僕が仲間から”ヤキソバン”と呼ばれるようになってもう10年ぐらい月日が経ってしまいました。
最近ではこの名前で呼ばれることにちっとも抵抗がなくなり、街中で呼ばれてもあまり人目を気にしなくなって来ています。
また雑誌何ぞに度々書かせてもらってから、最近ではたまに面識のない方から呼ばれるようになりまして。
でもよく考えると、
知らん人が見たら、いくら仲間内でだって
街中で「ヤキソバン」呼ばわりされている奴
と言うはさぞかし異様な事でしょう。
さてそれでは私は一体如何にしてヤキソバンと呼ばれるようになったのか?
これがその理由だ!
93年度日清焼きそばUFOのCMキャラクターとしてとして登場したヒーロー“ヤキソバン”
そのキャンペーンとしてプレゼントされた”ヤキソバン寝袋”の抽選に当たっちゃったいました。
その後、人の集まるような宴会キャンプなどに持っていくようになり、当然のように”ヤキソバン”と呼ばれるようになりました。
この格好のおかげでどこに行ってもすぐに覚えてもらえるようになり、みんなが気軽に声を掛けてくれるようになりました。
そのおかげもあり、友達は急速に増え、最近では1〜2回くらい会っただけでは人の顔を覚えきれないくらいの人と知り合う事が出来ました。
この寝袋を使い始めた頃、キャンプ場に到着すると、まだ一回しか会った事のない人達が口々に
「あ、ヤキソバンが来た!」
「お〜いヤキソバ〜ン」
って声をかけてくれて、なんだかすごく嬉しかったのを覚えています。
この寝袋、未使用なら3万ぐらいのプレミアが付いているようですが、僕にとってはそんな程度の価値では換えられない程の恵みを与えてくれました。
人と人の間にある垣根を簡単に飛び越えてしまえる、初対面の人にも気軽に声をかけてもらる、そんな僕の大切な
“魔法のアイテム”
に、いつの間にかなっていました。
・・・・それにしても・・・・・・・・・・・
思えば初めてヤキソバンを見たのは、僕がまだ日本一周中の時の事でした。
その日、4ヶ月にも及ぶ長い沖縄の滞在を終え、九州に上がってきた僕は、鹿屋のライダーハウス“プラグポイント”にお世話になっていました。
雨の中、他に訪れるライダーもおらず、一人暇を持て余しTVでも見ようとスイッチを入れました。
そこに映った画面を見て僕は固まってしまいました。
そこには派手な格好で十字架に縛られ、イかれた扮装をしたデーブ・スペクターに向かって
「ケトラァーッ!!」
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と、シャウトしているマイケル富岡の姿がありました。
NHKしか映らない八重山諸島から帰ってきたばかりの僕にとって、一番最初に見る映像としてはいささかインパクトがありずきました。
「いきなりこれかい・・・本土は激しいのう」
苦笑いをかましながら、しかし呆然として動けぬまま画面を見つめるしかありませんでした。
この時は、まさかその後自分がこの縛られながら絶叫しているキャラクターと同じ名前で呼ばれるようになる日が来るなどとは夢にも思っていませんでした。
そして時は流れ・・・・
今ではすっかり僕のパーソナリティとして定着した感があり、YAHOOOなどの検索エンジンでも、ここのHPが一番最初に出て来るようになった時期も何年かあったくらいです。
その寝袋も老朽化が進み最近は余り使わなくなってしまいましたが、仲間たちの中で僕はもう揺るぐ事のない“ヤキソバン”となってしまいました。
そしてこれからもみんなの中で、僕は“ヤキソバン”でありつづける事でしょう。
いつまでも・・・・
・・・・・って、それでいいのかっ!?
今はいいけどジジイになってまでヤキソバン呼ばわりされるって言うのはちょっと・・
だいたい万が一林道走ってる時、崖から落ちたりなんかしてみろ。
崖の上からみんなが真剣な顔をして
「ヤキソバ〜ンッ!!」
と叫んでいるんだぞ!!
想像するだに、なんと間抜けな光景だろう。
この名前もいずれ何とかしなくちゃ。
う〜〜ん・・・・・・
2007年5月 一部改訂