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図案文字の解剖
矢島周一著    1928年(昭和3年) 4月10日 彰文館書店発行


外箱


表紙おもて


表紙うら


page 2,3



page 2,



page 28,


page 38,


page 56,57


page 146,147
    1928年(昭和3年)の矢島周一(33歳)の記事
 ●前年まで、商業美術運動を東京と共催したいということで、オルグ活動を行い、第一回会合には藤井清、松山風湖、栗原弟彦、上村鉄羊、小畑六平、斉木原泉、浜口正次、一木某、多田北鳥、ほか清水修竹、波多野修作、森田盛樹、飯守勘一、田附與一郎と東京の浜田増治氏と共に、設立総会が行われ、大阪商業美術家協会の名称となる。
 ●昭和3年1月大阪商業美術家協会を発会し、矢島周一の草案趣意書(長文112ページ)を会場にばらまく。
  その中で絵画と生活の芸術観を書いて、用と美を強調する産業主義効用と目的美術を提唱して、デザイナーは卑見する理由がないむしろジャンルの中で純粋美術よりも優越した美術である内容のことが書かれている。
 ●8月には大阪商業美術家協会の機関紙「商業美術」を創刊
 ●9月 1日〜5日大阪三越で大阪美術家協会第一回展を開催。商業美術大展覧会は冷房のない広い会場も埋まるほどの大盛況。この第一回展の出展数100点ほどで、その中で矢島周一は日本では初めてと思われる立体ポスターを出品する。
  全作品をポスター集として記念出版する。
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