1st  SKYLINE   ( 1957.4 - 1963.9 )




PRINCE  SKYLINE 1500  ( ALSI-I )

これが、初代スカイラインの前期モデル、ALSID-I 型 スカイライン1500DX です。

スカイラインは、1945年まで東洋一の規模を誇った航空機メーカーである、中島飛行機 ( 株 ) の東京工場 ( エンジン設計部門 ) が分離独立して設立された、富士精密工業 ( 株 ) が開発した、最初の量産型の市販乗用車になります。元来、プリンス自動車工業の発祥は、立川飛行機の電気自動車設計部門であった、「 たま自動車 」となります。しかし、自動車用ガソリンエンジンの設計に関してはノウハウを持っていなかった為、「 富士精密工業 」にエンジンの供給を依頼。1951 年に完成した戦後初の国産高級車が、当時の皇太子殿下 ( 明仁天皇 ) も乗られた「 AISH プリンス・セダン 」だったのです。
そして翌年の1952年には、たま自動車は「 プリンス自動車 」と改称したのですが、その直後に富士精密工業に吸収される形で合併した為に、社名は「 富士精密工業 」に変わってしまいます。しかし、この合併直前に販社として独立、設立していた「 プリンス自動車販売 」が存在していた為、プリンスの名前はその後も継続して使用される事になったのです。
然る後、1961年に富士精密工業は社名を「 プリンス自動車工業 」に改称したため、名実ともにプリンス自動車が誕生したのです。





日本の量産型自動車では、初めてとなる独立式のリヤサスペンションです。半独立式としたのは、当時の日本は未舗装路が多く走行条件が非常にシビアなため、耐久性や整備性を考慮した結果だと云われています。世界的に見た場合でも、四輪独立懸架のサスペンションというのは、限られた著名な高性能車や一部の高級スポーツカーにしか無かったもので、このクラスの乗用車では、非常に稀な採用であったと思われます。



1957year 1500DX   DATA
Motor  L4 OHV 1484cc ( 75x84mm )   8.0:1    GA30  ( G1 )
MaxPower  60PS/4400rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  10.75kgm/3200rpm ( JIS-gross )
MaxSpeed  125km/h
Weight  1310kg



この時代の日本の小型車規格枠 ( 5ナンバー枠 ) は 1500cc が最大排気量であったため、トヨペット・クラウンや日産のオースチンという国産フルサイズ級は、すべて直列4気筒の 1500cc というキャパシティでした。初代トヨペットクラウンは水冷直列4気筒、OHV の 1.5L エンジンを搭載して 55PS という最大出力を発揮、また1957年当時の日産 (ダットサン) は、戦前からメカニズム継承した 大衆車 1000cc クラスのダットサン P110 以外は、イギリスのオースチン社とライセンス契約を行い、オースチン A50 ケンブリッジ ( BMC B ユニット 50HP ) をノックダウン生産していました。この当時、プリンス自動車のスカイラインは GA30 ( 後に G1型 と改称 ) エンジン ( 直列4気筒 OHV 1.5L ) を搭載して 60PS という最大出力を誇り、屈指の高性能セダンとして存在したのです。これは現在のスカイラインようなスポーツセダン ( クーペ ) というより、高級乗用車の高性能版という感じであったようです。また、 翌年の 1958 年には 70PS/4800rpm、11.5kgm/3600rpm までパワーアップされ、当時の1500ccクラスでは、世界最高の性能を誇っており、競合他社を全く寄せ付けない、ハイスペックを誇っていたという事です。

余談ですが、この当時は町の開業医クラスでも、ダットサン 110 型に乗って、お抱え運転手付きというような、自動車が貴重な時代だったので ( 現在の貨幣価値ではダットサンでも2千万くらい !? )、ダットサンより上級クラスになる当時のスカイライン1500 ( 全長4475mm、全幅1680mm ) は、まさしく高性能な高級乗用車であった訳です。











PRINCE  SKYLINE 1900 DX  ( BLSID-III )


1960年に小型車規格枠 ( 5ナンバー枠 ) が 1500cc から2000cc に拡大された事に伴い、スカイラインにも兄弟車であるグロリアの1900cc エンジンが搭載されました。依然としてトヨペット・クラウン1900DX の90PS/14.5kgm やニッサンセドリック1900 の71PS/11.5kgm を上回る性能を誇示していました。実際の走行性能においてもプリンスは競合他社より優れた走行性能を持っており追随を許さなかったのです。


初代スカイラインの後期モデルは、私が生まれる前に父が乗っていたクルマです。母がこのスカイラインで岩国市迄のドライブした記憶があると言っていますので、恐らく 1961、2年くらいの話では無いかと思います。 ( 1963年には英フォードのゾディアックがあったようですから ) 下の写真の広告にはプリンス自工では無く、富士精密工業と名前が載っており、販社がプリンス自動車販売 (株) と記されています。背景のジェット機は、F86セイバーですが、富士精密工業は航空自衛隊のジェット戦闘機のメンテナンスも請け負っていた関係で登場しているのだと思われます。( 国産初の実用ジェット機、T-1 練習機では無いのが残念ですが。)

両親が結ばれた時にあったスカイライン、私が奥様とのデートに使ったのもスカイライン!!!、そして恐ろしくも嬉しい符合がもうひとつ、僕は息子が2歳のときに、スカイライン( BNR34 カルソニック号です )の電動カーを買ってあげたのですが、我が家の昔の8mmフィルムを良く見ると、僕が1歳の時に父に買ってもらったペダルカーがこの、ALSI-2 型のスカイラインだったのです!!。1歳の赤ん坊にペダルカー!!!。馬鹿さ加減も同じという事でしょう(笑)。・・・歴史は繰り返すと云いますが・・・。






1961year 1900 DX DATA
Motor  L4 OHV 1862cc ( 84x84mm )   8.0:1    GB4  ( G2 )
MaxPower  91PS/4800rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  15.0kgm/3600rpm( JIS-gross )
MaxSpeed  140km/h
Weight  1315kg













PRINCE SKYLINE SPORTS ( BLRA-III )

初代のスカイラインの後期モデルには、1962 年に発売された 2 ドアクーペ / オープンボディの「 スポーツ 」 という自動車が存在していました。ミケロッティデザインのスポーツは、スカイライン 1900 デラックス ( というよりグロリア ) をベースに製作された、日本初の高級スポーツモデルとなります。また、日本の自動車としては、初めて世界的に著名なデザイナーにデザインを依頼した、市販乗用車となります。

1963 年に開催された第1回日本クランプリには、このスカイラインスポーツがR.W.ジョーンズ、生沢 徹らのドライブで出走しました。しかし自工会の申し合わせを愚直に守ったプリンス自動車は、本当にノーマルの乗用車のままで出場。サスペンションのみならず、エンジン内部までに及ぶ、徹底したワークスチューンを施したトヨタやダットサンに出し抜かれてしまう話はあまりにも有名です。この結果が、S54 スカイライン 2000 GT という日本最初の GT ( グランドツーリング )を生む結果となりました。






1962year SKYLINE SPORTS DATA
Motor  L4 OHV 1862cc ( 84x84mm ) 8.5:1 GB4 ( G2 )
MaxPower  94PS/4800rpm  ( JIS-gross )
MaxTorque  15.6kgm/3600rpm ( JIS-gross )
MaxSpeed  150km/h
Weight  1220kg














2nd  SKYLINE   ( 1963.9 - 1968.7 )




PRINCE  SKYLINE 1500DX   ( S50 )

これが2代目スカイラインの基準車です。
2代目スカイライン ( S50 ) は、兄弟車であったグロリアとは明確に別けられて1500ccの大衆車クラスを担うようになりました。グリスアップ不要のシャーシ、完全モノコックボディ、封印エンジン ( 40,000km または 2年の完全保証のメンテナンスフリーエンジン ) などを搭載した革新的な乗用車でした。70PS の高性能エンジンは、初代スカイライン1500 のユニットを改良したものでしたが、当時のライバル車であるいすゞベレット1500Dx ( 63PS、11.2kgm ) の公称スペックを上回り、当時では国産唯一のスポーツカーであった、SP310 型 フェアレディ1500 の 71PS / 11.5kgm、とほぼ同等のスペックを誇っており、依然としてクラストップのパフォーマンスを発揮していました。余談になりますが、当時はスバル360でも普通は無理しないと買えない時代であった訳ですから、このS50型スカイライン1500Dxは当時の感覚でいうと、現在の2.5から3Lクラスの最上級クラスに相当するモデルであったように思われます。




1963year SKYLINE 1500Dx DATA
Motor  L4 OHV 1484cc ( 75x84mm ) G1
MaxPower  70PS/4800rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  11.5kgm/3600rpm ( JIS-gross )
MaxSpeed  135km/h
Weight  1000kg











PRINCE   SKYLINE  GT   ( S54 )

スカイラインは、1963年の第1回日本グランプリでの雪辱を果すために、S40 グロリアの為に新開発された、国産エンジンでは最初となる直列6気筒 SOHC 1988cc の G7 ユニットをスカイラインに搭載しました。日本の歴史上かつて無い高性能スポーツ車が誕生したのです。スカイライン GT と名づけられたこのクルマは、その後のスカイラインの金字塔となりました。他所で語り継がれている伝説は、あえてここでは触れませんwww。






   1964year   SKYLINE  GT   DATA
Motor  L6   SOHC 2valve 1988cc   ( 75x75mm )  8.8:1    G7
MaxPower  105PS/5200rpm   ( JIS-gross )
MaxTorque  16.0kgm/3600rpm ( JIS-gross )
MaxSpeed  170km/h
Weight  1095kg
1964年に100台限定で製作された、S54 型 SKYLINE GT は S40グロリア用のG7エンジンを搭載したホロモゲーションモデルです。これにオプションのWEBERツインチョークキャブレター40DCOEを3連装したクルマがレース出場車であり、後の S54B 型 2000GT-B となります。市販車であるS54B は3連WEBERと9.3:1の圧縮比から 125PS/5600rpm、17.0kgm/4400rpm のパワーを発揮 0-400m 17.8秒、最高速度 180km/h を誇りました( 後年のレースモデル用のG7CRユニットは170PS/7200rpmを発揮 )。 一説ではS54は正しいセッティングが行われていれば200km/hを超えるポテンシャルがあったという事です。

