八木節宗家

堀込源太一門之系図

初 代 

堀込源太

(渡辺源太郎)

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(前田勝之助)

堀込小源太

初 代 

(高田清作)

堀込左源太

初 代 

(三間勝利)

堀込源太

二代目 

(中村久太郎)

堀込右源太

初 代 

(高野波次郎)

堀込右源太

二代目 

(中村久太郎)

堀込源太

三代目 

(矢菅重吉)

堀込左源太

二代目

(川島義雄)

堀込小源太

┌─────────┬──────────┼──────────┐

二代目 
三代目 

(高橋武氏)

堀込右源太

三代目 

(長島金吉)

堀込源太

四代目 

(小野常作)

堀込左源太

三代目

(鈴木丈三)

堀込小源太

┌──────────┼──────────┐

(羽鳥波雄)

堀込左源太

四代目 

(初谷哲夫)

堀込小源太

四代目 

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(飯田明)

笛亀

四代目 

(椎名助太郎)

笛亀

三代目 

(成瀬忠作)

笛亀

二代目 

(亀井峰一郎)

笛亀

初 代 

堀込源太一門 笛師順位

初代笛亀   本名 亀井峰一郎 群馬県新田郡藪塚町
二代目笛亀 本名 成瀬忠作(足利市指定八木節重要無形人間文化財)栃木県足利市堀込町
三代目笛亀 本名 椎名助太郎(足利市指定八木節重要無形人間文化財)栃木県足利市南大町
四代目笛亀 本名 飯田明 群馬県太田市本矢場町
五代目笛亀 本名 斉藤治一郎 栃木県足利市南大町
六代目笛亀 本名 塩田次雄 群馬県邑楽郡板倉町へと受け継がれている。八木節宗家堀込源太一門には初代源太以来笛亀を欠く事は出来ない。江戸時代に発生した八木節発祥の地である栃木県足利市福居町旧八木宿が当時越後より流れてきた遊女が故郷の唄を口づさんだ口説節が元唄となり、悠長なこの唄の唄い出しにアーハァを加え初代源太は馬方であったので馬車のテンポに合わせ現在の八木節に仕上げ民衆に大いに受け、日本の三大民謡の一つに挙げられるようになり(源太節)とも言われている。この口説節は群馬県新田郡木崎では木崎音頭、群馬県佐波郡玉村町では横樽音頭、群馬県佐波郡境町では、赤椀節、群馬県多野郡万場町では石投音頭へと変化し今も保存会で唄われている。八木節の唄の前後につけられているお囃子の笛の曲は初代笛亀が雅神楽(みやびかぐら)のにんばの曲をアレンジして八木節の唄の前後につけ初代源太の片腕となり大正年間にレコードの吹込みやラジオ放送にと活躍した。
初代源太がプロとして各地で公演の折、ギャラを自分と同額支払ったという。
宗家笛亀を受継いだ面々は名人の域に達していたであろうが取り分け三代目笛亀の椎名助太郎は一曲の繰返しであった曲を工夫して一番、二番、三番と八木節囃子の幅を広げた。四代目源太師の話によると彼は農夫で鍬を担いで、腰には笛を差して畑に行き、先々で一曲、それが吹き始めると夢中になり夕暮れまで吹き続け空腹となりやっと気がついたとの事。五代目笛亀の師事を受けた六代目笛亀の塩田次雄は四代目源太一門で二十数年来一緒に舞台を踏み、数多くの八木節を演じてきた仲であり彼の八木節に対する姿勢と情熱は頑固に正調を堅持している。踊は足利、桐生、太田、伊勢崎、前橋など各市町村等で用いられている踊はほとんど変化して各地域の特色を現しているが、六代目笛亀は宗家踊手名取堀込美好の伝受により初代源太以来の伝統を守り笛亀一門を構成しその長として八木節の普及に努めている。

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(塩田次雄)

笛亀

六代目 

(斉藤治一郎)

笛亀

五代目 

六代目 笛亀

四代目源太一門八木節

八木節宗家笛師順位

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