初めての恋

 


 

「なんで勝たれへんねん…!」

そう言って燈日は頭を抱えた。

燈日の横で、うかが満面の笑みを浮かべる。

テレビの画面には『マリカー』が映し出されていた。

「これ、燈日のゲームなのに、燈日はあんまり上手くないね?」

「くっ…!」

うかの無邪気な言葉にダメージを受ける燈日。

それに気付かず、うかはさらに言う。

「もう少し手加減しようか?」

「いらんわ!」

「そう?でも、負けっぱなしじゃ燈日もつまらないだろう?」

次々と傷を抉るうか。だがうかに悪気はない。

それが逆に燈日のプライドを傷つけた。

燈日は顔を上げると、うかを睨みつけて言う。

「分かった…次からは本気出したるわ…」

子供じみたあからさまな負け惜しみだったが、

うかはそれを額面通りに受け取る。

「え?そうなのかい?じゃあ私も本気を出そうかな」

「なっ…」

「よし、じゃあ次の勝負だよ!」

うかはスタートボタンを押した。

「次は絶対負けへんからな!」

気合を入れ、燈日はコントローラーを握った。

 

20分後―

「なんでやねん…」

そう言って燈日は頭を抱えた。

何度やっても勝てない。

そもそも、燈日は最初から本気でやっていたのだ。

少し気合を入れた所で勝てるはずもなかった。

そんな燈日に、うかが可哀相な物を見る目で言う。

「燈日…そろそろ本気出してくれてもいいんだよ?」

「うっさいわ!」

叫んでから、燈日はコントローラーを放り投げた。

「大体、なんで俺がお前のゲームに付き合わなあかんねん」

「いなりが出掛けてるから?」

「俺はいなりの代役かっ」

「そ、そういう訳じゃないよ」

「俺は勉強せなあかんねん。一人でやっとけや」

「一人じゃつまらないよ」

「知らん」

ぶっきらぼうに言って、腰を上げる燈日。

うかは燈日の服の裾を引っ張って引き留めようとする。

「じゃあ燈日が勝ったら何かご褒美をあげようか?」

「褒美ぃ?」

「何でもいいよ?どうせ負けないし。何が欲しい?」

「ちょ…!『どうせ負けない』ってなんやねん!バカにすんなや!」

「バカになんてしてないよ」

「くそっ!俺が勝ったら、なんでも言う事聞いてもらうからな…!」

「え…、え…っ、な…!?」

燈日がそう言った瞬間、うかが激しく反応した。

手をバタバタと動かし、顔を赤くしてうろたえる。

「と、燈日、キミにはそういうのはまだ早いよ!」

「な、な、なな、何を言うてんねん!」

「君は神に何をするつもりなんだい!?」

「な、何もせえへんわ!アホか!」

「ほ、本当だろうね!?」

「当たり前や!」

思いもよらぬ方向へ話が拗れてしまい、二人で慌てる。

うかは何度も深呼吸をして、ようやく落ち着きを取り戻す。

 

 