世間一般では、日本で最初にGT(グランドツーリング)を車名に使ったのは、いすゞべレットと言われていますが、これは市販車として S54B-II より販売が早かったという事です。1964年初頭に100台限定販売のホロモゲーションモデルであった SKYLINE GT は正式なカタログモデルでは無かったのがその理由です。しかし、GT を冠した自動車は、間違いなくスカイラインの方が先なのです。(べレットGTは1964年の日本グランプリ直前にカタログモデルとして正式販売されています。)













PRINCE SKYLINE 2000GT-B ( S54B-II )

1965year SKYLINE 2000GT-B DATA
Motor  L6 SOHC 2valve 1988cc ( 75x75mm ) 9.3:1 G7
MaxPower  125PS/5600rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  17.0kgm/4400rpm ( JIS-gross )
MaxSpeed  180km/h
Weight  1070kg



海外のツーリングカーレースで上位を走る!、SKYLINE 2000GT-B ( S54B-II )。
先頭は直6 OHV、3L エンジンのフォード ゾディアック Mk4 。横や後ろを囲んでいるのは、
モンテカルロの覇者ミニクーパー!。はるか後方にはボルボ 1800クーペやベンツが見えます。





PORSCHE 904 GTS と S54 スカイラインのコーナリングフォームを比較すると、904GTS はすでにリヤタイヤがブレークしており、オーバーステアによるドリフト体制に入っていることが判ります。対してS54は強烈なアンダーステアでフロントタイヤからスモークが上がっています。しかし、一般的な解釈からすれば、リヤブレイクを起こした、904GTS はこれ以上のコーナリングスピードのアップは望めない状態なので、この伝説の1戦が、あながちヤラセでもなかったように見受けられます(笑)。










NISSAN - PRINCE SKYLINE 1500DX ( S57D )

1966年の日産自動車との合併に伴い、会社名はニッサンとなりました。後期モデルのS57スカイラインは1967年に発売されたので、ニッサン-プリンスという形で呼ばれるようになります。しかし、依然として100パーセントの純然たるプリンス製には変わりありませんでした。S57 型スカイラインには、プリンスの名作エンジンとして1970年半ば迄、使用され続けたクロスフローのSOHCユニットの G15 型エンジンが登場しています。88PSの高出力エンジンは他社の格上の乗用車と同じ出力であり、プリンスの最先端技術の結晶ともいえるものでした。また、当初はG15型のみであった、このユニットは、後にC10スカイラインやC30ローレルに搭載されてG18、G20型に発展、ツインカムエンジンに勝るとも劣らないハイパフォーマンスを発揮していました。1973年の排気ガス規制迄は、C110ケンメリスカイラインやC130ローレルにも搭載されて、L20型 6気筒ユニットを大きく上回るパフォーマンスを発揮しています。




 1967year SKYLINE 1500Dx DATA
Motor  L4 SOHC 1483cc ( 82.0x70.2mm ) 8.5:1 G15
MaxPower  88PS/6000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  12.2kgm/4000rpm( JIS-gross )
MaxSpeed  160km/h
0-400m  19.3 sec 
Weight  960kg
この4気筒の G 型ユニットシリーズは、なんと S54B スカイライン 2000GT-B のレース用ユニットである G7CR がベースになって製作されたという事です。この由緒正しいプリンスの血統を受けつぐ G15、G18、G20 というエンジン搭載車を所有できた恵まれたオーナー達は知っていたのでしょうか、レース用 G7 ユニット( G7CR ) がベースになっていた事を。

余談ですが、箱スカGT-Rの優勝を50勝でストップした、サバンナGT(RX-3)をツーリングカーレースで打ち破ったS30フェアレディ280Z-Gに搭載されていたLY280ユニットは、このプリンス製レースユニット G7CR がベースになっているという事です。
















3rd  SKYLINE ( 1968.7 - 1972.8 )




NISSAN SKYLINE 2000GT ( GC10 )

1968年に 3 代目として発売された C10 スカイラインは、単に「ニッサン スカイライン」と呼ばれるようになりました。GC10 SKYLINE 2000GT が発表された時にカーグラフィック誌では、先代の S54-A 2000GT-A の後継車として紹介していますwww 。



 1968year GC10 SKYLINE 2000GT DATA
Motor  L6 SOHC 1998cc ( 78.0x69.7mm ) 9.0:1 L20
MaxPower  105PS/5200rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  16.0kgm/3600rpm ( JIS-gross )
MaxSpeed  170km/h 
Weight  1090kg
1968年に登場した GC10 型スカイライン 2000GT はプリンス製のG7ユニットでは無く、日産製のL20型エンジンを搭載していました。さらに初期のスカG には、L20 型でも、古いタイプのL20ユニットを搭載しています( プリンス技術陣が関与したと言われる L20( A ) 型エンジンは、1969年のS30フェアレディZ が最初に搭載されたと云われています )。 初期型のGC10 2000GT ( 105PS ) は、カーグラフィック誌のテストで、0-100km/h 11.2 秒、0-400m 17.6 秒、最高速度 172.4km/h ( 4速MT ) を記録しています。



これが1968年に登場したGC10 スカイライン 2000GT に搭載されていた初期型のL20シングルキャブユニットです。ヘッドカバーのデザインが異なっています。また発売当初の2000GTではブローバイ還元装置(燃料気化防止装置?!)が付いていません(写真は45年以降のエンジンルームだと思われます)。詳しくは判りませんが、3L迄のボアアップが考慮された後期ユニットよりコンパクトであるように見えます。
( NISSAN MUSEUM : http://www.nissan.co.jp より転載 )













1970年に最初のマイナーチェンジが行われ、新しい L20( A ) ユニットに換装されました。この新しい L20 ユニットは、圧縮比 8.6:1 から、115PS/5600rpm、16.5kgm/3600rpm というスペックでした。また同時にスカイラインだけに設定された特別仕様として、L20 シングルキャブながら有鉛ハイオクモデルが存在していました。圧縮比 9.0:1 から 120PS/6000rpm、17.0kgm/4000rpm というハイパワーを誇り、最高速度 175km/h を公表しています。上記はグリルがハードトップと同じデザインテーマになった最終モデルですが、継続してプレミアムガス仕様が設定されていました。
2000GT後期モデルでは、衝突安全の為に全体がクラッシュパットに覆われたインパネに変わりました。このデザインテーマは、その後、長らく日産車全般に採用されて行きます。写真のハコスカは、3速ATモデルですが、未だ一般に普及していなかったオートマチックを積極的にアピールしています。






このGC10型のスカイライン、通称「ハコスカGT」には、僕が小さい頃に隣に住んでいた「プリンスおじさん」が乗っていました。このハコスカGT(5Fで有鉛仕様)と、たて目のグロリアワゴンの初期型(G7エンジン搭載モデル)、仕事用のマツダのボンゴ、カワサキのW1(650ccバイク)等々・・・。今思うと、親父に負けないクルマ(バイク?)道楽の達人(大馬鹿者)だったようにも思えます・・・(笑)。
おじさんは、私が2歳位から7歳頃迄の間、ずっと「お隣のおいちゃん」でして、クルマの事を色々と僕に教えてくれた根気強い人でした!。洗車テクニックのノウハウや、スペック(性能諸元表)の読み方!など、そしてプリンスの車がいかに優れているか等々・・・。また忙しい?父の代わりに、良く僕をドライブに連れて行ってくれました。ハコスカやたて目のグロリア、時にはボンゴでも・・・。

僕がこのハコスカに一番長く乗せてもらったのは、小学2年生の時に山口県の岩国市に我が家が引っ越す時でした。荷物より先に着くようにと僕と妹、母、叔母を乗せて送ってくれたのでした。この時の一番の記憶は、鉄板むき出しでゴムマット?一枚だけの質素なトランクルームです!。しかしその容量は大きくて、ブルーバード(510)やファイヤーバードのトランクに入らなかったコタツがすっぽりと入ったので、その場にいた皆が感心していたのを覚えています。こういった部分では、やはり桜井氏が最後に携わったR30こそ、スカイラインの伝統を受け継ぐ、最後のプリンス、スカイラインであったように感じています。また、パッセンジャーにとっては非常にタイトな室内で、スパルタンなイメージであったように記憶しています。
叔父さんは後に、330グロリアのブロアムを買うのですが、まるで牛のように走らない330グロリアにショックを受けて、触媒を外してみたり(笑)、エンジンをライトチューンしたり、馬力アップの為に色々と格闘していましたが、最後には、もう、このクルマには「プリンス」のイメージは無いと、それはもう可哀相なくらいの落胆ぶりでした。僕的には非常に豪華な室内空間、静かな走行音、こんなクルマに一度でいいから乗ってみたいっと、真剣に思いました(笑)。

  H330 NISSAN CEDRIC 4doorHT 2800 Brougham

  実はメーターレイアウトがハコスカGTと同じです♪〜。








NISSAN SKYLINE HT 2000GT-X ( KGC10 )

 1972year SKYLINE HT 2000GT-X DATA
Motor  L6 SOHC 1998cc ( 78.0x69.7mm ) 9.5:1 L20(A)SU-twin
MaxPower  130PS/6000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  17.5kgm/4400rpm( JIS-gross )
MaxSpeed  180km/h 
Weight  1095kg
ハコスカことC10スカイラインを指す場合、自動車誌を飾るのは大抵この後期型のハードトップ 2000GT-X です。しかしHTモデルは1970年から、2000GT-X に至っては、1971年9月から1972年の9月迄の1年間しか販売されなかった短命モデルなのです。市場でもわざわざグリルを後期モデルに改造した車両も多く存在します。何故?、理由は現役時代のハコスカでは無く、あとになって皆がハコスカがカッコイイと騒いだからでは無いか?と思います。スカイラインの致命的な欠点はここから始まったのカモ・・・。









NISSAN SKYLINE HT 2000GT-R ( KPGC10 )

