いつだって、約束は、約束ではなかった。
果たされることのない口約束のことを、なんと、呼ぶのだろう。







3回目の電話で、ようやく雲雀につながった。
秋空が寒々しい空色をわざとらしく浮かべて、冷たい風が薄く薄く、その空に雲を伸ばしていた。
雲雀の、面倒くさそうな声が、電話を、とる。
その声を聞いて、私は、何も言葉を発さぬまま、電話を切る。
携帯の電源を落として、鞄の奥に放り込んだ。もう、うんざりだ。


2時間、待った。けれど、彼は来なかった。
仕事があることは、わかっているし、それがどんなにハードな仕事なのかも理解しているのだ。
けれど、会いたい気持ちは、人並み。
ふと、昨日の朝、会いたい、と、雲雀に電話でつぶやいた。彼は、明け方には終わるから、昼には駅までいけるから。と言った。仕事が終わったら連絡する。と。
けれど、結局電話は入らなかったし、12時過ぎに駅に行って、一人で2時間待ち続けたけれど、彼は現れなかった。


約束を守られなかったことは、今まで何度もあった。
7時間待って、やっと来たと思ったら、今日は食事の予定があるから、と、たった30分私の部屋で仕事のパソコンをいじって帰ったこともあった。
もう、二度と会いたいなんて、言うものか、と私は心の中で彼を詰って唇をかみ締めたのだけど、結局、1時間もすれば、また会いたくて会いたくて、どうしようもなくなって、結局私から連絡を入れてしまう。
彼から、会いたいといわれたことなんて、たった、一度もない。

幾度となく、「本当に私のことすきなの?」という質問を彼に投げかけてきた。
彼は、そのたびに、「すきだよ」と言った。



会う約束

彼は、本意ではないのかもしれない、と、心の中で、何度も何度も、考えた。
私が会いたいというから、会ってくれているだけなのかもしれない。
だから、 わたしの、わがままで、彼を縛っていると、彼に言われることが怖くて、
待っても、ひどいことを言われても、それを、責めることができないままなのだ。


愛されないなら、離れた方が私には向いている。
私は、ずっと一緒にいたいし、もっと、ちゃんと、わかるように、愛してほしいのだ。
会いたいと、言ってほしいのだ。好きだと、わかるように。




一人で、うつむいたまま、繁華街を抜けた。
風が冷たくて、ほほを刺すようで。
私は、肩掛けの鞄をぎゅっと胸に抱いて、あふれそうになる涙を瞬きでごまかした。
早歩きのまま、私は狭い路地を抜ける。
自然と向かったその先は、結局、彼のマンションだった。

無限ループ。あるいは、私は何かに呪われたよう。
出口のない、迷路だった。どこを、どう通っても、彼の元に、たどり着いてしまう。
けれど、彼は、決して振りむかない。私を抱きしめて、もう、大丈夫、とは、言ってくれない。





私は、階段を足早に上って、彼の部屋のチャイムを鳴らした。
すこし間があって、彼が鍵を開けた。

いつもの冷たい視線が、私を見下ろした。



「ひばり、・・・」
「・・・・携帯、つながらなかった」
「・・・ごめんなさい」
「・・・あがる?」
「・・・うん。」



冷たいフローリングの床。
埃のない、部屋の中。
無機質な色。

私は、彼の部屋に上がって、床に、座り込んだ。
雲雀は、私を一瞬だけ見て、リビングに消えた。
コップに紅茶をいれて、私の目の前の机において、彼はベッドの上に腰掛けた。



「ひばり」



雲雀のことが、大好きだった。愛している。
誰よりも。それは、おそらく、恋愛を経験したことのあるひとなら、誰でも抱いたことのある感情で、誰にでもある、素直な恋愛感情だ。


「私は、雲雀が好き」



雲雀は、ベッドから私をじっと見つめていた。
彼のすべてがいとおしかった。さめた瞳も、たまに見せるかすかな微笑も。
ぜんぶ。



「雲雀は、わたしのこと、好きじゃないの?」



わたしは、うつむく。



「すきだよ」


その、合言葉のように、返された言葉でさえ、心を落ち着かせる。
けれど、私は、合言葉だけでは、もう壊れてしまいそうだった。
愛されたい、という、願いが、全身を突き破って、私を殺してしまいそうになる。
悲しい。と、思った。



「ひばり、好きなら、もっと、愛して。できないなら、もう、別れて」




彼を信じた、最後の言葉。
雲雀は、しばらく悲しげな顔をして、「少し、距離を、置こう」
と、言った。

私の心は、もう、壊れてしまいそうなの、と、頭の中で痛みが悲鳴を上げる。



「お願い。もう、つらいの。宙吊りは耐えられそうにないの」
「・・・・・
「おねがい、どちらか、答えを聞かせて、」





秋空が、透き通ったように白い太陽の光を、放つ。
少しだけあいている窓から吹き込んだ風が、雲雀の部屋の白いカーテンを揺らした。
彼の細い髪の毛を、なでた。
雲雀は、そっとベッドから立ち上がって、私の目の前に、ひざをついた。
そして、そっと、やさしく私の髪をなでて、悲しそうに笑った。





「別れよう、」




声にならない心の叫びが嗚咽になって、のどから漏れた。
涙があふれて、ぼたぼたと、ひざの上に落ちた。
雲雀は、私の肩をそっと抱いて、接吻をした。




「本当に、君のことを愛していた。すきだったよ」




じゃぁ、どうして、
言葉は、声にならなかった。雲雀の肩に、しがみついて、あふれてくる涙と、嗚咽をこらえるので精一杯だった。雲雀は、私を抱きしめて、いう。いままでありがとう。幸せにしてあげられなくて、ごめん。と




絶望の淵が、私を呼ぶ。




(20101010/絶望の淵)