潮が生まれていたのだ。

特に10代の女性の間では、それは既に一般常識と化していた。

照や菫の周りでもファンである事を公言する人は皆無であった。

 

その現実に、照は密かに胸を痛めていた。

何故、はやりんのファンである事を言ってはいけないのか。

あんなに可愛いはやりんを好きになるのは当たり前ではないか。

そして、この事をもしはやりんが知ってしまったら、はやりんは傷付くのではないか。

なんとかこの現状を変えたい、と照は照なりに真剣に考えていた。

その第一歩が、友人である菫へのカミングアウトだったのだ。

 

 

 

「分かるぞ!はやりんは可愛い!」

照のカミングアウトに呼応し、菫は力説する。

菫もまた、はやりのファンである事を公言出来ずに苦しんでいた一人だったのだ。

照は寂しそうに言う。

「でもみんなあのプロきついとか言うよね…」

「まぁ…、その意見も分からなくもない…」

「うん…」

菫は、遠い目をしながら言う。

「実は昔、はやりんが好きだって周りに言ったことがあるんだ」

「え…、そうなんだ…」

「それまで仲の良かった友達は、みんな去っていったよ…」

「そっか…それは辛かったね」

「あぁ…」

振り返りたくないであろう過去を語る菫。

そして照にも同じような過去があった。

「私も…」

「え?」

「私も、妹にはやりんが好きな事がバレて…1か月くらい口きいてくれなくなった事がある」

「そ、そうなのか…」

同じ傷を見せ合う二人。

それだけで、二人の間に親密な空気が生まれた。

「弘世さんは…」

「……菫、でいいぞ」

「え?」

「い、いつまでも苗字ってのも…その、変だろ…」

これ以上ないくらい赤い顔で菫が言う。

それを見て、照は微笑む。

「うん。じゃあ私の事も、名前で…」

「あぁ、分かった」

改めて照は菫に訊ねる。

「菫はグッズとか持ってる?」

「あぁ、クリアファイルとストラップを…」

「クリアファイルっていつの?」

「一昨年のはやりん祭りの時のだ」

「え…菫、はやりん祭り行ったの?」

「いや、チケットが取れなくてな…グッズだけは会場の外で買えたから買ってきた」

「そうなんだ…」

「真夏の炎天下で4時間並んだよ」

「そんなに…。でもいいな…」

羨ましそうに呟く照。

菫は照に同じ質問をする。

「照は何かグッズ持ってないのか?」

「持ってる」

照は立ち上がるとベッドの下を覗き込み、その奥から箱を取り出した。

箱には細々とした小物が入っいた。

照はそれらを全て机の上に出し、箱の底板を取り外した。

なんと箱は、二重底になっていた。

そしてその中から袋を取り出す。

「私はこれ」

厳重に保管された袋の中には、下敷きとステッカーが入っていた。

それを見て、菫が反応する。

「お、これ今年の新作だな?」

「東京に来て、最初に原宿のはやりんショップに行って買った」

「はやりんショップ行ったのか」

「うん、ちょっと恥ずかしかったけど」

「変装はちゃんとしたのか?」

「もちろん。帽子とメガネ」

はやりんショップに行く時は変装をする。

それははやりんショップに行く者の常識になっていた。

他にも、店内では他の客をジロジロ見ない、

携帯電話等、通信機器の使用は一切控える、

もし知り合いらしき人がいても話しかけない。

そういった事が恐ろしいほどに徹底されていた。

特にそういったルールを店側が作った訳ではない。

それはファン達の、自己防衛の一種だった。

 

 

 

「照は本が好きなんだよな」

「うん」

「はやりんの本とか持ってないのか?」

「もちろんある」

照は本棚の前に立つと、いくつか図鑑を持ってきた。

前衛美術の画集と昆虫図鑑、そして恐竜図鑑だった。

それらの本のブックケースの中に、はやりの写真集が入っていた。

女子高生が興味を持たないような本の中に隠すという、見事なカモフラージュだった。

これならば、友達に万が一本棚を見られてもバレる事はないだろう。

その中の1冊を見て、菫が驚きの声を上げる。

「こ、これ…!限定発売の写真集じゃないか!?」

「ネットで運よく買えた」

「み、見せてもらってもいいか…?」

「うん、いいよ」

その写真集を食い入るように見る菫。

写真の一枚一枚に感嘆の声を上げる。

「こ、これ…すごい可愛いな…」

「私はこっちの写真が好き」

「これもいいけど、私はこっちの方が好きだな」

「それもいいよね。すごくセクシー」

「このはやりんの表情、すごく良いな…」

「はやりんって笑顔だけじゃなくてちょっと寂しげな表情が可愛いよね」

「それな」

二人で感想を言い合いながらページをめくっていく。

それはこれ以上なく楽しい時間だった。

 