一部の世代にとっては夢のスポーツカーである、S20 エンジン搭載の 2000 GT-R !!。
その実際のパフォーマンスはどうだったのか???。カーグラフィック誌には当時のテストデータが残っています。PGC10 ハコスカ GT-R セダンでは、0-100km/h 9.2 秒、0-400m 16.4 秒、最高速度は 179.6km/h という記録があり、また、KPGC10 2doorHT 2000 GT-R ではレギュラーガス仕様のS20エンジンユニット( 155PS/7000rpm、17.6kgm/5600rpm )を搭載したモデルがテストされましたが、0-100kn/h 9.4秒、0-400m 16.6 秒、最高速度185.6km/h という実測記録が残っています。当時のカタログでは、セダンの 2000GT-R が、最高速度200km/h、0-400m 加速は16.1秒と発表されており、HT2000GT-R では、0-400m 加速のみ、15.6秒( これはサバンナGT と同数値 )となっています。( 有鉛ハイオクのS20では、160PS/7000rpm、18.0kgm/5600rpm )テスト記事には、キャブセッティングが合っていなかったり、クラッチが滑っている状態での計測値であり、これは真の実力では無いとカーグラフィック誌はまとめています。






 1972year SKYLINE HT 2000GT-R DATA
Motor  L6 DOHC 4VALVE 1989cc ( 82.0x62.8mm ) 9.5:1 S20
MaxPower  160PS/7000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  18.0kgm/5600rpm( JIS-gross )
MaxSpeed  200km/h 
Weight  1100kg

しかし、カーグラフィック誌では R32(GT-R)がデビューした翌年である 1990年に当時の最新のパーツで武装した1990年型ともいうべきKPGC10 2000GT-R をテストしています。そのスペックは現在でも驚くべき実測データを残しているのです。

 1990year KPGC10 SKYLINE HT 2000GT-R
 0-100km/h   6.8sec
 0-200km/h  25.7sec
 0-400m  14.7sec 「 161km/h 」 
 0-1000m  26.5sec 「 202km/h 」
 MaxSpeed  229.7km/h 
 4th  195km/h ( 8000rpm ) 
 3rd  154km/h ( 8000rpm ) 
 2nd  116km/h ( 8000rpm ) 
 1st   76km/h  ( 8000rpm ) 
1990year CG誌の実測データです。

これを現代のスポーツ車と比較すると、国産(世界)最速の2L NA のピュアスポーツカーと云われる、ホンダ S2000 のCG誌で行った計測では、0-400m:14.5sec、1-100km/h:6.3sec となっています。しかし、いかにホンダのピュアスポーツと云えども、実際の市販車両と広報車両では微妙に違いがあるようで、私の知る限りでは、この数値より遅い車両を良く見かけます。さらにこの時に発売間も無い、BNR32 SKYLINE GT-R を同時にテストしていますが、その代表的な値として、0-400m:13.2秒、0-1000m:26.3秒 という記録が残っています。驚くべき事に、ゼロヨンは1.5秒もの差があるのに、ゼロセンでは僅かにコンマ2秒のビハインドとなっています。高速域で BNR32 GT-R を追い詰める KPGC10 GT-R!!!。スカイラインファンであれば、例え BNR32 に乗っていても嬉しい記録でしょう!?。

またリヤスポイラーを装着した KPGC10 2000GT-R のテスト車は、cd値が0.5を超えているという事ですが、ゼロセンで 26.5秒という数値は、BMWの12気筒エンジンを搭載した2000年モデルの750iL( 0-400m:14.6sec、0-1000m:26.5sec )が同数値であり、2004年モデルのポルシェボクスターの実測値である( 0-400:14.6sec、0-1000m:26.4sec )とほぼ同じ値です。これらのクルマと対等な計測値を残したハコスカGT-R に搭載されていた S20ユニットは一体どの程度のパワーを発揮していたのでしょうか...。



1960年代にR380というレーシングカーの為に設計されたGR-8エンジンの市販車用エンジンが、いくら1990年の最新技術を投入したとはいえ、30年もの時を超えて第一級のポテンシャルを発揮しているというのは驚くべき事実です。しかも搭載車両は空力的には最悪とも云えるものなのに・・・。この事実は戦時中の四式戦、疾風がアメリカで良質の燃料を搭載すると公表性能を上回る素晴らしい性能を発揮した事と重なります。基本設計が素晴らしく優れている証拠でしょう。



ハコスカGT-Rは、父が欲しくても手に入れられなかった思い出深いクルマです。1972年4月に510ブルの1800SSSクーペから、担当セールスの進めるままにKHC130ローレル2000SGXに買い換えた父でしたが、この年末にスカイライン(GT-R)が生産中止となる!っと聞いて、堪らずプリンスディーラーに駆け込んで注文をしたのが、このハコスカ2ドアハードトップの2000GT-Rです。 しかし、当時は山口県の岩国市に住んで居たので、いままでのように上得意?としての融通も利かず、あげくに、GT-Rはここではメンテナンス出来ません。山口市にあるプリンス山口の本社でしかサービスは出来ないので、そこまでは自分で持って行って下さい!。その上、故障が発生した場合は福岡のプリンスでしか修理は出来ませんので!!っと・・・、全く売る気の無い対応に父は怒ってキャンセルしてしまったのです。この後、ローレルやブルを買っていた北九州のディーラーに頼んだのですが、やはり対応内容にあまり差が無かったという事で、仕方なく諦めたという事がありました!。

当時の状況や、GT-Rの特殊性を考えると仕方無い事なのですが、父には我慢出来なかっ た事件であったようです。結局、これ以降は、外国車一辺倒になってしまうのですが、一説には、この当時のGT-Rは、ディーラーでGT-Rを維持出来そうに無い人には売らないようにしていたという話もあるようで、普通のお客さんで、キャブセッティングなどに理解を示さなそうな我が親父殿は、プリンスから丁重に断られた?ようにも感じます(笑)。父にとっては残念な結果になりましたが、僕から見ても、結果として購入出来なくて良かったのでは?っと思っています。絶対に、キャブセッティングの合わないGT-Rに、業を煮やして売り払っていたと思いますから・・・(笑)。

しかし、スカイラインへの思いは強かったようで、僕がコスモを買った時もスカイラインの方が良いぞ!、RS-TURBOが発売になれば、“ホレ見ろ!”という感じで私に喧嘩を売って来ていました(笑)「まぁ、父はアンチロータリー派でもありましたし・・・」。また父が亡くなる前に、僕がスカイラインを買った時にも鬼の首を取ったように、勝ち誇って鼻で笑っていたのが、昨日のように思い出されます、(@_@;)。

ベース車の名前は KGC10 2000GT-X 。これにプリンスの「P」の一文字が型式に加わり、名前も「X」から「R」に一文字替わっただけです。KPGC10 2000GT-R。この控えめな精神があれば良かったンですがねぇ・・・。





NISSAN SKYLINE 2000GT-R ( PGC10 )

不思議なもので、子供の頃は断然、2doorHT の箱スカが好きだったのですが、今となってはセダンのGT-R の方が好きになっています。オーソドックスで端正なボディでリヤのホイールアーチとエンブレムのみが唯一の識別点である「羊の皮を被った狼!!!」。
これこそ真のスカイラインだと思っています(笑)。











現存していれば、激レア物のスカイライン!!!(笑)。
エンジンはG15型のLPG仕様は 70PS/5600rpm、10.5kgm/2800rpmという性能だったようです。980kgの車体を3速コラムMTで引っ張ったようです。














4th  SKYLINE ( 1972.9 - 1977.8 )




NISSAN SKYLINE HT 2000GT-R ( KPGC110 )


開発責任者に嫌いだと言われた、可哀相なスカイライン(笑)。
しかし、運命とは皮肉なもので最も売れたスカイラインであり、現在では最高値が付くスカイラインです。自動車誌でも評価は決して良くなかったのですが、何故このクルマがそんなに好かれるのか?。誰も明確な回答を出せないまま、現在に至ります。

しかし、初代スカイラインがクラウンやセドリックに対抗する高級スポーティモデル= GT であった事、S50スカイラインにグロリアの大型ユニットを搭載してスポーツ=高級という図式を日本で始めて実践したクルマがスカイラインであることを考えると、意外やこの姿こそが本流であるのかも知れません。私の中では、一番カッコ良いスカイラインが、このケンメリとなっています(笑)。





 1973year SKYLINE 2000GT-R ( KPGC110 ) DATA
Motor  L6 DOHC 4valve 1989cc ( 82x62.8mm ) 9.5:1 S20
MaxPower  160PS/7000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  18.0kgm/5600rpm( JIS-gross )
MaxSpeed  200km/h 
Weight  1145kg
一説では197台しか生産されなかったというケンメリの 2000GT-R 。1973年1月に発売されましたが、同年4月には排気ガス規制をクリア出来ないという理由から生産中止となりました。この販売期間は僅か3ヶ月少々、一説ではS20エンジンの在庫処分であったという話もあります。 当時はマツダのロータリー軍団に追い立てられて苦しい状況だった訳ですが、箱スカより戦闘力が劣ると思われたケンメリは、十分な検討もされないまま見切られたように思います。ボディ剛性や操縦安定性という面から見れば決して不利な訳でも無く、その僅かな重量増が中止への追い風となってしまったようにも思います。ひょっとしたら、S22ユニットを搭載して、FISCO 辺りではサバンナGTに勝てたかも知れません。














NISSAN SKYLINE HT 2000GT-X ( KGC110 )

1972年9月に登場した4代目スカイラインは、同年の4月に先行発売されていたC130ローレル HT とほぼ同一の内容で発売されました。しかし、翌1973年4月には、48度排気ガス規制が施行された為に有鉛ハイオクモデルは消滅、130PS を誇るハイパワー版は僅か1年足らずのモデルイヤーとなっています。5年余りにも及ぶケンメリの販売期間から見れば、GT-R 並みに販売時期が短い希少モデルとなっています。尚、1973年(48年)から1975年(50年)迄は、レギュラー仕様のSUツインキャブモデル( 圧縮比 8.6:1、125PS )が 2000GT-X として販売されました。


2000GT-X の室内風景ですが、ステアリングはC130ローレルのHT2000SGX と同一となっています。しかし、GT-Rと同じ 7 連メーターパネルを装備して、
スポーツ性を強調したインパネとなっています。


