| 平成17年4月1日(日) 晴 藤沢〜江ノ島・鎌倉 | ||
伊勢山橋から遊行寺 ![]() ![]() 快晴のエイプリルフール、家に閉じこもっている手はないと、藤沢から江ノ島、鎌倉を、花見がてら散歩することにしました。 小田急藤沢本町駅から伊勢山橋へ、ここは東海道五十三次の藤沢宿の西の入り口にあたります。 藤沢駅方面へ坂を下った左側の大きな家(左)は、「東海道昔話のある町」と立札が立てられている。過去から現在まで、昔からの街道の移り変わりを見てきた建物のようです。 遊行寺は、浄土宗の流れをくむ西山派の一遍上人が開いた宗派、時宗の総本山。 正式名称は、藤沢山(とうたくさん)無量光院清浄光寺、この門前町として栄える藤沢の名は、ここから来ているそうです。境内に聳える大銀杏は、昭和57年の台風で上部を折られしまったが、樹齢数百年を数える遊行寺のシンボル。 今日は、月の第一日曜日、恒例の骨董市が開かれていて、大勢の人が訪れていましたが、骨董にはとんと興味のないはやとちり一行は、咲き誇る桜(右)を愛でて境内を後にします。 |
遊行寺通りを藤沢市役所![]() ![]() 藤沢橋から、旧東海道は左へ曲り戸塚宿へと向かいますが、江ノ島は真っ直ぐに遊行通りを行きます。 江ノ島弁財天道標(左)が右に、景勝の地、江ノ島は昔から訪れる人が多かったようです。 藤沢市役所の塀沿いに咲く桜(右)を眺めながら坂を下り、JR東海道線をくぐります。 |
市民会館前から腰越・竜口寺![]() ![]() 花のない時期には見向きもされない桜ですが、咲いた途端、おやま〜、こな所にもあったのかと、存在感を誇示します。そんな桜が一本、藤沢市民会館前で満開になっていました。 境川橋(左)の下を流れる境川には、プレジャーボートが連なって係留されています。 諏訪神社(右)、満開の桜の下では、地元の敬老会と思われる面々がカラオケに興じていて、かなり外れた音程の歌声が、境内高らかに流れていました。 ![]() 竜口寺(りゅうこうじ)(左)は、藤沢七福神の毘沙門天だそうです。 仁王門を入るとひときわ高い五重塔が目を引き、境内一円に、椿や菩提樹などの庭木が、もちろんここの桜も丁度満開になっていました。 竜口寺前を真っ直ぐに行くと江ノ島に渡りますが、今日は左へ、腰越方面に向かいます。 この付近では江ノ電は、路面電車になって道路真ん中を走っています。 店の前に人があふれるしらすやは、名前のとおり、しらすを主体にした魚介類のお店、約一時間待ちでしらす丼にありつきました。 |
満福寺から鎌倉若宮大路![]() ![]() 満福寺(左)は、平氏を滅ぼし凱旋した義経が鎌倉を目前に足留めを余儀なくされ、頼朝への嘆願書「腰越状」をしたためた寺。 これが受け入れられず、奥州へ向かい不遇の死を遂げたのですが。 境内には、訴状の吉報を待っていたのか、暇を持て余したか、弁慶の腰掛石や手玉石があります。 海岸には、生しらすを売る店(右)が、さっき食べたばかりの味に、やはり買わざるを得ません。 鎌倉高校前からは江ノ電で鎌倉へ。今日は桜を見る、が第一義だったので、ちょっと横着をしてしまいました。 藤沢本町から鎌倉高校前までの歩数は、12,281歩でした。 鎌倉、若宮大路 ![]() ![]() 鎌倉、若宮大路の桜は期待どおり満開でした。 しかし、砂利道はジャリッ!ジャリッ!と、沢山の人が踏みしめる音と共に、物凄い埃が舞い上がっています。これはたまらん、もう勘弁と、八幡宮は断念して引き返しました。 しかし、桜って普段は気がつかないような所、あちらこちらに咲いているもんだと感心しました。なにも、混雑する名所へ行かなくても、きれいな桜は見られるんだ、と教えられた一日でした。 |
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