関西の人たち
ある日の放課後―
「た、大変や…!」
部室に駆け込んできたセーラが、慌てた様子で浩子に話しかける。
牌譜を読んでいた浩子は若干疎ましそうな視線でセーラを見る。
「どないしたんですか?」
その問いに、息を整えるのも忘れてセーラが答える。
「大変や……と、怜と…ハァハァ…竜華が…」
「え…何かあったんですか…?」
一瞬、二人に何かあったのかと、浩子は身構える。
セーラの言葉の続きを待つ。
「きょ…きょ、教室で…」
「は、はい…」
「ちゅーしてた!」
「……」
その言葉に、浩子は脱力した。
ソファに座り直し、一つ大きな溜息をつく。
そして再び牌譜に視線を戻しながら冷たく言う。
「はぁ…それがどないしたんですか?」
「なっ…!?ちゅ、ちゅーやで!?ちゅーしとったんやで!?」
一人興奮するセーラ。
それとは対照的に、冷めた態度で応対する浩子。
二人の間には極寒の雪山とサウナほどの温度差があった。
浩子はセーラに対して、呆れたように言い放つ。
「それ…今さらですか?」
「えっ?」
「そんなん、ずっと前からですやん」
「え!嘘やん!?」
「今まで気付かへんかったのが驚きですわ」
衝撃の事実を突き付けられたセーラはソファに倒れ込むように座った。
そしてショックを隠せない様子で呟く。
「マジでか…」
「ホンマに気付いてなかったんですか?」
「膝枕したり、仲ええなぁとは思っとったけど……まさかガチレズやったとは…」
「言い方が失礼」
だが、それは否定するほど間違った表現ではなかった。
と、そこで部室のドアが開いた。
「お疲れ様ですー」
泉がやってきた。
「あ、泉!ちょうどええとこに!」
泉を見るなりセーラは立ち上がり、雀卓を跳び箱代わりに飛び越え、泉に掴みかかる。
それはさながら、サバンナの肉食動物の捕食のようだった。
部室に入った途端、物凄い勢いで詰め寄られた泉は怯えた。
「え、え?え?ちょ…な、なんですか?ち、近い…っ、近いです…っ」
セーラは興奮しきった様子で泉にさっきと同じ説明をする。
「さ、さっきな、怜と竜華が、ちゅーしてたんやけど!」
「はぁ…、それが何か?」
浩子と同様、既にその事実を知っていた泉は冷静に返答する。
おそらく、千里山女子麻雀部の誰に言っても同じ反応をされるだろう。
そんな周知の事実を、ただ一人セーラだけが知らなかった。
セーラはショックを隠しつつ(隠せてない)、二人に聞く。
「二人は知ってたん?あいつらが付き合ってる事」
「え、えぇ、まぁ…」
泉が戸惑い気味に答える。
浩子がそれに補足する。
「二人から直接聞いた訳とちゃいますけどね」
「そ、そうなんや…」
更に泉が付け加える。
「キスしてるのも何度も見てますし」
「ってか他の部員も皆知ってるん?」
「はい」
「知らんかったの俺だけ?」
「はい」
「俺、道化?」
「はい」
断言する浩子。
どんどん落ち込んでいくセーラ。
その様子を見て、浩子と泉は気の毒に思い、フォローする。
「あ、あんまり気にしない方がいいですよ」
「そ、そうですよ。第一、二人は何も言ってないんですから」
「うん…」
二人の苦し紛れのフォローは、いまいち効果が薄かったようだ。
沈んだ顔のセーラが二人に尋ねる。
「なぁ、二人はどう思ってるん…?」
「え?何がです?」
「女同士やで?女同士でちゅーなんてしたらあかんやろ…?」
その問いに浩子が呟く。
「あの二人ならそれ以上の事してる気がしますけどね…」
「そ、それ以上!?そ、それ以上って…もしかして…」
セーラはほんのり頬を赤らめながら言う。
「手ぇ握ったり…」
純情なセーラの天然のボケに浩子が素早くつっこむ。
「なんでキスよりハードル下がりますのん」
「じゃ、じゃあ…一緒に寝たり…」
「えぇ…まぁ、それくらいは」
「そんな…」
青ざめるセーラ。
そんなセーラを浩子はさらに追い詰める。
「というか、セックスくらいしてるんとちゃいますかー?」
「……?」
だがその浩子の言葉に、セーラは不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。