 1972year SKYLINE HT 2000GT-X DATA
Motor  L6 SOHC 1998cc ( 78.0x69.7mm ) 9.5:1 L20(A)SU-twin
MaxPower  130PS/6000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  17.5kgm/4400rpm( JIS-gross )
MaxSpeed  180km/h 
Weight  1150kg
















NISSAN SKYLINE 2000GT ( GC110 )

2000GT は、L20 シングルキャブの115PS ( レギュラー仕様 ) と、120PS ( 有鉛ハイオク仕様 ) がラインナップされていました。レギュラー/ハイオク仕様の選択は注文時に行うのですが、価格は同一です。ガス代が安いという理由で、殆どはレギュラーがチョイスされたようです。実際には、ハイオクモデルとは数字以上のパワー差があった事など、試乗するチャンスも無い顧客には判らなかった事でしょう。外装の違いとしては、グリルやヘッドライト内側がブラック塗装されたものが GT。ゴールド塗装されたものがGT-X という感じになります。内装ではハンドルやシートが異なり、GT に装着されるステアリングは、GT-Rと同一のものであったようです。















NISSAN SKYLINE 2000GTX-E・Stype ( GC111 )

後期モデルは、GT用のL20ユニット ( 8.6:1 ) にEGI( 電子制御燃料噴射装置 )を装着して、130PS/6000rpm、17.0kgm/4400rpm のスペックを誇りましたが、絶対性能では排気ガス規制前のL20ツインキャブのハイオク使用( 9.5:1 )には遠く及びませんでした。しかし、キヤ比を大幅にローギヤード(適正化)した事によって、一般走行では遜色ないドライブフィールを実現していたという事です。また、後期モデルからは「S」と呼ばれるモデルが設定され、KPGC110型2000GT-Rのサスペンション、リヤディスクブレーキ等を移植した、ハードスペックの手強いモデルとなっています。


1976year KGC111 SKYLINE HT 2000GTX-E・S 5F DATA
Motor  L6 SOHC 2valve 1998cc ( 78x69.7mm ) 8.6:1 L20E 
MaxPower  130PS/6000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  17.0kgm/4000rpm( JIS-gross )
Weight  1220kg

 0-100m  7.65sec
 0-400m  18.25sec
 0-1000m  34.10sec
 MaxSpeed  166.67km/h
1976year CG誌の実測データです。








NISSAN SKYLINE HT 1800 sporty-GL ( KPC110 )

スカイラインの原点は基準モデルである。これは初代からの伝統であり、4代目のケンメリ スカイラインでも、このポリシーは貫かれています。プリンステクノロジーが凝縮されたクロスフローの G18 ユニットは、105ps/5600rpm、15.3kgm/3600rpm 発揮して1015kg( 4doorは1005kg )のボディを引っ張り、最高速はともかく実用域では2000GTより速かったように想像されます。L20ツインキャブユニットを搭載したC130ローレルHT2000SGXが、G20ツインキャブのHT2000GXに1秒近くも遅い、0-400m加速タイムであった事からも明白です。

まさしく、知る人のみ知り得る正統派プリンススカイラインであったGLシリーズも、年々厳しくなる排気ガス規制には対応出来ず、1975年の50年度排気ガス規制を前に消滅。L18、L16というブルーバードのエンジンユニットを使用することになりました。

HT1800スポーティーGLのインパネ風景です。ステアリングは2000GT-Xと同一のものが装着されています。メーターは3連メーターとなりローレルのHTモデルなどと同一のテーマで纏められていますが、当時の欧州車では、最新のトレンドがこの3連メーターでした。

スカイラインの原点たるGLには、スカG以上にプリンス志向が反映されていたようです。


1972year KPC110 SKYLINE 2HT 1800 sporty-GL DATA
Motor  inline4 SOHC 2valve 1815cc ( 85.0×80.0mm ) 8.3:1 G18
MaxPower  105PS/5600rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  15.3kgm/3600rpm ( JIS-gross )
Weight  1015kg


















5th  SKYLINE ( 1977.8 - 1981.8 )




NISSAN SKYLINE HT 2000GT-ES ( KHGC210 )


SKYLINE JAPAN 」をキャッチフレーズに登場した5代目スカイラインは、歴代の中で最も美しいスカイラインだという意見が一部で上がっています。またS54 型スカイライン以来、ずっとドイツのBMWを仮想ライバルとして、スカイラインを育てて来た桜井氏の執念の一端が現れているスカイラインでもあります。

この当時は未だに排気ガス規制のショックから立ち直れない状況であり、エンジンパワーには期待すべくも無い時代でした。ただひたすらにボディとサスペンションのポテンシャルアップに持てる技術が投入されたように思われます。ケンメリの時代には、GT-R の足を持つスポーツバージョンとして登場した「S」モデルは、C210 ではさらに進化して欧州のスポーツモデル( =BMW )をも超えた性能を持つという風評でした。

そんな事は無いだろう(笑)と思う人も居るかも知れませんが、この1977年前後の時代は、BMW にとっては過渡期に当たる時期であり、2002シリーズから3シリーズへ、セダンも新型5シリーズが登場する時期に当たります。当然、C210 型スカイラインが開発時期に目標としたのは旧世代の BMW の各モデルになる訳です。そういった意味で BMW を超えたという意気込みは正しいものでした。

GC210 2000GT-EX の室内風景です。ウッドに部分的に革巻きを施したステアリングは、GC10 2000GT-X 以来、継承されて来たデザインです。しかし、ケンメリの時代から比較するとメーターパネルなどは欧州志向のデザインになった事が特徴として挙げられます。

この C210 スカイラインより水平指針メーターが採用されました。当時の発表では、最新の航空工学、人間工学の観点より採用されたデザインとして発表されたように記憶しています。このメーターデザインのポリシー?にも紆余曲折があり、最終的には R33 スカイラインに至る迄、水平指針メーターは継承されて行きました。



1977year GC210 SKYLINE 2000GT-ES 5MT DATA
Motor  L6 SOHC 2valve 1998cc ( 78x69.7mm ) 8.6:1 L20E
MaxPower  130PS/6000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  17.0kgm/4400rpm( JIS-gross )
Weight  1195kg

 0-100km/h  11.65sec
 0-400m  17.95sec 
 0-1000m  33.65sec
 MaxSpeed  168.62km/h
1977year CG誌の実測データです。

このスペックをBMW 320-6 と比較すると2割程スカイラインが遅いようです。323i に至っては、JAPAN TURBO でも敵わない計測値になります。操安性の部分では負けて無かったと思いますが・・・。








NISSAN SKYLINE HT 2000TURBO GT-ES ( KHGC211 )


1980年、スカイラインの暗黒時代がようやく終わりを告げました。
行政指導という壁に阻まれてターボ装着の認可が遅れていましたが、ようやくターボによるパワーアップが実現したのです。某スペシャルティーカーのキャッチフレーズである「 名ばかりのGTは道を空ける 」というところのGT は、国産車で最初にGTを名乗ったスカイラインを指すものであり、当時のスカG のアンダーパワーを揶揄したものでした。
しかし、ターボ装着によって形勢は逆転(笑)。事実上、当時の国産最速車となった、
スカイラインターボに、名ばかりのツインカム搭載車は追い立てられる事になります。


1980year KGC211 SKYLINE HT 2000 TURBO GT-ES 5F DATA
Motor  L6 SOHC 2valve TURBO 1998cc ( 78x69.7mm ) 7.6:1 L20E-T 
MaxPower  145PS/5600rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  21.0kgm/3200rpm( JIS-gross )
Weight  1235kg

 0-100km/h  10.1sec
 0-400m  16.99sec
 0-1000m  31.30sec
 MaxSpeed  188.90km/h
1980year CG誌の実測データです。


L20E-Tユニットは、最初は430セドリック/グロリアに搭載されました。この時のスペックは圧縮比を 7.3:1 というものでしたが、スカイラインに搭載するに当たって、ノックセンサー( ノッキング発生時に点火時期を遅角させる )が装備されて、圧縮比 7.6:1 になっています。さらにウエストゲートのインターセプトポントも2400rpmから2100rpmへと下がり実用域でのトルクアップが計られています。エンジン本体にも改善が加えられて、より低速型のカムシャフトがジャパンターボのL20E-Tには組み込まれています。従って430セド/グロに搭載された初期型では、典型的なドッカンターボ型であったものを、スカイラインでは使いやすいフラットトルク型に改善した事になります。

ドイツではBMW2002 turbo や PORSCHE930 turbo などが70年代初期に登場して、天井知らずのパワーゲームを展開していましたが、日本では1980年になって登場した日産のL20E-T型が最初のターボモデルとなります。この後、各社がターボ装着向けてに邁進する訳ですが、日産ではL20ユニットはターンフローという吸気と排気が同じ方向に付いている形式の為、ターボ装着による吸排気管の取り回しが楽に短く行えてターボラグも少ない事を特徴として挙げてターボは日産というアピールを行っていました。しかし、その後のパワーアップによってインタークーラーが必須となると、逆に熱に影響されやすいターンフローはインタークーラーを装着しても不利に働き、配管の取り回しも複雑になるため、結局L20E-Tのインタークーラー装着モデルは日産から発売される事はありませんでした。






15PS、4.5kgm のパワーアップによって、170km/h未満の最高速度は190km/h まで伸びましたが、ターボ装着にあたってサスペンションなどは特に強化されていません。ジャパンが優れたサスペンション、ボディを持っていた事はターボ装着によって実証された訳です。1978年発売のマツダのサバンナRX-7 が唯一このJAPAN TURBO のポテンシャルと並ぶ性能を誇るのみであり、他社は軒並み180km/h を超える事が出来なかった時代です。パワーを持て余すサバンナRX-7に対して、十分なキャパシティを持ったJAPAN は間違いなく日本一の「アシ」を持った GT だったのです。

















6th  SKYLINE ( 1981.8 - 1985.8 )




NISSAN SKYLINE 2000GT-EX ( HR30 )

