義弟が独身時代に乗っていた、JZA70 Supra2.5 LIMTED

彼はこの後 JZA80 型 Supra RZ や、JZX100 CHASER TOURER-Vと乗り継いだ生粋のヤマハ党?(笑)なのですが、この JZA70 型 Supra 2.5LIMTEDに搭載されていた初期型の1JZ-GTE エンジンが一番面白かったと云う事でした。この JZA70 スープラはブーストアップ「 VX-ROM、HKS-EVC、HKS リーガルマフラー」という仕様だったのですが、季節を変えて、何時計測しても常に320PS 以上をキープし続けていました。当時、私のHCC33ローレルは 240PS のライトチューンだったので良く虐められました。でもノーマル同士だったら、ゼロヨンに限っては、HCC33ローレルの方が速かったのですョ!。でも、そのまま高速域迄行けば、やはり2.5Lのツインターボのノビがありましたが♪〜。


しかし、JZA80 SupraRZ がリーガルマフラーとVX-ROMのポン付けだけで軽く360PS超えたのには、さすがに参りました!(w。





MAZDA SAVANNA RX-7 GT-X ( FC3S 「Last Type」 )





当時の同僚が購入した、平成3年式のFC3S RX-7 GT-Xと私のHCC33ローレルです!。
このRX-7は完全なドノーマルで乗っていたのですが、私のC33ローレルブーストアップ仕様の240PSと全く同じ速さでした。一度は、東北方面の某高速道路でリミッターが作動する迄、全開で競争した事がありましたが、まるで棒で繋がれたように、ずっと横一線のままでした!。
また、このRX-7とは、箱根や筑波、奥多摩と色々な場所に出かけましたが、なかなか決着が着きませんでしたね(笑)。まァ、ロータリーエンジンのRX-7が、チューニングされたクルマ達と互角に走り続けた事は、私にとっても嬉しかった事なのですが。

しかし、このRX-7は目を離した隙に、いつのまにかパジェロに変わっていました(笑)。

ちなみに最初の写真でちょっと見える初代レパード、L20ETのターボモデルです。
彼はこのクルマの前には、HS30 240Z-G に乗っていました。










学生時代の友人が乗っていたセリカダブルエックスのスープラ仕様!。

このダブルエックスは、HKSのスポーツタービンやプライベートで燃調セッティング等を細かく行っていたので結構速く、BMW633CSiと殆ど同じスタートダッシュを決めていました。私のコスモターボと比較した場合、140km/h辺り迄は、殆ど同じ加速であったように記憶しています。しかし140km/hを超えてからは、コスモターボには全く追従出来なかったようでした。私のコスモターボは丁度、ここから4速にシフトアップして行くのですが、アクセル踏み込んで行くとクラッチが滑りまくりの状態でしたので、軽く置き去りにするという訳でもありませんでしたから、実際は似たような速さだったと思います・・・(w。

まぁポルシェ追いかけるような、気合の入ったスーパーチューンドはともかく、
ここら辺りが、当時のストリート小僧達の限界だったように思います(w。









免許を取って間もない頃は、レンタカー三昧の日々でした!。
ファミリア(1300XL)は、殆ど定番でお師匠さん状態でしたね、(^^♪。

友人の1500XGなんかに乗ると、とてもパワフルでコーナーも速い!(爆。








同じく、レンタカーのエフアールのジェミニ♪。
僕はこのクルマで初めて140km/hからの4輪ドリフト!(死語)を、
体得しました(笑)。操縦性はとても自然な感じで良かった!。


ジェミニで遊んだ事もすっかり忘れた社会人1年生の時、会社の先輩が乗っていたのが、最終型のPF60型ジェミニのZZ-Rセダンでした。手組みでフルバランス取りされた、黒ヘッドのG180W型DOHCエンジンは、世間での風評とは全く違いSR20DE以上、RB20DE並み!にスムーズでパワフルでした。しかも競技前提で組まれたクロスミッションや4ピニLSD等々も手伝って、峠道では鬼のように速かった記憶があります。

侮るなかれ、伝統のいすゞツインカムエンジン・・・。













小学生なりたての私を初めて映画館に連れて行ってくれて「栄光のル・マン」を、
見せてくれた、親戚のお兄さんが乗っていた2代目マーク2 2000 L です。

初代はコロナマーク2と呼んでいましたが、この2代目から単に「 マークII 」と呼ばれるようになりました。初代モデルはツインカムエンジンの10R(後に8RGと改称)を搭載した1900GSSがフラッグシップモデルとして君臨していたので、マーク2はスポーツモデルとして多くの支持を得てヒットしたのですが、この2代目では、日産の逆襲に合ってしまい、今ひとつ人気が無く記憶に埋もれたモデルとなっています。2代目のツインカムモデルは名機18R-Gを搭載した最初のモデルで、名称も「2000GSS」となっています。この2000GSSは、145PSのパワーと、200km/h の最高速度を誇り、MF10型のトヨタ2000GTを除いた、トヨタの最速モデルとして君臨していました。

この高級スポーツモデルを据える一方で、豪華仕様のモデルとしてクラウンのM型6気筒エンジンを搭載した「 L 」というグレードを2代目から新設したのです。しかし、この6気筒モデルは日産のスカイラインやローレルのような高級スポーツというよりは、普通のミニクラウンという位置付けだったので、今ひとつ魅力薄だったのです。また当初はシングルキャブの110PS版のみであったのですが、日産の6気筒シリーズに対抗して急遽、クラウンのハードトップ2000SLに搭載していたツインキャブ、ハイオク仕様の125PSのM型6気筒エンジン搭載モデルをラインナップに加えました。

従兄弟の乗っていたマーク2は初期型だった為、M型シングルキャブの110PS というアンダーパワー?モデルだったのですが、これが実際には数字以上に大きな差があって、KHC130 LAUREL HT2000SGX が4速で登れる坂を勢い付けて3速、へたをすると 2速まで落とさないと登らないような状態でした・・・(-_-;)。

トヨタもリッパになったもんです・・・(笑)。










初代カローラ1100クーペSLです。
私の伯父ですが、本人の希望?により顔は隠しております(笑)。伯父は僕が物心ついた時は、2代目?である、リヤエンジン、コークボトルラインのフロンテSS360に乗っていました。僕はこのフロンテの 2ストエンジンが奏でるレーシーなサウンドがとても好きでした。その後も伯父はずっと軽自動車に乗っていましたが、僕が免許を取った年、一緒に旅行に行くときに速いクルマでないと置いていかれる(笑)といって、サニーを買いました。もちろん私が日産が良いと言ったからです(爆)。

ステッカーチューン!、これが当時のクルマ好き?だったのでしょう。