それはまるで大人達の会話に理解が追い付かない子供のような表情だった。
そして戸惑ったように言う。
「え…セックスて…?」
「え?セックス知らないんですか、セックス。授業で習ったでしょセックス」
浩子のセックス連呼をセーラは慌てて止める。
「ちょ…、セックスセックス言うなや!恥ずいやろっ」
「いや、初めて聞く単語みたいな反応したから…」
「い、いや、セックスは知っとるで?知っとるけど…女同士で何をすんねん?」
「さぁ?」
「ちんこもないのにセックスなんて出来へんやろ…」
それは性知識に乏しいセーラには至極真っ当な疑問だった。
セーラの中に、女同士で行うセックスなどという知識はインプットされていなかった。
それでもセーラは自分の中の知識に当てはめ、なんとか理解しようと努力する。
「ま、まさか怜って、ちんこあるん…?いや、でも怜なら…ちんこ…怜ちんこ…」
「ちんこちんこ言わんでもらえます?」
「いや、でも…怜…ちんこ…」
「ってかなんで園城寺先輩に生えてるって決めつけてるんですか。清水谷先輩かもしれないじゃないですか」
「いや、竜華にちんこ生えてたら怜が死んでまうやろ」
「まぁ、確かに。清水谷先輩、性欲強そうですもんね」
この場にいないとはいえ、酷い言われ様だった。
「とりあえず、落ち着きましょうよ」
そう言って、泉がテーブルにお茶を置いた。
よく気の利く後輩だった。
そのお茶を飲み、一息つく3人。
そして改めて、セーラから疑問が投げかけられる。
「女同士でセックスって…何をするん?」
まだ怜と竜華がセックスしてると決まった訳ではない。
だが既にそういう方向で話が進んでしまっていた。
浩子は正直に言う。
「いや、まぁ…私もやり方までは詳しく知りませんけど…」
泉も首を横に振りながら答える。
「わ、私もよく知りません…」
「謎やな…」
そう呟くと、セーラは携帯電話を取り出した。
「ほな、ちょっと詳しそうな奴に聞いてみるわ」
そう言って電話をかける。
確かにこの場にいる人間だけで解決しないのであれば、他の人間の知恵を借りるしかなかった。
一息ついた事で、ようやく混乱していたセーラの頭が回り出した。
「あいつなら知っとるやろ」
そう言いながら携帯を耳に当て、相手が電話に出るのを待った。
浩子が泉に小声で話しかける。
「詳しそうな奴…?誰や…?」
「さぁ…?」
浩子と泉には、そういった話に詳しそうな人物に心当たりはなかった。
「あ、もしもし?」
セーラが携帯に向かって話し始めた。
相手が電話に出たようだ。
「憧、今大丈夫か?」
電話の相手は新子憧だった。
『江口さん?珍しい。どうしたの、急に』
「ごめんなー、ちょっと聞きたい事あんねんけど」
『うん、何?』
「女同士でセックスって、どうやるん?」
『………はぁ?』
それは若干の怒りが混じったような声だった。
インターハイの後、セーラと憧は連絡先の交換をしていた。
だがその後これと言って特に用事はなく、二人が電話で話すのはこの時が初めてだった。
それなのに、要件がこれである。憧は耳を疑い、同時に眩暈を覚えた。
そんな憧にお構いなしに、セーラは話を進める。
「ちょっと俺に教えてくれへん?」
『教える…!?』
「あぁ、頼むわ。自分、そういうの得意そうやん?」
軽い侮辱だった。
電話の向こうで憧は明らかに動揺していた。
だがそれも無理はなかった。
精神的に追い詰められ、正常な思考は奪われ、憧は混乱を極める。
『ちょ…、な、何を、いきなり…っ、教えるって、そんな…急に言われても困る…
っていうか、私、その、好きな人いるし、そんなの簡単に人とするもんじゃないし、
っていうか、私だってそんなのまだした事ないし、そりゃあ私だって機会があれば、しずと…その、って、何を言わせるのよっ、バカ!』
憧の口から出てくる言葉はぐちゃぐちゃに混ざり合った不明瞭な思考の断片だった。
だが何をどう勘違いしているのかは、セーラにも容易に理解出来た。
セーラは申し訳なさそうに憧に謝る。
「あー、なんか、その、すまん…」
『え?』
「なんか誤解してるみたいやけど、やり方をな、教えて欲しいだけなんやけど…」