6代目となるR30スカイラインは、スカイラインの歴史上では最も重要なモデルであったように思います。一般的には、長年に渡ってスカイラインの開発責任者を担っていた櫻井氏が、世間に送り出した最後のスカイラインとして知られています。

R30はスカイラインの歴史上で初めてボディサイズの拡大が止まり、僅かながらサイズダウンが実施されました。(全長で-5mm、全高は-15mm。横幅のみ+40,45mm )さらに車両重量に至っては、旧型の同格グレード比で最大75kgも軽量化が実施された画期的なモデルだったのです。空力特性の点に及んでも、これまで他社に大きく遅れをとっていた日産(スカイライン)でしたが、R30に至ってようやく本格的な風洞実験が行われ、ハードトップボディで cd 値 0.37 ( セダンは cd 値 0.41 )という、当時では国産トップクラスに並ぶ空気抵抗値を得るに至りました。

エンジンユニットについても、エンジン名称こそ同じながら全くの別物と言って良いほどの改良、性能向上が行われました。箱スカ以来、連綿と使い続けられた L20 型ユニットは、NA モデルの L20E 型ユニット単体で21kgという驚くべき計量化が実現され、圧縮比もこれまでの 8.6:1 から、9.0:1 迄引き上げられました。電子制御システムについても EGI から ECCS と呼ばれる統括制御システムへ進化して、カタログ上の公表値こそ先代から変わっていませんが、実際のパフォーマンスは大幅に引き上げられていました。 この最終進化形とも言える L20E 型ユニットは、R30スカイラインより大柄で重いレパードに搭載されても、ゼロヨン17秒前半を記録するなど、初期の頃の L20 型 SUツインキャブ搭載の有鉛ハイオクモデルをも凌ぐ第一級のパフォーマンス記録しています。


トップモデルの2000 TURBOGT-E・S に搭載される L20E-T ユニットについても、別物と言っても良いくらいの大幅に改良が行われました。頑強に過ぎる L20ユニットのエンジンブロックは適正化を計り10kgもの軽量化を実現。さらにカムシャフトプロフィールやバルブリフト量の変更、ターボハウジングの内製部品への変更、エンジン内部のフリクション低減、排気効率の向上などの全体に渡るモディファイが実施されて、従来の2400rpmから発生していたターボ過給開始ポイントが1900rpmという低回転から発生するように改善された結果、先代のジャパンターボと比べても1秒近くの加速タイムの短縮を実現しています。

ターボGT-E・S は、卓越したシャーシ、サスペンション性能によって、従来の国産車には存在しない安全で豊かな走行フィールを提供していました。
しかし、R30 型スカイラインが優れているのはパフォーマンスだけに留まりません。何よりプリンススカイラインの正統後継車( GT )である理由は、これだけの性能向上に際しても、居住性、快適性の一切を犠牲にしなかったという点に尽きます。欧州車と比較しても遜色ない大型のトランクルーム、グラスエリアは20パーセントも拡大され、室内も明るく広くなったにも関わらず、軽量化とダウンサイジングが実現されたのです。

他車に抜きん出た性能を持ちながら完成度も高く、賞賛を持って迎えられたR30型スカイラインでしたが、本当のポテンシャルは、この程度に留まらないものだったのです。















NISSAN SKYLINE HT 2000RS ( KDR30 )

1981年8月のR30スカイライン発売の2ヵ月後、スカイラインの歴史に新しい伝説を刻むマシンが追加発売されました。DR30 スカイライン 2000RS の登場です。搭載される FJ20E ユニットは、DOHC 4VALVE という究極のスペックを持ち、過去に遡っても日本国内では S20 というレーシングユニットの市販車版のみに存在した形式でした。これこそが唯一無二のプリンスユニットの証だったのです。RS とはレーシングスポーツの略称であり、初めからレースフィールドを目標に製作された点では歴代GT-Rと同じ開発コンセプトでした。しかし、スカイラインの歴史上、GT と名の付くモデルはすべて6気筒エンジン搭載車であった為、GT を冠する事を見送ったというのは、スカイラインマニアの間では良く知られている話です。純然たるレーシングユニットと言っても良い FJ20 ユニットは、市販車状態では 150ps/6000rpm、18.5kgm/4800rpm というスペックを誇り、歴代スカイラインの中でも最速の実測データも記録しました。「4バルブ無くしてDOHC は語れない」という挑発的なフレーズも、この世代の人間には懐かしくも痛快な思い出です(笑)。


1981year KDR30 SKYLINE HT 2000 RS 5F DATA
Motor  L4 DOHC 4VALVE 1990cc ( 89x80mm ) 9.1:1 FJ20E 
MaxPower  150PS/6000rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  18.5kgm/4800rpm( JIS-gross )
Weight  1115kg

 0-100km/h   9.1sec
 0-400m  16.50sec
 0-1000m  --.--sec
 MaxSpeed  193.80km/h
1981year CG誌の実測データです。













NISSAN SKYLINE HT 2000RS-TURBO ( KDR30 )

R30スカイラインの発売から遅れること1年と半年・・・。1983年2月、R30スカイラインの本当のフラッグシップモデルが登場しました。「史上最強のスカイライン」のフレーズが新聞広告として一面を飾りました。2800cc ストレート6、DOHC ユニットを搭載した MZ11 ソアラやセリカさえ 170PS という時代に、190ps という怒涛のパワーを引っさげて、2000RS-TURBO が発売されたのです。


ようやく姿を現した R30 スカイラインの為に作られたFJ20E-Tユニット。このハイパワーユニットは、スカイラインに世界基準のスポーツカーとしてのポテンシャルを与えました。0-400m 加速を15.4 秒で走り抜ける RS-TURBO は 当時の 911ポルシェ SCS に遅れる事、僅か 0.1秒!!!。世界のスーパースポーツと勝負出来る初めての国産車だったのです。世界初のシーケンシャルインジェクションをはじめ、従来の国産ユニットでは考えられない程コストの掛かったエンジンユニットです。
ここに来て、スカイラインはようや往年のパワーを取り戻し、全く他社を寄せ付けないアドバンテージを築いたのです。当時は2Lクラスでは160PS(gross)が精一杯だった他社の市販車はチューニングを施しても精々200PS(net)程度であり、これ以上を望むならば、前時代的なキャブターボチューンに逆行せねばならず、事実上 RS-TURBO のチューンドに並ぶ現行生産車は皆無という状態が数年間続きました。

スカイラインのFJ20E-Tユニットを与えられた、S12 シルビアのキャッチコピー「群れよさらば」は全く洒落にもならない破壊的なイメージを他車のオーナー達に植え付けました。

1983year KDR30 SKYLINE HT 2000RS-TURBO 5MT DATA
Motor  L4 DOHC 4VALVE TURBO 1990cc ( 89x80mm ) 8.0:1 FJ20E-T
MaxPower  190PS/6400rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  23.0kgm/4800rpm( JIS-gross )
Weight  1165kg

 0-100km/h   7.5sec
 0-180km/h  29.5sec
 0-400m  15.40sec 「 145.1km/h 」 
 0-1000m  28.80sec 「 174.9km/h 」
 MaxSpeed  212.0km/h
 4th  201.6km/h 
 3rd  159.9km/h ( 7500rpm ) 
 2nd  115.0km/h ( 7500rpm ) 
 1st   66.8km/h  ( 7500rpm ) 
1983year CG誌の実測データです。











NISSAN SKYLINE 2000RS-X ( DR30 )

1983年8月に通常通りのサイクルでマイナーチェンジを行ったスカイラインは、エクステリアが大きく変更されました。特に RS シリーズでは、通称「鉄仮面」と呼ばれるモデルに進化して、当時の高性能ターボ車では初めてとなるグリルレスのフロントデザインが採用され、当時ではかなりのインパクトを与えました。さらに、このマイナーチェンジでは、硬派一色の RS シリーズに、RS-X と呼ばれる豪華仕様が設けられ、より幅広い顧客層にアピールする事になりました。この鉄仮面のデザインテーマは、次のモデルの R31( GTS )に始まり、R32、R33(後期)、R34に至るまで長らく継承され続けました。

また、1984年の2月に追加された、2000RS-X TURBO-C と名づけられたトップモデルは、日産車では初めてインタークーラーを搭載したモデルとなりました。しかもこのインタークーラーは空冷式であり、生産車では水冷式が大勢を占める中、本格的な冷却機能を備えたインタークーラー採用となりました。このIC(インタークーラー)は、100度から120度云われる吸気温度を30度ちかく引き下げたという事ですが、このフロント左フェンダーのオーバーハングに設置する方式は、フロントのラジエター前に設置する方式より冷却効率が高く、コンパクトに設計出来る為、これ以降 R34 型スカイラインターボやV35ステージアのVQ25DETユニット搭載車迄、その後の 20 年近く後まで採用され続けていました。またトヨタのマークIIなども、JZX90 と呼ばれるツアラーVでは、まったくそのまま模倣して同じように搭載されています。これは DR30 型スカイラインの設計の優秀さが伺える一端であると思います。
基本的には前期モデルと同じインパネデザインですが、より質感の高いパーツで構成されているので、前期モデルのようなスパルタンな感じがありません。写真のATモデルは最後の追加モデルとして、末期に RS-TURBO に設定されたものですが、そのパフォーマンスはドイツの本家スポーツセダン、BMW323iを超えるパフォーマンスを発揮したという事です。
ドライブフィールやプレミアムな質感などは劣っていたとは思いますが、AT 車でも欧州の高級スポーツモデルに匹敵するパフォーマンスを発揮したのは、Z31フェアレディZと同じく、この DR30 スカイラインが国産車で最初であったようにも思います。


1984year KDR30 SKYLINE HT 2000RS-X TURBO-C 5MT DATA
Motor  L4 DOHC 4VALVE TURBO 1990cc ( 89x80mm ) 8.5:1 FJ20E-T
MaxPower  205PS/6400rpm ( JIS-gross )
MaxTorque  25.0kgm/4400rpm( JIS-gross )
Weight  ----kg