「びっくりしたよ…そんな訳ないよね…」

「当たり前やろ…」

「そうだよね…燈日にそんな事出来る訳ないもんね」

心底ホッとしたように言う。

それを聞いた瞬間、燈日のこめかみに怒筋が浮かぶ。

年頃の男子にとっては若干カチンとくる物言いだった。

「くっ…いちいちムカつく…」

「え?何がだい?」

だが燈日の苛立ちにうかは気付かない。

その態度が燈日の気持ちをさらに逆撫でする。

燈日はわなわなと肩を震わせながら静かに言う。

「何も出来へんかどうか見せたろうか…!?」

うかは燈日の殺気立った気配に怯える。

じりじりと、うかににじり寄る燈日。

「と、燈日…私を襲うつもりかい…?そこの本棚の裏の本みたいに…!」

「なんで隠し場所知ってんねん!?」

「神様だからね」

「どんな理屈や!」

燈日はどんどんヒートアップしていく。

そんな燈日に、うかは優しく言う。

「燈日、無理しなくてもいいんだよ?」

「あ?」

「なんだかんだ言っても燈日は良い子だから、そんな悪い事出来ないだろう?」

それまで散々小馬鹿にされてきた燈日が、その一言でついにキレた。

溜まった怒りのメーターが振りきれてしまった。

「お前なぁ!ガキ扱いすんなや!」

「きゃ!」

うかの肩を掴み詰め寄る燈日。

うかは体を強張らせる。

だが、うかはそれ以上の抵抗を見せなかった。

しばし燈日を怯えたように見つめた後、目をギュッと閉じた。

その様子を見て、燈日は怯んだ。

「(な、なんや…?なんで抵抗せえへんねん…)」

すぐに振り払われると思っていた燈日は、うかの予想外の反応に戸惑う。

「(こいつ、ホンマにそんな度胸ないとか思ってるんとちゃうやろうな…)」

勢いで肩を掴んでしまったものの、その後の事など考えていなかった。

振り上げた拳はそう簡単に下ろせない。

うかは相変わらず、まるで観念したかのようにジッとしている。

それは何かを待っているかのようにも見えた。

「(こ、こいつ…ホンマにしたろか…)」

後に引けなくなった燈日は、肩を掴む手に力を込める。

そこでようやくうかの口が開いた。

「と、燈日…」

絞り出すように声を出すうか。

燈日は安堵の表情を浮かべる。

「(な、なんや…やっとギブアップか…)」

燈日は力を緩める。

だが、うかの口から出てきたのは、予想外のセリフだった。

「お願いだから…その…」

「あ?」

「優しく、して欲しい…」

「……は?」

「わ、私も…初めてなんだ…。だから、優しくして…お願い…」

まさかのセリフに、燈日は激しく動揺する。

「な、何を言うとんねん!」

「え…?」

燈日は咄嗟にうかから離れる。

そして顔を真っ赤にさせて、抗議する。

「『私も』ってなんやねん!『も』って!なんで俺が初めてなの前提なんや!」

若干論点がずれていた。

「え…、燈日は初めてじゃないのかい…?」

「い、いや…初めてやけど…って、そういう事やなくて!」

「じゃあどういう事なんだい…?」

「なんでお前とそんな事せなあかんねん!」

「だ、だって…燈日が私を押し倒そうとするから…」

「冗談に決まっとるやろ!」

「じょ、冗談…」

「当たり前やろ!なんでお前なんかとそんな事…」

そこまで言いかけて、燈日はうかの目に涙が浮かんでいるのに気付いた。

「お、おい…なんで泣いてんねん…」

「……」

目に浮かんだ涙が、ぽろりと零れて頬を伝う。

それが合図だったかのように、うかは大きな声で叫んだ。

「燈日のバカ!」

「お、おい!」

逃げるように部屋から出ていくうか。

部屋に一人取り残される燈日。

うかが出て行ったドアを茫然と眺めながら呟く。

「なんやねん…」

 

 

 

「燈日のバカ…」

神社に戻ったうかは、帰るなりゲーム機の電源を入れた。

ゲームの中の殿方は、いつものように優しくうかを出迎えてくれた。

だがいつもは酔いしれる素敵な会話も、今日は全く頭に入ってこなかった。

気付くと燈日の事ばかりを考えてしまう。

「本当に燈日は失礼だよ…!」

ここにはいない燈日に毒づく。

そしてさっき掴まれた肩をさする。

そこにはまだ燈日の手の感触が残っていた。

それを意識すると、自然と胸の奥から不思議な感情が湧いてきた。

それはゲームの中の殿方と対面している時とよく似た感情だった。

自分でも気付かないうちに頬が緩む。

だがすぐに怒っている事を思い出して、呟く。

「燈日のバカ…」

呟いた後で、新たな疑問が湧きあがる。

自分は何に対して怒っているのだろう。

それがうかには分からなかった。

さっき、燈日に押し倒されそうになった時、自分は何を思っただろう。

ゲーム機を閉じ、うかは自問してみる。

怖い、と思ったのは事実だった。

このまま本当に組み敷かれてしまったらどうしよう、と考えた。

だけど、抵抗し拒否するという行動は取れなかった。いや、取らなかった。

あれが、考えるだけで本当におぞましい事なのだが、

兄からされた事であれば、確実に息の根を止める勢いで殴り倒していただろう。

だが燈日にはそれほどの事をする気には到底なれなかった。

そもそも、おぞましいなどという感情は全くなかった。

もしかしたらそれは比較対象が兄だからかもしれない。

兄以外の別の殿方、例えば高天原で会う男神で想像してみた。

「………」

兄ほどではないにせよ、やはり誰を想像しても寒気を覚えた。

うかは想像してしまった事を激しく後悔した。

ではなぜ燈日にはそのような感情が湧いてこないのだろう。

「(燈日が人間だから?)」

もしそうだとしたら、これ以上の自問は無意味だった。

燈日以外の人間の殿方で、仲の良い人はいないからだ。

だがそれは人間に限った事ではない。

燈日以外に親しい殿方など、うかにはいなかった。

「燈日…」

そう呟いた瞬間、うかは心の内側が暖かくなるのをはっきりと感じた。

そしていつまで考えても、怒りの理由は分からず、胸の靄は晴れなかった。

 

 

 