『え……』
「なんか、ごめんな…」
一瞬の空白の時間の後、憧がセーラにまくし立てる。
『そ、そんなの知らないわよ!誰とするのよ!その人に教えてもらえばいいでしょー!』
八つ当たりで喚き散らす憧。
「い、いや、俺がする訳やないんやけど…」
『じゃあ誰よ!誰が誰とするのよ!なんなのよー!』
「ちょ…落ち着けや。ちょっと深呼吸せえ」
『ハァハァ…う、うん…』
電話の向こうで深呼吸をする憧。
20秒後、若干落ち着きを取り戻した憧が戻ってきた。
『もしもし…』
「おう、おかえりー」
『ただいま……で?誰の話なのよ?』
「いや、怜と竜華がな…」
『あぁ、あの二人ね…わかるわかる』
「分かるん!?」
『え?だってあの二人ってそうなんでしょ?』
少し面識があるだけの憧ですら気付いていた事に再びショックを受けるセーラ。
「俺って、そんなに鈍感やったんやな…」
『え?』
「い、いや、なんでもない…こっちの話…」
『そう?』
気を取り直して、セーラは再び憧に聞く。
「でな?女同士でするのってどうやるんやろなーって話なんやけど」
『……本人に聞けば?』
「いや、そんなんさすがに聞けへんやろ」
『なんで私には聞けちゃうのよ』
「………ごもっともやな」
憧の正論の前にセーラは何も言えなくなってしまった。
別れの挨拶を言ってから電話を切った。
電話から戻ってきたセーラに、浩子が呆れたように言う。
「阿知賀の中堅ですか?」
「あぁ」
「よくそんな何回か会っただけの人にそんな事聞けますね」
「ホンマやな…俺、ホンマどうかしてるな…」
「もっと親しい人に聞きましょうよ」
浩子のその提案に、セーラは手を叩いた。
「よし、じゃあ洋榎に教えてもらおう」
「え…?」
洋榎の名前が出た途端、浩子の顔色が変わる。
それに気付かず、セーラは浩子に言う。
「フナQ、ちょっと聞いてくれへん?」
「え…いや、それはちょっと…」
セーラの要求に、明らかに渋い表情を浮かべる浩子。
だがセーラは空気を読まない。読めない。
「なんでや?仲ええやろ?従姉妹なんやから」
「いや、むしろ従姉妹だからそういうの聞かれへんっていうか…」
「絹でもええで?」
「いや、そっちも従姉妹ですし…」
「じゃあ監督に」
「それ叔母ですし…。親に報告が行きますし」
頑なに断り続ける浩子に、セーラはようやく観念する。
「しゃあないな、じゃあ俺が聞いてみるわ」
そう言って再びセーラは電話をかける。
「あ、もしもし?洋榎?」
『なんや、セーラか。どないしたん?』
「あのな?浩子から聞いてくれって頼まれたんやけどな?」
「ちょ…!?」
浩子は慌ててセーラから携帯を奪い取る。
そして電話を切った。
セーラがその行為を非難する。
「フナQ〜、何すんねん」
「それはこっちのセリフですよ!なんで私の名前出すんですか!人の話聞いてました!?」
「お、おう…すまん…うっかりしてた…」
「うっかりしないでくださいよ」
そう言いながらセーラに電話を返す。
その瞬間、電話がかかってきた。
洋榎からだった。
「あいつ、折り返してきよったで、あははははは、ウケる」
「なんで笑ってんですか」
セーラが電話に出る。
洋榎は少し怒っていた。
『なんでそっちからかけてきといて切んねん』
「すまん、すまん」
『で?浩子がどないしたって?』
「いや、実は浩子はあんま関係ないんやけどな?」
『うん』
「セックスってどうやるん?」
それを聞いて、洋榎が数秒間黙った。
そして溜息をつきながら、投げやりに答える。
『……教科書でも読んだらええやん』
「教科書にそんなん載ってる訳ないやろ」
『は?どんだけおぼこな教科書使ってんねん』
「教科書におぼこもクソもあるかい」
そこまで聞いていた浩子がセーラの肩をつつく。
「先輩、言葉が足りませんよ。女同士の、でしょ」
「え…?あ!間違えた!洋榎!ちゃうねん!」
『なんやねん』
「女同士でセックスってどうやるん?」
『……は?』
「洋榎、知ってるやろ?教えてくれへん?」
洋榎は再び数秒間黙り、考える。
セーラの素朴な疑問を、洋榎は別の意味に受け取った。