 0-100km/h   7.4sec
 0-160km/h  21.4sec
 0-400m  15.40sec 「 145.0km/h 」 
 0-1000m  --.---sec 「 speed control 」
 MaxSpeed  ---.--km/h
 4th  ---.--km/h 
 3rd  168.0km/h ( 7500rpm ) 
 2nd  120.0km/h ( 7500rpm ) 
 1st   70.0km/h  ( 7500rpm ) 
1983year CG誌の実測データです。

インタークーラーの装着により、圧縮比は8.0から8.5:1に上げる事が可能になり、エンジンレスポンスや実用域でのパワーアップが行われています。エンジン出力のアップは当然ですが、トルクに関しても、23kgm、4800rpm で発生していたものを、25kgm、4400rpm というより低回転でのトルクアップを実現しています。 具体的なパフォーマンスにおいても、例えば3速の20-40km加速では、ターボCが 4.8秒、前期モデルは5.1秒掛かっています。同じく3速の140-160km/hでも、5.8秒、7.1秒という感じで全域でターボCが速いという結果です。









1981年に発売された DR30 型スカイライン 2000RS 。1972年に箱スカ HT2000GT-R がサーキットから姿を消してから、実に 3 世代、10 年のブランクを経てサーキットに戻ってきたのです。箱スカ当時の PMC・S( プリンスモーターリストクラブ・スポーツ )では無くDR30スカイラインは新しく「 PDC 」( プリンスディーラーズクラブ )によってサポート、運営されての復活を遂げたのでした。当時のPMC・Sは事実上はワークスチームでしたが、PDCはディーラーズが示すようにメーカー主体では無かったのです。日本全国の
プリンス系ディーラー及びスカイラインオーナー達のカンパによって、スカイラインのシルエットフォーミュラーは誕生したのです。このような事は日本の自動車業界では、空前にして絶後でしょう。損得では無く純粋にスカイラインのレースフィールドへの復活を願った人々が私財を投じてスカイラインをサーキットに戻してくれたのです。
また、当時のツーリンカーレースであったグループ A レースにもDR30スカイラインは参戦する事になりました。かつてのようにデビューウインを飾るような華々しいものではありませんが、
素性の良さから安定したポテンシャルを発揮しました。初年度から参戦しているマシンの中で唯一、モデル末期まで十分なポテンシャルを発揮してレースを盛り上げました。1980年代当時、ターボユニットを搭載して満足な信頼性を得ていた唯一の国産車であり、世界に目を向けてもボルボの240TURBO、続くフォードシエラと並んでまともにレースで戦える数少ないターボエンジン車であり、そのポテンシャルの高さは国際的にも広く知られるようになりました。




















7th  SKYLINE ( 1985.8 - 1989.5 )




NISSAN SKYLINE GT-PASSAGE TWINCAM 24V( HR31 )

桜井氏の後を引き継ぐ、伊藤氏の指導の下で開発された新世代のスカイラインです。

しかし新開発の直列6気筒DOHC4VALVE エンジンの RB20DE及び、RB20DETが所定のパフォーマンスを発揮出来なかった為、CG誌のテストでも0-400m17秒を切れないという信じられない結果を残してしまったクルマです。しかしすぐに適切な改善対応が行われたので、改良版では 0-400mでも16秒をコンスタントに切れるようにはなったのですが、一度付いてしまった悪評は如何ともしがたく、先代のDR30型スカイラインより遅いという風評は最後まで消えませんでした。
発売当初はDR30 2000RS-TURBO を超える、グロス 210PS を豪語していましたが、馬力表示が実車に搭載された状態により近い、JISネット表記に変わったのを、契機として、 180PS/6400rpm、23.0kgm/4800rpm という現実的な馬力表示に変更されました。しかし、この後もエンジンの改良は続けられて中期モデルでは 190PS/6400rpm、24.5kgm/4800rpm へとパワーアップを果たしました。( 但し、外観は初期モデルと同じで、通称「赤ヘッド」のままです )

7代目のスカイラインは、当初、「都市工学」「ソフトマシーン」というキャッチコピーを掲げており、スーパーホワイト旋風を巻き起こしたマークIIを意識した販売政策が展開されていました。残念ながら多くの顧客はスカイラインにそのようなものは求めておらず、却って自らのセールスポイントであった、「硬派なスポーツセダン」という国産車の中では稀有な存在点をも見失う残念な結果となりました。

7代目のインテリアは今までのスカイラインには無い豪華なものでした。しかしローレルやグロリアのような豪華絢爛なインテリアというものでは無く、スポーツライクで高級感溢れる感じというものであったように思います。車の成立ちは質感も高く非常に良い感じであったので、マークIIなどを意識せず BMW 的なプレミアムスポーツ路線をこの時に展開していれば「セブンス」スカイラインも、また違った結果が出ていたようにも思います。








NISSAN SKYLINE GTS-X TWINCAM 24V TURBO( KHR31 )

発売当初は、4doorセダンとHTの4door のみが発売されましたが、追加された2doorクーペGTS では 空気抵抗値が、cd 0.31 (オートスポイラー、リヤスポ 装着時 )となっており、「空力の良くないスカイライン」という汚名を返上した最初のモデルでもあります。7代目スカイラインは、サスアームごと可動する4WSのハイキャスや新開発のRBエンジン、オートスポイラーなど、革新的な機能を満載して、後の日産の礎になった記念すべきモデルですが、開発不十分な為に発生した初期生産車の不調や販売政策の失敗から、不人気モデルになってしまったクルマです。しかしこのクルマ無くして、90年代( そして21世紀のアクティブステア!!! )の日産の技術は語れない筈なのですが、まるで封印された如く語られない存在になっています。
GTS という名称も、このセブンススカイラインから始まりました。2door Coupe の GTS が好評であったので、セダンモデルも GTS シリーズを追加発売するようになりました。このマイナー後のGTSセダンはなかなかのポテンシャルを持っていたのですが、初期のパサージュのイメージがどうしても拭い去れずに、世間には認められなかった「スポーツセダン」です。マイナー後のRB20DEユニットは150PS/5400rpm、18.5kgm/5200rpm(JIS-net)を発揮して、後のR34のNEO6ユニットと比較しても遜色無いパフォーマンスを実現していました。











NISSAN SKYLINE GTS-R  KHR31 )

RB20DET-Rという名称を与えられたGTS-R専用のエンジンユニットは、ステンレスの等長エキマニ(タコ足)に、ギャレットのT04という大型タービンで武装、これまた専用の大型インタークーラーを装備してグループA仕様では400PSを発生していました。外観もリヤに大型スポイラーを装着し、フロントのエアスポイラーも固定式で大型のものが装着されています。2000GTS-Rは時の王者であるフォードシエラに戦いを挑み、見事に勝利したレース用ホロモゲーションモデルです。スカイラインにレース用限定車が用意されたのは、G7エンジンを搭載したS54スカイラインGT以来というものでした。


1987year KHR31 SKYLINE GTS-R 2door Coupe 5MT DATA
Motor  L6 DOHC 4VALVE TURBO 1998cc ( 78x69.7mm )8.5:1
MaxPower  210PS/6400rpm ( JIS-net )
MaxTorque  25.0kgm/4800rpm( JIS-net )
Weight  1340kg

 0-100km/h   7.1sec
 0-200km/h  34.0sec
 0-400m  14.9sec 「 152km/h 」 
 0-1000m  27.4sec 「 190km/h 」
 MaxSpeed  222.5km/h ( 7200rpm )
 4th  195.1km/h ( 7500rpm ) 
 3rd  149.9km/h ( 7500rpm ) 
 2nd  103.5km/h ( 7500rpm ) 
 1st   59.9km/h  ( 7500rpm ) 
1987year CG誌の実測データです。


ステアリングギア比は13:1、イタルボランテのスポーツステアリングが標準で装着されていました。グループAで勝利を収めたGTS-Rに何故GT-Rを名乗らないのかという声もありましたが、この時は既にR32 GT-Rの開発を行っていあたため見送られたという話らしいです。しかしながら、KPGC10、DR30、BNR32と同じ系列で評価を受けても良い名車であると私は思っています。

歴代のスカイラインでも最も美しいエキゾーストサウンドを奏でるのは2000GTS-Rでは無いかと思っています。S20やRB26DETTのエンジンサウンドは文句無く素晴らしいものですが、ことマフラーから聞こえて来るサウンドに関しては、RB20DET-Rの管弦楽器の音色ように美しく、滑らかなサウンドが一番では無いかと思っています。直列6気筒の中では、L型チューンドユニットの次に好きな音色です(笑)。














8th  SKYLINE ( 1989.5 - 1993.8 )




NISSAN SKYLINE 2door Spots Coupe GTS-t TypeM ( HCR32 )

新時代を切り開いた新しいスカイラインであり、DR30スカイラインとともに、スポーツ志向に 「原点回帰」したという事で多くの自動車好きからエールが送られたクルマです。細かな説明は不要な程、その後の「スカイラインのありかた」に大きな影響を与えました。RB20DET の最終進化形ともいえるシルバーヘッドは、ボールベアリングタービンを与えられて 215PS と 27kg というパワースペックを発揮、先代の R31 スカイラインの限定生産モデルである、2000GTS-R と同等のポテンシャルを発揮しています。( 特に最終型の RB20DET の特徴は、僅か3200rpmという低回転で、赤ヘッドの限定ユニット、RB20DET-R の25kgというトルクを2kgも上回っている事だと思います。)

R32スカイラインクーペの空力係数は、cd 0.32 となっています。しかし TypeM に設定されているフロントオートスポイラーとリヤウイングを装着すると、cd 値は、0.31 にまで改善されます。

1989year HCR32 SKYLINE 2door Coupe GTS-t TypeM 5MT DATA
Motor  L6 DOHC 4VALVE TURBO 1998cc ( 78x69.7mm )8.5:1
MaxPower  215PS/6400rpm ( JIS-net )
MaxTorque  27.0kgm/3200rpm( JIS-net )
Weight  1280kg

 0-100km/h   7.0sec
 0-160km/h  16.9sec
 0-400m  15.0sec 「 151km/h 」( 14.97sec ) 
 0-1000m  --.--sec 「 no time 」
 MaxSpeed  ---.--km/h ( no time )
 4th  176.0km/h ( 7000rpm ) 
 3rd  148.0km/h ( 7000rpm )
 2nd  101.0km/h ( 7000rpm )
 1st   59.0km/h  ( 7000rpm )
1989year CG誌の実測データです。