一通り写真集を見終わる頃には既に日付を跨ごうとしていた。

とっくに寮の就寝時間は過ぎている。

明日も学校がある二人にとっては十分に遅い時間だ。

そろそろ部屋に戻った方がいいだろう。だが、照も菫もそれを言い出せずにいた。

今まで理解者が誰もおらず、孤独にはやりを楽しんでいた二人にとって、この時間は楽しすぎた。

出来ればこのまま朝までずっとはやりについて語り合っていたかった。

それは口に出さずとも、互いに同じ気持ちだと分かった。

照が、ぽつりと呟く。

「ねぇ、菫は…牌のおねえさんになりたい?」

その言葉に、菫は目を閉じて考える。

そして首を横に振った。

「……私には無理だ。なりたいのはやまやまだが、なれそうにないよ…」

「私も…無理。あんなに可愛く笑えない」

はやりの事を愛してやまない二人は、はやりの偉大さを十分理解していた。

牌のおねえさんは、ただ憧れだけでなれるものではなかった。

恵まれた容姿に明るい性格、そして人々を幸せにするあの笑顔。

それら全てを兼ね揃えた者だけがなることを許されるのだ。

二人は牌のおねえさんに憧れていながら、牌のおねえさんになる事を初めから諦めていた。

それは高校1年生という、将来に無限の可能性を秘めた年齢の二人には、あまりにも悲しい選択だった。

だがそれでもやはり、牌のおねえさんは誰にでもなれるものではないもの、また事実だった。

 

 

部屋の電気を消し、二人は一緒のベッドに入った。

そして声を潜めて、なおも語り合う。

照が目を輝かせながら菫に聞く。

「ねぇ、菫ははやりんのどういう所が好き?」

「色々あるが…そうだな、いつも笑顔を絶やさない所かな…」

「やっぱりそれが一番の魅力だよね」

「照は?どういう所が好きなんだ?」

その質問に、照は珍しく頬を赤らめた。

「…柔らかそうなところ」

「確かに、すごく柔らかそうだよな」

「一度でいいから触ってみたい」

「それはさすがに無理だろ」

「でもはやりんって、女の人にはよく抱きついたりするでしょ」

「あぁ、確かにそういうのよく見るな」

「もし会えたら、抱きついてもらえるかも…」

照の意外な願望に、菫は驚いた。

だが、その気持ちは菫にもよく理解出来た。

しかし菫の場合は、逆だった。

抱きつかれるよりも、抱きしめたいと考えていた。

「なぁ、知ってるか?はやりんって151センチしかないんだぞ」

「小さいよね。可愛い」

「あんなに小さくて可愛いのズルいだろ」

「でも胸はすごく大きいよね」

「あのアンバランスさが最高だよな」

まるで男子中学生のような会話だった。

「インターハイで活躍すれば、はやりんに会えたりするかな?」

「あぁ、会えるかもしれないな」

「会いたいな…」

「私たちの試合をはやりんが解説したりするかもしれないぞ」

「……!それ、すごい…」

二人ではやりの話をしていると、どんどん夢が膨らんだ。

それは今の二人にとっては空想、妄想と言っていいレベルの話だった。

だが、真剣に麻雀と向き合い、努力を惜しまず麻雀を打ち続け、結果を残す事が出来たらいつか実現出来るかもしれない。

少なくとも可能性はゼロではない。

そして幸いな事に二人は全国大会常連校に所属している。

部内で上位の成績を残せば試合に出るチャンスも増え、いつかはやりに近づく事が出来るだろう。

その事実は二人にとって心の拠り所となり、努力し続ける原動力になるはずだ。

二人の夢は、思っているよりも手の届く場所にあった。

 

 

夜が明けようとした頃、照は幸せそうな笑みを浮かべた。

「こんなにはやりんの事を話したのは初めて…」

「私もだ」

照は菫の目を見つめて言う。

「…決めた。これからは、はやりんを好きなことを隠すのやめる」

だが、その言葉に菫は首を振る。

「照、それはやめておいた方がいい。時代はそこまで追いついていない」

「分かっている。だけど、それでも私は、好きなものをごまかして生きていたくない」

「照……」

菫は真っ直ぐ照を見る。

その目には、光が宿っていた。

「本当ははやりんが一番好きなのに、小鍜治プロのファンだとか、もう言いたくない」

「……」

「私は、はやりんが好き」

その言葉を聞いて、菫は感動した。

そう出来たら、なんと素敵な事だろう、と。

それが出来たら、自分の人生は変わるかもしれない、と。

それはいつか自分が一度は夢見た理想だった。

そして照の言葉を聞いて、菫はもう一度それを信じてみたくなった。

「私も…、好きなものは好きって言いたい」

「菫…」

「私もはやりんが好きって、皆に言うぞ」

二人は握手を交わす。

それは、二人が誰よりも固い友情で結ばれた瞬間だった。

 

