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皇紀二千六百年!時恰も聖戦下、國家に於いても、個人生活に於いても一大革新が行われつゝある。今事變は今更喋々するまでもなく、我が帝國の千古に揺ぎなき地歩を固め、東亜の興隆を基せんとする。全國力を擧げての聖戦であるから、従来の経験や想定に基く経濟知識の如きものは、あまり權威なきものとなったのは敢へて驚くに足らぬ。現今物資の不足が頻りに傅へられ、其の對策は資源的に相當困難を加へるものがあらうが、その大部分は政治的指導力の貧困や?徊に歸するものであって、指導者に人を得てをつたならば、今日ほどの情態は起こらぬ筈であったと見るのが、今日の國民の常識であらう。
我が廣告界も斯くの如き事態下に在ってその前途を想定することは洵に困難と云はねばならぬ。
廣告界の一部門たる新聞広告方面にしても、凡ゆる角度から考査を必要としようかが、茲に一、二の例に依って觀ても、凡そ商品のみに限らず、人事、その他百般取引を有利にする為には、それが存在や必要性を廣く告ぐるが宣傅広告の目的であるから人間生活のあらゆるものが広告の對照となるものであるが、吾々の日々の業務としては、すでに商品化されて市場性を持ってをる有名売薬、化粧品、書籍雑誌雑貨業が實際には行動の對照となってゐるにすぎない。顧みると餘りにも消極的に自ら範圍を限定して、行動の自由性を失ふてをるもので、之れなども當然改められるべきであらう。若し此の儘に是れを追ふて行けば前途は知るべきだが行動の自由性を自覚して現在に幾十倍する廣い商戰場に注目したならば、そこには又となき寳の山が見出され開拓されぬ筈はない。したがって新聞広告界の前途に對しては悲觀楽觀何れとも生ずる譯だが、それらは自らの覚悟と決心とによって分かれるものである。
假りに有名化粧品のみに広告を依存するとしても、その商品の資材は容器包装に到まで何等の逼迫もなく製造可能か、より多く製造出来るや否や、又一面世情が斯くも變轉しつゝある現在に於いてはその需要力はどうか、販實力やその方法はどうか、と云ふことまでも全般的に概念を得て置く必要がある。又新聞社側に於ける、新聞制作の困難、例へば紙面への制壓及び縮小、使用材料の補給困難、人材の?乏等々に依る広告収載の可能率の低下は今後益々強化されようから、勢ひ新聞社は自らの生きる道としても従来の安價の有名商品の大量廣告は當然、廣い新しい分野から得る高價の広告と、置き換へられることも想像に難くない。
最近どの方面でも人材不足が甚だしく、新規の企業や擴張する方面の人材要求は頗る急にして、優遇優待の方法を講じてゐる。茲に一、二の例を擧げると、尼崎市の或小學校の昨年三月の卒業生に對する調査を見るに就業僅か半年後に若き産業戦士達は最低三十六七圓最高七十八圓の月収を得てをり、京都帝国大の例を見るに年々新聞社希望者が百数十人を有するのに、今春卒業すべき者の内から只の一人も希望者がないと云ふが如く、人材は殷盛産業方面へ吸収され、新聞社の要求は充たされぬ許りか現在の従業員中からも應召する者や、工業方面に轉出するものが續出して事業繼續は圓滑を期し難い、斯る事情は今後益々窮迫を告げやうから新聞経営者は人材獲得上、その優遇の資に宛つる為めにも劃期的の廣告料値上げや前記の如き新舊廣告の置換へは當然行はれることゝならう。
されど吾々は惰性的に有名商品との?がりを持って居るが故に、新聞社内に於ける新舊廣告の相克の渦中に進轉自轉しつゝも業界それ自体と一緒にこの大波を乗り切らなければならないと考へてゐる。
新聞社にをいて廣告収集と云ふことは、現在主要な構成要素ではあるが、次第にその重きを?きつゝあるかの如くに見へるのは前述の事情を思ひ併せると過渡期に現はれる一の當然なる現象であるが、是は現在ん大広告主に對して今日の事態の認識を深めそれに便乗して行くしか或は、絶へず自らが新しい運命を建設していくことに依って、廣告の重要さを強調して行くより他にない。今日業界なり我々ありの進路が、概要上述の如きものものだとすれば、鋤鍬の味も知らない廣い曠野に自由の建設をするよりも、遥かに困難な仕事をお互いに仕遂げなければならぬものである。
今後の仕事には並々ならぬ氣魄もいらう、又深き相互の理解や協力も必要であろう、体力も亦必要だ。紀元二千六百年を迎へてこの重大なる轉期もこれを破局に導くことなく、却って絶好の機會として健全なる進歩を遂げたいものである。
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