洋榎はゆっくりと口を開く。
『さっき、浩子がどうのこうの言うてたな…?』
「あ?」
『セーラ…まさかうちの浩子に変な事する気やないやろな?』
「な…っ、せ、せえへんわ!ってか『うちの浩子』ってなんやねん!浩子はうちの子や!」
『何言うてんねん!お前に浩子はやらへんで!』
「やらへんってなんやねん!浩子は千里山のやろ!」
『千里山の前に愛宕家の血族や!』
「そんなん関係あらへん!浩子の身柄は今こっちで預かっとんねん!」
セーラの微妙に物騒な言葉に、洋榎が激しく反応した。
そばにいるらしい絹恵に叫んだ。
『おい!絹!警察や!警察に通報せえ!セーラがとうとう浩子誘拐しよったで!』
「誘拐なんかしてへんわ!人聞きの悪い事言うなや!」
『浩子返せ!うちのオカンやるから浩子返せ!』
「ふざけんな!交換条件になっとらんわ!あんな乳の垂れたオバハン、誰が要るか!」
その言葉に、急に冷静になった洋榎が言う。
『あ、そう。家帰ったらオカンに言っとくわ』
「あ、ズルい。嘘やで、ごめん。言わんといて。マジで。ホンマ、ごめん」
慌てて謝罪するセーラ。
『ふふ〜ん、どないしよーかなー?』
「それはズルいやろー、監督は今関係あらへんやん。な?な?ひーちゃん、堪忍やで」
『ひーちゃん言うなや。きしょいっちゅーねん』
「そんなん言わんといてーな。な?俺とひーちゃんの仲やん」
『まぁ、ええわ。で?要件はなんやねん。こっちは部活で忙しいんや』
「だから、女同士のセックスってどうやるん?」
『なんでうちがそんな事知ってると思ったん?』
それを聞いてセーラが小馬鹿にしたように言う。
「お?知らんの?何?洋榎知らんの?」
『し、知っとるわ!知っとるけど…!』
「え?ホンマ?知ってるん?教えて」
『ちょ、ちょっと待ちぃ』
セーラからの下品な質問にたじろぐ洋榎。
洋榎は電話から口を離し、誰かに話しかける。
くぐもった会話が聞こえてくる。
『絹、これ頼むわ。聞きたい事あるんやって』
『え?私?これ誰と話してんの?』
『セーラや』
『質問に答えればええの?』
『あぁ、頼む』
洋榎から電話を受け取った絹恵が電話口に出る。
『もしもし?江口さん?』
「なぁ、女同士でセックスってどうやるん?」
『…………』
電話に出た瞬間、意味の分からない事を言われた絹はフリーズした。
「もしもし?聞こえとる?女同士でセックスってどうやるん?」
そして絹恵は隣にいる姉に抗議する。
『もー、いやー!お姉ちゃんなんでこんなセクハラするん!?』
『う、うちやない、セーラやろ』
『お姉ちゃんが電話代われ言うたからー!』
『ご、ごめん、ごめんな絹』
『もういややー』
『ごめんな、絹』
『なんでー!?』
『絹、ホンマごめんて』
涙声で姉を責める絹恵。
それを慌てた様子で宥める洋榎。
どうやら絹恵は下ネタが嫌いだったらしい。
「あんな化け物みたいな乳しとるのに…」
そのセーラの失礼な呟きは誰の耳にも届かなかった。
絹恵を宥めていた洋榎が、他の部員に話しかける。
『あ、漫!これ!』
『え?なんです?』
『いいから!電話出るんや!セーラやから!』
『は、はい…』
洋榎に促され、電話口に出てきたのは漫だった。
『もしもし?江口さんですか?お久し振りです』
その声は若干緊張しているようだった。
その漫に対し、セーラは前置きもなく質問をぶつける。
「なぁ、女同士でセックスってどうやるん?」
『は…?え…、ちょ…え……は…?』
「女同士で、セックス。どうやるん?」
『あ、あの…突然何を…』
いきなりの突飛な質問に、ただただ戸惑うしかない漫。
だがこれが正常な反応だろう。
他校の3年生と電話で話すという緊張。
突拍子もない質問。そして隣で泣いている絹恵。
何もかもに困惑した漫は、頭の中がパンク寸前だった。
それでもなんとか頭をフル回転させ、最善の行動を探す。
そして漫が選んだ選択肢は、匙を投げる、という事だった。
『そ、そういうのは…あの…真瀬先輩が詳しいので…その…代わります』
「なんや…たらい回しやな…」
不満げなセーラの呟き。
だが隣で聞いている浩子と泉は姫松の面々に同情した。
浩子が泉に呟く。
