茶 の 湯 の 気 持 ち  T....... 茶 の 湯 三 昧

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私が日ごろ感じていることや楽しみなどお茶に関することの書きなぐりエッセー。


どうしてお茶をやり始めたの?
  やっぱり男性は少数派だからか。これまで何度も尋ねられた言葉だ。
  もともとは、建築設計事務所という仕事柄茶室の設計にたずさわる機会が 続いたために、

お茶を知らずに茶室の設計はできまいと思って入門したわけだ。
  先にはじめていた先輩に頼み込み、住まいに近い現在の先生を紹介してもらって何とか今に至っていると
  いうことになる。
  自分でもこんなに続くとは思ってもいなかったが、なぜか今も同じ先生にヤイノヤイノいわれながら教えて
  いただいている。
   
   この間にはなんだカンダ理由をつけて、半年.1年と長期休暇?をとってお稽古を休んだこともあったが
  何故か続いている。
  スタートは仕事がらみだけれども、だんだんそうではなくなってきた。
  数々の失敗を重ねながら十数年。やっぱり何か魅力があるということか。 

  究極の「わかっちゃいるけどやめられない」魅力のひとつは人間そのものだ。
  この後少しずつ書いていこうと思う。
   
 
男とお茶
  どんな茶席に行っても現在は女性が圧倒的に多い。
  最近は慣れてきたが最初は縮み上がるような感じのときもあった。
  各社中の中でも男性はほとんどいないはずであるから、いい反面、よわることもある。
  もとともと、お茶というのは男の世界からスタートしたからなのだろうか。それとも少数派だからか。
  何故かどんな茶会へ行っても「上へ上へ」とか「正客へ」ということになってしまうが、私のように
  いいかげんに過ごしてきた者にとっ てはちょっとつらい状況になる。
  ぼんやりするわけにもいかず、もちろん知ったかぶりをするわけにもいかず、道具についても分からず、
  の状態で正客をすることになって後でお叱りを受けることになる。

  ある茶席で、こういう状況で正客になった男性が話していたことだが、「平等社会で雇用機会均等法も
  制定されているのだから、茶席でも男女平等にしよう。これからは先生方や実力のある方々が正客へ
  どうぞ。」
  私も、半東をしながらそのとおりと頷いていたのでした。......

  しかし、特別な配慮をしていただくことで知ること、教えていただけること、できることもたくさんあるわけ
  で、早く深くお茶の世界にはまっていくことにもなるのか。?
  

水屋の楽しみ      
  茶会の楽しみというのはなんだろうか。人によって違うと思うが、
   1.お手前    日頃のお稽古を発表できる場だからか。
   2.お運び    華やかな着物を着ることができるためか。
   3.お客(次客以降のお客)   気楽にお茶やお菓子をいただけるからか。
   4.正客     茶席をある程度リードできるからか。
   5.亭主     いろいろな方をもてなすことができるからか。
   6.水屋の手伝い    茶席の流れなどがよく分かるからか。
   
  私はいつも言っているが、水屋が一番だと思う。茶会の流れが分かる。道具の扱いなどの勉強になる。
  茶席とは違った緊張感がある。水屋見舞いなどのお菓子などをつまみ食いできる。水屋の方々と話を
  することでいろいろ教えていただける。水屋の中での一体感がある。等など
  茶席の中の様子をそっとうかがって必要なものなどを準備したり次の動きを予測して働く。これは結構
  勉強になる。
  せっかく見聞きしたことをすぐ忘れてしまうのがタマニキズだが。 
  「運搬などに力仕事が必要など」といいながら、水屋に足を運ぶ。
  お茶を点てるのも水屋の仕事だが、何度か茶会の裏方をして1日に何十椀か点てていると知らぬうちに
  意外ときれいに点つようになる
  先生方よりきれいに点てることができる?

  最近風炉の灰型を作ることになった。日頃のイイカゲンさがたたってひと苦労だ。チャレンジして初めて
  灰型の難しさが分かってきた。
  「炭は湯の沸くように置き」こんな単純なことがさっぱりできない。
  話には聞いていたが、技術はもちろん、心の修練.集中力などが求められて、灰のデリケートさを何に
  たとえればいいのか。
  本番ではどんな灰型になるのか楽しみ...
  今日もチョックラ練習しよっと。



茶会と譲り合い       
  譲り合いと書けば美しい.奥ゆかしいなどと連想するが、大寄せ茶会での譲り合いといえば正客の決め方
  というのは数度席に入った経験があれば納得できるだろう。
  足が悪いから.着物を着ていないから.今日はそのつもりで来ていないから.年上の人がいるから.男性に
  どうぞなどといって正客として座っていただけない。主茶碗でお茶をいただけたり、真っ先にお菓子を
  いただいたり、自分のペースを作ることも可能といった特権もある代わりに和やかな席にしたり、
  亭主の気持ちを汲んでいろいろなことを問うたり、などの重大な役目も背負わなければならないからか。
  だからこそ、初心者やお茶に深くない人にはできないはずなのに、すばらしい人間性を持っている方も
  座ろうとしない。
  単に譲り合いとか無理に正客の座につかせたのでは、お茶は窮屈なものでかた苦しいと思わせるようで
  本末転倒ということになる。
  ましてや正客を薦めておきながらあとで批判をするなどはもってのほかだと思うのだが。
  やっぱり実力のある方が正客にすんなりとなっていただかないと、席はまとまらないよねー。

  ただ、皆の中で自然に正客を引き受けていただいて席が和やかで楽しく、あとで心から「良い席だったね」
  と言えるような方もいらっしゃる。
             そんなときはお茶を続けていて良かったなーと思うのです。

易不易
  変わっていくこともあるが、これからもずっと変わらないこともある、といったところか。
  お茶をやっているとこれは実感としてよく分かる。
  利休居士の時代から引き継がれてきたこともあるが、その後400年の間にいろいろな人たちが時代に
  合わせて変革してきた。
  歴代のお家元も、時代に挑戦しつづけてきて今日にまで続いてきている。長い年月を生き抜いていくには
  変えるべきところは変えなければならないのだ。
  しかし、奥深い精神や理念と言ったことは同じであるはずなのだが、チョットチガウナと思うことがある
  のは私だけなのか。
  


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