翌朝、うかは境内を散歩していた。

だがその表情は爽やかな朝の空気には不釣り合いなほど沈んでいる。

その原因は、やはり昨日の出来事だった。

一晩経った後でも、自分の気持ちを整理出来ずにいた。

同じ事がぐるぐると頭の中を巡り、まるで迷路に迷ってしまったかのようだった。

だから、背後から近づく人影にも気付かなかった。

「おい…」

振り返ると、そこには燈日が立っていた。

「……っ」

瞬間、顔が赤くなるうか。

昨日の出来事がフラッシュバックする。

顔が赤いのは燈日も同じだった。

ついでによく見ると、目まで赤かった。

「と、燈日…」

「………」

「な、何の用だい…?」

気まずそうに、問いかける。

その質問の答えだろうか、燈日はうかに頭を下げた。

「き、昨日は悪かった…」

バツが悪そうに謝る燈日。

うかはさらに燈日に訊ねる。

「…なにがだい?」

「だ、だから…その…あんな事をして…泣かせて」

それを聞き、少し迷ってからうかは次の問いを投げかける。

「ねぇ、私はなんで泣いたのだと思う?」

「は…?い、いや…それは…」

うかは自分が何故泣いたのか分からずに、燈日にそう聞いた。

燈日なら、何か答えをくれるかもしれない、と期待したのだ。

だが燈日はそれを試されているのだと勘違いする。

ここで答えを間違えたら、さらにややこしい事になる予感がした。

「そ、そりゃあ、好きでもない奴にあんな事されたからなんちゃう…?」

少し考えてから燈日はそう答えた。

自分で言いながら、ショックを受ける。

心の中で文句を言う。

「(くそっ、なんでこんな事自分で言わなあかんねんっ)」

だが、うかはその言葉で、昨夜から自問し続けていた答えが見えた気がした。

その答えは自分でも意外なもので、それと同時に全てを解決するものだった。

うかは俯いた。

顔の赤さを見られないように、俯いた。

「(そうか…私は―)」

顔を上げ、燈日の目を見る。

そして笑いながら言う。

「燈日、それは違うよ」

「は?」

「私は別に『好きでもない人』にあんな事されたから泣いた訳じゃないんだよ」

「じゃあなんで…」

「だって私は、燈日の事が好きだからね」

「はぁ!?」

言ってから、うかは自分がどれだけ恥ずかしい事を言ったのかを自覚した。

赤面した顔がさらに赤くなる。

「お、お前、何を…」

「い、いや…、違うんだ…っ、その、好きって、そういう…あの…」

慌てて否定する言葉を探すうか。

そして苦し紛れに、それらしい言い訳を口にする。

「そう!友達!友達としてって事だよ!」

「そ、それな!紛らわしい言い方すんなや!」

「あぅ…ごめん…っ」

二人は赤い顔をしたまま、向き合う。

どちらも互いの顔を見れず、俯いたままだ。

「と、とにかく、その…泣いたのは、燈日は気にしなくていいから…っ」

「お、おう…」

むず痒い空気が二人の間を流れた。

 

 

しばらくして、先に口を開いたのはうかだった。

「また、部屋に行ってもいいかな…?」

「……好きにせえ」

「…もう、あんな事しちゃダメだよ?」

「わ、分かっとるわっ」

溜息を一つついて、燈日は後ろを向く。

「じゃあそろそろ行くわ」

「うん、分かった」

「じゃあな」

背を向けたまま手を振る燈日。

そのまま神社の出口へ歩いていく。

きちんと謝れた安堵からか、さきほどまでの緊張した面持ちは消えていた。

「………」

20メートルほど歩いた所で燈日が振り返る。

真後ろに、うかがついてきていた。

「…なんでついてくんねん」

「え?部屋に行ってもいいって…」

「今からかい!」

「ダメかな…?」

「あかん、今日は眠いねん。帰ったら寝る」

「昨夜ちゃんと寝てないのかい?」

それを聞いて、うかを睨みつける燈日。

「………誰のせいやと思ってんねん」

「……?」

首を傾げるうか。

それを見て燈日はまた溜息をつく。

「…とにかく、来るなら後で来いや」

「じゃあ昼過ぎに行ってもいい?」

「……あぁ」

渋々、といった感じで了承する燈日。

ひらひらと手を振り、燈日を見送るうか。

その瞬間、唐突にさっきの意味を理解した。

「あっ、もしかして、昨日の事を考えて眠れなかったのかい?」

「気付いても言うなや、そういう事!」

「目が赤いのも寝不足のせいなんだね」

「だから言うなや!」

「ご、ごめん…」

「ほんまデリカシーの無い奴やな!」

「むっ…燈日だって人の事言えないと思うけどね」

「ぐ…っ」

昨日の事もあり、反論出来ない燈日。

そのまま家に帰って行く。

うかは見えなくなるまで燈日の後姿を眺めていた。

そして燈日の姿が見えなくなると、へにゃへにゃとその場に座り込んだ。

「(わ、私は…何を言ってしまったのだろう…)」

これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして、うかは自分が言った言葉を思い返す。

 

『だって私は、燈日の事が好きだからね』

 

咄嗟に出てしまったあの言葉は、紛れもなくうかの本音だった。

先程ようやく気が付いた、自分の本当の気持ち。

「私は―」

それは、どうして今まで気付かなかったのか不思議なくらい、

「燈日の事が好き―」

最初からそうだったかのように、うかの心に馴染んだ。

「いなりも、いつもこんな気持ちなのかな―」

ずっと憧れていた、恋。

今まで知らなかった気持ち。

それは嬉しくて、楽しくて、

心臓が破裂してしまいそうなくらい、

胸がドキドキするものだった。

 


 

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