「ってか、これ…アカン。訴えられたら負けるやつや…」
「そ、そうですね…録音されてなければいいんですけど…」
由子は少し離れた所にいたのか、無音が続く。
そしてしばらくして漫と由子の会話が聞こえてきた。
『真瀬先輩、お願いします…』
『え?私ー?』
『お願いします。マジで…。こんなん私には対処出来ません…』
『ええよー。ってか誰なん?』
『江口さんです』
『えー、私江口さんちょっと苦手なのよー』
電話の向こうから衝撃的な言葉が聞こえてきた。
「おもいっきし聞こえとるんやけど…」
そして間伸びしたいつもの声で由子が電話口に出た。
『もしもし、江口さんー?』
セーラは本題に入る前に気になった事を訊ねる。
「俺の事苦手なん?」
『冗談なのよー』
「そ、そう…?」
『ホンマやったら聞こえるようには言わないのよー』
「そ、そう…そうやんな?」
『せやでー』
陰口を聞かれても全く焦る気配のない由子の言葉を、セーラは信じる事にした。
由子は話の続きを促す。
『で?話ってなんなんー?』
「女同士でセックスってどうやるん?」
『えー?女同士でー?』
「誰も教えてくれへんねん」
『そっかー、それは大変やねー』
全く感情の籠っていない言い方で同情する由子。
そしてあっさり会話を放棄する。
『そういうのは多分恭子が詳しいのよー』
またもやたらい回しにされるセーラ。
電話口から離れた由子が、隠す素振りなど微塵も感じさせない声色で言う。
『だから江口さん苦手なのよー』
「だから聞こえてるっちゅーねん!」
隣で聞いている浩子は「姫松の皆さん、ホンマすみません…」と思った。
そして由子から電話を受け取った恭子が電話に出た。
恭子は開口一番、セーラに抗議する。
『ちょっと。人んとこの部活の時間邪魔しないでもらえます?』
「あははは、すまんすまん」
『あと絹ちゃん泣かせんといてくださいよ』
「あれは洋榎の仕業や」
『…で?なんですか用件は』
「あのな?ちょっと聞きたい事があんねんけど」
『はい』
「女同士でセックスってどうやるん?」
『は?そんなん、口とか指とかでやるんちゃいますのん?』
動揺する様子も全くなく、恭子は即答した。
その様子に、セーラが逆に動揺した。
「く、口とか指って…具体的に何を…」
『舐めたり入れたり色々ありますやん』
「え…あ、…そ、そうなん…?」
『ってか、そっちにレズカップルいますやん。その人達に聞けばええんとちゃいます?』
「いや、聞かれへんから困っとるんや。ってかウチのエースと部長をレズカップル呼ばわりせんといてくれる?」
『なんでですの。ホンマの事ですやん』
「ってか、怜と竜華がそういう関係なの、なんで知ってるん…?」
『え?そんなん全国的に有名ですよ?』
「え!?マジで!?俺、さっき知ったんやけど」
『え?マジですか?』
「いや、仲ええなぁとは思っとったけど、まさかそういう関係だとは…」
『鈍感にも程がありますね』
「く…っ、姫松にはそういうレズカップルはおらへんの?」
何気ないセーラからの質問に、それまで動じる事のなかった恭子の声が上ずる。
『なっ……、わ、私と代行はそういうんじゃありませんよっ』
「……え?いや…、別に恭子がどうこうとは言うてへんけど…」
『え……、あっ』
完全に墓穴を掘ってしまった恭子。
声がみるみる萎んでいく。
「あー、なんか…ごめんな。ほな、洋榎によろしく言っといて」
『はい…』
恭子は今にも消え入りそうな声で返事する。
「大丈夫やで、誰にも言わへんから」
『はい…』
「あ、あと洋榎に30円早く返せって言っといて」
『はい…』
セーラは電話を切ると、椅子から立ち上がり背伸びをした。
そして携帯をポケットに入れながら呟く。
「ふー、なんか疲れたわー」
「そ、そうですか…」
浩子は、心の中で改めて姫松の人達に謝罪の言葉を繰り返した。
部活が終わり、帰路に着くセーラ。
携帯をチェックするとメールが来ていた。
洋榎からだった。
件名:なし
本文:30円なんて借りてへんわ!
「いや、貸したやろ。絶対に取り立てたるからな」
そう呟いて、セーラはそのメールを保護した。