4doorモデルについても2doorと同じくダウンサイジングが行われて、スポーツセダンと呼ぶに相応しいディメンジョンで構成されています。写真を見るだけで、そのスポーツライクな操縦感覚が伝わって来るように感じられます。
感覚的には、スポーツクーペにリヤドアを装着したという表現が一番判りやすいように思いますが、実際のところ他社の4doorモデルと比べると非常にコンパクトに仕上がっており、不必要にリヤを意識させられる事無く振り回す事が出来ます。現在ではインプレッサ辺りが、このR32セダンの操縦イメージに一番近いのでは無いかと思います。また新世代スカイラインとして相応しい4輪マルチリンクサスペンションや対向ピストンの4輪ベンチレーテッドディスクブレーキなど、従来のスカイラインとは一線を画する新しいスペックが目白押しでした。
HCR32 SKYLINE GTS-t Type-M のインテリアは、先進的なデザインで構成されています。ワイパーやヘッドライトスイッチなどは、インパネに付属したクラスタースイッチで操作するようになっており、これは1980年代に登場したいすゞピアッツァやマツダコスモ、スバルアルシオーネ辺りが採用したものが国産車では最初になります。これは欧州のデザイナーが新しいインパネ操作系を模索していた事に端を発します。これがR32にも及んだように思われますが、近年、賛否両論を巻き起こした BMWのiドライブも、この延長にあるものだと思います。













NISSAN SKYLINE GT-R ( BNR32 )

1973年の KPGC110 SKYLINE 2000GT-R 以来、16年の沈黙を破り GT-R という名称がスカイラインに復活した記念すべきモデルです。RB26DETT という珠玉のエンジンとアテーサE-TS と呼ばれる、可変トルクスプリットの4輪駆動システムを搭載、異次元のパフォーマンスを披露して、それまでのスポーツカーの基準を変えてしまったクルマです。この瞬間、日本のスカイラインが世界のスポーツカーの頂点を極めたと言っても過言では無いでしょう。
後期モデルの GT-R Vspec-II です。BNR32 GT-R は現在ではそれ程のハイスペックという訳でもありませんが、正にレースで戦う(勝つ)為に作り上げられた点が、GT-R という称号に相応しく、また無敗のままレースを終息させた事に関しては歴代最強である事に変わりはありません。この最終型 BNR32 は箱スカの時と同じく、駆け込み需要が発生したモデルです。


1989year BNR32 SKYLINE GT-R 5MT DATA
Motor  L6 DOHC 4VALVE TWIN-TURBO 2568cc ( 86x73.7mm )8.5:1
MaxPower  280PS/6800rpm ( JIS-net )
MaxTorque  36.0kgm/4400rpm( JIS-net )
Weight  1430kg

 0-100km/h   5.5sec
 0-200km/h  20.0sec
 0-400m  13.2sec 「 168km/h 」 
 0-1000m  26.3sec 「 213km/h 」
 MaxSpeed  249.7km/h
 4th  219.0km/h ( 8000rpm ) 
 3rd  168.0km/h ( 8000rpm )
 2nd  113.0km/h ( 8000rpm )
 1st   69.0km/h  ( 8000rpm )
1990year CG誌の実測データです。














9th  SKYLINE  ( 1993.8 - 1998.5 )




NISSAN  SKYLINE  2door Coupe  GTS25t TypeM SpecII  ( ECR33 )

1993年に登場した9代目スカイラインは、これまでの2Lの枠組みを超えて 2.5L の排気量を持つモデルをトップグレードとして製作されました。スカイラインでは初めて4気筒のベーシックグレードが消滅、ラインナップすべてが直列6気筒エンジンを搭載したモデルで構成されています。また5代目のジャパン( C210 )以来、連綿として受け継がれて来たホイールベース 2615mm というサイズを変更した最初のモデルでもあります。これによって、高速域でも安定した走行性能を実現した画期的なモデルとなりました。

R33 は スカイラインの伝統に則り、コーナリングマシーンとしての完成度を求めた設計が行われました。特にフロントサスペンションの剛性や性能に関しては当時では随一のポテンシャルを誇っており、次期モデルのR34 でもそのまま継承されて第一級のポテンシャルを誇示している事から、その設計の素晴らしさが伺えます。ハイキャスの電動化やアクティブLSD の開発、ガソリンタンクに樹脂製のポリエチレンタンクの採用してオーバーハング内に納めるなど、限られた中で出来得る限りの技術開発、性能アップを行ったのが、R33 型スカイラインなのです。



GTS25t Type-M 2door Coupe の前期型ですが、このクルマは空気抵抗値 cd 0.25 という数値が社内データとして記録されているという噂です(笑)。実際に高速域では少々のリフトは感じるものの、他のスカイラインにはない安定感が実感出来ます。最高速度についても某自動車誌ではリミッターを解除して、240km/hを超えた記録が残っています。これは、R33 が、いかに優れた空力特性を持っている証拠では無いかと思われます。
高速域での性能が高められた反面、日本国内には多いタイトコーナーが連続するワインディング路やミニサーキットというような場面では、乗り手にある程度のスキルを要求する事になります。しかしR33 スカイラインの特徴は安全に速く走れるというものでもあるように思われます、その代表的な車種が、基準車のトップモデルに設定されたアクティブLSDモデルであり、高い限界性能はドライバーのミスに寛容に出来ています。

後期モデルのGTS25t Type-M 2door Coupe のインテリアです。 ステアリングのデザインが変更されて、全体的に立体的な造詣に変更されました。シートに関してもよりスポーツライクな形状に変更されています。この写真では、CD付きのステレオが装着されているので、スペックIIかアクティブLSDのタイプMだと思われます。 また、シートベルトに着色されているカラーは、後期スカイラインのイメージカラーでもあったダークグレイパールと同じカラーになっているのが意外にお洒落な部分かも知れません(笑)。ステアリングはなかなか良いデザインだと思いますが、初代キューブと同じパーツというところが当時の日産の台所事情を伺わせます( ちなみに R34 スカイラインでは先代マーチ後期モデルとステアリングを共有しています )。
これはセダンの後期モデルに追加された GTS25 TypeS/S というモデルです。 前期には 2door Coupe GTS25 TypeS というモデルが設定され、通常の190PS というパワーをデュアルモードマフラーの設定などにより 200PS に迄パワーアップしたスポーツモデルが設定されていましたが、後期ではセダンに TypeM のサスペンションを移植したスポーツモデルとして TypeS/S が設定されていました。














NISSAN  SKYLINE  GT-R Vspec   ( BCNR33 )

R33 は賛否両論を巻き起こした車種ですが、特にGT-Rに関しては意見が分かれていたように思います。発売前は否定的な意見が大半でしたが、実際に登場したBCNR33 に触れて意見が変わった人やメディアも多くありました。RB26DETT ユニットこそ継承されましたが、シャーシ、サスペンションに関しては全く新しく作り直されたと言って過言では無いくらいに手が加えられ、R32GT-R の弱点とも言われた限界領域でのイニシャルアンダーが見事に解消されていた事が大きな特徴です。また、この BCNR33 GT-R ではドイツのニュルブルクリンクサーキット(オールドコース)で、先代の BNR32 GT-R が記録したラップタイムから、21秒のタイム短縮が可能になったという事で( マイナス21秒のロマン )というキャッチフレーズがカタログに掲げられました。

空力に関しても、cd 値 0.35 をマーク、リヤの可変ウイングを最大角にしても、cd 0.39 という数値に収まり、基本ボディのデザインの優秀性を物語ります( R32GT-R は cd 0.40 )。これは、BNR34 GT-R が数々のエアロパーツで武装したにも関わらず、0.39 であった事からも、BCNR33 の優秀性が証明されています。ちなみにcd 0.35 のセッティングでは、フロント揚力0.09、リヤ揚力-0.03 という値をマークしており、フロントゼロリフトには届いていませんが、フロントよりリヤの方が大きいダウンフォースを得られている点が、正常で優れた空力デザインである事を物語っています。
後期GT-R の特別モデルとして設定された、4door GT-R です。箱スカ以来、実に30年近いブランクの後に復活したセダンの GT-R です。オーテックの特別車両は、先代のR32でもセダンにNAのRB26を搭載したモデルや、R31でもGTS-Rよりも速い?!という評判だったオーテックバージョンが存在しましたが、やはり4ドアGT-Rに優るものは無かったと思います。



BCNR33 は正式に輸出された最初GT-Rとなりました。それ以前にも、スカイライン自体はオーストラリアなどでは販売されていましたが、ヨーロッパ(イギリス)では初めての販売でもあったようです。ターボポルシェやフェラーリと並び賞されるスーパースポーツとして認知された、初めての日本車であったように思います。





1995year : BCNR33  SKYLINE GT-R Vspec  5MT   DATA
Motor  L6 DOHC 4VALVE TWIN-TURBO 2568cc ( 86x73.7mm ) 8.5:1 RB26DETT
MaxPower   280PS/6800rpm  ( JIS-net )
MaxTorque   37.5kgm/4400rpm ( JIS-net )
Weight   1540kg
Weight Balance   54.6 / 45.4  ( 1569kg )

0-100km/h   4.4sec
 0-180km/h   13.8sec
  0-400m   12.7sec  [ 174km/h ] 
  0-1000m   --.--sec   ( speed control )
  MaxSpeed   ---.--km/h  ( speed control )
  4th   ---.--km/h  ( speed control ) 
  3rd   174.0km/h  ( 8000rpm )
  2nd   118.0km/h  ( 8000rpm )
  1st    71.0km/h  ( 8000rpm )
1995year CG誌の実測データです。














10th  SKYLINE  ( 1998.5 - 2001.6 )




NISSAN  SKYLINE  2door Spots Coupe  25GT-TURBO  ( ER34 )