 

 

そして現在―

「一生懸命頑張ります!応援よろしくお願いいたします!」

記者会見で、照は笑っていた。

それははやりにはまだ遠く及ばないが、照に出来る最上級の笑顔だった。

そんな照に、菫は複雑な思いを抱きながら話しかける。

「相変わらずお前…営業スマイルひどすぎだな…」

「えっ…本当に心の底から多くの人に感謝をしている…ウソは言っていない…」

「いや、普段と違いすぎるんだよ…」

そしてやや不満気に言う。

「何が…『あんなに可愛く笑えない』だよ…」

「何の事?」

「…いや。忘れてるなら別にいい」

「そう?」

「そんなに人前で笑えるなら、牌のおねえさんになれるんじゃないか?」

皮肉を込めて言ったつもりのその言葉に、照は少し考えてから答える。

「……そのつもり」

「え…?」

「私は、次の牌のおねえさんになるつもりでいる」

「そ、そうなのか…」

「言ってなかったっけ」

「あぁ…初耳だ」

知らないうちに牌のおねえさんになる夢を見据えていた照に、菫は驚きをかくせなかった。

照はさらに熱く語る。

「その為にも、今年のインターハイは絶対に負けられない」

「そうだな」

「ねぇ、菫。今年こそはやりんに会えるかな?」

「会えるといいな」

「うん…」

二人は、これまで様々な大会で活躍してきたが、未だにはやりには会えていなかった。

「私はともかく、2度もチャンピオンになってる照ですらまだ会えないとはな…」

「やっぱり、はやりんは偉大だからそう簡単には会えない」

「そうだな。みんなはやりんに会いたいって思ってるだろうからな」

「うん。もしはやりんに会えたとして…」

「照、待て」

菫が咄嗟に照の言葉を遮る。

廊下の向こうから人が歩いてきたのだ。

すれ違う間、二人は無言を貫いた。

「…危なかったな。聞かれるところだった」

「うん」

 

あの夜、二人で誓った事。

『はやりの事を好きな事を隠さない』

だが3年生になった今も、二人ははやりのファンである事を公言出来ずにいた。

正確に言えば、一度だけカミングアウトを試みた。

寮の談話室でテレビを見ていると、そこにはやりが出演していた。

その瞬間、照と菫は視線を交わし頷きあった。

そして照がその場にいた人達に尋ねた。

「ねぇ、皆ははやりんってどう思う?」

その言葉に対して、その場にいた人達は口々に言った。

「ありえないよねー」

「これはないわー」

「狙いすぎ」

「乳が下品」

「媚びすぎでしょ」

「年考えなさいって感じー?」

一斉砲火とも言える言葉の弾幕に、照と菫は怯んだ。

まさかここまで辛辣な言葉が並ぶとは思ってもいなかった。

肯定する意見はただの一つもなかった。

さすがにこの空気ではやりのファンだと言える勇気はなかった。

 

照が寂しそうに言う。

「結局…誰にも言えなかったね」

「あぁ…」

「でも…私は、この大会が終わったら、言うつもり」

「そうなのか、でも…どうやって?」

カミングアウトに失敗して以来、二人は何度も作戦を考えた。

だがなかなか良い案は浮かばなかった。

菫の問いに照は自信あり気に答える。

「方法は考えてある」

「勝算はあるんだろうな」

「大会で優勝して、雑誌か新聞のインタビューで言う。そしたらそれが記事になって、世間に知れ渡る」

それを聞いた菫は感心したように頷いた。

「お前…頭いいな。私もその方法でなら言える気がする」

「菫も一緒に言おう。その為にも活躍しないと」

「あぁ、そうだな。活躍しないと取材に来てもらえないもんな」

「その記事をはやりんが読んでくれれば、きっとはやりんに会えるはず」

「それがきっかけではやりんと対談とか出来たりするかもしれないな」

「はやりんと対談なんて、緊張する。ちゃんと喋れる自信ない」

「私もだ。聞きたい事は山ほどあるが…」

「でもきっとはやりんが」

「照」

再び菫が照の言葉を遮った。

また人が通りかかったのだ。

再び無言を貫く二人。

完全に通り過ぎたのを確認して、菫が息を吐く。

「ふぅ…危なかったな」

「聞かれてないよね?」

「多分、大丈夫だ」

冷や汗を拭う二人。

菫は自嘲気味に、静かに笑う。

「こんな身を潜めるような事は、もう終わりにしたいな」

「うん。菫、頑張ろうね」

「あぁ、はやりんに会うために」

二人は固く握手をした。

絶対に負けられない戦いが、もうすぐ始まる。

 

誰よりも強い想いを持ち、二人は目標に向かって気を引き締める。

最強白糸台の、強さの理由がここにあった。

 


 

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