経営が絶望的状況となった日産は、スカイラインのモデルチェンジを市場の要求をそのまま受け入れるという形で行いました。それはスポーツモデルへの原点回帰というものです。基本的には R33 型のままのシャーシは、ホイールベース及びオーバーハングの短縮を行って運動性能の向上を試み、さらに R34 スカイラインの最大のセールスポイントである、「ドライビングボディ」の通り、シュミレーター解析を駆使して動的なボディ剛性の飛躍的なアップを施しました。また、エンジンユニットにおいても可変バルブタイミング機能の強化やターボチャージャーの容量アップを行って、NEO 6 という新世代の RB ユニットへと進化した結果、280PS/6400rpm( JIS-net )、 34kgm/3200rpm ( JIS-net ) というパワーアップを実現しました。デザイン的には、R30--R33モデルの集大成といったもので、そのディメンジョンはR32型を参考にしたように思えます。
















NISSAN SKYLINE 4door Spots Sedan 25GT-TURBO ( ER34 )

2ドアクーペでは、R33 と比較して ホイールベースでは-55mm、フロントオーバーハングは-5mm として運動性能の向上を試みたのですが、逆にセダンではリヤのオーバーハングが+45mm も延びた為、リヤのヨー慣性モーメントが増大しており、リヤの挙動が遅れて来る感覚が増長されています。しかし、これはあくまでクーペとの比較であり、R33 セダンと比較した場合では、依然としてショートホイールベースによる振り回し易さは利点として存在しています。さらに225/45/17 にサイズアップされたタイヤも、振り回し易い確かな操縦性に大きく貢献しているように思います。


マイナーチェンジに際してもスカイラインの伝統に則り、絶え間無い性能向上が行われて、NEO-6 RB25DET ユニットは最高出力は同じままながら、最大トルクが 37kgm 迄にアップされました。これは R32GT-R に搭載された、初期の RB26DETT ユニットの 36kgm を 1kgm も超える数値となっています。




1998year ER34 SKYLINE 2door 25GT-TURBO 5MT DATA
Motor  L6 DOHC 4VALVE TURBO 2498cc ( 86.0x71.7mm )9.0:1
MaxPower  280PS/6400rpm ( JIS-net )
MaxTorque  35.0kgm/3200rpm( JIS-net )
Weight  1430kg

 0-100km/h   6.4sec
 0-400m  14.6sec 「155km/h」
 0-1000m  --.--sec   ( speed control )
 MaxSpeed  ---.--km/h ( speed control )
1998year CG誌の実測データです。














NISSAN SKYLINE GT-R Vspec  ( BNR34 )

現時点では、最後のスカイライン GT-R です。噂によると次期GT-R はNISSAN GT-R という名称になるという話ですから、スカイライン という名前のついたGT-R は BNR34 が最後になるかも知れません。 ニスモから500PSの限定モデルが販売されたことからも、このBNR34 GT-R は、500PS を受け止めるポテンシャルを十二分に持っている事をメーカー自らが証明した事になります。史上最強のGT-R は、暫くの間、この BNR34 という事になりそうです。



改良を重ねられた RB26DETT ユニットは、デビュー当時と同じ 280PS/6800rpm(JIS-net)という馬力表示でしたが、最大トルクは40kgm/4400rpm(JIS-net)を発生しています。初期の36kgmから4kgmのアップですが、実際にはパーシャル域のパワーなどは大幅にアップされており、ゲトラク製の6速マニュアルのきめ細かいクロスレシオのお陰もあり、R32の頃とはかなり違った走行フィールになっているようです。しかし、国内での自主規制が如何に無意味なものであったかは、BNR32からは大幅にポテンシャルアップされたBNR34のRB26ユニットが証明していたようにも思われます。
BNR34 GT-R では、マルチファンクションディスプレイによって、エンジンの稼動状況を、よりきめ細かく把握できるようになっています。従ってBNR32や、BCNR33 に存在していた3連メーターは設定されていません。一連の RB のターボ車ユーザーならば、水温補正の稼動状況が把握出来るマルチファンクションディスプレイの存在は、羨ましいに違いありません(笑)。ちなみに3連メーターは基準車の25GT TURBO に受け継がれて設定されています。
BNR34 GT-R では、標準のGT-R と Vspec、Vspec-II 以外にも Mspec というモデルや Vspec-II Nur 、Mspec Nur というモデルが後半で追加されました。会社の存亡の危機に陥っても、GT-R だけは作る程に赤字という理想?!が貫かれており、日産(プリンス)の想いの深さを伺い知る事が出来ます。しかし歴代GT-R と同じく基本設計に関しては基準車と共有せねばならず、高価なカーボンディフューザーも BCNR33 GT-R の空力特性を超える事は叶いませんでした。


















11th  SKYLINE ( 2001.6 - 2007.09 )




NISSAN  SKYLINE SEDAN 300GT  ( V35 )

2001年6月、XVL というショーモデルが新型スカイラインとして発売されました。膨大な債務を抱えて混迷を極めた日産は、Z32フェアレディの生産中止、次期モデル( Z33 )の開発中止という決定の中、R34 スカイラインに続く次期モデルの開発も無く、スカイラインそのものが廃止決定されていたということです。新しく上級スポーツセダンとして研究開発されたXVL はスカイラインやローレルに取って代わる新しいモデルとして「試行」されていたに過ぎないように思われます。しかし、日本の自動車史そのものであるスカイラインという自動車を存続させる為に、XVLにスカイラインという名称を与えるように決定したのは、ルノーからやって来たカルロス・ゴーン社長だったと云われています。この決定が無ければスカイラインは過去のクルマとなり復活はあり得なかったと思われます。

日産の新しいスポーツセダンコンセプトがV35スカイラインです。初期にはR32スカイラインのシャーシを使い、フロントミッドシップや重量バランスの研究を行ったという事でも判りますが、あくまでスカイラインの持つ「スポーツセダン」という特徴を、既存のイメージ( スカイラインを含むすべての日産車 )に捉われない形で進化させるという研究が進められました( V35 スカイラインセダンは 52:48 の重量配分 )。プレミアムスポーツという概念はこの時にはあったのでしょう。エンジンユニットについてはスカイラインでは初めての V6 ユニットを搭載、2 代目の S54 スカイラインより絶え間無く受け継がれていた、直列6気筒エンジンを廃止しました。当初は 2.5L の VQ25DD ユニットと、3.0L のVQ30DD ユニットを搭載して発売されました( VQ30DD エンジンはマイナーチェンジで廃止 )。長年に渡って 2L を最上級モデルとした小型車であり、R33 型、R34 型で初めて 2L と2.5L を中心にしたラインナップを展開したスカイラインでしたが、ここに来て 2L モデルを廃止。完全に上級モデル(プレミアムスポーツ)として存在するに至ったのです。さらには、正式なカタログモデル( インフィニティG35 )として輸出も行われるようになり、北米では大好評を以って迎えられました。
日産として初めての総アルミの4輪マルチリンクサスペンションは、フロントのロアーアームを独立した2本として、ダブルピボットとしています。これは欧州では、1970年代から試行されているサスペンション形態であり、BMWでは、初代 7シリーズのE23(1978-1986)のドッペルゲレンクと呼ばれたダブルロアアームから始まり現在に至っています。メルセデスも現在は同じ形式のタイプを採用している事から、ダブルピボットには大きなメリットと可能性があるように思われます。発売時点では相変わらず理解されなかった画期的な技術ですが、国産自動車で先鞭を付けたこのサスペンションは後世にも語り継がれる事になると思われます。同じくルマンの経験によって得られたフラットライドコンセプトも本田技研が同じようにフラットライドを掲げ出したので、批評も少なくなったように思います(笑)。


V35スカイラインのイメージスケッチですが、目指すものが「スポーツライクな高級セダン」という感じで伝わってきます。一説にはポルシェデザインに依頼したデザインをベースにしているという噂ですが、真後ろから見たシルエットなどは、アウディ辺りとの近似性も感じます。また、フロントフェンダーの造詣あたりにも「ポルシェ」のイメージを彷彿させられるような造詣があるように思っています?(笑)。この時点でゼロリフトの発想はあったのでしょう。


2001year  V35 SKYLINE 300GT  Sedan 5AT  DATA
Motor   V6 DOHC 4VALVE 2987cc  ( 93.0x73.3mm ) 11.0:1 VQ30DD
MaxPower   260PS/6400rpm   ( JIS-net )
MaxTorque   33.0kgm/4800rpm ( JIS-net )
Weight   1490kg

  0-100km/h     8.2sec
   0-400m   15.9sec
  0-1000m   29.20sec
  MaxSpeed   ---.--km/h   ( speed control )
2001year CG誌の実測データです。














NISSAN  SKYLINE COUPE  350GT  ( CV35 )

V35スカイラインの発売から、約1年半後の2003年に登場した2ドアクーペは、Z33型フェアレディZとの近似性が非常に高く、事実上フェアレディの4シーターモデルというべき成り立ちで構成されています。その運動性能もフェアレディ Z そのものであり、歴代のスカイライン( GT-Rを除く )の中では事実上「最速」の記録を残しています。エクステリアデザインについては、賛否両論であったセダンとは違い、いかにも・・・という流麗なボディスタイルは、今後の新しいスカイラインを象徴しているようにも思われます。野暮な硬派モデルが歓迎される時代は終わったのです・・・。


2003year  CV35 SKYLINE 300GT  2door Coupe 5AT  DATA
Motor   V6 DOHC 4VALVE 3498cc  ( 95.5x81.4mm ) 10.3:1  VQ35DE
MaxPower   280PS/6200rpm    ( JIS-net )
MaxTorque   37.0kgm/4800rpm ( JIS-net )
Weight   1530kg

  0-100km/h    6.6sec
  0-400m   14.6sec
  0-1000m   --.--sec      ( speed control )
  MaxSpeed   ---.--km/h  ( speed control - 180km/h )
2003year CG誌の実測データです。




V35スカイラインでは、BNR34 GT-Rで試みられた空力特性の向上に一層の努力が注がれています。セダンでは cd 値 0.27 ( リヤウイング装着時は cd 0.26 )を達成しており、フロントゼロリフト実現しています( 2ドアクーペは、cd 0.29 )。この空気抵抗値はセダンボディでは、世界的に見てもトップクラスであり BMW の新しい E60 5シリーズなどど遜色ない数値です。